伏黒恵の調和 (タイトル変更)    作:ゲダツ

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俺は前に進む 進撃の巨人だ!(違います)

進めーーー!!  兵士よ怒れ! 兵士よ叫べ
兵士よ!!戦え!!(エ○ヴィン団長気取り)


26 個人戦 準決勝 虎杖と伏黒

東京校控えテント。

 

 交流会も終盤。

 先ほどまでの熱気が嘘のように静かだった。

 

 伏黒恵は折り畳み椅子に腰掛け、天井を見上げていた。

 

「……」

 少しして、小さく息を吐く。

「試合が激しすぎて、

俺の戦いが少なくなったな」

 独り言だった。

 

 隣にいた虎杖が笑う

「よかったじゃん」

「何がだよ」

「苦労しなくて済んだじゃん」

 

 虎杖はペットボトルを傾けながら言う。

「お前いつも苦労してるし」

「そうか?」

「そうだよ」

 即答だった。

 

「普通の一年は特級と戦ったりしねぇんだわ」

 

 伏黒は少し考える。

「……確かに」

「納得すんな」

 

 虎杖が思わず突っ込んだ。

 しばらく沈黙。

 

 伏黒は視線を落とす。

(これで納得するか……?)

(五条先生)

 

 交流会。

 個人戦。

 ここまでの結果。

 誰が見ても十分な成果だった。

 

 だが。

 胸の奥の違和感だけは消えない。

 虎杖がその様子に気付く。

 

「まだ考えてんのか?」

「何を」

「何をじゃねぇよ」

 虎杖が呆れたように言う。

 

「伏黒ってさ」

「勝っても満足しないよな」

 

 伏黒は返事をしなかった。

 図星だったからだ。

 

「……」

「図星だな?」

「うるさい」

 

 虎杖が笑う。

「まぁ、お前らしいけど」

 少しして、虎杖は周囲を見回した。

 

「そういや真希さんは?」

「東堂さんと戦ってる」

「あー」

 納得したように頷く。

 

「そりゃ時間かかるわ」

「だろうな」

「他の人は?」

「家入さんのところか」

「帰ったか」

 

 伏黒が答える。

 虎杖は感心したように言った。

 

「自由だなぁ」

「本当にな」

 伏黒も同意した。

 

 だが。

 そこで再び違和感が浮かぶ。

(……自由すぎる)

 

 交流会の途中。

 負傷者もいる。

 教師たちも慌ただしい。

 

 なのに。

 帰宅許可が妙に早い。

 

 何かがおかしい。

 だが。

 

(考えすぎか)

 頭の隅へ追いやる。

 今は目の前の戦いだ。

 

 その時。

 テントの入口が開いた。

 

 補助監督だった。

「虎杖さん」

「伏黒さん」

 

 二人が同時に顔を上げる。

 

「試合です」

 

 短い言葉。

 だが十分だった。

 空気が変わる。

 虎杖が立ち上がる。

 

「来たか」

 伏黒も静かに立ち上がった。

 椅子が小さく軋む。

 

「いよいよだな」

 虎杖は拳を握る。

 

「手加減しねーぞ」

 その顔には笑みがあった。

 だが目は本気だった。

 

 伏黒もそれを見る。

「あたりまえだ」

 

 短く返す。

 虎杖が笑う。

 

「だよな」

 そして。

 

 二人は歩き出した。

 体育館へ向かう通路。

 無言。

 

 だが胸の中には、それぞれ違う感情が渦巻いていた。

 虎杖は負けたくない。

 追いつきたい。

 

 追い越したい。

 

 

 伏黒は――

 

 もっと先を見ていた。

 未来。

 

 変えなければならないもの。

 守らなければならないもの。

 その全てを胸の奥へ押し込む。

 

 今だけは。

 目の前の戦いに集中する。

 

 体育館の扉が見えた。

 ギャラリーから歓声が漏れている。

 

 もうすぐ始まる。

 伏黒は静かに息を吐いた。

 

 そして。

 二人は並んで、体育館の中へ足を踏み入れた

 

★~

 

体育館。

 重い扉を開けた瞬間、伏黒は違和感を覚えた。

 

「……」

 

 広い。

 

 そして静かだった。

 

 個人戦が始まってから、ずっと

観客席には誰かしら残っていた。

 

 真希。

 パンダ。

 釘崎。

 西宮。

 加茂。

 

 負けた側も含めて、何だかんだ最後まで

見届けようとする人間がいた。

 

 だが今は違う。

 

 妙に空いている。

 人が少ない。

 

 虎杖も周囲を見回した。

「なんか静かだな」

「あぁ」

 

 伏黒も頷く。

「そうだな」

 だが、それ以上は考えない。

 

 今は試合前だ。

 余計な思考は邪魔になる。

 

 体育館中央。

 二人は向かい合う。

 

 距離は十数メートル。

 無言。

 

 しばらくして。

 壇上へ人影が上がった。

 

