刃尾少女に装い有らず~億年の素振りに我流で張り合ってみた~ 作:阿久間嬉嬉(新)
小さく低い格子戸の門が吹き飛ばされ、硬質的な音が一瞬ばかり、孤児院辺りの空気を揺らす。
さきほどまで和やかで、賑やかで、穏やかだった一帯を不必要な緊張感が満たしていく。
その発信源は……あからさまに手入れされていない無精ひげと、ひどく分厚い剣の目立つ、筋肉質の大柄な男。
その後ろに続くのは、部下と思わしき小柄な者達。
明らかに友好的な雰囲気ではない。そもそも門戸を力づくで壊す無駄なパフォーマンスを見せた時点で、どうあっても悪しき大事の訪れだ。
「ったくしけた場所だなオイ? こりゃ間違いなく碌なモンがねえ……。ま、いいや。実利よりも安全ってよく言うからなぁ?」
聞いても居ないことをやけにねっとりした声音で宣いながら、男はゆったりした足取りで子供たちの方へと歩み寄ってくる。部下らしき者達も続き、やや小走りで散開していく。
戦力など無いに等しかろうこの孤児院で入念に逃げ場を奪うあたり、この手の蛮行に対し慣れている事が伺える。
「あ、あなた達、一体何を……!」
「は? ニブいオバハンも居たもんだなぁ。決まってんだろ、ちんけな金や物品をかわいそーな俺達へ恵んでもらいに来たんだよ」
「そーそー、丸ごと恵んでもらうがな」
「はっはっは! そりゃもうただの強奪だな! じゃあ開き直って奪ってくか!」
ターリアの詰問から間、髪おかず、これまた聞いても居ないのにベラベラと語り出す男達。……そもそも聞くまでも無いことではあったろうが、シンプル強盗目的らしかった。
凄まじく実入りの無い、ただ悪名と悪行を重ねるだけの所業、一体何の意味を持つのだろうかといっそ真面目に問いたくなるものだ。
……のだが、どうも彼らに限ってはそれだけでの来訪ではなかったようで。
「それに俺の可愛い部下夫婦の子供も貰ってかなきゃだからなぁ。ここに居るんだろぉ? 獣に親を殺されちまった、かわいそーなかわいそーなお嬢ちゃんが」
「っ……!」
男の半ば確信を持ったろう問い掛けを受け、思わず声を飲み込んだのはクノンだ。
その子供こそ、今彼女が枝を渡してとある『可能性』を確かめたがった、一か月少し前にきた新入りの少女・ムウなのだから。
つまりムウはこんな彼らの、先の被害者である部下達の子供なのだろうか? だが本当にそうだったとしても、少なくともクノンやターリア、男達の中でその可能性こそが一番高かろうとも、ムウに名前すら付けないのはおかしいだろう。
そしてなにより……。
(じゃあなんで逃げたの……こんな事するぐらいには気にしてたんなら、どうして助けずあの場に放り出したの……!)
ボロボロの状態で親とムウを放置したという残酷な事実は、決して覆らないのだから。
―――無論、これは
ムウの視点からすれば、どういうわけか心配されて、そこから勝手に因縁を付けられてるも同義。だからか「……???」とまたもや困惑の色を顔に浮かべている。……幸い、彼女の表情の変化は大きくないので気付かなかったようだ。
だがしかし、ムウとクノンが上手く隠そうとも状況が好転するわけはない。
「まあ全部もってっちまえばいいだけだ! 幸いにしてこの皇国の外ならガキを買ってくれる奴らも居るしなぁ!」
「あれ? ……そう考えるとけっこうな儲けでは? リーダー」
「おっ良い所に気が付いたじゃねえか! ……よかったなオバハン! ちんけじゃないぜぇ!」
「……っ!!」」
とうとう子供達まで金銭目当てで標的にし始めた男達の愚行に、しかしターリアもクノンも動くことができない。……下手に動いたり反論すれば、その時点でリーダーの携える分厚い剣が、どこかへ振り下ろされるかもしれないのだから。
自分が狙いならばターリアは拒まない。いや、それどころか子供のために体を張るという覚悟すら決めていた。されどこの状況ではそれ以前。体を張ろうにも身一つで勘弁願おうにも、その先で子供達へ毒牙が向かわない保証はない。
すでに牙を添えられているため時間稼ぎにしかならないとしても、万が一失われるものを考えると彼女らはどうしても動く選択肢を取ることができなかった。
恐怖からなのか子供達は一向に泣きも叫びもしないのは、果たして幸か、不幸か……。
彼女らが奥歯をかみしめている事を知ってか知らずか、リーダーはますます笑みを強めるとまず部下のほとんどを外へ残し、側近だろう者を連れて孤児院内部へ入っていく。
この強盗で事が終われば良いのだが、いかんせんそれで済まないことを先に告げられてしまっている。ゆえ、ターリアとクノンは部下達に見張られる中なんとか策を絞り出そうとしていた。
(人数自体はそう多くない……けど子供達を置いて逃げ出せるわけがない!)
