ダンジョンにいる白蛇   作:天上の羽衣

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第5話 黄昏の館

迷宮都市オラリオの北西に位置する、巨大な城塞――『黄昏の館』

夕闇を背負い、天を突く尖塔群が黄金色に輝くその威容は、神の住まう神殿そのものだ

だが、その華やかな外観とは裏腹に、門を潜る者に突きつけられるのは「最強」の一角を担う者たちだけが放つ、皮膚を焼くような重圧である

 

シロウは、その門の前に一人、悠然と立っていた

夜風が彼の薄い着物を揺らし、腰に差した短刀――『神鎗』の銀色の金具が、月の光を反射して怪しく煌めく

 

「……あはは。ほんま、えらい立派なもんやねぇ。あの湿っぽい地下室とは、えらい違いやわ」

 

細めた目で館を見上げるシロウの口角は、楽しげに吊り上がっている

前世、死に至る病の中で夢想した「自由」

今、その自由を謳歌する彼は、他者の視線や常識など微塵も気にかけていない

 

彼にあるのは、ただ一つ

この世界でどれだけ「楽しい嘘」を吐き、どれだけ「強固な意志」を絶望の淵へと追い込めるかという、快楽主義者としての渇望のみだ

 

「おい、止まれと言っている。聞こえなかったのか?」

 

門番の冒険者が、苛立ちを隠さずに詰め寄る

レベル2――オラリオでは中堅とされる彼らにとって、深夜に一人で訪れた、身なりの整わない「落第生」の来訪は、単なる不快な邪魔者でしかなかった

 

「すんません、すんません。そんなに怒らんといて……僕はシロウ。今日、新しいお家を探しにきた、ただの迷子の蛇やわ。君らの女神様に、ちょっと面会させてもらえへんかなぁ?」

 

シロウは飄々とした口調を崩さず、頭を軽く掻いて見せる

その「食えない態度」が、門番の逆なでさせた

 

「面会だぁ? ロキ様がお前のような無名の新人に会うわけないだろう。……あぁ、お前、噂の『おまけ』か。ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルの後ろにくっついて歩いていた、あの」

 

門番の男が、嘲笑を浮かべてシロウの胸を突き飛ばそうと手を伸ばす

その指先が、シロウの衣服に触れる――その刹那だった

 

(……遅いなぁ。そんなんじゃ、迷宮の蟻(キラーアント)にも笑われてまうよ?)

 

「――なっ!?」

 

男の指先は、空を斬った

目の前にいたはずのシロウの姿が、陽炎のように掻き消える

音もない

予備動作もない

ただ、存在そのものが「消滅」したかのような消失

 

「どこを見てるん? 僕は、こっちやで」

 

男の背後

耳元で囁かれた低く冷たい声

男が首を巡らせるより早く、シロウは指先を男の背中に当てていた

 

「『破道の一、衝』」

ドォォン!!

 

詠唱のない、しかし密度を高めた霊力の衝撃が、男の巨体を門扉へと叩きつけた

分厚い鉄の扉が悲鳴を上げ、男は白目を剥いて崩れ落ちる

 

「貴様ぁぁっ! 敵襲だ! 出会え!!」

 

もう一人の門番が叫び、警笛を鳴らす

瞬く間に、館の奥から数十人の団員が飛び出してきた

広場を取り囲む松明の火が、シロウの影を長く、黒く引き伸ばす

 

「……なんだい、夜中に騒々しいね」

 

集まった団員たちが、左右に割れる

そこから現れたのは、小柄ながらも、この場にいる誰よりも巨大な存在感を放つ少年――『勇者』フィン・ディムナだった。

その隣には、美しきエルフの魔導師リヴェリアと、岩山のような巨躯を誇るドワーフのガレス

 

「……君は、ヘスティア・ファミリアのシロウ……だったかな。噂は聞いているよ。主神(ヘスティア)を自ら見限って退団したという、変わり者の少年だ。だが、うちの門番に手を出すのは、少し挨拶が過ぎるんじゃないかな?」

 

フィンは、その碧眼に理知的な光を宿し、穏やかな、しかし逃げ場のない口調で問いかける

 

シロウは、フィンの放つレベル6の重圧を真正面から浴びながら、歓喜に胸を震わせた

 

(……ええ。これが、本物の『強者』の匂いや。あの温い教会とは、空気の密度が違うわ)

 

「ごめんなぁ、フィンさん。僕、あんまりにも退屈やったから、ちょっと刺激が欲しかったんやわ。……僕を、ここ(ロキ・ファミリア)に入れてくれへん? 君らなら、僕を飽きさせんでいてくれるやろ?」

 

シロウが三日月のような笑みを浮かべ、神鎗の柄に手をかける

その動作一つで、周囲の団員たちが一斉に武器を構えた

 

「入団試験、というわけか……ガレス、君が少し相手をしてあげなさい。殺さない程度にね」

 

フィンの言葉を受け、重戦士ガレスが前に出る。

 

「ふん、小僧。わしを相手にするというなら、それなりの覚悟をしてもらうぞ」

 

ガレスが大地を蹴る。レベル6の突進は、それだけで暴風と化し、石畳を砕き散らした

だが、シロウは動かない

獲物を待つ蛇のように、目を細めて待つ

 

「『縛道の六十一、六杖光牢』」

 

ガレスの拳がシロウの顔面に届く直前

空間から六本の光の帯が飛来し、ガレスの四肢と胴体を十字に縫い付けた

 

「――ぬぐぉぉ!? なんだこの光は! 動けぬぞ!!」

 

「……何?」

 

フィンが眉をひそめる

詠唱も、魔法陣もない。それはこの世界の「魔法」の常識を根底から覆す現象だった

 

「……君ら、あんまり眩しいから、ちょっとだけ『影』を落としてあげるわ」

 

シロウは初めて、腰の短刀を数センチだけ引き抜いた

その瞬間、広場全体の温度が数度下がったかのような、冷たく鋭い「殺気」が吹き抜ける

それは、死を司る者だけが持つ、魂を凍らせる「霊圧」だった

 

「あははは! 面白い! めっちゃ面白いやんか、そいつ!」

 

館のバルコニー

いつの間にか現れていた狐目の女神――ロキが、真っ赤な瞳を爛々と輝かせ、身を乗り出して叫んだ

 

「フィン! その子、逃がしたらあかんで! うちの新しい『蛇』にするんや!……おーい、シロウっち! うちの館、気に入ったか!?」

 

ロキの狂喜に満ちた声に、シロウは優雅に会釈をする

 

「あぁ、最高やね、ロキ様……僕を、退屈させんといてな?」

 

シロウの瞳の奥で、猛毒を宿した蛇が、獲物を見据えて静かに笑った

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