刃尾少女に装い有らず~億年の素振りに我流で張り合ってみた~ 作:阿久間嬉嬉(新)
――人狼学院――
まず、この孤児院からはもっとも距離的に近しい剣術学院であり。
昨年度および一昨年度の剣術の祭典・“剣王祭”において本戦出場を果たした、『五学院』と呼ばれるトップ校達にも負けず劣らずな戦果を持つ強豪の一角でもあり。
そして、「ガラの悪い」学院としても名が知れてしまっている、不良や問題児たちが集いし暴力のるつぼ。
五学院への入学が決まっていたにもかかわらず暴力沙汰を起こしたせいで取り消しとなり、結果人狼学院へ流れ着いた『天才剣士』の件が直近だと記憶に新しい。それぐらい荒事上等な学院という事でもあろう。
基本的な規則や大まかな決まり事ついてもかなり大雑把な部分が多々存在している。だからこそ今回の飛び級特待生の件を持ち込んでこれた、とも言えよう。
また上記した天才剣士がやってきたことを追い風としてもう少し戦力を招き入れたいが為ルールを捩じった、という経緯や思惑も多分あるのだろう。
しかしいくらルールが厳格でないとは言え……恐らくの実年齢はともかく外見年齢は
だからと言うにはそれ以外の理由も多かろうが、メガネをかけた孤児院長、付き添いのターリアとクノンは頭を悩ませていた。
曰く『先のお使いの際に起きたひったくり事件、その解決の一部始終を見ていた事、そこから連なる以前の強盗事件の顛末と信ぴょう性、それを天秤にかけて了と出たから来た』との事。
……そりゃあムウは強い。
大の男を軽々ぶん投げる腕力は言うに及ばず、木製とは言えどれだけ丈夫に作っても砕いてしまう握力も中々で、ほとんど瞬間移動染みた速さを誇る跳躍力および脚力とそのスペックは『破格』の1言。
状況判断力も高い、咄嗟のクソ度胸も凄まじい、これで剣術まで会得したら一体どれだけ伸びるのか? いっそ末恐ろしくなるやもしれない。
まあ実際は先に言った通り、少なくとも剣術においては武器を扱えない正体不明の機能あるいは縛りをどうにかする必要があるので、机上の空論ではあるのだが……。
それはともかく。
今重要なのは『人狼学院からの、飛び級特待生として入学を了承するのか否か』だ。
実の所……ただムウを寄こせと言っているだけならば孤児院長も、そしてターリアやクノンだってもちろん反対しただろう。
されど人狼学院側もさすがにそれは想定済みだったようで【ムウが入学すれば人狼学院からも孤児院を積極的に支援する】という条件を突き付けてきた。
人狼学院は『実力があるが薄汚い、金のために何でもやる荒くれの巣窟』とも揶揄される魔剣士の協会と大きなつながりがあり、と言うかだから強豪かつ校風自体が荒っぽいとも言え、しかしてそれゆえに支援の2文字を軽視できない。
現代日本等ならばともかくこの世界、この国、この地域においては常に孤児院はギリギリであり、市からの支援だけではどうあっても不安だけが残る。
ムウが人狼学院に通う代わりに協会とのパイプを作れば間接的に市との繋がりもより強くなり、そこから支援を受けられれば保善はもちろん約束されている期限より早く確実に移転を行え、なにより子供をもっと受け入れやすくなる。
孤児院長は寡黙ながら善意が強い人なのか、一番最後の可能性をどうしても無視出来ず、けれども乱暴者たちの中へ小さな女の子を放り込むのも気が引けるため板挟みになっていた。
立ち位置としては部外者なれど、実質的に関係者であるため一考の権利を与えられたクノンも、当然即決はできずにいる。
確かにムウの実力を広めたくはあったのだが、それはこれから徐々に、そして一緒に歩んでいこうという『孤児院暮らしから羽ばたく』ことを前提としたもの。木剣作りこそ強引だが、ムウの為に何かしたいという想いは何でもかんでもやれば良いというものでは流石に無い。
