極彩の奇跡   作:柚葉

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螺旋残響

一九九九年、一月。

 

 

小川マンションでの凄惨な事件が幕を閉じ、観布子市には表面上の静寂が戻っていました。

しかし、魔術的な歪みは未だ街の影に澱(おり)のように残っています。

 

蒼崎橙子から「実践的な索敵と初動の訓練」を命じられた黒桐鮮花は、マリアを連れて、最近繁華街で頻発している不自然な「行方不明事件」の調査に乗り出していました。

 

調査三日目:観布子市・裏路地の袋小路

 

雪混じりの冷たい雨が、ネオンの光を乱反射させる夜の繁華街。

マリアと鮮花は、失踪者が最後に見撃されたという、古びた雑居ビルが立ち並ぶエリアに足を踏み入れていました。

 

「…ねえ、鮮花お姉ちゃん。なんだか三日前から、街の色がどんどん『灰色』に濁ってきてるわ」

 

マリアは『リリアス』を抱え直し、不快そうに鼻先を動かしました。

彼女が嗅ぎ取っているのは、死の腐敗臭ではなく、存在そのものが希薄になった「空虚」の匂い。

 

「集中しなさい、マリア。橙子先生に言われたでしょう? あなたの広すぎる感覚を、今は『犯人の足跡』だけに絞るんです。…それにしても、妙に静かですわね。金曜の夜だというのに、人の気配が…」

 

鮮花が言葉を切った瞬間、周囲の空気が凍りついたように変質しました。

 

気づけば、路地の入り口も、非常階段の上も、建物の隙間も。

いつの間にか現れた「人々」によって、二人は完全に包囲されていました。

 

それは仕事帰りのサラリーマンであったり、遊び歩いていた若者であったりしましたが、共通しているのはその目です。

焦点が合わず、生気の一切が抜け落ちた、うつろな瞳。

 

「…これ、生きてる人間じゃないわ。お姉ちゃん、この人たち、中身が『空っぽの殻』になってる!」

 

「死徒の傀儡…いえ、もっと質の悪い何かですわね。…っ、来ますわよ、マリア!」

 

感情のない死者たちの群れが、呻き声一つ上げず、ただの物理的な質量として二人に襲いかかってきました。

 

「…お姉ちゃん、下がってて。こんな不味そうな色の人たちに、お姉ちゃんの綺麗な炎を汚させたくないもの!」

 

マリアが前に出ました。彼女の108本の魔術回路が、冬の夜闇を塗り替えるパステルカラーの火花を散らします。

 

「リリアス! この人たちの『重力』を、全部『綿菓子の軽さ』に書き換えちゃって!」

 

マリアがリリアスを大きく横に薙ぐと、極彩色の衝撃波が円形に広がりました。

襲いかかっていた数十人の死者たちは、マリアのテクスチャ上書きに触れた瞬間、その「重さ」という概念を喪失。

まるで強風に煽られた風船のように、ひょろひょろと夜空の彼方へ向かって、滑稽なほど軽やかに吹き飛ばされていきました。

 

「…相変わらず、無茶苦茶な解決方法ですわね」

 

鮮花が呆れたように息を吐きましたが、マリアの表情は晴れませんでした。

 

吹き飛ばされた群衆の向こう側。

ビルの屋上の影を、粘り気のある「黒い何か」が、ずるりと這いずるように移動していくのを、マリアの赤い瞳は捉えていました。

 

「…いた。お姉ちゃん、あそこ!」

 

マリアが指差した先では、一瞬だけ、吐き気を催すような使い古した雑巾を煮詰めたような黒い色が蠢き、霧に溶けるように消えていきました。

 

「なっ、逃がすもんですか…!」

 

鮮花が発火の暗示を唱えようとしますが、その「何か」が去った後の場所には、もう何の残滓も残っていません。

 

「…待って、お姉ちゃん。追っちゃだめ。…あいつ、すごく嫌な感じがした。…さっきの死者たちはただの餌で、あいつはもっと深い、底のない『穴』みたいな場所から来てる」

 

マリアの手の中のリリアスが、主人の不安に呼応するように、微かに震えていました。

それは「矛盾螺旋」で荒らされた観布子市の霊脈に、新たに根を張ろうとしている、別の怪異の胎動。

 

「…チッ、逃げられましたわね。でもマリア、よく見つけました。ひとまずは橙子先生に報告ですわ。…これ以上は、私たちの『実習』の範疇を超えていますわよ」

 

鮮花の言葉を聞きながらも、マリアはじっと、その「黒いもの」が消えた空を見つめ続けていました。

春が来る前の、凍てつくような一月の街。

新しい「不味い事件」の予感に、マリアはぎゅっと自分の腕を抱きしめるのでした。

 

「…もう。そんなに不安そうな顔をしないでくださいな」

 

鮮花は、空を見つめたまま動かないマリアの肩を、少し乱暴に、けれど温かく叩きました。

 

