刃尾少女に装い有らず~億年の素振りに我流で張り合ってみた~ 作:阿久間嬉嬉(新)
ちなみに活動報告にも書きましたが原作はルーレットで決めました……あしからず。
“彼女”は逃げていた。
濃い灰色の髪を、半分から
本来なら体型すら隠れようテックウェアの前を開けて着崩しているがゆえに分かる、身長に反比例して発育が良い身体を必死に駆動させ、どこまでも無機質さがぬぐえぬ冷たい鉄の庭を駆ける。
何から? ……バケモノから。どうして? ……生き延びるため。そんなあまりにもシンプルな目的の
長く太い3本の鉤爪を両手にたずさえ、嫌に長い腕を振るった拍子に周囲が削れ飛ぶその荒れた様相になど目もくれず獲物を追う、謎の人型から逃げ続けていた。
“彼女”は人とは思えぬ跳躍力で障害物を飛び越え、そのまま壁を蹴ってさらに急角度で転換してジャンプし、影すらも捕らえさせぬとばかりに疾走して。
しかし背後にて追いすがる異形の存在もまた、欠片ひとつ逃す気もないとばかりに鋼の地面を削り、驚異的な身体能力を持って追跡する。
「オオオォォォォォォ!!」
「しつ、こいっ……」
不思議と疲労感の無い声に、心の底から抱いているのだろう嫌悪がにじむ。周囲は未だに鋼の色を宿し、何の代わり映えもせぬ景色ではあれど疾走にそれは適用され得ぬ。悲しいかな、やがては果てが来よう。
“彼女”がそう思ったかどうかは分からないが、不意に左を確認するとスピードは一切落とさぬまま直角にそちらへ曲がる。
……そして見えたのは、小さな広間のような一角。
どうやら本当に不変では無かったようで、ようやく変化が見えたその広間の内装はどこか街角の、濁った液体の流れるコンクリ水路と放られた袋だらけのゴミ捨て場を思わせた。
確かに景色こそ変わったと言えるが、折角開けたのにこれだ……気分的にもあまり良い場所とは言えなかろう。
「ちぃ……! スライム野郎、起きない内に、なんとかしよう……」
それは“彼女”にとっても内訳色々あれ事実だったようで、息を整えるというよりは何かを確認する様な少したどたどしい独り言をつぶやき、それと同時、咆哮と共に追跡者もそのゴミ捨て場のような謎の一角へ飛び込んでくる。
「オオオォォォーッ!!!」
――と、同時に“彼女”へ飛び掛かった。切り替え自体が早いのか、元よりそのつもりでの突撃だったのか、いずれにせよ凄まじい戦闘意欲だ。
「うる、さい……!」
悪態をつきながら逆に3本爪へ肉薄。唐突にスライディングしてすれすれで避けた“彼女”はそのまま滑るように移動し、勢いが失われる前に右手を床に付き時計回りにスピン。ゴミ袋に似た異様なオブジェクトを目くらまし代わりに蹴り飛ばす。
異形はその内のいくつかを引き裂くものの、さすがに視界を塞がれるのは避けられなかったらしく、一瞬“彼女”を見失ってそのトカゲ染みた頭部を世話しなく動かし索敵。
「ギャゴッ?!」
「のろ、ま」
そんな奴の背をドロップキックで蹴飛ばして汚水の水路へ放り込んだ。
……なるほど。異形側は、ともすればこの場で鬼ごっこの末の勝敗を決めるつもりだったのやもしれないが、“彼女”の方は端からまともに戦ってやるつもりなど無かったのだろう。
オマケとばかりに、“彼女”はさながらポップコーンの如くゴミ袋を大量に跳ね上げ、水路めがけて弾き飛ばす。なんとも異質な行いだ、見掛け通りのスペックとはとても言い難い。
一瞬浮上しかけていた異形がこちらから、そして恐らく向こうからも隠されたのを確認すると、“彼女”は再び逃走を開始した。……その背後から、謎の異音と次なる戦闘開始の雄叫びが聞こえたのは、きっと気のせいではあるまい。
「はぁ……! はぁ……!!」
顔に映る色は、悲痛。されども、同時に憤怒が見える。
息が切れているようでいて、先にも言った通り疲労感は丸で見られない。表情だけではなく、疾走のスピードから、息の仕方までその全てが。
つまりは、ただただ理不尽でしかないこの場に対する負の情動、抑えられぬ感情から来る疲弊が現れているのかもしれない。
(いつまで、自分は―――オレはここに居れば、いい……帰り、たい……帰り、たいよぉっ……!)
