帽子越しの戦況
伏黒は、深く息を吐いた。
視界の中で、無数の映像が同時に流れている。
東京校の面々がかぶっている「うさぎ犬帽子」。 それらはただの式神ではない。
視覚を共有するための中継点―― 簡易的な索敵ネットワークだ。
帽子越しに、森のあらゆる方向の光景が伏黒の脳へと流れ込んでくる。
(原作で判明している呪霊の数は……)
(ボス呪霊を含めて9体)
意識の中で情報を整理する。
(現在、東京側が祓った数は――)
(3級を5体)
仲間、あるいは蝦蟇犬たちによる討伐だった。
(作戦は、うまく機能している)
そして―― 別の異常に気付く。
(……京都校全員が)
視界のひとつに、 まとまって移動する影が映る。
(虎杖のところに集中している)
伏黒は即座に通信を流した。
「京都校がまとまって移動しています」
「場所は虎杖の近くです」
真希の声が返ってくる。
『ボス呪霊がそっちにいるってことか?』
「……いや」
「2級なら、よほど狡猾でない限り式神が気付きます」
伏黒は一瞬、言葉を選んだ。
そして、あえてそのまま口にする。
「……あいつら」
「虎杖を殺すつもりじゃないですか?」
通信が、一瞬止まった。
『何ソレ!!意味わかんない!!』
釘崎の声が荒れる。
『……あり得るな』
真希は、冷静だった。
『コンブ』
狗巻が短く同意を示す。
続いて、パンダの声。
『確かに、そこまでの敵意は感じなかった』
『だが、それは悠仁生存のサプライズ“前”だろ』
一拍。
『楽巌寺学長の指示なら……全然あり得る』
『他人の指図で人を殺すような腑抜けの集まりなの? 京都校は』
釘崎が吐き捨てるように言う。
『認識が違うんだよ』
パンダの声は、どこか静かだった。
『1年には、悠仁と過ごした日常がある』
『俺たちも、さっき分かった』
『ありゃ善人、術師には珍しい根明だ』
だが、と続ける。
『でもな――京都校は悠仁を知らない』
『奴らからすれば』
『宿儺の器なんて、恐怖の対象でしかないんだよ』
森のざわめきの中、 その言葉だけがやけに重く響いた。
『呪いを祓うのと、感覚的にはそう変わらん』
『ただでさえ術師っつーのは、その辺の境界ボケやすいからな』
短い沈黙の後。
『……全員戻るぞ』
真希が決断した。
伏黒は、思わず口に出していた。
「……すみません」
『何謝ってんだバカ』
『仲間が死んだら、交流会も勝ち負けもねーだろ』
その言葉に、伏黒の視界が少しだけ静まった。
『俺と野薔薇も戻って悠仁の安否を確認する』
パンダが続ける。
『通信に応答が出ない』
『通信役の式神が破壊された可能性がある』
『棘はこのまま呪霊狩りを続けてくれ』
『おかか』
狗巻が否定の意志を示す。
『お前も悠仁が心配なのは分かるよ』
パンダは、少しだけ笑った気配を混ぜた。
『でも俺の妄想が正しければ――』
『京都校がやろうとしてんのは団体戦のゴタゴタに乗じた悠仁暗殺だ』
『団体戦が終われば、暗殺もなしだろう』
『しゃけ』
狗巻が納得する。
『……なるほど』
釘崎も理解した。
『真希のこともある』
『悠仁は殺させない』
『それでいて――団体戦にも勝つぞ』
『当然』
釘崎が即答する。
「当たり前です」
伏黒も応じた。
森の奥で、 戦闘の気配がさらに強くなる。
帽子越しの視界の先――
虎杖悠仁のいる場所へ、 全員が向かっていた。
★
――場面は変わる。
虎杖の暗殺に失敗し、 東堂を除いた京都校メンバーが地上を移動していた頃。
その上空。
箒に乗り、空を滑る影がひとつ。
「……あーあ」
西宮桃は、ため息をついた。
「だから放っとけって言ったのに」
眼下では、森が広がっている。
