刃尾少女に装い有らず~億年の素振りに我流で張り合ってみた~ 作:阿久間嬉嬉(新)
……やっとですね。
『それではまず西門……千刃学園・先鋒! アレン=ロードル選手の入場です!』
アナウンスに従い緊張の面持ちで出てきたのは、やはりと言うべきか先のムウが背を見続けていた、あのパッとしない黒髪の少年。
そのカチコチ具合は場慣れしていない事を、何も知らぬ第3者でも理解できるほど。
「ほんとに初心者って感じだねあの子……」
「…………」
だがいくら都落ちだなんだと蔑まれがちとは言え、かつては常勝を誇り今でも五学院に数えられる、それが千刃学院。
剣術大会に全く縁が無いなどあり得るのだろうか?
……となると彼自身の性質か間の悪さかで、今まで大会に出るような機会がとんと無かったのかもしれない。
「「「「オオオオオオォォォォ!!!」」」」
「やってやれよアレェーン!」
「氷王学院なんかぶっ飛ばしちゃえー!!」
「負けたら承知しねぇぞ!」
次いで、千刃学院側から飛ぶ多種多様な声援。
目に見えて固まっている彼ではあるが、同級生たちからの信頼や評価、好感度は中々に高い様子。見れば先輩と思わしき者達もおり、皆一様に応援を飛ばしている。
五学院の集い、注目度の高い祭典……そうは言えど、それでも同じクラスや同学年が来てくれれば御の字。
そんな中でここまで人が集まってくれるのは、一重に人望のなせる業なのだろうか?
意外や意外、見た目に反して侮れない人物らしい。
絶賛声援を受けている少年・アレンはと言うと、それで少しはほぐれたようで、舞台上にてきっちりと前を見据え直していた。
『続きまして東門より氷王学院・先鋒! カイン=マテリアル選手の入場です!』
そのアナウンスから一拍遅れて入場してきたのは、眼鏡をかけた端正な顔立ちの青年。
多少のナルシズムこそ感じるものの、それを包むほどに丁寧な物腰だろうと雰囲気から感じ取らせて来る。
アレンとは対照的にこういった場は慣れているのか、表情は不敵の1言。
足取りは軽やかなれど、確と地に足が付いているもの。緊張の色など微塵も見えない。
胸元の輝く銀十字のペンダントもまた涼やか。
「「「ワアアアァァァァァ!!!」」」
「カイン様ぁーっ! こっち向いてぇーっ!」
「が、頑張ってください!」
「千刃学院なんて1人でやっつけちゃってぇ!!」
氷王学院側からもまた生徒達の声が上がるが、それはやや黄色い声援に傾いている。
ただ、カインはそれも頷けるほどのイケメンであり、尚且つ余裕の表情で手を挙げ応えるファンサービスのような物まで行っていた。
なるほど、そりゃあこうもなろう。
この1回で“人気”の理由がなんとなくだが理解できる所作だ。
「こっちの人は確りしてるねぇ。あ、しかも思い出したよ、前に別の大会で優勝してた!」
「……ん」
先のアレンとは実に毛色が違う。
褌を締め直したとは言えども、まだまだ浮ついている状態な彼とはいっそ真反対だ。
それを対面から見ていたアレンは剣の柄頭をぎゅっ…と握っていた。場数的な意味も含んで、油断ならない相手だと改めて感じ取ったのだろうか。
そんな彼の見えぬ内心を知ってか知らずか、カインはゆっくりと舞台上の指定位置まで歩みを進めた。
『さあ、両選手が位置に付きました!』
「アレン選手、カイン選手、準備はよろしいですね?」
「はい!」
「いつでも」
審判である男性への返答もまた異なるが、双方やる気十分と言った様相は共通しており、確認後に男性は腕を高々掲げる。
そして。
「それでは―――試合開始っ!」
振り下ろし、合図を下す。
……と、同時にまずはアレンが剣を抜き、瞬で剣道のような正眼の構えを取った。
基本中の基本の型であるそれは、攻撃・反撃・防御・回避のどれにも即座に移れる、創作の中ですらお馴染みと言えるベーシックな構え。
どうやらアレンは見た目に違わず、大分スタンダードなタイプの剣士らしい。
カインの出方次第で戦法を切り替える作戦なのだろう。
「さすがに1年生だから魂装は無いみたい?」
「ん……」
「向こうの人、は……あれっ……?」
対するカイン。
なんと彼はどういうつもりか唐突に跪き、両手を組み、さながら神に祈るようなポーズをとったではないか。
隙だらけにもほどがある。クノンが疑問符を浮かべたのも当然だ。
「…………」
