ダンジョンにいる白蛇 作:天上の羽衣
オラリオ
巨大なバベルの塔が天を突き、数多の神々と冒険者が欲望と栄光を求めて入り乱れる、世界で最も騒がしい庭
「うわぁ……! すごい、本物のオラリオだ……!」
隣で目を輝かせるベル君
その横顔を見ながら、僕は内心でため息をつく
道中、彼が語った夢は「英雄になりたい」だの「運命の出会いがしたい」だの、聞いているこっちが痒くなるようなお花畑なものばかり
(英雄、ねぇ……。そんなもん、死ぬまで誰かを騙し通した嘘つきの別名やで、ベル君)
さて、まずはこの世界で生きるためのライセンス――「恩恵(ファルナ)」を授けてくれる神様探しや
だが、現実は甘くない
正確には、ベル君にとっての現実は、や
「ごめんなさいね。うちは今、新人は募集してないの」
「君、ステータス低そうだし、うちの派閥じゃ足手まといかな」
何十件目かの門前払い
ベル君の肩は目に見えて落ち込み、その白い髪も心なしか元気がなくなっている
対する僕は、彼の後ろで「困ったねぇ」と困り顔を作りつつ、獲物を探す蛇の目で神々を観察していた
僕が欲しいのは、僕の「毒」に干渉せず、それでいて適度に利用価値のある神様や
「あ……」
そんな時、路地裏で立ち尽くす一人の幼い女神と目が合った。
黒髪のツインテールに、豊満な胸を強調するような服装
ヘスティア
後にベル・クラネルという「最高傑作」を見出す、無名の女神
「……君たち、冒険者になりたいのかい?」
彼女の視線は、僕を一瞥しただけで、すぐに隣のベル君に釘付けになった
まるで、掘り出し物の宝石を見つけたコレクターのような、執着を孕んだ瞳
「はい! ベル・クラネルです! どこにも入れてもらえなくて……」
「そうか、そうか! なら、僕のファミリアに来ないかい!? 歓迎するよ!」
ヘスティアはベル君の両手を握り、ぶんぶんと振り回す
その光景に、僕は冷めた笑いを飲み込んだ
ヘスティア・ファミリアの本拠地(と言っても、古びた教会の地下室だが)に着き、僕たちはさっそく「恩恵」を受けることになった
先にうつ伏せになったのはベル君だ
ヘスティアは愛おしそうに彼の背中を見つめ、指先で文字を刻んでいく
「すごいよ、ベルくん! 君はきっと、最高の英雄になれる!」
彼女の言葉には、僕に対する配慮など欠片もなかった
彼女に見えているのは、ベル・クラネルという「偶像」だけ
その隣にいる僕という存在は、ベル君をここに連れてきた「付随物」程度にしか認識されていない
(あぁ……なるほど。これが『神様』か)
自分の愛する子だけが特別
自分の所有物だけが輝いていればいい
その偏愛と独占欲
僕が前世で一番嫌いだった、あの病室の檻と同じ匂いがする
「……次は君の番だね。ええと……シロウくん、だったかな?」
ベル君の更新が終わると、ヘスティアは作業的に僕を呼んだ
さっきまでの熱っぽさは霧散し、声には事務的な響きしかない
僕は無言で背中を貸した
彼女の指が僕の皮膚をなぞる
その瞬間、彼女の手がピクリと止まった
「……な、なにこれ。君の魂、どうなってるの……?」
彼女の瞳に、初めて恐怖の色が混じる
「死神」の力、そしてその奥底に眠る「神殺鎗」の毒。
神である彼女には、僕の魂が、主(神)を食らうために研がれた白刃に見えたのかもしれない
「何かって、ただの恩恵やろ? 神様」
僕は首だけを振り返り、糸のような細い目で彼女を射抜いた
「それとも、僕の背中……そんなに見るのが怖い?」
「ひっ……!」
ヘスティアは短く悲鳴を上げ、逃げるように僕のステータスを封印(ロック)した
彼女は震える声で、「……君も、入団を認めるよ」とだけ言った
その晩
ベル君と抱き合って「これから頑張ろうね!」と盛り上がるヘスティアを、僕は暗がりの隅で見つめていた
(ベル君しか見てへん神様と、神様(自分)に縋らな生きていけへん英雄候補)
退屈や
あまりに退屈で、胸が焼けつく
(ま、ええわ。飽きるまでは付き合ってあげるよ、神様)
僕は腰の『神鎗』を指先で弾き、金属音を響かせた
(でも、気ぃつけや? 蛇は、自分を閉じ込めようとする飼い主を、一番最初に噛み殺すもんやからね)