だが彼女の役割は戦闘ではない。
索敵。
京都校の“目”だ。
(呪霊狩りも、私が空から索敵しないと始まんないよね)
「はー……」
肩を竦める。
「みんな世話が焼けるなぁ」
くるり、と箒を回しながら笑った。
「頑張れ私」
「今日もカワイイ」
――その西宮は。
すでに、補足されていた。
森の中。
伏黒恵は、上空を見上げていた。
うさぎ犬帽子越しの視界。
共有された映像の一つに、はっきりと映っている。
「……捕捉完了」
影が揺らぐ。
「――白狼」
地面から現れた白い式神。
低く唸りながら、口内に呪力を収束させていく。
光が集まる。
圧縮。
収束。
すでに――発射準備は終わっていた。
伏黒は短く命じる。
「撃ち落とせ」
次の瞬間。
白狼の口から、 呪力砲が放たれた。
「――っ、しまっ」
西宮が気付いた時には遅かった。
回避行動を取る間もなく、直撃。
呪力の衝撃が箒ごと吹き飛ばす。
空中で体勢を崩し、 そのまま地上へと撃墜された。
地上を移動していた京都校メンバーも、 その異変を即座に察知する。
「……落とされたか」
加茂が冷静に呟く。
「真依」
「メカ丸」
「西宮のカバーへ向かえ」
「御意」
メカ丸が即答する。
「まぁ……あの人いないと困るしね」
真依も肩を竦めながら走り出した。
2人が移動した
◆
その直後。
別方向の森から、 二つの影が現れる。
禪院真希。
そして――伏黒恵。
二人は同時に立ち止まった。
影が開く。
ずるり、と現れる細長い呪霊。
武器庫呪霊。
まきはポケットから小さくさせた物 武器庫呪霊を体に巻き付ける
伏黒のものと、真希のもの。
それぞれは主のために武器を出す
「出せ」
命令と同時に、 呪霊の口から武器が吐き出された。
伏黒は刀を。
真希は長物の武器を手に取る。
間合いは一瞬で詰まる。
伏黒が三輪へ斬り込む。
――キィン!!
三輪が刀で受け止めた。
同時に真希が加茂へ踏み込むが、 寸前で回避される。
互いに距離を取り、対峙する。
◆
伏黒が、思った
(原作と逆の状況にした!)
そして、真正面から問う。
「あんたら――虎杖を殺すつもりですか?」
加茂は、表情を変えない。
「……その通りだ、と言ったら?」
伏黒は一切動じなかった。
「失敗したんですね」
「虎杖が、この短時間でやられるわけがない」
加茂の目が、わずかに細くなる。
「殺す理由がない」
「あるでしょ」
伏黒は即答した。
「上層部や御三家なら――」
「理由なんて、いくらでも作れる」
沈黙。
次の瞬間。
互いに同時に踏み込んだ。
戦闘は、完全に分断される。
東京校と京都校。
それぞれの思惑を抱えたまま――
森の中で、個別戦闘が始まった。
◆
森の奥。
対峙するのは、伏黒恵と三輪霞。
その時――
『ちっっっがーーーう!!』
山の向こうから、やたら通る大声が響いた。
反響し、木々を揺らし、何度もやまびこになって返ってくる。
「……今の声は東堂だな」
伏黒が、淡々と言う。
「……ですね」
三輪も即座に同意した。
ほんの一瞬だけ、空気が緩む。
だが、すぐに伏黒は三輪へ視線を戻した。
「あなたたちが虎杖を仕留め損なった理由……なんとなく分かりました」
三輪の表情がわずかに強張る。
「それで」
伏黒は続けた。
「なんで加茂さんから離れたんですか」
「術式、身内にも隠しているんですか?」
(……まぁ、俺はそれどころじゃないんだけど)
内心では、別のことを考えていた。
(以前ほどじゃないが)
(推しと出会えて、割と満たされてるしな……)
三輪は、小さく息を吐いた。
「……虎杖くんのことは、ごめんなさい」
視線を逸らさず、まっすぐ言う。
