刃尾少女に装い有らず~億年の素振りに我流で張り合ってみた~ 作:阿久間嬉嬉(新)
(戦意、の、発信源、を確認……総数、は……)
先の凄惨な現状に対し、ムウの内心はひどく凪いでいた。
いや……正しくはいつもと同じでしかなかった、と言うべきだろうか。ほんのわずかな『差異』こそあれど、あのような邪心飛び交う場であってもなお、ムウ自身はいつも通りを外面内面両方で一切崩してはいなかったのだ。
それは鋼の尖塔での闘争と同様で。
それは鉄の庭での逃走と同様で。
空白と困惑、改めての学問。それらに埋もれ続けていた彼女にとっては刃の意思にまみれるこちらこそが最も冷静になれる瞬間で。
目の前で繰り広げられる外道劇場に対し、子供達の悲鳴に対し、ターリアが血を流した事に対し、クノンが踏みつけられたことに対し。
ムウはリーダーや部下達の得物の見分と具体的な身体能力、戦力把握に努めて……
三大欲求に例える必要すらなく、もはや呼吸でもするかのように、ナチュラルに。
(逃走の必要はあるのか? 否。
では闘争の必要はあるか? 否。
ならば待機の必要はあるか? 否。
それでは何をすべきだろうか? 黙考)
不気味さの漂う機械的思考で取捨選択していく中……しかして彼女が“彼女”であった証が1つ、胸の内へたしかに刺さった。
(他の、ブランク、と、同じ……自分が、持ち、合わせて、いない、もの……)
見回して、クノンが視界に入るたび、ターリアが視界をよぎるたび、他の子達が視界へ収まるたびに、己を内側から刺激するトゲは鋭さを僅かに、されども徐々に増していく。
……それこそが野性ではなく、人としての『怒り』の名残なのだと、この時のムウがついぞ気付くことはない。
気付いて拾うその前に、準備の第1段階を終えてしまったのだから。
(必要、取捨選択、完了し、た。目標、は、闖入者、の、制圧)
滑らかに第2段階へ移行した彼女の中にあるのは、既に闘争への意欲と、その為に描き続ける筋道だけ。
(標的、確認、完了。援軍、は、無し)
さらに、どう探ったのか周囲に仲間がいないかどうかすらも把握済みであり、段階はどんどんと進んでいく。
(彼我、の、実力差、は……)
本当にどうやっているのか、それとも事実機械のような何かであるのかとうとう戦力までも測りだし……後はチャンスを待つのみとなり。
そして。
(ムウ……ちゃ……逃…………げ……)
(確認、し、た…………必要、が、無い)
どこからか、僅かに聞こえた声へと不要な筈の返答を告げながら、地を踏みしめて。
「じゃあな、勇者クンよぉ!」
「さあやっちまおうぜぇ!」
「アイツに決~めたっ! いくぜぇー!?」
「把握、は、完了」
取りあえず、と言わんばかりの軽々しさで……自分からもっとも距離の近い、リーダーの顔面へとジャンプ蹴りをくらわせた。
「ぷぎっ」
浮かべた下衆な笑顔のままに無様に鳴いたリーダーは、軽々しい所作からはとても予想がつかない、ガウンッ!という破裂したかのような音を響かせて水平に吹っ飛んで。
「へっへっへぐら」
その途上で次に早く剣を振るおうとしていた者にぶつかり、一緒に地面を滑っていく。
「え、ちょっ、リーダァー!?」
「いい今のなんだぁ!?」
明らかに自分達の完全優位だった状況が、よく分からないまま一変したことに部下達は動揺を隠せない。いや、そもそも今ここで何が起きたのかすらまだ把握できていない。
「おい動なっづ……は? だぶろ!?」
続いてターリアに刃を突き付け直そうとしていた男が、すでに頭上へ跳んでいたムウに手を踏みつけられ、剣を落され、即座に放たれた左ソバットでダウン。
「こ、このガキ動あぶねええぇっぇ!?」
「いで!?」
「待て今何が……どわあああぁ!?」
まだ間が離れているからと再度人質を取ろうとした者達も、1人へは落ちていた刀剣がまっすぐ豪速で飛来し。
1人へはいつの間にか手元を狙い放たれていた小石が飛び。
1人は先にダウンさせた男を信じられない力で水平に投げつけられて、尽く何も出来ない。
それでも全てを封じる事はできず、とうとう部下の1人が子供の頭を掴んで地に伏せさせた。
「ひいっ!?」
「おらぁ!!大人しくいででででぇぇっいぎぎぎあだだだだぁぁぁぁー!????!??!」
「……へ?」
―――そんな男の腕を、もう近くに居たムウがおもむろに掴んでにぎりしめた。