されどムウはそこで1つの“予感”をおぼえ、分かり辛いが間近に居るアレンも恐らく同様のものを感じたか半歩後ずさる。
果たして―――それは見事に的中した。
「
虚空へと送るように告げた、次の瞬間。
何も無い空間に大きな亀裂が走り、そこから一振りの剣が現れ、伸ばしたカインの手に収まる。
ただの剣ではない。
まず形が違う、時計の針のような
それだけであるなら芸術品とも言えたのだが、発せられている“何か”が本能的に嫌悪感を引き起こし、決して美麗と見させてはくれなかった。
これはもう間違いなかろう―――。
「魂装だよね!? 氷王の先鋒さんでもう使えるの!?」
「……らし、い、ね」
珍しく喋ったムウもまた、魂装から発せられる“何か”を嫌がっているのか、僅かながら眉が内に寄っている。
クノンすらも無意識に少し仰け反っている。
対戦相手であるアレンに至ってはこの距離でも分かるほど目を白黒させていた。
されどもカインだけは、とても愛おしそうにその刀身を撫ではじめ……不意に、それとは趣を異にする鋭い眼光をアレンへと向けて。
「さぁ神判の時は来ました、行きます…いいえ、終わらせましょうっ!」
「く!?」
瞬間、素早く駆け出す。
「喰らいなさい、神の裁きを!」
動揺を隠せないアレンの隙、それを逃すようなカインではない。
加え、たった2人の出場選手に選ばれただけあって身体能力の水準も高いのか、あっと言う間に距離を詰める。
反面その攻撃はあまりにも素直。速度に任せてまっすぐ剣を突き出しているだけだ。
どれだけ心が揺れていようと、大会初心者であろうとも、正眼の構えそのものは維持できているアレン。
そんな彼相手にこれはどうあっても愚策でしかない。
現にアレンは敢えて待ち構えており、恐らくは、肉か皮を犠牲により強烈な反撃を叩き込む気なのが見える。岡目八目もあるが、このままだとカインは順当にカウンターをくらって終わるだけ。
(能力、前提 の、挙動……理解、容易……)
つまりはムウの察した通り。
十中八九で、魂装の効果およびそれを付与する魂胆なのだろう。
なら、『掠れば』それだけで勝負が決まる代物なのだろうか? そうなると危ないのは……。
「いかんっ!? 避けろ!!!」
―――アレンの方だ。
勘付いたのはムウだけではなかったらしく、西門側からも女性の、怒号のような叫びが聞こえ、しかして時すでに遅し。
「はぁっ!」
今更動きを変えられないのはアレンも同じ。むしろ、女性が声を掛けたせいでそっちに意識が取られてしまった。
そして反撃前提で構えていた彼の肩、その薄皮1枚をカインの振るう切っ先が斬り裂いて。
「―――――」
アレンは……そこで不自然に動きを止めた。
「さらばだ、愚かなる剣士よ」
そこでカインは剣を納め、氷王学院側の応援席へと振り返る。
「「「わあああぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
やはり、と言うべきか。
カインの魂装は掠りさえすれば終わりな代物だったようで、それを知っているのだろう氷王学院側から勝利の歓声が沸き上がった。
それに押されつつもクノンはカイン―――ではなく、静止したアレンの方を心配そうに見つめていた。
「大丈夫なのかなあの子……なんか止まっちゃってる……精神系? ってものなのかな……壊れちゃったり、しないよね?」
例え剣士で無かろうとも、剣士の試合が最高の娯楽となっているこの世界だ、その辺りの大雑把な知識はクノンの中にもある様子。
精神に影響を与える類の能力もちろん知っており、その手の魂装が軒並み碌でもないのか違うのか、それは定かではないが心配の方が勝っているらしい。
ギュッと両手を握りながら、そんな問いを傍で見ているムウに、答えは返ってこないと知りつつも、漠然とした不安や恐怖からか掛けたクノン。
すると。
「違、う」
「へ? ……えっ?」
なんと返ってきたのだ。
明確な、返答らしき言葉がムウの口から、今確かに。
「違う、って……な、何がなの? ムウちゃん」
「決着、は、未だ、不明」
否。
反応したのは、氷王学院側の方に対して。
どうも独り言がたまたまクノンの問い掛けに被さっただけのようで、ムウは淡々と続けていく。
「積み、重なって、いく……原因、解明、続行……魂装、利用……結果は……」
(何が見えてるの……!? ムウちゃんには……!)