そもそも行先は人狼学院、ならばどうあっても悪評が付いて回ってしまう。
ターリアもまた言わずもがな。
数少ない、その実力を間近で目撃した2人であるという立場であってもこんなに早く、かつ人狼学院と言う不安の方が多い場所へ向かわせることはどうあっても
孤児院の子達ともようやく仲が、少しだけでも縮まった所なのもある。……寮生活ではなく孤児院からの通学と注釈は入れられたが、大切なのは一緒に居る時間や理由であり、帰る場所が同じなどとそっちではないのだ。
―――結局その場で答えなど出せる訳もなく、勧誘に来た人狼学院の女性教師も「それじゃあ、良いお返事を期待しています、ってやつだ。また来る」とそれも想定済みか一旦保留とし、その日は解散。
元より当事者であるムウにも話を通し、熟考の後に答えを聞かねばならない。なら、ここで答えが出ないのはある意味必然だったのかもしれない。
「実利のみ見ればムウさんを入れるべき、ではあるのですが……ううん……」
「それが出来るならこんなに頭を痛めてないからねぇ、あたし達も院長さんも」
「彼女の力に鑑みればいずれ巣立つ……けれど、“いずれ”なんです」
「悪評も正直な話無視出来ないしねぇ……急ぎすぎてる、まだまだ危うくもあるんだ」
孤児院長とターリアの会話を耳にしつつ、クノンは黙考する。
(人狼学院って事を除けば正に夢見た、私が望んだチャンスでもある。でもいざ来たら何だか……チクっとする……)
永い別れなどでは決してない。むしろ先の通り寮には入れず家は必要なのだから、孤児院からはまだまだどうあっても離れられないと言える。
けれど、何故かどこか遠い所へ行くような気がして……クノンは意図的にか、複雑な思いを馴染ませるかのようにゆっくりとまばたきした。
(不思議だよね、ムウちゃん……)
出会ってからまだ半年も経ってないのだ。起きた出来事だって日常の方が大半なのだ。
始まりを筆頭に、非日常的な出来事の濃度が高いのだとしても……。
(ここまで大事な人になってるとかびっくりだよね……なんて)
ただ、どうあっても結論は要り様なのだ。感傷に浸るばかりではいられない。
ひとまず孤児院長とターリアに断りを入れてから、ムウを探そうとする……が、孤児院長から直々に「なるべく君から伝えて欲しい」と言われ、思わぬ大役に緊張しつつ……それでもしっかりとした足取りで、2人とは別方面からムウの姿を探し出す。
幸いと言うべきか、ムウは開けた場所でいつものように棒立ちしていた。
濃い灰色と暗い黄緑の髪も、獣耳のようなクセのある髪型も、この世界にはなくクノンも名前を知らないテックウェアに似た衣装も、無機質気味な顔も―――何もかも変わらない。
取り巻く状況の激変っぷりに反し、ムウ自身は『常時』を保ち続けているようにも見えた。
「……ムウちゃん」
「? ……ん」
声音の重さにか一瞬ばかり向こうを見たまま首を傾げ、されどこのままではいけないとは思ったらしく、するり、よどみない動作でムウはクノンの方へ振りかえる。
「ちょっとお話があるの、良いかな」
「ん」
近頃はこうやってちゃんと、とは言い難いが返事までしてくれるようになったことを再認識したクノンの顔が歪みかかるものの、なんとか保って大切な『お話』を切り出す。
外見年齢よりも聡明な部分が見えるのが彼女だ。所々なら元のまま話しても大丈夫だろう、そう考えつつも噛み砕いて。
曰く、人狼学園への飛び級および特待生としての入学勧誘が来たと。
曰く、入学すれば人狼学園経由で他の組織からさらなる援助が受けられると。
曰く、しかし人狼学園は悪評が付きまとう荒くれの居場所だと。
曰く、曰く、曰く……語れる部分は出せるだけ出して。
「あまりにも早すぎるし、強くっても危ないから、だから私たちも悩んだ。けれど入学すれば色んな人が、皆が助かる……ムウちゃん自身にも、もしかしたら良い道が開けるかもしれないの」