 七海建人だった。

 スーツ姿のままマイクを持つ。

 

 いつも通り。

 無駄のない動き。

 

「両者とも」

 低い声が響く。

 

「準備はいいですね」

 

 虎杖が拳を握る。

「はい」

 

 伏黒も静かに頷いた。

「問題ありません」

 

 七海は確認すると、余計な言葉を挟まなかった。

 

「それでは――」

 

 一拍。

「試合開始」

 

 開始の合図。

 だが。

 

 どちらも動かない。

 

 静止。

 観察。

 

 読み合い。

 

 先に動いたのは虎杖だった。

 床を蹴る。

 

 爆発的な加速。

 一直線。

 

「オラァッ!!」

 

 最短距離。

 最速接近。

 

 だが。

 

 伏黒はすでにそこにいなかった。

 横。

 

 半歩だけずれている。

 

 虎杖の拳が空を切る。

「っ!」

 

 その瞬間。

 影から何かが飛び出した。

 

 蝦蟇犬・黒。

 

 虎杖は反射で腕を上げる。

 ガンッ!!

 

 衝撃。

 だが耐える。

 

 押し返す。

「邪魔だ!!」

 

 拳。

 蝦蟇犬が吹き飛ぶ。

 

 だが。

 伏黒の姿が見えない。

 

「どこだ!?」

 次の瞬間。

 

 足元。

 影が揺れた。

 虎杖の反応は速い。

 

 だが間に合わない。

 影の触手が足首へ絡み付く。

 

「チッ!」

 

 強引に引き千切る。

 だがその間に伏黒は距離を取っていた。

 

「相変わらず近接戦強いな」

 伏黒が言う。

 

 虎杖が鼻を鳴らした。

「褒めても何も出ねーぞ」

 

 再び接近。

 速い。

 今度はフェイント。

 

 右。

 左。

 踏み込み。

 拳。

 

 伏黒は後退する。

 

 避ける。

 避ける。

 避ける。

 

 そして。

 

 当てない。

 虎杖は気付く。

 

(こいつ……)

(まともに殴り合う気ねぇな)

 

 距離を取られる。

 影で妨害される。

 

 式神が割り込む。

 近づいても逃げられる。

 

 泥臭い。

 だが。

 確実だった。

 

「めんどくせぇ!!」

 

 虎杖が叫ぶ。

 伏黒は冷静だった。

 

「そういう戦い方だからな」

 

 影が広がる。

 体育館の床をゆっくりと黒く染める。

 

 虎杖の眉がひそめられる。

 嫌な予感。

 本能が警鐘を鳴らしている。

 

「お前」

「最初からこれ狙いか?」

 

 伏黒は答えない。

 ただ印を結ぶ。

 

 その瞬間。

 体育館の床一面から。

 

 無数の影が立ち上がった。

 虎杖の表情が変わる。

 

「うわ……」

 思わず声が漏れる。

「マジかよ」

 

 蝦蟇犬。

 影分身。

 うさぎ犬。

 影の手。

 

 数。

 

 数。

 

 数。

 

 体育館全体が伏黒のフィールドになっていく。

 虎杖は拳を握り直した。

 

 虎杖は歯を食いしばる。

 四方八方。

 

 影。

 式神。

 触手。

 

 どれを殴っても、本命に辿り着けない。

 

「クソッ!」

 拳を振るう。

 

 蝦蟇犬が吹き飛ぶ。

 影分身が消える。

 

 だが。

 本物がどこにいるのか分からない。

 

 伏黒の姿をした影分身。

 伏黒に変化した式神。

 

 影の中に潜む本体。

 視界の全てがフェイクだった。

 

(どれだ……!)

(どれが本物だ!?)

 

 その瞬間。

 背後。

 

「そこだ」

 

 虎杖が振り返る。

 伏黒だった。

 玉剣を構えている。

 

「っ!」

 咄嗟に腕を交差。

 

 ガキィッ!!

 重い衝撃。

 

 虎杖の身体が数歩後退する。

「見つけた!」

 

 だが。

 次の瞬間。

 

 左右から蝦蟇犬。

 背後から影の触手。

 

 上空からうさぎ犬。

 一斉に襲い掛かる。

 

「うおっ!?」

 対応を強いられる。

 

 伏黒を追う余裕がない。

 その一瞬で。本物は再び姿を消した。

 

「チッ!」

 虎杖が舌打ちする。

 

 だが。

 そこで気付いた。

 

「……待て」

 視線が上を向く。

 

「さっきの伏黒」

「うさぎの帽子被ってたよな」

 

 伏黒の視界共有。

 

 それを思い出す。

 

「ってことは――」

「見やすい場所から誰かが見てる!」

 

 虎杖は近くのうさぎ犬を掴んだ。

 

「お前だろ!!」

 そのまま全力で投げる。

 

 ドォッ!!

