ダンジョンにいる白蛇   作:天上の羽衣

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第2話 無垢な少年

オラリオへと続く一本道

新緑の匂いが混じる風を浴びながら、僕は軽い足取りで街道を歩いていた

前世の、あの重苦しい天井だけの世界が嘘のようだ

 

「……あーあ、ええ天気や。殺し合いをするには、ちょっと眩しすぎるくらいやね」

 

腰の『神鎗』の感触を確かめる

まだ一度も抜いていない

だが、僕の霊力と馴染んだこの刃は、鞘の中で獲物を求めて震えているようだった

 

その時、前方の茂みが大きく揺れた

 

「――っ! 来ないで……っ!」

 

幼い、それでいて必死な叫び声

僕は細めた目をさらに細め、声の主を探る

 

そこにいたのは、雪のような白髪を振り乱した一人の少年だった

背後からは、低級モンスターであるゴブリンが三体

少年は短刀を構えてはいるが、その足は生まれたての小鹿のように震えている

 

「助けて……誰か……っ!」

 

(……あはは、あんなに綺麗に震える子、初めて見たわ)

 

普通なら同情するところだろう。けれど、僕の胸に湧いたのは、歪んだ「愉悦」だった

あんなに真っ白で、無垢で、今にも壊れそうな少年

あの子が絶望に染まって、泣き叫び、顔を歪ませる瞬間が見られたら――さぞかし『楽しい』やろうなぁ

 

「……ま、まずは貸しを一つ、作っとこか」

 

僕は歩みを止めず、懐から手を出すこともなく、ただ一言、言霊を紡いだ

 

「『破道の四、白雷』」

 

指先から放たれた鋭い雷光が、少年の頬を掠め、背後にいたゴブリンの一体の眉間を正確に貫いた

核を撃ち抜かれた怪物は、声も上げずに灰へと霧散する

 

「え……?」

 

呆然と立ち尽くす少年に、僕は歩み寄る

残りの二体も、僕の放つ「死神」のプレッシャーに当てられ、本能的な恐怖からか後退りして逃げ出していった

 

「大丈夫? ボク。怪我はないかな?」

 

僕は顔に「仮面」を貼り付けた

三日月のような笑み

糸のように細めた目

うさん臭いことこの上ないはずだが、極限状態の少年には、それが救いの神に見えたらしい

 

「あ、ありがとうございます! あの、僕はベル。ベル・クラネルです!」

 

「ベル君、か……ええ名前やね。僕はシロウ。……見ての通り、ただの風来坊や」

 

ベル君は、キラキラとした、直視するのも憚られるような純粋な瞳で僕を見つめてくる

あぁ、眩しい……眩しすぎて吐き気がするわ

 

「シロウさん、すごいです! 今の魔法ですよね? 詠唱もなかったのに……!」

 

「魔法? まぁ、そんなようなもんやわ……君、これからオラリオに行くんやろ? 僕も道連れがおった方が楽しいし、一緒に行かへん?」

 

「えっ、いいんですか!? ぜひ、お願いします!」

 

ベル君は、出会ったばかりの僕に全幅の信頼を寄せ、ブンブンと尻尾を振る犬のように懐いてきた

この子は疑うことを知らんのやろうか

 

(「シロウさん」かベル君は、出会ったばかりの僕に全幅の信頼を寄せ、ブンブンと尻尾を振る犬のように懐いてきた。

この子は疑うことを知らんのやろうか。

(「シロウさん」か……ええねぇ、そうやって信じてなよ、ベル君)

 

僕は彼の隣を歩き出し、心の中で舌を出す

 

(君が信じて、信じて、信じ抜いた挙句に……僕がその背中を『神鎗』で刺してあげた時。君は一体、どんな顔をしてくれるんかなぁ?)

 

そんな真っ黒な期待を胸に、僕は白い少年の隣で、楽しそうに鼻歌を歌いながら迷宮都市の門をくぐった

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