どれだけ不安ではあってもなるべくムウ自身に選択を委ねられるよう、誘導的な言い方にならないよう努めて、でも崩れかかっていると自覚して……やがて、全てを話し終えた。
「どう、かな。……ムウちゃん」
「…………」
語られた側のムウの顔は、やはりと言うべきかひどく変わりはせず、されど困惑の色はどこにも無い。ちゃんと、理解はしていると見える。
―――事実その通りで、ムウは勧誘内容の全てを受け入れた上で、どうすべきかを今、きちんと考え始めていた。
(
言葉が乱れる。しかして想いは乱れず。
始まりは、折角摩耗の原因となった尖塔群から逃れられた事実がここにあるのに、
続くのは、内に滑り込んでいる僅かな熱を、やがて確定的に取りこぼすだろうそれを、保つために必要なものが何かを確認。
そこから、木剣を仲介して抱いた不可思議な肯定、英雄視された際の温度を加えるために何をすべきかを想定。
終わりに、己の中でひっきりなしに響き、渦巻き暴れて占め続ける【カエリタイ】の5文字への熟考。
(そこ、を、経ての、解、は……)
荒くれなどはどうでもいい。『
取りこぼさぬというのなら、ある種の刺激が必要ゆえに。反復横跳び程度だとしても、小さな確認となるならばそれもまた良し。
【カエリタイ】、それは、【ドコニ】? ならば1度かえりみよう。作ろう。それが【チガウ】のだとしても、なればこそ停滞はそこで終わろう。
では? ならば?
それらへの、今の、最適解とは?
「…………」
「ムウちゃん……」
(決、定……)
困惑、悩み、既になく。ここに決め得た。
「自分、の……」
「うん。ムウちゃん、どうしたい?」
「自分の、答え、は……」
果たして“彼女”の、彼女の意志は―――。
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「はははっ! 良いお返事いただけてとても嬉しく思います、ってやつだ!」
薄い空色の髪を揺らし、先日来訪した女性教師は高々と笑った。
「しかしまだこれから。返答のみで決められる訳ではないでしょう?」
「そらな。学力は、あー、まあウチだから良いとして他の部分はどうにもならん」
孤児院長の確認にそう帰した教師は、目の前少し下に無言で立つムウを見やって、にやりと口角を上げる。
―――そう。
ムウは、人狼学院への入学を選んだ。
正確にはムウ自身の意志を聞いてからいくらかの手続き、やり取り、確認を経ているため即日返答ではないのだが、それでも想定よりも早い返事だったので教師は大層驚いたそうな。
それでもこうして笑っているあたり喜悦の方が勝っているとよく分かるだろう。
「制服については後々考えるとして……つうかその服に紅色で装飾入れたらうちの制服に似通うな、それで良い……訳ねえかぁ」
万事いい加減に見えて意外ときっちり分けているらしき女性教師は苦笑いしながらそう告げ、採寸どころか試験もしていないから制服については先だなと独り言ちる。
その後、よっこらせとゆっくり、少し屈んでムウへ目線を合わせた。
「さて飛び級ちゃん? 明日は試験が待ってるからあんま遊ぶなよ。つっても実力を測るだけだから、無理に気負わず日頃の成果を披露して頂きたい、ってやつさ」
「……ん」
女性教師の言葉にムウは小さくもしっかりと頷き、それを受けた彼女は三度嬉しそうに笑んで立ち上がった。
「再三言うが、今日がお別れってわけじゃねえさ。だがサイクルは確実に変わっていく、それを念頭に置いて下さいませ、だ」
それじゃあ明日また来るぜ、と腰の剣をカチャカチャ揺らしながら女性教師は去っていく。
そうしていつも通りの空気が戻ってきた孤児院、その外周。
ムウはクノンと目的も無く共に、緩慢に散歩をしていた。
「こんなこと言うのは、狡いと思うけど……良かったの? ムウちゃん」