「放せ放せって放してくれいやマジで放しあああああぁぁぁぁ放してくださぁぁぁい!?」
「…………」
“じゃあ放す”
そう言わんばかりにムウはあっさり手の力を緩め……裏切るかの如く一気に再駆動させその男もぶん投げた。地面に転がっていた剣を蹴り上げ、二つに折り砕きながら別方向へ蹴り飛ばすオマケつきだ。
……何度も何度も邪魔をされ、確実に数を減らされ、さすがの彼らもいったん人質を諦めざるを得ないと判断したか、次々に剣の切っ先をムウへと向ける。
「このメスガキがぁ! 不意打ちでいい気になってんなよぉ……っ!!」
「バカ力任せで何とかなると思ってんじゃねえぞ……っ! 殺す!」
「剣術のけの字も分からねえガキがあ……っ!」
急襲により一時的に萎えていた優勢の雰囲気がここで息を吹き返してしまう。そのまま一斉に悪罵を飛ばし、唾を散らしながら次から次へと躍りかかってきた。
「
「
1つは、縦一閃。
1つは、1発の突き。
対しムウは縦一閃に向かっていくと紙一重で避けて剣の横っ面を叩き、僅かに止まって跳ね上がったそれが時雨流の突きを阻害してしまう。それでバランスを崩した2人が何とか建て直そうとした、が。
「「ごべぇ!?!」」
瞬間、放たれた2連ソバットにより横っ面を打ち抜かれて仲良く吹っ飛ぶ。と、同時に背後を見ないまま身を捻って、いつのまにやら握っていた剣を振り上げるように放ると……そこには隙を狙ってきたらしい3人目の部下の姿が。
「神明りゅ―っていや待て待て止まれ止まれ止まれぇぇ!?」
余りのタイミングの良さ、あるいは悪さにもはや流派の技どころではなく、自身の剣を放らんばかりの勢いでブレーキをかけてとどまる。
どうにか刃を免れ、ホッと一息ついた。
「…………」
「あ―――ばほ!!!」
そんな彼の腹部へ容赦なく降ろされる足裏。ややジャンプしてくり出されたそれは小柄な彼女の全体重が乗っているのか、相手を“く”の字に折り曲げさせてそのまま気を失わせた。
ビビッてなるものかとまたも2人ほど集うのだが、今度も体躯の小ささと思わぬ怪力、素早さを活かして一瞬で攻防を決められ、またもやぶん投げられる始末。
と言うか、この攻防以外でも実は要所要所でついでとばかりに石が飛んできており、なのでそもそもほとんどうまく動けていない。
「な、なんだよこのガキ……聞いてねえぞこんなやつ!?」
「ってか、俺らなんか位置が……?」
ふと奴らが気が付くと、先までの急襲や今までの攻防のムウ自身が全て利用していたようで、子供を人質にとるにも門から逃げるにも手間がかかる位置に追いやられている。
否、子供はこの戦いのどさくさに紛れてターリアやクノンと共に避難済み。なのでムウを超えて行かなければならない状況。
リーダーも初っ端やられてしまっている。そしてそれをもたらしたムウは未だに無傷、無消耗でピンピン状態。
「ムウ、ちゃん……! すごい……!」
「なんだいなんだいとんでもない才能じゃないか……。これならあの子も間に合う……!」
「いけー! ムウ、ぶっとばせー!」
「わるいひとやっつけてー!」
希望の光が灯った孤児院側は持ち直しており、策を立てられなかった先程と比べると、既にいくつかの補助手段を取れるまでの余裕がある。武器になりそうな道具もある、ムウのお陰で何とかなる……! と。
つまり、今や男達の方がどう見ても追い詰められていた。
「こうなったら、全部捨てて逃げるしか……!」
彼らにとっては幸いと言うべきか、孤児院側からすると不幸と言うべきか、まだなりふり構わなければムウの追っ手を振り切って逃げる事は可能な状況でもあった。
……もしこれすらも視野に入れた戦闘ならば末恐ろしい。
だが、どちらにせよ彼らにもう後などない。
「仕方ねえよな……! も、もうそれしか――ギャアッ?!!」
「え――グギィ!!」
そう、後など無いのだ。
最初に飛ばされたリーダーが目を覚まし、怒りをたぎらせ彼らの背後に立っていたのだから。
「クソガキがぁ……っ!」
怒りのあまり我を忘れているのか、それとも逃げようとしたことが癪に障ったのか部下を簡単に、物理的に斬り捨てたリーダーはムウを鬼のような形相で睨みつける。
一方のムウは相も変わらず無機質に近い表情で、冷徹なままリーダーをまっすぐ見つめていた。
