刃尾少女に装い有らず~億年の素振りに我流で張り合ってみた~ 作:阿久間嬉嬉(新)
それではどうぞ。
怒涛の展開を跨ぎつつもどうにか始まった、アレンVSシドー。
「ふぅ……ッ」
まずアレンはカインの時と同じく正眼の構えを取り、相手の出方を伺う体勢に入った。
難の
無策のままは危険だからこそ、王道にのっとったのだろう。
では対面に居るシドーはと言うと?
「ふぁ~……」
面倒くさそうに剣を引き抜き、だらり、ぶら下げるようにして持って、棒立ちで。
……それだけだった。
もはや構えですらない。
どちらかと言わずとも舐めている様にしか見えない。欠伸までかましている。
我流と言ったっていくら何でも限度があろう、独特に過ぎた。
ここで1度、怒りのままに突っ込みかけたのか体が揺れたアレンは、しかし深呼吸して落ち着きを取り戻す。
態度が舐め腐っていようと相手は氷王学院たった2人の代表、その大将。
感情だけではどうにもならぬと自身へ言い聞かせたのだろう。
とは言えこのままではらちが明かない。
延々と膠着状態が続くのか、とそう思われた時、アレンが不意に動き出した。
「一の太刀―
どう考えても届かなかろう距離で振り下ろされた剣。
何をしたいのかと観客が思う間もなく、そこからなんと高速で“何か”が放たれたのだ。
「斬、撃……」
「わ! あれ、ムウちゃ……えっ? 何って言ったの?」
“何か”が見えているらしいムウの呟きに、何故だか大袈裟に驚くクノン。
そんな彼女の感情が追い付く前にまたもや状況は動く。
「なっ!?」
シドーの前で何やら弾けたような音がして、アレンが目をむいて驚いた。
一般人には何が何やらさっぱりのようで、クノンも首が回りそうなほどかしげてしまっている。
「アレンさん、何やってるの? シドーさん何やったの?」
「斬撃……飛、翔。迎撃を、豪速、で」
「さ、さすがムウちゃん、見えてるんだ……言われても分かんないけど」
斬撃、飛翔。
つまりアレンは信じがたいことに飛ぶ斬撃を放っているらしい。
魂装ならば分からなくもない。
だが純粋な剣術1本でそんな真似ができる剣士など、少なくともこの世界では、聞いた事が無い人しかほぼ居なかろう存在。
クノンの反応が良い例だ。
そして迎撃、豪速ということは、つまりシドーはそれを見切って瞬で叩き落しているのだろう。
今の驚きようからして、アレンは彼の一閃を見抜けなかったのかもしれない。
「飛影ッ!!」
からくりの分からぬままもう1度、より速くより強く飛ぶ斬撃を放つアレン。
超スピードの振り払いにより焼き直しで叩き落すシドー。
今度はちゃんとアレンにも見えたらしいが、純粋な力技で防がれたことにまた驚きを隠せないでいた。
「おい、射的やってんなよ。戦いに来てんだぞ? こっちは」
「は……」
相手の動揺につきあう気などサラサラないシドーは地を踏み蹴り、刹那の間でアレンの目と鼻の先に接近。拳をかましてひるませたところへ、豪快に剣を振り下ろす。
慌ててアレンは剣を水平にして受け止め……てから間、髪おかずにシドーが体を反転させ、彼の腹部を蹴り飛ばす。
そのまま吹き飛ばされたアレンは咄嗟に受け身を取り、屈んだままでも正眼の構えを取った。
が、そんな彼をあざ笑うかの如く、シドーは追撃するどころかまた先の棒立ち状態に移行。伸びをする余裕まで見せていた。
「圧倒的、だね……元々の能力に差がありすぎるんだ」
クノンの評は素人目線なれど、決して間違いでは無い。
なにせアレンですら謎の飛ぶ斬撃などを使ってはいれど、歪な部分こそ目立てども、剣を振る際の基礎の基礎には沿ってしっかり積み上げていると、そう見えるのだ。
けれどもシドーのそれには術理の“じ”の字も無い。
剛脚に任せた移動法、膂力だけで振り回す斬撃、
もし仮に彼が基礎だけでも学んでいたら、恐らくアレンは蹴りの一発でアウトだった可能性もあった。だが実際は、今の状況だ。
そして今の状況を見る限り、
ゴリ押しで済むならば学ぶ必要が無い、そのセオリーにそっくりそのままハマっている。分析のために眺めているその行為もどこまで有用かは、分からない。
「……気持ち悪ぃ、何ジロジロ見てやがんだ、テメェ。俺様にゃ一生勝てねぇ才能ねえゴミなのは分かってんだよ、無駄に抵抗せず降参してくれ」
「確かにシドーさんは、俺なんかとはモノが違います。でもこの勝負は勝たせてもらいます!」
「はっ、そーかいそーかい……そんなに死にてぇならさっさと言えやぁ!!」
(
穏やかではない状況で穏やかなことを考えてしまっているムウ。
もちろんながら現在進行形で戦って暴威にさらされており、そもそも人狼学院の事など知らないアレンはやれ必死の1言。