アレンを見ながら、続けて紡ぐ。
誰もそれを目視出来ないこの状況下で、己の眼を【異様な瞳】に変えながら紡ぐ。
「流派、否、我流、否、単調……類似項目、は、そっちに……」
―――ムウの見えているモノ。
それは今し方口にしているような、何かが積み重なっていく光景。
……幾度も説明はしたが、ムウは改造を施されている。
ゆえ、かの尖塔群に住まうモノたちと、実は人が魔か以外がほぼ同じと言っても過言ではない。
されど今大事なのは己の枠がどれなのかではなく、彼女らが持つ“機能”。
そう。ムウの言う『判定』『測定』とはただの口癖に非ず。
とは言え細かく数値を算出するものとは違う、少々オカルトに偏った形ではある。
機械のようで魔物でもある。
達人が悟る気配や力量と、機器が割り出すデータや数字。例えるならば前者に寄っている。
ただデータ的側面・具体的な表現法を全く持たないわけではない、と言うだけで。
だから……ムウはこう捉えていた。
――――肉体と精神の乖離―――
――――しかして依然、健在―――
――――同時に、稼働中―――
――――非効率そのものかつ勘違いだらけな鍛錬――――
――――だが、結果的に正解を導き出し続けている――――
――――それを圧縮して叩き込んでいるような―――
……と。
今、アレンはカインの魂装の影響を受けてこそいるが、同時に“何か”をやっているのだ。
つまり、ゆえに、違うのだ。
勝ってはいないのだ。
まだ千刃学院の先鋒は、アレン=ロードルと言う剣士は負けてなどいない。
「大丈夫、ってこと?」
「……ん」
「な、なら良かった……でもどうなるんだろう……」
ひとまずそれだけでも分かった、と言うかムウの言う事をちょっと信じすぎな面があるが、なにあれともあれクノンは納得? して胸をなでおろす。
無論氷王学院の生徒達はそれを知らないため、既に戦勝ムードで盛り上がり続けていた。
「やっぱりすごいです!」
「ははは! まさに一撃必殺だ!」
「カイン様ぁー! こっちに笑顔をーっ!」
「次の相手もこの調子でお願いします!」
「千刃の奴ら、今の試合でブルっちまってるかもなぁ!」
「まさかまさかで棄権するかもな!」
そんな彼らには興味が無いのか、ムウの視線はアレンの方で固定され続けている。
と……時間にしてみれば1分も経ってはいないが、ここで漸くアレンが目を覚ましたように動き始めた。
その顔は困惑に包まれている。
まあ、本人はまだ戦えるのに負けた判定を下されそうになっているのだ。そりゃあビックリだろうが……それにしても状況を飲み込めなさすぎるように思える。
そんな彼へ審判が近寄り何やら確認をしているものの、歓声に紛れて聞こえない。
……正確には、耳の『性能』が良いムウ以外には聞こえていない。
「ああ……本当に恐ろしい魂装だな。<百年の地獄>とはよく言ったものだ。……アレン君とやら、まだまだ若い剣士だというのに不憫な……試合続行は不可能、ということでいいね?」
棄権を進める審判の声が、どこか憐憫と同情、そして優しさに満ちているのは、恐らくカインの魂装の詳細を知っているからだろう。
「え? いっ、いえやりますよ!? まだこれからじゃないですか!!」
「……は?」
しかしアレンは先にムウが評した通り未だ健在。当然ながら審判の促しを慌てて拒否。
瞬間、審判の顔が途轍もないほどの驚愕一色に染まった。
大きく目を見開いた男性は何度も何度も確認するように瞬きを繰り返し、やがて震える声で確認を取り出す。
「こ、言葉が通じて……っ!? ほ、ほ、本当にやれるのかね!? 心は、記憶は……いやそもそも精神状態は本当に大丈夫なのかね!? 君!」
そんな審判の慌てようを見ても、アレンは《何を言われているのか分からない》と言わんばかりに疑問符を浮かべ続けるのみ。
凡その見当をつけるなら。
クノンが危惧した通り、本来なら精神崩壊をもたらす危険な魂装、それがカインの刃。
確認と同時に棄権を視野に入れるほど、そして大慌てで状態を確認しだすほど、精神を粉々にするような類なのだ。
「よくわかりませんが、とりあえず、試合は続けさせてもらっても?」
「本当にはっきりしている……わ、わかった!」
再確認で虚勢でも何でもないと理解した審判はそのまま舞台の中心から離れる―――のだが、カインは未だに背を向けたまま。
……まだ終わっていないと分かった筈だろう。ならば、声はかけないのか?