「橙子先生には『無理はするな』と言われましたけれど、あんな気味の悪いものを街に放っておくのも寝覚めが悪いですわ。いいでしょう、私が付き合ってあげます。その代わり、足がかりを見失ったら即撤退。いいですね?」

 

「お姉ちゃん…! うん、わかったわ。ありがとう!」

 

マリアの瞳に、パッと明るい光が灯ります。彼女はすぐさま、地面に膝をついて、先ほど「黒いもの」が消えたあたりの空気を、手で手繰り寄せるように集めました。

 

「あいつの通った跡、普通の魔力(におい)じゃないわ。世界が、そこだけ『腐った果実の皮』みたいに、薄く剥がれ落ちてる。リリアス、案内して!」

 

マリアがリリアスを前方に掲げると、先端の石突から、糸のように細いパステルピンクの光が伸びました。

それはマリアにしか見えない「存在の痕跡」をなぞる、概念の羅針盤です。

 

二人は繁華街の喧騒を離れ、さらに古びた、再開発から取り残された倉庫街へと足を踏み入れていきます。

 

「マリア、あちらの倉庫ですわ。…見て、建物の影が、妙に歪んで見えませんか?」

 

鮮花の指摘通り、前方の古いレンガ造りの倉庫の周囲だけ、空間が熱波のように陽炎を立てていました。

マリアの視界では、その建物はまるで「真っ黒なタールを塗りたくられたお菓子の家」のように、不気味な変質を遂げています。

 

倉庫の扉は、鍵がかかっているどころか、物理的な実体を失いかけていました。

マリアが指を触れると、鉄扉は「どろり」と溶け落ち、その先には無限に続くような暗い回廊が広がっていました。

 

「…何ですの、この空間は。倉庫の中にしては、広すぎますわ」

 

「お姉ちゃん、気をつけて。ここ、建物の形をしてるけど、中身はあいつの『胃袋の中』みたい。誰かの記憶や、さっきの死者たちの抜け殻を煮込んで、自分だけの世界を作ろうとしてるんだわ」

 

鮮花は掌に魔力を集中させ、小さな火球を灯しました。

その明かりが照らし出したのは、壁一面に張り付いた、生気のない「顔」のコレクションでした。

行方不明になった人々が、建物の壁と一体化し、静かに「何か」に消費されています。

 

「――醜悪ですわね。人の人生を壁紙にするなんて、趣味が悪すぎますわ」

 

鮮花の怒りに呼応するように、彼女の周囲の温度が急上昇します。

 

「マリア、あそこ。…中心に何かいますわよ」

 

回廊の突き当たり。

そこには、さっき逃げ出した「嫌な感じのもの」が、今や巨大な「黒い泥の繭」となって鎮座していました。

繭からは、何十本もの触手が伸び、壁に囚われた人々の「色(存在)」を吸い上げ続けています。

 

『…オ…ォ…オ…モイ…デ…タ…リ…ナイ…』

 

泥の繭から、数千人の呻きを合成したような、不快な声が響きました。

同時に、地面から無数の黒い影が這い出し、二人の足を縛りにかかります。

 

「マリア、あんな泥に触れられては事ですわよ! 焼夷の準備を!」

 

「わかってるわ、お姉ちゃん! あんな不味そうな黒い塊、私が全部『甘酸っぱいチェリーパイ』に変えて、食べられないようにしてあげる!」

 

マリアがリリアスを地面に突き立てると、足元から虹色の波紋が広がりました。

迫り来る黒い影は、マリアの光に触れた瞬間、パチパチとはじけて「色とりどりのスプリンクル(砂糖菓子)」へと姿を変え、その不浄な魔力を奪われていきます。

 

「お姉ちゃん、今よ! あいつの核、私が『燃えやすい飴細工』のテクスチャに書き換えておいたわ!」

 

「ええ、最高のパスですわ! ――火よ(セット)、出よ(アップ)!」

 

鮮花の放った極大の火炎が、マリアによって「可燃性の概念」へと書き換えられた黒い繭を飲み込みました。

 

炎に包まれた繭の中から、のたうち回りながら姿を現したのは、もはや人の形を保っていない「肉の塊」でした。

 

それはかつて、永遠の命を求めて吸血種への転生を試みた愚かな魔術師のなれの果て。

吸血種としての「種」を受け入れる器も、魔術師としての「格」も足りなかった。

結果、彼は死徒に成ることも死ぬこともできず、ただ周囲の生気を吸い上げて自己を補完し続ける、肥大化した「欠陥品」へと成り果てていたのです。

 

「…ア…アア…チ…ガ…ウ…。ワタシハ…ウツクシイ…ヨルニ…ナルハズ…ダッタ…!」

 

無数の顔が浮き沈みする泥の肉塊が、恨みがましい声を上げます。

彼が求めたのは、死徒としての完璧な不老不死。

しかし現実は、泥にまみれた醜悪な捕食者。

その絶望が、周囲の空間を「暗い泥」へと侵食させていきます。

 