「この程度でいい気になってスカしてんじゃねえ……っ! ザコ共に勝ったからなんだぁ!? 俺ぁ
「…………」
「ガロウとか言うガキにすら免許皆伝を与えるから、格が下がったとでも思ってるかぁ!? ふざけてんじゃねえぞ……っ!」
「…………」
「ははっ、お前をぐっちゃぐちゃにした後は! ガキ共もババアも斬ってぇ! 上玉ももう要らねえから斬ってぇ!」
「…………」
「黙りこくってんじゃねえよ糞メスガキがアアアアアァァァァ!!!!!」
ひどく対照的な温度差を受けて先にキレたのは、リーダー。
地が小さく爆ぜるほどに蹴って勢いづけた大柄な体躯、その腕の筋肉が音を挙げて引き絞られ、分厚い剣にすら伝わり震えて小さな唸りを挙げる。
「百花繚乱流―一輪華!!」
これまた縦一閃、しかし先の引き切る類とはまた趣を異にしていた。なにより体重を乗せたこの刃、まともに受ければ血の花が咲くだろう。
逆に言えば対処の基本は変わらず、受けさえしなければ何も変わらないことを意味しており……。
「だりゃあああぁぁ!!」
……裂帛の声とと共に放たれたそれを、ムウは近寄りつつ半身になってこれまた容易く、こともなげに回避する。
後はもう簡単。やや遅れたカウンターとして攻撃を…………当てられる間合いへと入った、その刹那。
リーダーの顔が、ぐにゃりと歪んだ。
「百花繚乱流ぅ――七分裂きぃ!!!」
これこそがリーダーの策だったのだろう。
待ってましたとばかりに振り上げられたそれはムウを確実に捉え、1斬与えただけじゃ気が済まぬとばかりに暴れ狂い、刃の奇跡7つが咲き乱れていく。
「ひゃはははははははは!!!」
やっと仕留めた! 仕留めてやった!
メスガキが、臓物を無様にさらしやがれ!
そんな哄笑と共にさらなる追い打ちを求めて刃を己の側へと引き寄せ―――。
「は」
―――刃は、もうなかった。
「…は」
凡そ三分の二からバッキリいっていた。
「……はっ?」
なんで? どうして? なにがあった? どうなった?
悪意すらも一瞬で消し飛ばす、そんな衝撃の答え……それは、ムウが右手に『握って』いた。
ちょうど三分の二あたりの長さがある、柄なしの折れた刀身。
要らないとばかりに軽々後ろへ投げ捨てられた、リーダー自慢の剣の刀身。
じゃあなんだ。
つまりさっきの連撃は。
「がぼぁぶるぎゃぃあああぁぁぁ!?」
リーダーが不可思議の答えを得たとほぼ同時に三連撃、炸裂。
追加で握った木の棒、フルスイング。
容赦など彼方に置き去る勢いで顔面へ叩き付けられたそれは、リーダーの意識を刈り取るばかりでは飽き足らず、派手に吹き飛ばして近くの廃屋へと叩き付け……ぶち抜いて中へと放り込んだ。
「……完、了」
唐突に降ろされた戦いの幕に……暫し、静寂が孤児院を支配して。
“ ワ ァ ッ ! ”
弾ける。
今度は喜びで、暖かな涙を伴って、一斉に駆け寄ってくる。
「すっげー! ムウすっげー!」
「ひーろーみたい!」
「ムウってすっごいやつだったのかー!?」
「……?????」
本人視点では恐らくいきなり意味もなく囲まれたようなものなのだろう、証拠にまたもや困惑が支配している顔になっており、先ほどまでの機械的冷徹さのかけらもなかった。
そもそもターリアやクノンが被害にあっているという現状があり、また危うい子が1人いて、さらには彼ら彼女らも先ほどまで泣いていたのだ。
『子供ゆえの切り替えの速さ』が視野に一切入っていないゆえ、ただただその場で困り果てるだけしか、ムウにはできずにいる。
「わぁ……」
「クノン、腕はちょっと待っててな! ひとまずこの子を医者に連れて行ってから……警邏の人を呼んでくる!」
「あ。は、はい! ……つっ……」
クノンもまた自身の腕の状態を忘れるほど見入ってしまい、ターリアの言で漸く思い出すほど。
ひとまず何とかなったことで腰が抜けてしまったのかその場に座り込んだまま、クノンはみんなに囲まれてある意味いつも通り棒立ちするしかないムウを見やり、笑う。
(ムウちゃん……そんな才能があったんだね、あなたには……!)
何とかしてあげたい、その思い。
それはギリギリの悲劇とそれによる恐怖こそあったものの、お釣りがくるほどの成果を持って、実を成そうとしていた。
(
ただまあ、それが本当の意味で実を結ぶのは。
大分、先かもしれない。