内心で一人称のみ男勝りな、しかして当然の泣き言を零しながら、走るだけ脚は止めず泣きそうな顔で歯を食いしばる“彼女”。
―――否、男勝りなどではない。元はと言う注釈こそつくが、だったという過去形を避けられないが、“彼女”は元々【男】であったのだ。
もっと言えばそもそもこの、時に不可思議な景色を映し出す鋼鉄の庭の住人ですらない。それこそ嘘偽りなく、現代を生きる数多の者達と何ら変わらない青年であった筈なのだ。
この鋼の庭、鉄の広場……尖塔の群れの中へと放り込まれるまでは。
異世界転移
突然“
御伽噺の中の出来事でしかなかった現象を我が身で味わう羽目になった“
その期待を初日に内に全て打ち砕かれるとも知らず。
どこまで行っても変わらぬ、冷たい鋼な基本の景色。
どこかについても異様な光景しか広がらない、謎めいた数多の広間と一角。
どこに座しても襲い来る、不要なまでに多種多様な異形のモノ共。
どこであろうと嗅ぎつけて来る、悪趣味な実験目的で捕えにかかるうごめく施設と機械たち。
どこから出ようとしたところで意味が無い、てっぺんの見えない長い尖塔の群。
どこまでも見通す事が出来ない、尖塔の外の眼下に広がる薄灰色の雲海。
そして……どこもかしこも別の存在へと変えられてしまった、“
特に一番最後はあまりにも残酷だったと“
なにせ自身も知らぬ間に変わっていたのだから。
何時そうなったかすら定かではない。ともすれば『本当に自分はかねてより男だったのか?』と、己を疑ってしまうほどナチュラルに、滑らかに、されども確かな違和感をたたえて
自身の存在認識、あるいはアイデンティティにも直結するだろう大きな要素。
これさえ変わっていなければ、もしくはもう少し精神的に、マシだったかもしれない。存在意義について惑わず、【我思う故に我あり】にすらも自ら爪を立てずに済んだのだから。
精神にゆらぎと大きな隙を、もしかすると、もたらさられずにいたかもしれないのだから。
(早く、次の、フロアへ……上、下、同階……いいやいっそ、橋、渡って……!)
その体のせいなのか、次々と襲い来る刺客のせいなのか、もはや“
ただ、この世界の住人ではないというある種の確信だけは零さぬよう、頼りないその腕と胸の内へ抱きかかえたまま今日も今日とて疾走と隠密、迎撃を続けている。
それでも、今でこそ曖昧ではあれども、当初は意地か矜持か愚直に日数を数えてはいたのだ。
……右腕だけが機械ケーブル的な触手と化かした大猿型の異形に襲われ、右腕を斬り飛ばされ、何とかしてくれと望んだ拍子に右腕が生えたその時から徐々に乱れが生じて。
数多の、責め苦としか思えぬ傷を戦闘行為で加えられ、また無我夢中で叩き返して、その度に再生を繰り返し。
時には頭部すらもぶち壊されて、なのにただ暗闇や『赤外線カメラめいた不気味な映像』切り替わるのみで済み、またもや繰り返し。
ギリギリ1年は数え
とうとう経過の把握をも放棄してしまった“
ついには睡眠欲が消えた。食欲が消えた。性欲が消えた。
そうあれかしと望んだわけではなく、望まぬうちに次から次へと失せていく。三大欲求に留まらず、様々なものが虚空の彼方へ吞まれていく。
……なのに、自身はきちんと憎らしいほどに息をして、嫌になるほど健康体でいる。生きている。
(生き延び、なきゃ。逃げて、逃げなきゃ、帰りたい、から、帰ら、ないと……)
再三言うが、最早意地だろう。摩耗に対してすらも見ないふりを続けられるのは、いっそ才能と言えるかもしれない。
されどそれこそ今は大切な事と言っても過言ではなく。
ゆえに“彼女”は今日も
―――彼女は認識する。し続ける。逃げるため、機械的に、把握する。唯一滑らかに思考できる方法と、たどたどしい思考を随時切り替え、続ける。
(とある日。
比較的真っ当な戦闘行為開始。特筆すべき点は無し。
ただしこの手のが続いた場合……その後は、悪趣味が続く)
(とある日。
火炎を吹く魚人型に出会った。皮膚を焼かれ、半身が黒焦げと化した。
寸で回復を終え、もう一度吹く前にフロアギミックの岩石を突っ込み半ば自爆させると、その勢いで下半身を失いながらも別のフロアへ飛んだ。
……そのフロアにも居た、火達磨になりながらも平然と泳ぎまわる巨大な鮫型の何者かが)
(とある日。
乱闘に巻き込まれた。斬られ、穿たれ、裂かれ、貫かれ、焼かれ、凍らされ、痺れさせられ、吹き飛ばされたのを皮切りに逃走を再開した。
だが乱闘の余波は遠く離れたフロアにも届き、回復しかかっていた傷の中へと偶然吸い込まれていく。眼窩で、臓腑で、異能の数々が爆ぜ続ける。
それでも逃げる事は出来た、よね?)
