ダンジョンにいる白蛇 作:天上の羽衣
白い
視界の端から端まで、逃げ場のない白に塗り潰されている
それが僕の世界のすべてだった
ガタガタと無機質な音を立てる生命維持装置。鼻をつく消毒液の臭い。そして、自分の意思では指先一つ動かせない、泥のように重い肉体
二十歳そこらでこんな「檻」に閉じ込められるなんて、神様ってのはよっぽど性格が悪いらしい
唯一の娯楽は、枕元に置かれた色褪せた漫画
ボロボロになるまで読み耽った『BLEACH』
その中でも、僕は一人の男に、狂おしいほどの憧れを抱いていた
市丸ギン
三番隊隊長。飄々とした薄笑いの下に、ただ一人の少女のために世界を、仲間を、自分自身すらも騙し通す毒を隠し持った蛇
最後に最愛の人の腕の中で目的を果たせず事切れた彼の姿を見た時、僕は動かない喉の奥で、歪な笑いを漏らした
(……あーあ、結局死んでもうたんか。あと一歩やったのになぁ)
悲劇やない。不憫でもない。
ただ、その「嘘」の完成度の高さに、僕は魂が震えるほどの快楽を覚えたんだ
(僕やったら……もっと上手いことやる。神様だろうが何だろうが、最期まで騙し通して、全部自分の思い通りにして……笑って死んでやるわ)
薄れゆく意識の中、僕はその傲慢な願いを胸に、静かに目を閉じた
次に目を開けた時、そこは「無」だった
上下も左右もない、概念だけが存在する空間
「……面白い魂だ」
重厚な、それでいて退屈そうな声が響く。そこには、人知を超えた「神」がいた。
「未練はあるか? 次の生で何を望む?お前の歪んだ執着に免じて、一つだけ願いを叶えてやろう」
僕は、自由になった「声」で答える
病室でずっと温めていた、最高の冗談を
「未練? あんな退屈な病室、二度と御免や……神様、僕に『市丸ギンの能力』を全部頂戴」
神の気配が揺れた
「あの蛇の力か? 彼の歩んだ道は孤独だ。誰にも理解されず、ただ一人で毒を研ぎ続ける道だぞ」
「まさか」
僕は細めた目で笑う
「孤独なんて嫌や。僕は僕の『楽しい』のために、その力を使いたいんや。伸ばせば届く、振れば斬れる。そんな単純で、一番エグい『毒』……それがあれば、次の人生は最高に面白そうやん?」
神は沈黙のあと、くっくと喉を鳴らした
「よかろう。お前の魂にその力を刻む。だが、その『毒』をどう使うかはお前次第だ。……せいぜい、私を退屈させるなよ?」
眩い光が弾ける
次に意識が浮上した時、鼻を突いたのは消毒液ではなく、草いきれと湿った土の匂いだった
「……あ」
地面を蹴る
指を動かす
風を感じる
自分の意思で動く肉体。そのあまりの軽さに、脳が歓喜で痺れる
「あははっ……! 最高や、動ける……笑えるわ」
腰に手をやると、そこには見慣れた脇差が一振り
銀色の鞘
シンプルな鍔
――神鎗
意識を向ければ、体の中を未知のエネルギーが循環しているのが分かる
「魔力」なんて生易しいもんやない。魂そのものを燃やす力、「霊力」だ
僕は指先を空に向け、軽く口ずさむ
「……『破道の一、衝』」
ドォォン!
見上げるほど巨大な大樹の幹が、目に見えない衝撃波で派手に爆ぜた
呪文も、魔法陣もいらない。ただの意志が、現実を塗り替える
「……いい……最高や」
僕は細めた目をさらに深く歪め、三日月のような笑みを浮かべた
手のひらに収まるこの小さな「毒」で、この世界をどう弄び、どう楽しんでやろうか
「待っててや、オラリオ……僕が、最高に楽しい『嘘』を教えにいってあげるから」
快楽主義者の蛇は、初めて手に入れた自由を噛みしめながら、迷宮都市へと歩き出した