まのさば ひと口ミステリー短編集   作:柏葉 鶏

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-あらすじ-
アンアンはここ最近、夜に聞こえる変な音に悩まされていた。
どうやら、その音はノアのアトリエから聞こえているようだ。
これを口実にノアの弱みを握って、貸しを作れるかもしれない。
そう浮かれながら、アンアンはアトリエの扉を開けた。





夜に浮かれる眠り姫

 

 最近、わがはいが自室で寝ていると、変な音で目が覚める。

 

 何かがポタポタと落ちる規則的な水音。

 きぃきぃと黒板をひっかくような不快音。

 昨日はコンコンと何かを叩く音が聞こえた。

 今日もまた、同じように何かを叩く音が聞こえる。

 

 あれはモールス信号だろうか。

 この牢屋敷で命を落とした怨念が、わがはいに何かを伝えようとしているのかもしれん。

 

 

 トントントントン

 トントン

 トントーントン

 トーントーントーン

 

 

 ……HIRO?

 二階堂ヒロがどうかしたのだろうか。

 

 ヒロはもうこの牢屋敷にはいない。

 ヒロを含め、かつてこの牢屋敷に居た少女たちはほとんどが本土へと帰っていった。

 今はわがはいを含め、数人しかいないはずだ。

 

 ヒロのことを伝える意図は分からないが、こんなことをしでかしそうなのは──ノアかマーゴといったところか。

 だが、ノアがモールス信号なんて知らないはずだから、残るはマーゴか……

 そう思いながらマーゴの部屋へと耳を澄ませるが、どうやらノアのアトリエの方向から音が聞こえるようだ。

 とりあえず、音の出どころを確定させるべく、アトリエへと向かってみることにする。

 

 

 暗い廊下をスマホの明かりを頼りに歩いていくと、だんだんと何かを叩く音が大きくなっていった。

 やはり、音の出どころはノアのアトリエからで合っているようだ。

 さて、どう叱ってやろうか。

 決意を胸に、音を出さないように静かにノアのアトリエの扉に手をかけて、一思いに勢いよく扉を開ける。

 

「ノア! さっきから五月蠅いぞ。今何時だと思っているのだ」

 わがはいの叱責に飛び上がるノアの姿を期待して、内心含み笑いをしながら中を見渡したが、残念ながらその光景は見られなかった。

 ノアのアトリエの中はがらんとしており、さっきまで音がしていたのが嘘かのように誰の気配もしていなかった。

 

「……ノア? 隠れても無駄だぞ」

 そう口にしながら、散らばった紙や絵の具を踏まないように部屋の中を歩き回る。

 中には作業中と思われる絵の道具やスマホが置かれており、状況から察するにノアのものだと思われる。

 スマホを開こうとしてみるが、流石にロックが掛かっていて見ることが出来なかった。

 

 誰のものか解明するのを諦めて、部屋の真ん中に立てられたキャンバスを見てみると、見事なドリッピングアートが描かれていた。

 中心には紫色の大きな蝶が描かれており、その周りにドリッピングで寒色を中心とした色が散らされているので、何とも幻想的な絵になっている。

 

 良い絵だ。

 バルーンと呼ばれていた頃のタッチとは少しだけ違って見えるが、それでも素人目に見ても抜群にうまい。

 すでに何人ものファンがいるのも頷ける。

 ……まあ、一番最初のファンはわがはいなのだが。

 

 下手に触って汚してしまわないよう、そっとキャンバスから離れると、地面に落ちている真っ黒に塗りつぶされた絵画が目に入る。

 疑問に思って周りにある絵画を集めてみると、中には黒い色がひっかかれて赤や青といった色が露出している絵も見つかった。

 

 これは、スクラッチアートというものだろうか。

 どこかで聞いたことがある気がする。

 試しにぐしゃぐしゃに丸められた絵を近くにあったペンでひっかいてみると、きぃと音がした後に黒色が削れて、中に描かれていた黄色が浮き出てきた。

 

 やはりそうか。

 最近聞こえてくる不快音はこれが原因だろう。

 完成作がなく、床に散らばった何枚もの失敗作を見るに、まだまだ練習中なのだろうか。

 最近はこの音が聞こえてこなかったあたり、飽きてしまったのかもしれない。

 先ほどのドリッピングアートが気分転換に描いたものなんだろう。

 