腕力任せで適当に振り回しているそれが四連撃と化したのを、
流され、苛立って跳び上がりそのまま叩き降ろされた斬撃を
隠すつもりなど無い超高速の居合斬りに対しては、桜華一刀流―
攻防を制しその全てで上回ってこそいるもののずっとギリギリを潜り抜けていた。
「アレンさんいったい幾つの流派にまたがってるの……!?」
「…………」
慄くクノンのその横で、アレンの『モードチェンジ』の種に恐らくの心当たりがあるムウは努めて無表情。
精神的な面で
人狼学院を思い出してしまったから気が抜けている、というのもあるかもしれないが……ともかくムウはそこまで興味を持ってはいないらしい。
「桜華一刀流・奥義―鏡桜斬!」
「しゃらくせえんだよこんなもん!!」
そんな彼女らをよそに試合は白熱していく。
シドーの攻撃を全て凌いだアレンはここが攻め時と一気に踏み込み、スタイルを桜華一刀流へ変じさせた上で奥義をくり出した。
目まぐるしくよぎる8連撃に対し、シドーが選ぶのはやはり能力任せのぶん回し。
反応そのものの速さ、そして膂力が生み出す剣速、それらが合わさった天性由来の『連撃』でこれもまた凌いでしまう。
……己の身体の
「八の太刀―
チャンスを逃さずアレンの手から放たれたのは先の鏡桜斬にも似た8連撃。
否。
「
「……ん」
ほとんど同時に放たれた8つの閃き。
普通、連撃は止められればそこで終わりだが、アレンのこの太刀は打ち出せばそれだけで完成した連撃となる。
「う……おおおぉぉぉ!!」
果たして。
シドーはそれすらも、不安定な体勢であってもなお次から次へと叩き落し、撃ち払って……。
「ぐおっ!?」
……たった1撃。
されど1撃。
頭を、アレンの放った8閃の内の1つが、確かにシドーのひたいを捉えた。
同時にアレンは堂々と宣言する―――「剣術においてはあなたの上を行く」―――のだと。
「すごいよ……差があると思ってたけど、まさか行けちゃう……!?」
「い、や」
まるでドラマのような劇的な展開。
後方の座席ながら思わず身を乗り出すような格好になりかかるクノンへと、しかしてムウはいやに冷静な声で否定を返す。
「魂装、が」
「あ……」
―――そうだ。
まだだ。
「くくく、かかかかか…ぎゃははははっ!」
天を仰ぎ、歯をむき、突如として狂ったように笑い始めたシドーには。
「うぜぇ。うぜぇうぜぇ、てめぇのその目がうぜぇ……努力だの剣術だのそういう気持ち悪ぃのを心の底から信じてるその目がよぉ……うぜぇんだよ!」
語彙を捨てたかのように悪罵を吐き散らかしている、ほとんど悪役のようなシドーには。
「どれだけ剣を振りたくろうがゴミはゴミから変わらねぇ……塵芥集めてりゃそのうち宝石になりますかぁ!? あぁ!?」
言いながら、何もない空間へと手を伸ばしているシドーには。
「……見せてやるよ、努力と剣術が惨めに思えるような絶対的な才能って奴を」
「食い散らせ―<
何もない空間に巨大な亀裂が走り、そこから一振りの剣が姿を現す。
雪原を思わせる
全体的に鋭利ながらも厚いフォルムは、名の通り大狼のアギトを連想させた。
「……なんだか寒い……?」
「凍、気……」
シドーが魂装を発現したのと同時に起こる異変。
雲1つ無く、それでいて日の高い真昼間であると言うのに寒風が一瞬通り過ぎたのだ。
「速攻で終わらせてやるよ……<
観客達の戸惑いを置き去りに、身の丈ほどもある巨大な氷槍が姿を現す。
穂先のみのような、つららのようなそれは放たれた途端あっと言う間に最高速へ達し、凄まじい勢いでアレンへと迫る。
「ハァ――アッ!?」
どうやら斬り落とそうとしたようだが、様子から見ても分かる通りその硬いこと。
そして槍に気を取られていた間に回ったか、なんとか槍を打ち上げて息ついたアレンの、その背後へシドーは既に陣取っていた。
完璧に後ろを取られて放たれた斬撃は跳んでも避けられず、アレンの背を斬りつける。
転がって勢いのままに置き上がった……そんな彼の視界には、2本目の<氷結槍>が映った事だろう。
「くっ!!」
足を止めないよう走り回って撹乱する作戦に出たらしいアレン。
「逃げてんじゃねぇ!!」
シドーがそれを許すはずもなく、能力任せな四連撃を今度は<孤高の氷狼>で放って来た。
これこそ焼き直しだとばかりにアレンは『うろこ雲』をもって叩き落そうとした……のだが今度はシドーが上回り、氷狼の牙が肩をえぐる。
続けて、これまたお返しとばかりにシドーは跳躍からの落下斬撃を選択。アレンも『鉄崩し』を選び、だがこれもまた反応が間に合わず体の前面に斬痕が付く。
アレンにいったい何があったのか?
