――合流地点。
教師陣と学長は、今回の被害による報告会を行うため その場にはいなかった。
白狼が日頃に化けていたのに移動したのだ
残っていたのは、生徒たちだけだった。
ざわつく空気の中。
白狼が1歩前に出る
「……すみません」
静かに頭を下げた。
「一部の人間には、認識阻害の呪術をかけていました」
真希が腕を組んだまま言う。
「今まで気づかなかったのは、その認識阻害ってやつのせいか」
「はい」
白狼は続ける。
「ですが――これは元々、私が持っていた力ではありません」
加茂が眉をひそめた。
「持っていなかった? どういうことだ」
白狼は淡々と説明する。
「私の主、伏黒恵さまは――」
「主と、移動用の式神の呪力を完全に消し」
「私、白狼と黒狼の二体に、大幅な一時的スペック上昇を与える縛りを発動しました」
加茂が思わず口を挟む。
「呪力を消す……?」
真希が即座に遮る。
「話を止めるんじゃねぇ」
「いやそこ重要だろ」
加茂はつっこむ
白狼は頷いた。
「ええ。ここが大きな要です」
「呪力を消すというのは、主がここ数日間にわたって主が練習していた技です」
「それによって教師たちの監視から逃れました」
空気が一瞬、重くなる。
「縛りの代償として――」
「呪力を消している間、主は自分の意思で呪力を戻すことができません 計画が成功するまでは」
「そして全ての行動意思を、私と黒狼に委ねる」
「それが今回の縛りです」
真希が低く聞く。
「……いつから入れ替わってた」
白狼は答えた。
「団体戦の途中からです」
「正確には――」
「主が三輪様と戦った後から」
★
――時間は遡る。
三輪との戦闘直後。
人気のない場所で、伏黒は白狼を呼び出していた。
「俺は黒狼を連れて目的の場所に行く」
「お前は周囲のカラスを誘導してくれ そして計画通り行動してくれ」
伏黒は思考を巡らせる。
(冥冥さんの術式は黒鳥操術)
(複数のカラスを同時操作できる上、視界も共有される)
監視網をずらさなければ、行動は不可能だった。
伏黒は黒狼を顕現させる。
そして――
自分と黒狼の呪力を消した。
縛りが、発動する。
黒狼は呪力を消した伏黒を自分の影に潜ませ 白狼にいう
「あとは任せたぞ」
その瞬間。
白狼の中にも、明確な「意思」が生まれた。
与えられた役割を理解する。
思考が、急速に今までの倍以上に整理されていく。
「えぇそちらも失敗しないように」
白狼はそういう
黒狼はそれを聞き影に潜み監視に注意しながら移動を開始する
白狼は影を操り、
影分身を用いて――伏黒恵の姿へと変化した。
「……これが、主の視ている世界ですか」
身長が違う世界を見ている 白狼は4足歩行から 二足歩行に変えた景色を楽しんでいた
まずやるべきことは一つ。
監視の撹乱。
白狼は、自身と伏黒に対し、
呪力操作による認識阻害の呪術を自分と伏黒に展開し始める。
これは白狼の精密な呪力操作によって可能にしていた
ただしこの呪術は、発動までに膨大な時間を必要とした。
白狼は、伏黒から預かった“うさぎ犬の帽子”を通信媒体として起動する。
『真希さん』
通信が繋がる。
『あなたはそこで、できるだけ敵を固定してください』
『集まる情報量が多すぎます。処理する時間を稼いでください』
少し間が空いて、
真希の声が返ってきた。
『……恵? 少し口調が変だが……まぁいい。何とかする』
白狼は戦場の裏側で動き続けた。
加茂と真希の戦闘。
そこへ姿を変えた影分身を使い、真希を影からサポート。
表に出すぎず。
だが確実に戦況を調整する。
やがて戦闘が終わる。
白狼は通信を送った。
『私の時間稼ぎは終了しました』
『あとは自由に行動していただいて構いません』
『言われなくてもそのつもりだ』と真希。
白狼はその様子を確認すると、
カラスの視界から逃れるように影へ潜む。
「…監視の焦点は真希さんへ移りました」
「認識阻害の呪術も発動完了」
静かに空を見上げる。
「――あとは、主次第ですね」
その時すでに、
本物の伏黒は、別の場所へ到達していた。
★
――場面は現在。
合流地点。
説明を聞き終えた空気は、どこか張り詰めていた。
誰もすぐには言葉を発さない。
その沈黙を破ったのは、虎杖だった。
「……じゃあさ」
一歩前に出て、白狼を真っ直ぐ見る。
「伏黒は今、どこにいるんだ?」