確かに審判がまだ判断を下す前ではあり、試合は続行中。カイン側が勝手に『アレンが負けた』と思い込んでいるだけではある。
されど先の通り特定の判断を前提とする魂装相手ならば話は異なってくる。
そうなって当然が覆る、そんな異例の事態。
じゃあ流石にカインへもいったん声を掛けるべきではないのだろうか……?
それとも、不測の事態も加味してこその剣術の祭典、なのやもしれない。
「…………」
無論そんなことを考えている訳では無かろうし、ムウの表情はそも、やはりよく分からない。
「再開するみたいだね。でも、あれだとカインさん隙だらけで……」
一方。
ムウが側にいるお陰もあるのか、ほとんどの観客が氷王学院に同調する中、クノンは審判とアレンの動きをちゃんと見ていたようだ。
だからかやっぱりカインの方だけ隙をさらしっぱなしなのが気になったようで、しかして出せる言葉など無いがゆえ、或いはそもそもそんな言葉を浮かばせる発想も無く、固唾をのんで見守る。
「…………」
相も変わらず固定されているムウの視線の先の、アレン。
彼の顔には「敵に背を向けるなんて愚かな」と言う心境がありあり浮かんでいる。当然だ、再三言うがあまりにも隙だらけなのだから。
されど確かにそれはそうなのだが、何故だろう……カインが
ムウがそれをも感じ取れているのかは分からない。
そして、そんなことを探り当てる、その前に。
「っ!」
アレンは無言で、かつ全力でカイン目がけて駆けだした。
隙だらけな事を加味しても、あまりに遠慮が無さすぎると、思わずそんな感想を抱いてしまうような勢いで。
順当に彼の背にたどりついて。
「桜華一刀流奥義―
刹那、迸るは刃。
8つからなるその連撃は、どういうわけか8閃が分かれ全くの同時に炸裂したかのように見える、それほどのスピード。
もしくは本当に8つ同時に奔っているのか。しかして今それは関係はあるまい。
「……は? が、はぁ……っ!?」
どちらにせよ、隙をさらし続けていたカインに避けるすべも受ける手立ても無いのだから。
あっけなく倒れたカインは今更事態を把握し、何とか立ち上がろうとするのだが、当たりどころが悪かったのかフラつくばかりでおぼつかない。
ただ、困惑のまま必死に大地の上をもがき続けるだけ。
それでも納得いかない事があったかなおも右腕を伸ばし、カインは絞り出すようにアレンへ問いを投げかける。
「何故、だっ……!? 100年もの間、あの空虚な、地獄のような、牢獄同然の世界に……! お前は、封印されていたはずだ……っ!? 何故意識がある!? 何故心が壊れていないんだっ!? 何故っ!!」
(……なる、ほど)
ここで漸く種明かし。カインの魂装の詳細、それは長すぎる孤独により精神崩壊を招く類のものだったのだ。
要するにアレンはそれを平然と耐えた……までは良いのだが、どうしてそれを異常と認識していない様子だったのかが気になる。
自分が耐えられたからとて、客観視や自他の違いによる比較はあって然るべきもの。
相手の方がおかしい事を言っていると、例えアレンがそう疑問視している風に見えようとも、それこそ自分基準かつ自分本位に考え過ぎたりしていなければそんな思考など―――。
「カインさん、100年はちょっと短すぎです……」
―――ガッツリやっていた。
どうやらこのアレンと言う少年、実力は申し分なく、性格はたぶん良い方に部類し、精神的には特別中の特別だが……反面、どうも他人と言う存在についての視野全般が抜け落ちているらしかった。
このとんでもない発言に、とうとうカインは限界を迎えて気絶。
「カイン=マテリアル戦闘不能! よって勝者、アレン=ロードル!」
「「「いよっしゃあああああぁぁぁぁ!!!」」」
審判の宣言により今度は千刃学院側が勝利の雄叫びを挙げる事となったのであった。
「…………」
「ム、ムウちゃんが! ムウちゃんの眼がダメな人を見る眼に!?」
端っこで起きていたプチ騒動を覆い隠しながら。
そして―――この後の一大事件の予感をかき消しながら。
タグの「アンチ・ヘイト」は保険の為もありますが、こういったアレンを外から見た場合のエピソードも挟むので入れた次第です。
ただムウからすると今の所どこまで行っても「ダメな人」で終わりでもあります。内心全部分かってるわけでもなく、あくまで自身の所感であると考えてもいるからです。
現状他人に迷惑をかけている訳でもありませんし、何より精神崩壊前提の力を叩き込もうとしたカインもカインなので……。