その答えは……実は観客達からは、クノン達からは丸分かりだった。
「アレンさん遅くなってる。この冷気のせいだ……凍傷になってるんだ……!」
「で、も、誤解、して、いる。速く、なった、と」
これまたムウの推測通り。
どうもアレンは<氷結槍>を潜り抜けつつ対処するのに精一杯なせいか、相手が早くなったと誤解しているような動きを取っていた。
可動範囲を見極めるでも、先んじて刃を置いておくでもない。
全力で先までの様に動かし続けようとしている。
その悪手が彼女達へと、彼目線でどう見えているか如実に伝えて来る。
「うぅっ……!」
絶望的な状況を前に、千刃学院から未だ飛ぶ応援を力に変えたかの如く、アレンは前を向く。
「そぉらぁ!!」
獲物をいっそう追い込むかのように、応援も無い孤独なまま、シドーは血気盛んに攻め立てる。
永久には続かぬ鬼ごっこ。
……もはや、勝負は決まっていた。
「お前さぁ、もしかして俺が『速くなった』とか思っちゃいねえか? 違うんだよなぁ」
「……どういう、ことですか……?」
その上でシドーはアレンの手を指さして、その紫色になっている状態をしっかりと認識させながら、追い打ちをかけて来た。
「やっぱまだ気付いてねぇのか……お前自身が『遅く』なっちまってるってよ」
「……っ!?」
「おまえさぁ……低体温症って、知ってますかぁ?」
わざわざこんな時に種明かしをするなど、想像できる理由は2つ。
1つは余裕からの慢心。これも当てはまりはするだろう。
しかして重要なのが2つめ―――。
「くそぉっ!!」
―――寒気により機能低下し動けなくなる、という焦燥が呼ぶ愚策の誘発である。
「八の太刀―八咫烏ぅっ!」
「おいおい6つじゃねえかよ!!」
自慢の同時斬撃も、ちゃんと体が機能してこそなのか閃きが減り。
ならばとつたない剣戟の最中に何やら“仕込み”、シドーが引っかかるのを待つようにフラつくアレンだが、焦りが呼んだ表情の変化は露骨すぎて。
「こんな見え見えのトラップなんぞよぉ……初等部までにしとけやぁ!!!」
「ぐはぁっ!?」
空中にあった謎の『歪み』は難なく断ち切られてしまい、シドーの強烈な前蹴りも漏れなく腹部に命中。
受け流すことも、受け身を取る事もできないアレンはそのまませき込み、血を吐いた。
「きったねぇなぁ? 誰が掃除すると思ってんだ……俺様も知らねえが、な!」
「うぎゅ……っ!」
顔を踏みつけられても起き上がれないアレンにシドーは笑いだす。
「ひどい……?! な、何で止めないの、審判さん……!」
「…………」
ムウやクノン達と言った観客も盛り上がるどころではない。どうしたら良いのか、分からぬまま困惑と不安だけが広がり続けていく。
そこで漸く声が、西門千刃学院側から上がった。
「待ちなさい! いくらなんでもやり過ぎよ!!」
「いい加減に……調子に乗らないで……!!」
もはや殺気立っているリア=ヴェステリアとローズ=バレンシア。当然だ、仲間がここまでされて憤らないものなどほぼいないだろう。
するとシドーは意外や意外、どうにも複雑そうな表情を浮かべて、ぽりぽりと頬を掻き。
アレンから素直に足をどけた。
「あぁ……うん、すまねぇ。確かにちょっとやり過ぎだ……そんじゃあ
サクッと殺すわ」
……会場の誰もが耳を疑う。
その願いは―――アレンを踏みつけて固定する足と、突きつけられた<孤高の氷狼>の切っ先が、無惨にも突き崩した。
「え、じ……冗談……止め……止めてぇっ?!!」
「審判、や、止めさせて、早く……早く!?」
「し……しっシドー選手!! やめなさいシドー選手!!!」
「せめて嗤えるオブジェにでもなれや」
「う……あ……」
その無慈悲な刃は、もう止められない。
「<
(目標、査定……クリア。到達予測、クリア。戦闘、移行、完……)
そして。
【 あ ー あ ー 相 変 わ ら ず だ 】
【 お 前 は マ ジ へ っ た く そ だ ぜ …】
【 … な ぁ … … ア レ ン ? 】
止められない、筈のそれ目がけて手が伸びる様を。
響いた声を。
(……戦意、膨大……増、大……)