 

 これで、ここ最近、夜に聞こえる変な音の原因が分かった。

 何かがポタポタと落ちる規則的な水音は、ドリッピング。

 きぃきぃと黒板をひっかくような不快音は、スクラッチ。

 コンコンと何かを叩く音は、キャンバスを組み立てる音だろう。

 

 直接の現場を押さえられなかったのが残念だが、犯人はノアで確定だ。

 絵画を眺めている間に逃げてしまったので捕まえることはできないが、同じ牢屋敷に住む限り、否が応でも会わざるを得ない。

 明日の朝ごはんの時にでも問い詰めて、貸しのひとつでも作ってやろう。

 わがはいの小説の挿絵を描かせてやるのもいいかもしれない。

 

「覚悟しておくんだな。ノア」

 そう独り言ちて、ノアのアトリエを出る。

 

 わがはいは意気揚々と軽くスキップをしながら自分の部屋へと戻り、明日のことを楽しみにしながら眠りについた。

 

 

**********

 

 

 遠くから聞こえてくるヘリの音で目が覚める。

 

 来客だろうか。

 ここ最近は誰かが訪ねてくることが少なかったから、少しだけ嬉しく感じる。

 桜羽エマだろうか。いや、二階堂ヒロかもしれない。

 最近聞こえるモールス信号のような音も、これを予兆していたのかもしれないな。

 ひとり考え事をしながら、ベッドから出る。

 

 ……なぜだろう。なんとなく身体が重い気がする。

 頭もぼんやりとしている気がするし、思考がはっきりしない。

 疑問に思いながら食堂へと向かうと、そこには宝生マーゴがいて、ひとりで優雅にお茶を飲んでいた。

 

「おはよう。アンアンちゃん」

「ん、おはよう」

 いつものように、挨拶を返す。

 目に付いた席に座り、マーゴが用意してくれていた朝ごはんをもそもそと食べていると、マーゴから話しかけられる。

 

「今日は、ノアちゃんたちが帰ってくる日ね。また騒がしくなるわ」

「うむ、そうだな──ん? 今なんと言った?」

 特に深く考えずに相槌を打ったが、ありえないことを言われたような気がして、聞き返す。

 

「え? また騒がしくなるわねって」

「いや、その前──」

 嫌な予感がする。

 聞きたいけど、聞きたくない。

 けど、真実は明らかにしないといけない。

 冷や汗を流しながら質問をするわがはいを前にして、マーゴは口を開いた。

 

「ノアちゃんが帰ってくるって言ったけど……。今日、個展から帰ってくるって話だったじゃない。忘れちゃったの?」

 マーゴは頬に手を当てて、不思議そうな顔をしながら首をかしげている。

 

「……ノアは、昨日は牢屋敷にいなかったのか?」

「そうね、ヒロちゃんやアリサちゃんと一緒に本土で絵の搬入準備をしてるはずだから、ここ数日は牢屋敷にいなかったわね。でも、そろそろ帰ってくるはずよ」

「ノアのスマホが落ちてたからいるものだと思ってたが……」

「ノアちゃんは不用心だから……持って行き忘れたんじゃないかしら」

「そ、そうか……」

 ノアが、今日までずっと不在だった?

 じゃあ、昨日の音は誰がやったんだ?

 

「ま、マーゴは、昨日の夜は何してたんだ?」

「どうしたの? 急に」

「いいから、答えろ」

「……昨日は、自分の部屋で本を読んだあとに、すぐ寝ちゃったわね」

「何か変な音は聞こえてこなかったか?」

「本に集中してたから断言はできないけど、何か音がしてた記憶はないわね」

「……」

 戸惑いながら返答をするマーゴを前に、わがはいは言葉を失う。

 

 

 今思えば、おかしいことが多かった。

 わがはいは、夜自分の部屋で寝ているときに、変な音で目が覚めた。

 自分の部屋から少しだけ距離がある、『ノアのアトリエから聞こえてくる変な音』で目が覚めたんだ。

 ──キャンバスを叩く振動音が、わがはいの部屋まで響いてくるのはまだわかる。

 だが、画用紙をひっかく音や、水滴が落ちる音まで聞こえてくるのはおかしくないか?