「マリア、下がって! こいつ、ただの魔獣とはワケが違いますわ。存在そのものが『失敗した毒』の塊です!」

 

鮮花が警告します。

魔術師が儀式に失敗し、その執念だけが残ったモノは、理論では測れない呪いを撒き散らします。

 

「…ううん、お姉ちゃん。この人、とっても悲しい匂いがする」

 

マリアは逃げずに、ゆっくりと『リリアス』を水平に構えました。

彼女の赤い瞳には、魔術師のなれの果てが縋り付こうとした「偽物の夜」が視えていました。

 

「夜になりたかったんだね。…でも、あなたの夜は、誰かの思い出を奪わないと作れない、とっても寒くて不味そうな夜。…そんなの、私が認めないわ!」

 

マリアの108本の魔術回路が、かつてないほど激しく駆動します。

彼女は今、青子が施した「回路を通す」という枷を逆手に取り、自分の空想を一点に集中させました。

 

「お姉ちゃんの火で、あいつの『肉』は焼けた。…次は私が、あいつの『心(テクスチャ)』を焼き払ってあげる!」

 

マリアがリリアスを空に向けて突き上げると、倉庫の天井を突き抜けて、幻視のオーロラが降り注ぎました。

 

「あんたが欲しかった夜は、こんな泥臭いものじゃないでしょ? ――書き換えてあげる。この汚い泥を、全部『冷たくて甘いシャーベットの星屑』に!」

 

マリアの放ったパステルカラーの奔流が、肉塊に触れた瞬間。

ドロドロとした呪いの泥は、一瞬にしてシャリシャリと音を立てる色鮮やかな氷の粒へと変質していきました。

魔術師が何十年もかけて積み上げた「死への執念」という定義が、マリアの「美味しそうな夜」という圧倒的なイメージに敗北し、存在の根底から塗り替えられていきます。

 

「ナ…ナンダ…コノ…アカルイ…ヨル…ハ…」

 

肉塊は、自分の身体が甘い氷へと変わっていくのを、どこか救われたような心地で眺めていました。

彼が求めていた「夜」よりも、マリアが描いた「夜」の方が、残酷なまでに美しかったからです。

 

「…さよなら、不味い夜のおじさん」

 

マリアが指をパチンと鳴らすと、シャーベットに変わった怪異の残骸は、そのまま淡い光の塵となって夜風に溶けていきました。

後に残ったのは、壁から解放され、安らかな眠りについた行方不明者たちと、静まり返った古い倉庫だけ。

 

「…ふう。結局、あなたの『奇跡』で全部片付いてしまいましたわね」

 

鮮花は火を消し、額の汗を拭いました。

マリアは少し疲れた様子でリリアスを杖にし、消えていった光の跡を眺めていました。

 

「ねえ、鮮花お姉ちゃん。あのおじさん、最後は少しだけ『美味しい色』になってたかな?」

 

「…さあ。でも、少なくともあの泥の中にいるよりはマシだったでしょう。さあ、戻りますわよ。これ以上ここにいると、今度こそ橙子先生に怒鳴られますわ」

 

二人は、静かになった倉庫街を後にしました。

 

一九九九年、一月。

 

雪の降る観布子市に、ほんの少しだけ「イチゴ味の冬」の香りが残りました。

 

倉庫街の闇が晴れ、静寂が戻ったはずの空間。

しかし、マリアは立ち去ろうとする鮮花の裾を、強く引き止めました。

 

「…待って、お姉ちゃん。まだ、終わってない」

 

マリアの瞳から色が消え、無機質な銀の色へと変わります。

彼女の感覚が、物理的な距離を超えて、倉庫の「基礎」よりもさらに深い場所に潜む『異物』を捉えていました。

 

「…ねえ、変よ。あのおじさんは消えたのに、この建物の『骨組み』が、まだ私の書き換えを拒んでる」

 

マリアがリリアスを地面に叩きつけると、虹色の波紋が広がります。

しかし、その光は床の一点に触れた瞬間、まるで見えない壁に阻まれるように霧散しました。

 

「なっ…! マリアの『上書き』が弾かれた…!? 一体誰が…」

 

鮮花が周囲を警戒した、その時。

壁も床も存在しないはずの「虚空」から、一人の男が静かに、岩のように現れました。

 

漆黒の法衣。

 

動かぬ山のような巨躯。

 

そして、全ての感情を削ぎ落とした、深淵のような双眸。

 

「――無価値。救済を求めた末の残骸に、それほどの価値はない」

 

その声が響いた瞬間、倉庫内の温度が極限まで低下しました。

 

「あ…らや…宗蓮…ッ!? 馬鹿な、貴方は式さんに殺されたはずですわ!」

 

