ダンジョンにいる白蛇   作:天上の羽衣

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第8話 闇に潜む蛇

レベル2への昇格から、数日が経過した

オラリオの朝は喧騒と共に始まるが、『黄昏の館』の最奥にある会議室は、それとは無縁の静寂に包まれていた

 

「……シロウ。君に、頼みたい任務がある」

 

円卓の主座に座る小人族の勇者、フィン・ディムナが、その碧眼を細めて一枚の地図を広げた

傍らには、腕を組んで厳しい表情を浮かべるガレスと、静かに杖を携えたリヴェリアが控えている

 

「最近、代生区(デイドル)の廃屋周辺で、妙な動きがある。ギルドの監視を潜り抜け、何者かが大量の物資を運び込んでいるという報告が入った……『闇の派閥』の残党、その実験場か拠点の可能性がある」

 

フィンはシロウを見据え、淡々と、しかし逃げ場のない口調で言葉を継いだ

 

「本来なら数名の中堅冒険者を送るところだが、相手は正体不明だ。君の持つあの『隠密性』と、理を外れた『機動力』……それらを評価して、君に単独での威力偵察を命じたい。……レベル2になったばかりの君には酷かもしれないが、受けてくれるかな?」

 

フィンの言葉の裏には、凍てつくような冷徹な計算が潜んでいる

ロキだけが知るシロウの真のステータスとは裏腹に、ファミリアの公式記録上、彼はまだ「未知の魔法を持つレベル2」に過ぎない。もし彼が手に負えない「怪物」ならば、この危険な任務でボロを出すだろうし、もし戦死したとしても、ファミリアにとっての損失は最小限で済む

 

シロウは、その計算をすべて見透かした上で、三日月のような笑みを浮かべた

 

「あはは、フィンさん。相変わらず、僕を使い倒すのが上手やね。……いいよ。一人の方が、誰の目も気にせんと『掃除』ができるしな」

 

「……慢心は禁物だぞ、シロウ」

 

リヴェリアが、警告を含んだ声を出す

 

「相手が闇の派閥であれば、罠や毒、自爆すら厭わない。君がいくら異質だとしても、命は一つだということを忘れるな」

 

「リヴェリアさん。心配してくれて、ありがとう……でも、大丈夫やわ。蛇を捕まえるのに、毒を怖がるやつはおらんやろ?」

 

シロウは飄々と手を振り、会議室を後にした

 

その日の深夜

オラリオの北側に位置する、かつての商業区の成れの果て――現在は浮浪者や犯罪者が身を寄せる廃墟群に、シロウの姿があった

 

「……ここかな。えらい死臭のする場所やね」

 

シロウは、新しく発展アビリティとして固定された『瞬歩(しゅんぽ)』を、遊び感覚で発動させた

足元で霊力が微かに爆ぜ、空間を滑るように移動する。レベル1の時よりも身体の「器」が強化されたことで、瞬歩の連発による肉体への負荷は皆無に等しい

 

目の前にあるのは、一見すればただの古びた倉庫だ

だが、シロウの鼻は、そこから漂う鉄錆の匂い――血の匂いと、何かが腐敗したような「死神」には馴染み深い腐臭を捉えていた

 

「おい、合言葉を言え」

 

闇から、二人の冒険者が現れた。黒い外套を纏い、顔を隠した「闇の派閥」の構成員。その手には、下級モンスターの素材を塗り込んだ不気味な剣が握られている

 

「合言葉? ……あぁ、ごめん。忘れてしもた……代わりに、僕の『神鎗』で勘弁してくれへんかな?」

 

シロウは懐に手を入れたまま、一歩踏み出した

 

「貴様、何者だ! 死ねぇ!」

 

一人が斬りかかる

レベル2相当の、重い一撃

だが、シロウは動かない

剣がシロウの鼻先を掠める直前――

 

「『瞬歩』」

 

構成員の視界から、シロウが消失した

 

「……なっ!? どこへ――」

 

「こっちやで……あんまり急いだら、転んでしまうよ?」

 

背後から聞こえる、楽しげな声

構成員が振り返るよりも早く、シロウは指先を相手のうなじに向けていた

 

「『破道の四、白雷』」

――バチィッ!!!

 

シロウの指先から放たれた鋭い雷光が、構成員の延髄を正確に貫いた

男は悲鳴を上げる暇もなく、糸が切れた人形のように崩れ落ちる

 

「き、貴様ぁぁっ!!」

 

もう一人が叫び、笛を吹こうとした。仲間に知らせる合図。

だが、シロウはそれを許さない

 

「『縛道の一、塞』」

 

空間が歪み、見えない「力」が構成員の腕を背後へと強制的に捻り上げた

骨が軋む音と共に、男の持っていた笛が石畳に落ち、乾いた音を立てる

 

「あはは。静かにしてな……中には、もっと面白い『玩具』が隠れてるんやろ?」

 

シロウは、もがく構成員を踏みつけにしながら、倉庫の奥へと続く隠し扉を蹴破った。

地下へと続く階段からは、さらに濃密な死の気配がせり上がってくる

 

蛇の目は、闇の中で歓喜に細められた

レベル2へと昇華したシロウの、最初の「蹂躙」が、今まさに始まろうとしていた

 