核心を突く問いだった。
白狼は――
わずかに沈黙した。
そして、静かに答える。
「……それを言うことはできません」
「は?」
真希が眉をひそめる。
白狼は続ける。
「私には、それを“言うための言葉”が与えられていません」
加茂の表情が険しくなる。
「……情報制限の縛りか」
「はい」
「主の位置情報は、私の権限では開示できないよう縛りによって構成されています」
真希が舌打ちした。
「チッ……徹底してやがるな、あいつ」
「止められる可能性まで計算済みってわけか」
虎杖が悔しそうに拳を握る。
「なんだよそれ……全部一人で背負う気かよ……」
空気が、わずかにピリついた。
その時――
「あぁ…」
白狼が、ふと空を見上げた。
「……黒狼が、目的を達成しましたね」
「……何?」
と真希は眉をひそめる
「どういうことだ」
加茂は問いただす
白狼の身体に、微かな変化が起き始めていた。
纏っていた理知的な雰囲気が、ゆっくりと薄れていく。
「私のスペックが、元に戻ろうとしています」
「つまり――」
「別の場所にい黒狼が、消していた呪力を元に戻したということです もうすぐで、私と黒狼は意識疎通の力は失われるということです 」
加茂が目を見開く。
「もう工程が終わっていたのか……!」
虎杖が慌てて踏み出す。
「待ってくれ!!」
「全部終わる前に――最後に伏黒の場所を教えてくれ!」
だが。
その願いは、間に合わなかった。
白狼の思考補助。
言語構成能力。
戦術演算。
縛りによって与えられていた“代行機能”が、急速に解除されていく。
白狼は、きょとんとしたように瞬きをした。
そして――
首を傾げる。
「ワン」
そこにいたのは。
もう、主の代行者ではない。
ただの式神だった。
虎杖が固まる。
「……元に戻った……のか?」
真希が深く息を吐く。
「……あぁ」
ゆっくりと、遠くを睨む。
「ここから先は全部――」
「伏黒恵本人の領分ってわけだ」
誰も、もう口を挟めなかった。
あとは。
伏黒が何をしようとしているのか――
それを信じるしかなかった。
★
――時間は少し遡る。
五条が帳を上げた直後。
空気が変わる。
結界が解かれ、圧迫感が消えたはずなのに――
別のところでは別種の嫌な気配が漂っていた。
忌庫の扉が、ゆっくりと軋む。
内側から這い出るように、複数の呪霊が姿を現す。
その奥。
扉の影から、軽い足取りで現れたのは――
真人だった。
「いやぁ〜、探すの大変だったよ」
肩を回しながら笑う。
「呪具も呪物もたっくさんあってさぁ。どれが目的の物か選ぶの、結構迷っちゃった」
その背後。
忌庫番だった術師二人が、扉の横に倒れている。
身体は不自然に歪み、明らかに変死していた。
真人は一瞥もしない。
「まぁ、仕事は仕事だし」
軽く手を振ると、その場から去る。
しばらくして――
影が、揺れた。
静かに、黒狼が姿を現す。
その瞳が、倒れている二人を見下ろす。
「……人を、あんな風に殺してしまうクズが」
低い声。
怒りとも嫌悪ともつかない感情が滲む。
だが次の瞬間、黒狼は自嘲気味に鼻を鳴らした。
「ま、俺がどうこう言える立場じゃねぇか」
視線を落とす。
「白狼の影が、他人の呪力でも人の影?に干渉してるから認識阻害が効いたのか?」
「……あいつがすごすぎて、正直よく分かんねぇよ」
だが、確信はある。
「でもよ」
影が揺れる。
「俺と主人が、影に潜んだまま影ごと移動できたのは――」
口元が僅かに上がる。
「最高だったぜ」
黒狼の影が、わずかに膨らむ。
その内部。
呪力を消した伏黒恵が、静かに存在している。
黒狼は目を閉じる。
「……そろそろだな」
縛りの解除条件が満たされる。
黒狼は――
伏黒の呪力を、解放する。
同時に、自身に与えられていた高度な意思演算能力を手放す。
縛りの補正が、消えていく。
「案外これも楽しかったぜ」
影の中で、伏黒の身体が震えた。
「っ……!」
膨大な情報が、一気に流れ込む。
白狼と黒狼が見てきた記憶。
戦況。
会話。
計算。
脳が、悲鳴を上げる。
伏黒は片膝をつく。
「……ぐ……っ」
頭を押さえる。
呼吸が荒くなる。
視界が二重に揺れる。
(白狼……黒狼……こんな量、よく処理してたな……)
歯を食いしばる。
数十秒。
沈黙。
やがて、呼吸が落ち着く。