鮮花の声が震えます。

小川マンションでの戦いで、確かに滅んだはずの魔術師。

しかし、目の前に立つのは、幽霊でも幻影でもない。

この空間そのものを「自らの肉体(結界)」として定義し直した、強固な存在の理でした。

 

「死は過程に過ぎん。…だが、娘。貴様の力は、私の『箱』を歪ませる」

 

荒耶の視線がマリアに注がれます。

彼にとって、世界を自分好みに書き換えるマリアの存在は、強固な秩序を破壊する「無秩序な混沌」そのものでした。

 

「…おじさん、生きてるの? それとも、死んでるの? …わからない。おじさんの色は、色がない。ただの『コンクリートの塊』みたいな、重たくて冷たい絶望の匂いしかしない」

 

マリアがリリアスを構えます。

108本の回路が悲鳴を上げ、荒耶の放つ圧倒的な「静止」の重圧に対抗します。

 

「退け、不純物。ここはまだ、私の構築した理の中にある。貴様の『夢』が、私の『苦痛』を上書きすることは許さん」

 

荒耶が静かに右手を上げました。

それだけで、倉庫内の空間が物理的に圧縮され、鮮花とマリアを押し潰そうと迫ります。

 

「やらせないわよ!! ――リリアス!!」

 

マリアが全力の『奇跡』を放ちます。

荒耶の「圧縮」という概念を、「弾むゴムまり」に変えようとする上書き。

しかし、荒耶の結界はあまりにも強固でした。

虹色の光と、重厚な灰色の闇が空中で激しく衝突し、空間に亀裂が走ります。

 

「――不快な色だ。…今はまだ、その混濁に構う時ではない」

 

荒耶はそう呟くと、空間に溶けるように、その姿を消し始めました。

最初からそこにいなかったかのように。

 

「…待ちなさい、荒耶!!」

 

鮮花の叫びも虚しく、重圧は消え、後に残ったのは、マリアによって中途半端に書き換えられた、お菓子とコンクリートが混じり合った歪な廃墟だけでした。

 

「…そう。荒耶がね」

 

戻ってきた二人の報告を聞き、橙子は煙草を指に挟んだまま、窓の外をじっと見つめました。

 

「式に殺され、肉体も魂も霧散したはず。けれどマリア、あんたが『弾かれた』というのなら、それは奴の執念が、この街の霊脈そのものに『建築(インストール)』されている証拠よ。…奴はまだ、この観布子市を自分の箱庭だと思っているのね」

 

マリアは、荒耶と接触したリリアスの先端を見つめていました。

そこには、どんなに書き換えても消えない、一筋の灰色の汚れが残っています。

 

「お姉さん…。あのおじさん、また来るわ。今度は、もっと大きな『お城』を連れて」

 

「…ええ。次は逃がさないわよ。マリア、あんたのパステルカラーで、あのお堅い坊主の顔を真っピンクに染め上げてやりなさい」

 

一九九九年、冬。

 

終わったはずの物語が、マリアという「新しい色彩」を巻き込んで、再び動き出そうとしていました。

 

 

一九九九年、二月の雪の日。

 

 

橙子の事務所への帰り道、鮮花が買い出しのために一時的に離れた、その僅かな隙間でした。

 

観布子市の路地裏、街灯がチカチカと不規則に瞬き、周囲の音がふっと消えます。

マリアの前に、再びあの「動かぬ山」のような男、荒耶宗蓮が立ちはだかりました。

 

「――娘よ。貴様は自ら、その眼が何を捉えているか理解しているか」

 

荒耶の声は、逃げ場のない地下室の底から響くような重圧を伴っていました。

マリアは『リリアス』を構えますが、不思議と恐怖よりも、底冷えするような「違和感」が彼女の肌を刺します。

 

「…おじさん、また来たのね。私の色を拒絶した、冷たいコンクリートのおじさん」

 

「色の話ではない。貴様の存在そのものの話だ。…マリア・クェストラ。貴様が『魔術』と呼んでいるものは、そんな矮小な枠組みには収まらん。108本の回路。蒼崎の処置。それは、貴様という怪物を『人間』の型に押し込めるための檻に過ぎない」

 

荒耶が一歩踏み出すと、周囲の空間がぐにゃりと歪みました。

彼はマリアの赤い瞳をじっと見つめ、その深淵を暴くように言葉を紡ぎます。

 

「貴様の本質は、魔術師ではない。『星の触覚』――空想をそのまま現実に投影する、この星の意志そのもの。貴様が『寂しい』と願えば世界は凍り、『楽しい』と願えば理は崩壊する。貴様は一人の少女などではない。歩く、無秩序な新世界だ」

 

「…何、言ってるの? 私は、お姉さんに拾われた、ただのマリアよ」

 

「否定は無意味だ。貴様自身、気づいているはずだ。なぜ、死徒の成れの果てを『シャーベット』に変えられた? なぜ、私の絶対的な静止を『ゴムまり』のように弾ませることができた? それは、貴様がこの世界の理(ルール)を、『自分の好みで書き換えてもいい下書き』だと認識しているからだ」

 

荒耶の言葉が、マリアの108本の回路にノイズとなって走り抜けます。

マリアの心に、今まで意識的に見ないようにしていた「万能感」と、それに伴う「孤独」が芽生え始めました。

 

(…そう。私は、思えば何でもできちゃう。お姉ちゃんが一生懸命修行してる火も、私は『そういうものだ』と思えば一瞬で消せる。私は、みんなと『同じ場所』に立っていないの…?)