地下実験場

そこは、生命を弄ぶ狂気と、腐敗した野望が沈殿する奈落だった

石造りの壁には、血と体液が混ざり合った不浄な染みがこびりつき、大型の魔石灯が発する不気味な紫色の光が、シロウの影を怪物のそれのように長く引き伸ばしている

 

「……あはは、これはまた。えらい『趣味の悪い』お部屋やねぇ」

 

シロウは、鼻を突く死臭の中、悠然と通路を歩いていた

その前方、開けた広間には、数十人の闇の派閥(イヴィルス)の構成員、そして中央には「それ」が鎮座していた。

人型の異形に、幾重ものモンスターの部位を接合した、レベル4相当の力を持つ「怪人」

 

「何者だ、貴様……。ロキ・ファミリアの犬か?」

 

広間の奥、実験器具に囲まれた一段高い場所から、白衣を血で汚した男がシロウを見下ろした

レベル4の幹部冒険者。彼はシロウの腰にある「レベル2」のギルドタグを一瞥し、鼻で笑った

 

「レベル2のガキ一人でここを嗅ぎ回るとはな。フィン・ディムナも焼きが回ったか……いいだろう、お前を新しい実験体にしてやる。怪人、食い殺せ!」

 

主の命を受け、怪人が咆哮を上げた。

石畳を砕きながら突進してくる巨躯。その速度は、通常のレベル2であれば視認することすら叶わない

 

だが、シロウは動かない

その細めた瞳の奥で、以前よりも数倍の密度に高まった霊力が、心地よく脈動している

 

「レベルアップしたての体……ちょっとだけ試させてもらおかな」

 

シロウは、鞘に収めたままの『神鎗』を指先で軽く弾いた

 

「『瞬歩』」

――シュンッ

 

怪人の拳が、シロウの残像を虚しく突き破る

次の瞬間、シロウは怪人の頭上、何もない空間に「立っていた」

 

「なっ……空中だと!?」

 

「あはは。そんなに驚かんでもええよ……さて、まずは掃除から始めよか」

 

シロウは広場を取り囲む数十人の構成員たちを見渡し、手のひらを無造作に広げた

今までのような低位の鬼道ではない。レベル2という「器」を得たことで解放された、中位破道の真髄

 

「『君臨する者よ。血肉の仮面・万象・羽ばたき・ヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱、海を隔てて南に転じ、足を踏み入れるべからず』」

 

朗々と響く詠唱

その声に合わせて、地下空間の酸素が急速に一箇所に集まり、超高熱の渦を形成していく

 

「『破道の三十三、蒼火墜(そうかつい)』」

 

シロウの指先から放たれたのは、青白い炎の奔流だった

それは爆発などという生温いものではない

触れたものを瞬時に分子レベルで焼き切り、灰へと変える蒼き衝撃波

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

広間を埋め尽くしていた構成員たちが、悲鳴を上げる暇もなく、蒼い炎に呑み込まれていく。石壁は溶け、鉄製の実験器具は一瞬で蒸発した

広場を埋めていた雑兵の九割が、一撃で「灰」へと変わる

 

「……うそだろ。レベル2が、これほどの広域殲滅魔法を……詠唱短縮に近い速度でだと!?」

 

幹部の男が、顔を真っ青にして後退りする

唯一生き残った怪人も、半身を焼かれ、狂ったように再生を繰り返しているが、その再生速度はシロウの霊圧によって著しく阻害されていた

 

「……あ、これええね。前よりもずっと楽に扱えるわ」

 

シロウは着地し、熱風に髪を揺らしながら歩を進める

その足元には、かつて人間だった灰が雪のように積もっているが、彼はそれを気にする様子すらない

 

「き、貴様ぁぁっ! 死ね、死ねぇ!!」

 

理性を失った幹部の男が、自ら剣を抜いて飛びかかってくる。レベル4の全力の斬撃

だが、シロウはそれを、鞘に収まったままの短刀で軽く受け流した

 

「……もう終わり? せっかく楽しくなってきたところやのに」

 

シロウの瞳から、色が消える

絶対的な「死」を司る者の、冷酷な眼差し

 

「……逃げてもええよ。どこまで行けるか、試してみる?」

 

男が恐怖に駆られ、出口に向かって駆け出した。怪人すらも見捨て、ただ自分の命だけを守るための逃走

 

シロウは、その背中に向かって、ゆっくりと刀を向けた

 

「……射殺せ」

 

氷のような冷徹さが、言葉に宿る

 

「『神鎗(しんそう)』」

――シュンッ!!!

 

音が戻った時、逃げていた男の胸には、風穴が開いていた

その数メートル先、石壁をも貫いて伸びた銀色の閃光が、ゆっくりと、そして優雅に、シロウの手元へと戻ってくる

怪人の核も、同時に撃ち抜かれていた

 

「あはは。やっぱり、こっちの方が馴染むわ」

 

シロウは返り血一つ浴びていない装束を整え、壊滅した拠点を一瞥した

レベル2へと昇華し、その本質の片鱗を解放した蛇

 

フィンが仕掛けた「使い捨て」の任務は、皮肉にも、シロウという「最悪の毒」の純度を確固たるものにする結果となった

 

地下水道を後にし、夜の街へと戻るシロウ

その口角は、三日月のように吊り上がったままであった

 

 

 

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