(この位置なら、ムウちゃんだけなら、一か八かで外に……でも、だからって実行できるかどうかは……!)
……悲しいかな、剣士ではない彼女らに取れる策など皆無にひとしい、と言う現実だけが思考のたびに襲い掛かるだけ。
仮に短剣の1つでもぶら下げていたとして、果たしてやつらへ振るうことができるのか? 考える必要すらない、無我夢中になって1発決められれば儲けものだろう。その程度だ。
また運の悪い事にこの孤児院は街はおろか集落からも離れている。建設の際、今は牢内に放られた利益を着服しようとした者とのあるひと悶着が尾を引いてしまったせいなのだが、それがここに来てより大きく牙をむいていた。
もっと言えば今日は他の職員も休みや所用が重なっていない為、クノンとターリア以外誰もいない。隠れているだろうという考えすら端から封殺されている。
一進もしない考えを巡らせている内にリーダーと側近が外へと出て来る。
その腕には、恐らく孤児院を運営する上で重要な資金の、ほとんど全てを詰め込まれているだろう大ぶりな袋が握られていた。しかも意外とほくほく顔だ。
「なんだよマジでちんけかと思えば……結構あったな!」
「いう事にかいて嘘ついたんじゃないですかねぇ、こりゃあ連れてく子供の数を増やさないと」
どれだけ悪意を垂れ流されようと止めるすべがない、それを彼らもよく理解しているからかもはや自重せず邪心を吐き散らかす。
そしてとうとう子供たちの元へ―――歩み寄ろうとした瞬間、その目がクノンを捉えた。
「おいおいおい! なんで見逃してたんだ俺は! こりゃまた上玉だなぁ!?」
「なん……ですか?」
「…………」
側で佇むムウに目もくれず、怯えるクノンの方へとリーダーはずんずん近寄ってくる。
「決めた、お前も連れてくぜぇ」
「え……え?」
「呆ける事はねぇだろ、安心すりゃいい。売らねえよ、俺の女にするだけだからなぁ」
「ちょ、ちょっと……!?」
「…………」
邪悪なる急展開に付いていかず揺さぶられ続ける心と、清潔感のかけらもない風体に対する純粋な嫌悪からクノンはリーダーを押しのけようとするものの……チャンスだと逆にその手を掴まれてしまい。
「おら大人しくしてろよ!」
「待っ……い……ぁ……あぁっ!?」
腕を折らんばかりに捻ると地面へ叩きつけ、踏みつけるような形で拘束してしまった。“俺の女に”と宣った次の行動がこれであるなら、続いた先の末路などいっそ考えたくもない。
よくもまあ、ここまでの悪意と考え無しを振りまく連中が、今日この日に至っても捕まらず野放しになっていたものだ。
「クノン!」
「おい、動くなっつったろオバハン」
「ぐ……っ!?」
思わずターリアが駆けだしかけるがそれは部下の剣で押し留められてしまう。本能的な危機感により体が止まってしまえば勢いを活かすことはもうできず、ただ、文字通り踏みつけにされているクノンをもどかしさと苦悩の宿る視線で見つめるのみ。
かすった拍子に流れる血もいとわず動きだそうとする心とそれを留める体により、拮抗し固まり続けるだけ。
……万事休すとは、正にこのこと。
そして追い打ちをかけるようにとうとう……爆ぜた。
「うぇぇー!せんせぇーっ!」
「たすけてぇ!?」
「おねーちゃん……ひぐっ……!」
ある子はターリアの血を見た瞬間にひたすら泣きわめき。
ある子はパニックを起こして助けを求めはじめ。