 

「自覚しろ。貴様の『奇跡』は、周囲の人間を消費する暴挙だ。貴様が笑うたび、世界の確かな手触りは損なわれ、パステルカラーの虚構に侵食される。…貴様という怪物を抱えるには、この街は、あまりにも脆すぎる」

 

マリアの足元のテクスチャが、彼女の動揺に呼応して、毒々しい紫色のドロドロとした液体へと変わり始めました。

制御が外れかけている証拠。

荒耶は、マリアの情緒が「人間」という楔から外れ、不安定な神性へと回帰していく瞬間を冷徹に待ち構えていました。

 

「…私の箱へ来い、マリア。そこならば、貴様の溢れ出す空想を受け止め、形にすることができる。貴様という不安定な事象を収める器は、私の『静止』以外に存在しない」

 

「…お兄さん、お姉さん…」

 

マリアの瞳から、人間らしい光が失われかけます。

自分の力が世界を壊してしまうという恐怖。

そして、自分を人間だと思い込ませていた青子の「優しい嘘」への不信感。

 

荒耶は静かに手を差し伸べました。

彼が求めているのは、マリアを救うことではありません。

彼女の「空想具現化」の力を自分の結界に取り込み、自らの探求――「根源」への到達を加速させるための、最高の『部品(パーツ)』として彼女を欲したのです。

 

マリアの意識が、自らの肥大化する力と荒耶の言葉に飲み込まれ、世界がパステルカラーの泥濘(ぬかるみ)へと溶け落ちようとした、その時。

 

「――あほうが」

 

低く、突き放すような、けれどあまりにも聞き慣れた声が、凍りついた空気を一刀両断しました。

 

バキン、と空間そのものが割れる音が響きました。

マリアを絡め取ろうとしていた荒耶の重圧と、マリアから漏れ出していた不安定な魔力が、目に見えない「線」に沿って綺麗に切断されます。

 

そこには、青い着物の上に赤い革ジャンを羽織り、鋭利な眼光を放つ両儀式の姿がありました。

 

「…式、お姉さん」

 

「何呆けた面してやがる、マリア。こんな陰気な坊主の説法を真に受けて、テメェまで色を濁らせてんじゃないよ」

 

式はマリアの前に立ちはだかり、ナイフを荒耶へと向けました。

彼女の「直死の魔眼」には、荒耶が張り巡らせた論理の結界も、マリアの暴走しかけていた空想の根源も、全て「死線」として映っています。

 

荒耶は眉一つ動かさず、静かに問いかけます。

 

「両儀…。貴様には判らぬか。この娘の本質は、既に人の器を越えている。それを人間として繋ぎ止めるのは、存在に対する冒涜だ」

 

「冒涜だぁ? 笑わせるな」

 

式は鼻で笑いました。

 

「こいつが怪物だろうが、星の使いだろうが、知ったことか。そんな理屈、幹也の前で言ってみやがれ。あいつなら『でもマリアちゃんはマリアちゃんだよね』って、ヘラヘラ笑って終わりだ」

 

式はチラリと後ろのマリアを振り返りました。

 

「いいか、マリア。自分が何者かなんて、他人に決めさせるな。テメェが『黒桐幹也の妹分』でいたいんなら、どんな神様だろうが怪物だろうが、そのツラを演じ通せ。――あんたの化け物じみた力は、そのためにあるんだろ」

 

「式お姉さん…。そうよね。私、お兄さんに褒めてもらうために、この不自由な身体を選んだんだもん…!」

 

マリアの瞳に、赤く力強い輝きが戻ります。

不安定に溶けかけていた周囲の景色が、一瞬で「いつもの観布子市の路地裏」へと再構築されました。

108本の回路が再び整然と駆動し、荒耶の言葉という「毒」を、甘い砂糖水へと書き換えて飲み込みます。

 

荒耶宗蓮は、自分の「箱」に誘い込む隙が完全に消えたことを悟り、静かにその場から一歩退きました。

 

「…両儀式。貴様という不確定要素が、この娘の楔となるか。…だが、娘よ。自覚した空想は、二度と無垢な魔術には戻らん。貴様がいつまで『人間』を演じられるか、私は永劫の静止の底から見届けよう」

 

荒耶の姿が、今度こそ完全に霧散し、街の喧騒が戻ってきました。

 

「…ったく、手のかかる銀髪だ」

 