伏黒は、ゆっくりと立ち上がった。
目が変わっている。
覚悟を決めた目。
「……行かないと」
小さく呟く。
影の奥から、意識が薄れかけた黒狼の声が聞こえる。
「主……人……」
伏黒は一瞬だけ目を伏せる。
「ありがとう」
短く、だが確かな感謝。
そして顔を上げる。
「俺は――」
拳を握る。
「天元様のところへ行かなければならない」
決意は揺らがない。
その背後で、黒狼の存在が完全に静まる。
縛りは終了した。
これからは。
完全に、伏黒恵自身の選択だ。
静かに、影が揺れる。
伏黒は振り返らない。
ただ、目的地へ向けて歩き出した。
★
――夜に染まった結界内部。
伏黒は立ち止まる。
空は存在しないはずなのに、空間全体が夜の色を帯びている。
(天元様の“隠す”結界……)
かつて聞いた説明を思い出す。
薨星宮へ続く道は一つではない。
無数に存在する。
扉は千以上。
一定間隔でシャッフルされ続ける。
その中で、ただ一つだけが
天元様のいる薨星宮へと繋がっている。
そして――
薨星宮へ向かう途中には、
高専が呪具・呪物を保管している“忌庫”がある。
伏黒は静かに息を吐く。
(真人は……)
呪物に貼られていた、自分の呪力を辿った。
それを目印に、忌庫へ辿り着いた。
(俺たちはそれを逆に利用した)
黒狼と白狼は、
真人に気づかれないよう尾行し続けた。
そして――
当たりの扉を、開けさせた。
伏黒の目が細まる。
「……だが、問題がある」
昇降機の前に立つ。
重い金属扉が開く。
無機質な箱の中へ乗り込む。
ゆっくりと、下降が始まる。
静寂。
耳鳴りのような音だけが響く。
(最下層に降りたとしても――)
そこからさらに、
複数の参道がある。
いくつもの分岐。
迷路のような通路。
正しい道を選ばなければ、
薨星宮本殿には辿り着けない。
伏黒は目を閉じる。
だが。
「……対策はある」
静かに印を結ぶ。
影が揺れる。
黒狼が顕現する。
言葉はない。
意思もない。
ただ、主の命令を待つ存在。
伏黒は短く告げる。
「血の匂いがあるか。散策しろ」
黒狼は音もなく走り出す。
伏黒は思い出す。
薨星宮本殿。
そこで――
天内理子が、銃弾によって命を落とした。
(血は……掃除されていないはずだ)
天元の領域は、
時間の概念が曖昧だ。
ならば。
匂いくらいは残っている可能性がある。
伏黒はさらに小型の式神を放つ。
小さな影の獣たちが、
地面を嗅ぎ、
空気を探る。
伏黒はその感覚を共有する。
微かな、鉄の匂い。
「……ある」
参道を進む。
長い石のトンネル
式神が、僅かな痕跡を辿る。
伏黒の歩みは止まらない。
やがて。
空間が開ける。
「ここが……」
息を呑む。
「薨星宮本殿」
だが。
そこにあるはずの社も、祭壇もない。
広がるのは――
白い空間。
何もない。
音も、影も、気配も。
伏黒は眉を寄せる。
(……拒絶されたか?)
天元様に会えるかどうかは、運次第。
関わらない、という選択も
あの存在にはあり得る。
伏黒は静かに目を伏せる。
「……ここまでか」
踵を返す。
その瞬間。
背後から、声がした。
「帰るのか?」
伏黒の身体が止まる。
ゆっくりと、振り返る。
そこに立っていたのは――
人の形をしているようで、
していない存在。
視線がどこにあるのか分からない。
だが確実に、
こちらを見ている。
伏黒は一瞬だけ身構える。
「……天元様」
声は平静を保っている。
だが背筋に汗が伝う。
その存在は、静かに言う。
「初めまして」
わずかな間。
そして。
「禪院の子」
伏黒の瞳が、僅かに揺れた。
胸の奥がざわつく。
(……やはり、そこから来るか)
だが、表情は崩さない。
天元は続ける。
「君は、面白い」
「私に会いに来る人はそういない、高専のルールを破ってまでもね」
沈黙。
空間が歪むような圧。
伏黒は息を吸う。
白い空間が、わずかに揺れた気がした
「禪院の子よ」
「何を望む?」
空間の温度が、下がる。
試されている。
伏黒はまっすぐ見返す。
恐怖はある。
だが――
退かない。
「天元様」
一歩、踏み出す。
「聞きたいことがあります」
白い世界の中心で。
人でない存在と、
まだ未熟な術師が向き合う。
その緊張は、
戦闘とは別種のものだった。
お待たせしました 1日中寝てたので更新が遅くなった。申し訳ございません