ある子はギリギリで耐えこそしたがクノンの方へと寄ろうとして。
「クノンおねえちゃんからはなれろぉっ!?」
ある子は勇気を――否、蛮勇を振り絞ってリーダーへ突撃した。
我慢を重ねた所為で溜まりに溜まっていたものが、よりにもよってこんな最悪のタイミングで決壊したのだ。
「はん!」
「えぐ……は…!? けひっ……かひゅ……! ひゅぅっ……!」
「おっと飛んだなぁ」
突撃した子は蛮勇虚しく、当然ながら敵わず蹴り飛ばされてしまい……おかしな呼吸を始めた。
素人でも分かる。
あれは確実に不味い状態だと。
「かわいらしい勇者だこった。俺はさしづめ魔王か? はははっ、ざんねぇんこれはリアルなんでえちゅ。現実を教えられちゃいまちたねぇ~?」
侮辱に侮辱を重ねて吐きつけるリーダーは、しかしそんな上機嫌に見えた態度を一変させる。
「ったくああもううるせえんだよガキどもが! 売ってやるからって調子に乗ってんじゃねえ!! ……おい」
「へい、何人にしやすか」
「半分切り捨てとけ、そもそもその気だったんだ。俺の可愛い部下夫婦に汚名がついちまったそのお礼と仇討ちもしなけりゃだしよ。ある程度斬っときゃどうせ当たってるだろ」
「まっ……て……あぐぅっ!?」
より強く踏み付けられたクノンを見た子供達は、リーダーの言う言葉の意味も分からぬゆえにより一層喚きだしてしまい、どんどん苛立ちのボルテージが増していく。
「では……」
「そこの勇者気取りは俺がやる。水を差しやがって……じっくり刻めば少しは気が晴れるな」
「へい、それじゃあ後は自由に~っと!」
そのボルテージは更なる悪意を呼び、部下達へも順々に伝播し止まらない。
「そろそろ斬りたくてうずうずしてたんだよなぁ、隠れっぱなしで飽き飽きだ!」
「これが上手くいけばもっと自由になれるって話だぜ。裏商売様々だな!」
「可愛い子は残しとけって事は……じゃ、あのはなたれ小僧は真っ先に斬っとくかぁ!」
(どうして……なんで、こんな……っ)
踏まれた痛みよりもずっと痛く苦しい、この場を支配する悪意に対し、クノンはただ悔しさで歯噛みするしかなかった。
ムウを拾ったことが発端? じゃあ彼女を見捨てて何もしなければ良かったのか? 否、そもそも向こうのはただの言いがかりだ。
一種の因果応報を獣に下されたことを逆恨みして、悪意を持って実質無関係な孤児院を襲撃して、金品を奪うだけでなく子供達を売り飛ばそうとして、挙句幼稚なかんしゃくに等しい感情で刃を振り下ろそうとまでしている。
元より、かんしゃく無関係に娯楽か何かのように斬り刻もうとしていたと自ら露呈させた。
どうしてこんな理不尽に合わねばならないのだろう……。
ただ1人の女の子に、1つの道を見出して欲しかっただけなのに……。
ただ、皆と一緒に穏やかにこれからをすごせれば良かっただけなのに……。
(ムウちゃん……逃げ、て……!)
この身が欲の果てにずた袋と化そうとも、せめてあの時であった女の子だけは。
滲み、歪んだ視界の中に映る、事ここに到っても何時もの雰囲気を崩そうとしない女の子の無事を……叶う筈もないその願いを湛え、クノンは無力なままひたすらに祈った。
「じゃあな、勇者クンよぉ!」
「さあやっちまおうぜぇ!」
「アイツに決~めたっ! いくぜぇー!?」
「把握、は、完了」
「ぷぎっ」
ああ、無力な少女よ。
どうやら。
その祈りは……無駄ではないようだ。
次回、実質的な初戦闘です。