式はナイフを収め、懐に手を入れて歩き出します。

 

「ごめんね、式お姉さん。助けてくれて、ありがとう。…お兄さんには、今の話、内緒だよ?」

 

マリアは小走りで式の隣に並び、その袖をぎゅっと掴みました。

 

「…さあな。晩飯が不味くなるような隠し事は趣味じゃない」

 

「あはは、ひどいわ! 帰りに美味しいタルト買ってあげるから!」

 

二人の歩く足元で、街灯が少しだけ温かいオレンジ色に輝きました。

荒耶に暴かれた「神性」という真実。

けれど、マリアはそれを自覚した上で、改めて「黒桐幹也の隣にいる少女」というテクスチャを、自らの意志で選び取ったのでした。

 

橙子がタバコを深く吸い込み、吐き出した煙が事務所の西日に溶けていくのを見つめながら、彼女はマリアと式の前で一つの「仮説」を口にしました。それは、魔術師としての倫理を越えた、戦慄すべき考察でした。

 

「…マリア、あんたが弾かれた理由がようやく分かったわ。あの坊主、死んでなお執念を拗らせて、とんでもない『箱』を完成させたみたいね」

 

橙子は机の上に観布子市の地図を広げ、いくつかの地点をペンで囲いました。

 

「普通、魔術師が死ねばその術式は霧散する。けれど荒耶は違った。あいつは小川マンションという『箱』で予行演習を済ませていたのよ。肉体が滅ぶ直前、あいつは自らの魂を霊体に留めるのではなく、観布子市という都市の構造そのものに上書き(インストール)した。今の荒耶は、特定の肉体を持たない。街の路地裏、建物の壁、あるいは地下の配管…それらすべてが奴の『結界の構成要素』であり、奴の『肉体』そのものなのよ」

 

「自分の存在を『街という現象』として保存する。…これはもう、通常の魔術の範疇を越えているわ。あえて呼ぶなら『擬似的な第五魔法』、あるいは『固有結界の永久固定』。マリア、あんたの『空想具現化』が弾かれたのは、あんたが『世界』を書き換えようとした時、その対象である『街』そのものが荒耶という強固な意志で塗り固められていたからよ。キャンバスそのものが別の画家の意志で固まっていたら、上から絵の具を乗せるのは至難の業だわ」

 

「奴はこの街が存続する限り、現象として存在し続ける。住人が息をし、建物が建っている限り、荒耶宗蓮という結界は解けない。…皮肉なものね。あいつは根源に届かなかった代わりに、自らが『根源へ至るための停止した宇宙』に成り果てたわけだわ」

 

「…じゃあ、おじさんはこの街の『影』の中にずっといるのね」

 

マリアはリリアスの先端をそっと床に触れさせました。

確かに、床の奥底から、無機質で冷徹な「鼓動」のような振動が伝わってきます。

 

「…気に食わねえな」

 

式がナイフの柄を弄びながら、冷たく言い放ちます。

 

「街そのものが相手じゃ、死線もクソもない。斬るには街ごとブッ壊すしかねえってことか」

 

「ええ。だからこそ、今のところは互いに干渉できない冷戦状態よ」

 

橙子は苦笑いして地図を閉じました。

 

「荒耶はこの街という『箱』の中で、マリアという『バグ』がどう動くかを観察している。…魔法の域に達した保存。けれど、それは同時に、あいつは二度とそこから動けないということでもあるわ」

 

荒耶宗蓮は、もはや一人の魔術師ではなく、観布子市という舞台を維持するための「システム」と化しました。

彼がマリアに自覚を促したのは、自らの一部となったこの街に、自分を脅かす、あるいは補完する「新しい概念」を取り込みたかったから。

 

「…いいわ、おじさん。あんたがこの街の壁だっていうなら、私はこの街を、世界で一番鮮やかで温かい『箱』に塗り替えてあげる。…あんたの冷たい静止が、私のハッピーエンドに負けて溶けちゃうくらいにね!」

 

マリアは窓を開け、夕暮れの街に向かって宣言しました。

現象となった魔術師と、空想を現実にする少女。

二つの「魔法に近い存在」を抱えながら、観布子市の夜は今日も静かに、けれど熱く更けていくのでした。

 

 

 

皆が出て行ったあと、一人残った橙子は深く考え込んでいるようでした。

 

「…もし、マリアが荒耶の言う通りだとするなら」

 

橙子は火のついた煙草を灰皿の縁に置き、思考の深淵へと潜り込んでいく。

眼鏡を外し、指先で眉間を強く押さえる。レンズを通さないその瞳は、冷徹な魔術師としての色を帯びていた。

 

「あの子の本質が、星の意志と直結した『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』の変種だとして…そうなると、青子が施したあの処置の意味が、私の予想以上にエグいものになってくるわね」

 

橙子は、自らの推論を一つずつ、パズルのピースを埋めるように繋ぎ合わせていった。

 