 

 ましてや、ノアがいないのに、ノアのアトリエから聞こえてきたと思っていたなんて──

 信じられない事実を前に、頭がくらくらしてきた。

 わがはいが現実を受け止めきれずにその場から動けずにいると、食堂の扉が勢いよく開かれる。

 

「ただいまー」

 マーゴが言っていたことが証明されるかのように、ノアやヒロ、アリサといった面々が食堂へと入ってくる。

 

「はあ……ようやく帰ってこれたぜ。くたびれたなあ……」

「アリサ、まだアトリエに絵を戻す作業が残ってるんだぞ。身体を休めるにはまだ早い」

「ちょっとくらいいいじゃねえか……。少しくらい腰を落ち着かせてくれよ。ヘリも乗り心地悪かったから、あんまり休めなかったんだよ」

「まったく、少しだけだぞ?」

 和やかな雰囲気で雑談をしながら、3人は席に着く。

 

「お、夏目も久しぶりだな。元気してたか?」

 近くの席に着いたアリサから声をかけられるが、言葉が出ない。

 

「お、おい。顔色悪くねえか? 大丈夫かよ」

「…………問題ない」

 正直なところ問題しかないのだが、虚勢を張って声を振り絞りながら返答をする。

 背筋は冷え切っているのに妙に熱を持った頭でぎょろぎょろと目を動かしながら、ノアに視線を向けた。

 

「ノア」

「んー?」

 ノアは疲れ切っていたのか、机に突っ伏しながら顔だけこちらに向けた。

 

「……ノアは、最近はどんな絵を描いていたんだ? ドリッピングとか、スクラッチとかで描いてたりしたか?」

「え? ちょっと前まではそーゆうのも練習してたけど、最近はやってないかも。どうかしたの?」

「はは……」

 ノアの返事を聞いて、わがはいは掠れた声で笑う。

 

 

 あれは夢だったのだろうか。

 でも、あの音が耳に、絵が目に焼き付いている。

 現実ではなかったとは考えにくい。

 

「悪い……わがはいは、もう一度寝なおす。まだ頭が覚めていないようだ……」

「ちょっと、大丈夫? お薬あるわよ?」

「寝なおして、まだ変だったら飲む……」

 回らない頭でそう返事をし、ふらつく足で自分の部屋へと戻ったあと、ベッドへと飛び込む。

 頭の中でひつじが柵を飛び越えていたが、それの数を数える間もなく、意識が飛んだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 またしても、変な音で目が覚めた。

 瞼をあけ、のそりとベッドから足を下ろした後にカーテンを開けてみると、すっかり日が落ちてしまっていた。

 耳を澄ませてみると、昨日と同じように、トントンと変な音が聞こえる。

 

 

 トントントントン

 トントン

 トントーントン

 トーントーントーン

 

 

 昨日と同じ……?

 ──いや、違う。

 わがはいが最初の方を聞き逃していただけで、『ヒロ』ではないようだ。

 その規則性のある叩く音は、モールス信号で6文字叩いた後に、数秒間を置いて、同じ6文字を繰り返している。

 わがはいは、次の周期を待って、聞き返すことにする。

 

 

 トントントーン

 トントントン

 トントントントン

 トントン

 トントーントン

 トーントーントーン

 

 

 U S H I R O

 

 

 うしろ

 ──後ろ?

 

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、目を見開く。

 首を動かさないまま、目玉だけを左右に向ける。

 一瞬だけ部屋にある鏡が目に入ったが、すぐに目を下に向けた。

 

 

 こわい。

 こわいこわいこわい。いやだいやだいやだ。

 

 

 わがはいは後ろを振り返らないまま、勢いよく部屋を飛び出す。

 後ろにいるナニカを振り切るかのように、逃げるように廊下を走る。

 もつれそうになる足を必死に動かして走っていたら、知らないうちにノアのアトリエにたどり着いていた。

 わがはいは何も考えずに、そのノアのアトリエの中に逃げ込む。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 普段運動していないのが祟ったのか、妙に息が苦しい。

 肩で息をしながら顔を上げると、部屋の中心に置かれたキャンバスが目に入った。

 

 そのキャンバスには昨日見たような見事なドリッピングの絵が描かれていた。

 ひとつ違うのは、色だった。

 

 紫で描かれていた美しい蝶はどす黒い色に変貌しており、周りのドリッピングで描かれた水滴は赤一色になっていた。

 それは、まるで血で描かれた蝶が泣いているようで。

 

