――薨星宮本殿。
白い。
ただひたすら白い。
社もない。
祭壇もない。
空も地面も曖昧な空間。
そこにいるのは二人だけだった。
人ではない存在。
そして。
まだ未熟な術師。
伏黒恵。
「帰るのか?」
背後から声が響く。
伏黒はゆっくり振り返った。
そこに立つ存在を見て、一瞬だけ息を止める。
人の形をしている。
だが、人ではない。
視線がどこにあるのか分からない。
輪郭も曖昧。
存在そのものが世界に溶け込んでいる。
それでも分かった。
目の前にいるのは――
天元。
「……天元様」
伏黒は静かに頭を下げた。
だが警戒は解かない。
ここまで来た以上、何を言われても不思議ではない。
「初めまして禪院の子」
伏黒の瞳が僅かに揺れる。
だが表情は変えない。
「面白いな」
天元は言う。
「私に会いに来る人間はそう多くない」
「まして」
「高専の規則を破り」
「教師の監視を欺き」
「私の結界を突破してまで来た者は初めてだ」
伏黒は沈黙する。
否定する意味がなかった。
全部事実だからだ。
「何を望む?」
試されている。
伏黒はそう理解した。
ここで取り繕う意味はない。
「聞きたいことがあります」
「言ってみなさい」
伏黒は息を吐く。
「一つ目は」
視線を真っ直ぐ向ける。
「シン・陰流当主の居場所です」
空間が僅かに揺れた気がした
「……何故だ」
「簡易領域を普及させたいからです」
伏黒は即答した。
「今の呪術界は才能のない術師ほど死にます」
「だから変えたい」
「シン・陰流の門弟に課されている
理不尽な縛りも解きたい」
沈黙。
「理不尽か」
「はい」
「呪術界は理不尽で出来ている」
「知っています」
伏黒は一歩も引かない。
「だから変えたいんです」
再び沈黙。
長い。
本当に長い沈黙だった。
やがて。
天元が言う。
「面白い」
「君は自分を正しいと思っている」
「違います」
伏黒は否定する。
「俺が正しいとは思っていません」
「ただ」
拳を握る。
「今よりマシだと思っています」
天元は答えない。
「二つ目は?」
「結界術です」
伏黒は言った。
「知識をください」
「何故だ」
「力が欲しいからです」
即答だった。
「助けたい人がいます」
「仲間もいます」
「好きな人もいます」
自分で言って少しだけ顔が強張る。
「全員助けたい」
「でも」
息を吐く。
「多分、全員は助けられない」
「それが気に入らない」
「だから強くなる」
「未来を変えるために」
「俺自身が」
「もっと強くなる必要がある」
白い世界が静まる。
天元は長く沈黙した。
そして。
「なるほど」
「君は五条悟とは違う」
伏黒の眉が僅かに動く。
「彼は最強だから変えようとしている」
「君は弱いから変えようとしている」
「だから面白い」
沈黙。
天元は続ける。
「高専を欺き」
「冥冥の監視網を欺き」
「真人を利用し」
「私のところまで来た」
「君は本当に十五歳か?」
伏黒は少しだけ肩をすくめた。
「多分」
白い空間が少しだけ揺れた。気がした
笑ったのかもしれない。
「よかろう」
空間が開く。
「結界術を渡そう」
伏黒の瞳が僅かに見開く。
「ただし」
「耐えられればの話だ」
その瞬間。
天元の手が差し出された。
伏黒は迷わない。
握る。
世界が壊れた。
「――――ッ!!」
脳へ流れ込む。
帳。
結界。
簡易領域。
重層結界。
認識阻害。
空間固定。
領域理論。
術式付与。
呪力循環。
結界構築。
膨大。
あまりにも膨大。
頭が焼ける。
目から血が流れる。
膝が砕けるように落ちた。
「がっ……!!」
吐きそうになる。
意識が飛びかける。
だが。
(覚えろ)
(全部だ)
(絶対に)
歯を食いしばる。
天元は静かに見下ろしていた。
「なるほど」
「確かに面白い」
「普通なら壊れている」
伏黒は返事もできない。
「君なら」
「何かを変えるかもしれないな」
最後に見えたのは。
白い世界。
そして。
どこか期待するような天元の視線だった。
次の瞬間。
景色が変わる。
高専。
自室。
伏黒はベッドへ倒れ込んだ。
呼吸が荒い。
頭が痛い。
吐き気もある。
だが。
確かに残っている。
膨大な結界術の知識が。
「……結界術だけか」
それでも十分だった。
眠気が押し寄せる。
意識が沈む。
眠りへ落ちる直前。
伏黒は小さく呟いた。
「まだ……足りない」
そのまま。
深い眠りへ落ちていった。
短くてごめんね!!!!