「青子は、マリアを『救った』んじゃない。マリアという『世界の終わりの始まり』に、無理やり安全装置という名の蓋をしたのよ。108本の魔術回路? ふん、笑わせるわ。あんなものは魔術を編むための機関じゃない。星の奔流を人間サイズにまで削り落とすための『減圧弁』よ。マリアが『魔術師』として一生懸命回路を回すという無駄なプロセスを踏ませることで、あの子の純粋な空想が、そのまま現実に漏れ出すのを防いでいる」

 

窓の外、観布子市の夜景を眺める。

そこには、現象と化した荒耶宗蓮が「静止」させた街が広がっている。

 

「もし、マリアがあの108本の枷を自ら壊し、自分の『正体』を完全に受け入れてしまったら…。世界はあの子の夢の中に溶ける。それは幸福な救済かもしれないけれど、そこにはもう、他者の意志も、積み上げられた歴史も存在しない。あるのはマリア一人の色が塗り潰された、終わらない極彩色の孤独だけ」

 

橙子の唇に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。

 

「荒耶は、それを見たがっているのね。既存の理が、一人の少女の空想によって無価値なゴミに書き換えられる瞬間を。奴にとってマリアは、根源に至るための扉ではなく、この行き止まりの世界を強制終了させるための『消去キー』なのよ」

 

再び煙草を手に取り、紫煙を吐き出す。

脳裏をよぎるのは、昼間に無邪気にかき氷を食べていた、あの銀髪の少女の笑顔。

 

「…皮肉なものね。あの子を『無力で不自由な人間』に留めておくことだけが、この世界を存続させる唯一の手段だなんて。でも、マリア。あんたはそれでいい。あんたが『お兄さんに褒めてもらいたい』なんていう、ちっぽけで、人間臭くて、下らない理由のために、その神様みたいな力をドブに捨て続けている限り…この世界はまだ、面白く続いていけるんだから」

 

橙子は眼鏡をかけ直し、いつもの人形師の顔に戻った。

 

「さて。明日もあの子が『ただの魔術師』として失敗できるように、最高に効率の悪い術式でも教えてあげるとしましょうか」

 

それが、彼女なりの、この世界とマリアに対する最大限の愛着(エゴ)だった。

 

 

 

二〇一〇年、晩夏。

 

 

 

マリアは、事務所のソファでずっと考え込んでいました。

窓の外に広がる観布子市の風景。そこには「街そのもの」となって静止した荒耶宗蓮が潜んでいる。

 

「ねえ、お姉さん」

 

マリアは、資料を整理していた橙子に声をかけました。

 

「私、あのおじさんを…荒耶を成仏させてあげたい。この街を全部、私の力で『正常な状態』に書き換えることができれば、あのおじさんも、街という箱から解放されるんじゃないかなって」

 

橙子は手を止め、眼鏡を少しずらしてマリアを見つめました。その瞳には、教え子の成長を喜ぶような、それでいて危ういものを見るような複雑な色が混じっています。

 

「…なるほど。現象となった荒耶を、上書きによって消去しようってわけね。でもマリア。あんたが言う『正常な状態に書き換える』っていうのは、具体的にどういうことだと思っているの?」

 

マリアは首を傾げました。

 

「それは…幽霊がいなくて、呪いもなくて、みんなが朝起きて、夜に安心して眠れる、そういう普通の街に戻すことだよ」

 

「いいえ、それは違うわ」

 

橙子は厳しく、けれど静かに否定しました。

 

「マリア、よく聞きなさい。あんたが『善意』で、街を平和なパステルカラーに染め上げるのは、荒耶が街を灰色の静止で塗り固めているのと、本質的には何も変わらないわ」

 

「え…?」

 

「あんたの『正常』は、あんたの主観による理想に過ぎない。もしあんたが街全体を『私の思う幸せな街』に書き換えたら、それは荒耶の『箱』を、マリアの『箱』に差し替えるだけ。そこに住む人たちは、今度はあんたの夢の登場人物に成り下がるのよ。…それは救済ではなく、支配というの」

 

橙子は窓の外を指差しました。

 

「本当の『正常』っていうのはね、『書き換えられないこと』なのよ。理不尽な不幸があり、解決できない悩みがあり、それでも明日をどう生きるかを個々の人間が勝手に決める。誰の意志にも上書きされない、混沌としたままの時間の流れ。それがこの世界の正しい姿よ」

 

マリアはハッとして、自分の手の中のリリアスを見つめました。

自分が良かれと思ってやろうとしていたことが、実は世界から「自由」を奪う行為になりかけていた。

 

「じゃあ、お姉さん。私はあのおじさんを、どうやって救えばいいの?」

 

「荒耶を成仏させたいなら、街を書き換えるんじゃない。『街からあんたや荒耶の干渉を切り離す』のよ。街を覆っている荒耶のテクスチャを剥がして、世界を『元の不便な現実』に叩き返す。あんたの力を使って、あえて『何もしない世界』を再定義する。…これは、ただ塗り潰すよりずっと難しい、繊細な作業になるわよ」