「ん」
「……そっか」
取り繕おうとしたクノンの声色は若干でも弱々しく、どうしても寂しい気持ちを隠せずにいるらしかった。
が、仕方があるまい。
突発的に襲いかかった寂寥感から懊悩し、役目をはたしこそしても、ゆだねたとはいえども、最終的にムウ自身はきちんと決めてしまった。
わがままでしかなかろうと、クノンとしてはもう少し惑い、あと少し引っ張ってほしかったのかもしれない。
(結局、何もできてないね、私……)
ムウの為に何かしたいと思って、恐怖の対価にようやく見つけて、それすらもより向いた者達に預けるしかなくて。
ほんの僅かな時間居ただけでも膨れ上がった、何に類するかは分からずとも、確かにそこにある情を手放すかのようで。
ぐるりぐるりと負の感情がクノンの中で巡る。
だがしかし、巡るだけだ。吐き出しはしない、尖る事もない、ただ極論……自身が寂しいというだけなのだから。
本当に、あの草原で出会った程度の関係しかなかったとしても、仕方ないのだから。
「…………」
「……ムウ、ちゃん?」
と。そんなクノンの前へ、唐突に早足となったムウが立ちふさがる。
表情は、やはりと言うべきかいつものままだ。何のつもりであるのか、何がやりたくてそこに居るのか、まだ分からない。
分からないままクノンを、またもや唐突に指さしてきた。身長差を加味して斜め上に。クノンの顔の中心を、まっすぐ射貫くかのように。
そして、紡いだ。
「みな、の、ため」
「……?」
「温度を、再確認、し続け、て」
「……温度……?」
「だ、か、ら」
1度、息を切ってから。
「木の剣、また、とき、どき……おねがい」
紡がれたそれが……クノンの心へ飛び込んで来た。
「ふふふっ……あはっ、あはははははは!」
ああ、笑うしかないじゃあないか。こんなにも、ああこんなにも……なのに、自分は。
「……???」
どうしてか笑いだした、さらに泣きだしたクノンに困惑するムウ。そんな彼女の目線まで屈んで、ほおへと優しく両手を添える。
「うん、また作るね! ムウちゃんが頑張れるように、もっと良いものを!」
「……? ……ん」
ほんの僅かに進んだコミュニケーションは、けれども本当に僅か“でも”進んだ証だった。
役に立つという事は、必ずしも自身の心をその場で満たすものでは無かった。
―――それをこれ以上なく理解したクノンは笑い続け、ムウはずっと困惑し続け、そのまま立って数歩分歩いて。
「ムウちゃん!」
「……な、に……?」
「私も頑張るから、頑張って! 荒くれも、悪評も、全部に負けないでね!」
「ん……ん」
今度こそ本当の意味で送り出せるよう、弾んだ声でそう告げた。
(頑張る、よ、じぶん、も……戻り、かけたこれ、を、ちゃんと、ちゃん、と……『日常』から、日常、を……)
祝するように、2人の間を、春の足音を感じさせるそよ風が吹き抜けていく。
「さあ、行こ!」
「……ん」
目覚めの時は終わった。
小さくとも、きっかけの種は落ち、水を得た。
ゆえ、ここから始まる。
「あれっなんだろうこの手紙……私宛て?」
この世界に根付く、剣術に並ぶもう一つの力・
趣を異にせし、別世界の尖塔群より来たる異邦なる力。
「はあぁ!? 俺様を差し置いて特別扱いされてるガキが来る!?」
その激突が何を生むか、未だ分からない。
「アレン! 早く支度しちまいな! 遅刻するよっ!!」
「あわわわ……ちょ、ちょっと待ってくださいポーラさん!」
億年の素振りを愚直に繰り返し続けた少年と、幾星霜の暴を超え抜殻とならず保った者。
出会い、何が生じるか、それは分からない。
「……………行、こう」
だが2つ、確実に言えるとするならば。
歴史の歯車は刺して大きく回らず、しかして噛み合わず、確定的にズレる事。
そして―――。
次回から学院編となります。