「言い訳にはなりますが、私……皆とは違うんです」
間。
「でも、だからと言って――」
「交流会の“勝ち”を譲る気はありません」
刀を握り直す。
「術師の昇級は推薦制なのは、知ってますよね?」
「縦の繋がらない術師にも、交流会の話はよく伝わります」
「ここで活躍した学生には、在学中に昇級のチャンスが多く与えられる」
声に、強い現実が滲む。
「私は、少しでも早く自立して……お金を稼ぎたいんです」
伏黒が眉をわずかに動かした。
「……なぜ、そこまで」
三輪は、即答した。
「貧乏なんです!!」
「弟も二人いるんです!!」
森に、やけに現実的な叫びが響いた。
(……健気だな)
伏黒は思う。
(虎杖と同じだ)
(術師には珍しい、善人)
だが同時に、別の感情が浮かぶ。
(こんな善人から)
(シン・陰流の当主は、不当な縛りで寿命を吸い上げている)
(シン・陰流は、才能がない弱者が術師になるための唯一の方法 それは利用してあくどい目的のために活用してる人間がいる)
(……あのババア、許せねぇな)
(勝ちは譲らない)
(だが――いつか、シン・陰流の状況は何とかしたい)
三輪が構え直す。
「私の仕事は、あなたをできるだけ抑えることです」
距離を詰める。
だが――
伏黒は、動かない。
(……?)
三輪は違和感を覚えながらも踏み込む。
「シン・陰流」
足元に円が広がる。
「簡易領域」
間合い、完全支配。
「――抜刀」
斬撃が走った。
伏黒の体に、深い傷が刻まれる。
「――っ!?」
三輪の目が見開かれる。
(なんで、避けないの!?)
伏黒の体から血が溢れる。
(このままだと……死んじゃう――)
その瞬間。
傷口が、ぶくぶくと泡立つように蠢いた。
肉が再生し、裂けたはずの体が元に戻っていく。
「……え?」
三輪が固まった。
「術式以外で呪術に……体を治す方法なんて……」
伏黒が淡々と説明する。
「今のは反転術式」
「呪力を掛け合わせて、呪いと反対の“正のエネルギー”を生み出す術だ」
「そのエネルギーは、体を治すことができる」
三輪の背筋に寒気が走る。
(その反転術式を使えるこの人は、やっぱり――めちゃくちゃ強い)
三輪は時間を稼ぐため、再び踏み込んだ。
「シン・陰流!」
「簡易領域!」
「抜刀!!」
斬撃。
伏黒、また受ける。
回復。
また斬撃。
また受ける。
回復。
それが、何度も繰り返される。
(何か狙いがある……!)
(でも、全然分からない……!)
三輪は攻撃頻度を上げる。
連撃。
連撃。
連撃。
伏黒はすべて受け、
すべて反転術式で治す。
やがて――
「……もう、そろそろいいだろ」
三輪が即座に距離を取った。
(来る!!)
警戒を最大まで引き上げた、その瞬間。
伏黒が足を踏み出す。
「シン・陰流」
「簡易領域」
三輪の思考が止まった。
「――え?」
伏黒の足元に、同じ領域が展開されていた。
「見ただけで……再現した……?」
伏黒は静かに言う。
「これはいい」
「これで、さらなる強者にも通じる」
三輪の理解が追いつかない中、説明が続く。
「俺がわざと攻撃を受けたのは“縛り”です」
「攻撃を受け続ける代わりに、一時的に観察力を上げる」
「受ければ受けるほど、観察精度が上がる」
「……だから仕組みも分かった」
三輪が息を呑む。
伏黒は呪具を武器庫呪霊に戻した
「俺の目的は達成しました」
「それでは」
「ま、待って――!」
三輪が止めようとする。
だが。
伏黒の姿は、すでに森の奥へ消えていた。
残されたのは、
静まり返った血の痕跡だけだった。
はい、出ました。メカ丸式で簡易領域を習得 伏黒は将来助けられる人間はできるだけ救いたいなと思っています