 

マリアは深く、深く息を吐きました。

108本の回路が、静かに、けれど今までになく澄んだ音を立てて共鳴し始めます。

 

「…わかったわ。私、あのおじさんを私の色に染めるんじゃなくて、あのおじさんが握りしめている『筆』を、そっと取り上げてあげたい。この街を、誰のものでもない、ただの退屈で、でも自由な街に戻すために」

 

「そう。それができれば、荒耶という現象は『定義』を失って霧散する。あいつが求めていた静止は、動く現実の中に溶けて消えるでしょうね」

 

橙子は満足そうに微笑み、新しい煙草に火をつけました。

 

「さあ、覚悟を決めなさいマリア。これは『空想具現化』の全能性への挑戦よ。自分という神様を殺して、ただの人間たちの世界を守る。…あんたに、その『無色』の上書きができるかしら?」

 

 

二〇一〇年、夏の終わり。観布子市の霊脈が最も高まる真夜中。

マリアは、街を見下ろす高台に立っていました。

 

彼女の背後には、橙子、そして静かに見守る式と幹也の姿があります。

マリアが手にする『リリアス』は、今や極彩色を放つ武器ではなく、透明な光を湛えた一本の「消しゴム」のような静謐さを纏っていました。

 

「――おじさん、聞こえる? 私、あなたの夜に『答え』を持ってきたわ」

 

マリアが108本の魔術回路を駆動させます。しかし、それは何かを作り出すためではなく、自身の存在を街の隅々にまで浸透させ、荒耶という「定義」を優しく包み込むための循環でした。

 

マリアの放つ光が街を覆います。

それは、荒耶が構築した「永劫の静止」というガチガチに固まったコンクリートのテクスチャを、ゆっくりと、けれど確実に解きほぐしていきました。

 

マリアが行ったのは、支配ではありません。

「ここから先は、誰の意志も届かない場所だ」という、究極の放置。

彼女の空想具現化は、皮肉にも「空想が届かない現実」を具現化するという矛盾を成し遂げました。

 

街のあちこちから、灰色の影が染み出し、一つの巨大な「貌」となって空に浮かび上がります。

 

現象と化していた荒耶宗蓮の意識が、マリアの「無色の光」の中で最後の一時、確かな形を取り戻しました。

彼は、マリアが作り出した「何も強制しない、不自由で不確かな街」の感触を噛み締めるように目を閉じます。

 

「…なるほど。私を塗り潰すのではなく、私の『執着』そのものを無意味な場所へと還すか」

 

荒耶の声には、これまでの峻烈な殺意も、重苦しい絶望もありませんでした。

ただ、長い長い旅路の果てに、ようやく辿り着いた安息の地を見つけたような、穏やかな響き。

 

「己の全能を以て、無能なる日常を肯定する。…マリア・クェストラ。貴様が示したのは、私には決して描けなかった、もう一つの『救い』の形だ」

 

荒耶の影が、マリアの光の中に溶け込んでいきます。

 

「…悪くないな。この、出口のない袋小路の果てに、これほど柔らかな終わりが用意されていたとは」

 

最後に、荒耶の唇が微かに、本当に微かに弧を描いたのを、マリアの瞳だけが捉えました。

コンクリートの圧迫感が消え、街に心地よい夜風が吹き抜けます。

現象としての荒耶宗蓮は、この夜、観布子市という箱から完全に解脱し、霧散していきました。

 

光が収まり、マリアは力尽きたようにその場に座り込みました。

108本の回路は熱を持ち、リリアスは役割を終えたように静かに輝きを失っています。

 

「…終わったわ、お姉さん。おじさん、笑ってたみたい」

 

「ええ。あんたの負けよ、荒耶。…人形師の私でも作れなかった、『完璧な空白』をあの子はやり遂げたわ」

 

橙子が歩み寄り、マリアの頭を優しく撫でました。

式は隣で、鞘に納めたナイフを弄びながら、清々しそうに夜空を見上げています。

 

「さて、マリアちゃん。明日の朝は、普通の、何にも書き換えられていない太陽が昇るよ。…みんなで朝ごはん、食べに行こうか」

 

幹也の差し出した手を、マリアはしっかりと握り返しました。

 

一九九八年、雪の夜。

 

世界を書き換える「怪物」として生まれた少女は。

 

二〇一〇年、夏の夜。

 

世界を「あるがまま」に解き放つことで、本当の人間になりました。

 

観布子市の夜明けは、もうすぐそこまで来ています。

それはパステルカラーでも、灰色でもない。

誰も見たことがない、けれど、誰もが知っている、眩しい透明な光の色でした。





あとがき
もうちょっとでおしまいになります。
お付き合いいただいている方々ありがとうがざいます。
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