(とある日。
珍しく人間のような何かが居た。安堵したわけではない、だが何に負けたか不用意にも近付いた。
股座から何かが自身の口まで貫いてくる、自身の中身を蹂躙してくる。……ついでとばかりに指先から剝がされるように刻まれていく。
でも強引に暴れればそれですむ、人型を鋼鉄の天井へ突き刺してからわざとバケモノたちを呼んで……後は知らない)
(とある日。
石化しては砕けてを続ける、久しくなかった 激痛の中で繰り返す。
ふと断面を見ると何かが生まれようとしていて)
(とある日)
(とある日)
(と ある日。
何も、本当に何も無い 空間に放り出され、逆に元へ戻るために走る 羽目になる)
(と あ る日。
久し く 無 意 味な戦闘行 為 が、列をなし て乱れ、襲 いくる なかで)
(と あ る 日。
未 得ない 名に モノ かとの先頭 こうい かいし した)
(と あ る 日。
何故だろう、血だ)
(と あ る 日。
オ レ? ワタシ?)
(と あ る 日。
あっ。
サイクルに入りました。
がんばりました)
(と あ る 日。
がんばりました)
(と あ る 日。
がんばった)
(と あ る 日。
がんばれ)
(と あ る 日。
(と あ る 日。
と っ て も か え り た く な り ま し た
ど こ に ? ?)
――やがて“彼女”の運命は帰結した。
そう。
先までの“彼女”は記録に綴られたかつての姿。説明すらも過去の更に過去を表したもの。
現在はどうか? 言うまでもない。
「帰りたい」という懇願を連呼しながら戦闘行為を行い、またはかわす存在と化しているのだから。
例えかの【とある日】が1年少ししか経っていなかろうとも、戦闘行為と実験行為の密度に常人が耐えられるはずもない……むしろ1年持ったのが奇跡とも言えよう。
その後の経過日数が例え、既に
認識できなければ飽きるほど長い暇とそう何も変わらぬのだから。
(早、く向かおう、闘争、か、逃走、で、そこで、待っている、から……急いで……)
だから、この残酷と言うにはいっそ幼稚で淡白な出来事の織り成す時の流れは、今日ここに到ろうが何時いつまでも続くものであり。
この尖塔の中に巣食うモノドモの一部として、歯車として、部品として、いつ来るかも分からぬ擦り切れる時を知らずに暴れ続けて。
その運命は。
最早どうあっても覆しようのない、強固に定められレールのように敷かれた運命は、“彼女”を永久に疾走させるのであった。
「え……あ、あなた! どうしたの!? どうしてこんなに……っ! お母さんは!? お父さんは!?」
「…………?????」
つまり、ここからなのだ。
ここから、歯車が回りだすのだ。“彼女”の……彼女自身の歯車が。
幾億年の間、ただ素振りを続けた酔狂な少年の物語が始まる、その前に。
前後編にしてみっちり詰めようかとも思いましたが、本題から絶対ズレるのでやめました。