 

 その絵を目にした瞬間、わがはいの肩がナニカに掴まれたような感覚がした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「~~~~~~~~っ!!」

 

 ベッドから起き上がる。

 わがはいの身体は汗でびしょびしょになっており、知らないうちに息も上がっていた。

 先ほどの感覚を確かめるかのように肩を触り、そのまま自分を抱きしめてうずくまる。

 

「もう……やだぁ……!」

 涙がこぼれる。

 何が現実で、何が夢なのかが分からない。

 助けを求めるかのように、隣にあるマーゴの部屋へと出向く。

 

「マーゴぉ……たすけて……」

「どうしたの! アンアンちゃん!?」

 急に部屋に現れたわがはいを目にしたマーゴは、手に持っていたスマホを置いて立ち上がる。

 わがはいは、ふらつく足を必死に動かして、マーゴの胸へと飛び込んだ。

 

「うう……変な夢ばっかり見るぅ……」

「ちょ、ちょっと! すごい熱じゃない!」

 マーゴはわがはいの額に手を当てて、焦ったように口にする。

 その冷たい手が心地良くて、少しだけ心が落ち着いた。

 

「とりあえず、寝なさい!」

 焦ったマーゴは自身のベッドの布団をめくると、わがはいを寝かせる。

 促されたままベッドに横になると、身体の上に布団がかぶせられる。

 普段と違う布団に枕。マーゴの香り。だんだん呼吸もゆっくりできるようになってきた。

 

「とりあえず、お薬持ってくるわ。ちょっとだけ待ってて──」

「や、やだ!」

 その言葉にわがはいは、そばを離れようとするマーゴの手をつかむ。

 

「ひとりにしないで……」

「あら……可愛いこと言ってくれるじゃない♡」

 マーゴはわがはいの手を優しくとると、ゆったりと握り返してくれる。

 

「ノアちゃんたちに連絡して、色々持ってきてもらうわ。今は安心して寝なさい」

「うん……」

 マーゴはスマホになにやらを打ち込んだかと思うと、わがはいの上に乗った布団をぽんぽんとたたいてくる。

 

「子守歌でも歌った方がいいかしら?」

「いらない……」

 薄れゆく意識の中、マーゴに返答をした後、瞼をゆっくりと閉じる。

 ぽんぽんと叩かれる規則的な音は、先ほどまでと違って、わがはいの心を落ち着かせてくれた。

 その後は、マーゴたちの看病のおかげで、すっかりと熱も下がって元気を取り戻すことができた。

 

 

 後日談だが──その後ひと月ほどは、わがはいは一人で寝られなくなった。

 夜な夜なマーゴやノアの部屋へと出向いて、ベッドにもぐりこむ日々。

 不思議とマーゴたちと一緒に寝るようになってから、幻聴を聞くことも無くなったが、あれは何だったのだろうか……

 一緒に寝るようになってからは、マーゴはえらく機嫌が良かったが……怪しい。

 

 もしかして、この状況に持ってくるために、あの悪戯を仕掛けたのだろうか。

 でも、それだとあのドリッピング音やスクラッチ音が、アトリエから聞こえてきたと思った理由の説明がつかないような……

 いや、考えるな。

 もう終わったことだ。

 

 とりあえず、今度マーゴに悪戯を仕掛けてみよう。

 必ず恥をかかせてやる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 犯人は

 

 

 ー ー

 ・ ー

 ・ ー ・

 ー ー ・

 ー ー ー

 

 

 前半は、アンアンを怖がらせるためにスマホで音を流した犯人の悪戯。

 後半は、熱が出たアンアンの幻覚。

 でも、ノアが不在の間に聞こえたドリッピング音は、犯人がやったことではないようで……

 牢屋敷で命を落とした怨念は、本当にいるのかもしれない。





 犯人は


 ー ー
 ・ ー
 ・ ー ・
 ー ー ・
 ー ー ー


 前半は、アンアンを怖がらせるためにスマホで音を流した犯人の悪戯。
 後半は、熱が出たアンアンの幻覚。
 でも、ノアが不在の間に聞こえたドリッピング音は、犯人がやったことではないようで……
 牢屋敷で命を落とした怨念は、本当にいるのかもしれない。
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