 

 体育館上部。

 壁際へ一直線。

 

 だが。

 

 うさぎ犬は寸前で跳ねた。

 

 壁を蹴る。

 回避。

 

「クソッ!」

 

 虎杖が舌打ちする。

 その時だった。

 

 伏黒の声。

「なるほど」

「そこまで辿り着くか」

 

 影が揺れる。

 すると。

 

 今まで展開していた式神たちが、

 一斉に影へ沈んでいった。

 

「……は?」

 

 虎杖が眉をひそめる。

「何のつもりだ」

 

 伏黒は答える。

「試しだ」

 

 静かに印を結ぶ。

 白狼が現れる。

 

 巨大な白い式神。

 だが。

 

 様子がおかしい。

 身体が崩れる。

 

 変形する。

 呪力が圧縮されていく。

 

「おい……」

 虎杖の顔から笑みが消えた。

 

「それ」

 

 白狼が変わる。

 砲身。

 砲座。

 

 巨大な呪力機構。

 まるで戦車砲。

 

 いや。

 それ以上だった。

 

「式神武器」

 

 伏黒が静かに言う。

 

「玉砲」

 

 体育館が静まり返る。

 

 虎杖の本能が警鐘を鳴らした。

 

(ヤバい)

(あれはヤバい)

 

 その瞬間。

 

 周囲に無数の呪力反応。

 

 影の地震がおきる

 影の壁が上がってくる

 床全体が蠢く。

 

「まさか……!」

 

 虎杖が動こうとする。

 

 だが。

 遅い。

 

 影が立ち上がった。

 壁。に囲まれた

 

 巨大な影の壁が虎杖の左右と背後を塞ぐ。

 逃げ道が消える。

 

「伏黒ォ!!」

 

 虎杖が叫ぶ。

 伏黒は静かだった。

 

「放て」

 

 玉砲が光る。

 

 圧縮。収束。

 轟音。

 

 虎杖は上へ飛ぼうとする。

 その足に。

 

 影の触手が絡み付いた。

 

「っ!!」

 動けない。

 

 回避できない。

 目の前で。

 

 巨大な呪力砲が解き放たれた。

 ――轟ッ!!

 

 玉砲が炸裂した。

 体育館全体が揺れる。

 

 床が抉れ。

 影の壁が吹き飛び。

 

 衝撃波が観客席まで駆け抜ける。

 

 土煙。

 破片。

 

 呪力の残滓。

 視界は真っ白だった。

 

 伏黒は目を細める。

(当たった)

 

 確かな手応え。

 今回の一撃には複数の縛りを重ねていた。

 

 式神武器・玉砲。

 

 一発の呪力装填に時間をかける代わりに威力を上げる。

 巨大な砲身として目立つ代わりに威力を上げる。

 発射までの時間を遅くする代わりに威力を上げる。

 

 積み重ねた代償。

 積み重ねた強化。

 

 本来なら。

 

 これで決まるはずだった。

 

 だが。

 

 煙の奥から声がした。

「……っはぁぁ……!」

 

 伏黒は息を吐く。

「やっぱりな」

 

 煙が晴れる。

 そこには虎杖がいた。

 

 膝をついている。

 制服はボロボロ。

 身体のあちこちに火傷。

 

 腕も震えている。

 

 それでも。

 

 立っていた。

 

「……あっぶねぇぇ……」

 

 虎杖が思わず漏らす。

 

 本音だった。

 本当に危なかった。

 

 あと少し。

 

「一発が早すぎて耐えきれるかもしれないと思ったんだ

読みが当たって正解だった」

 

 あと少しだけ耐久が足りなければ終わっていた。

 虎杖はゆっくり立ち上がる。

 

 足が重い。

 呼吸も荒い。

 

 だが目は死んでいない。

 伏黒はそれを見て頷く。

 

「さすがだな」

 素直な賞賛だった。

 

 虎杖が笑う。

「だろ?」

 

 だが。

 伏黒は続ける。

「でも、もう強力な式神を倒す余力はない」

「……?」

 虎杖が眉をひそめる。

 

 次の瞬間。

 影が伏黒の腕へ絡み付いた。

 

 呪力が凝縮する。

 形を変える。

 

 伸びる。

 鋭くなる。

 

 やがて。

 

 両腕に巨大な爪が現れた。

 獣の爪。

 

 いや。巨大なナイフにも見える。

 

「狗顎爪 "大爪" 」

 

 それが両腕に

 

 伏黒は静かに構えた。

 虎杖の表情も変わる。

 

「……なるほど」

 笑う。

 

「本気ってことだな」

 

 伏黒は答えない。

 ただ前を見る。

 虎杖も拳を握った。

 

 全身が悲鳴を上げている。

 だが。

 引く理由にはならない。

 

「お前に勝つ」

 真っ直ぐ言う。

 その言葉に迷いはない。

 

 伏黒も同じだった。

 影が足元で揺れる。

 静かな殺気。

「終わらせてやる」

 

 次の瞬間。

 二人同時に床を蹴った。

 

 

 

 鈍い衝撃音が響いた。

 

 伏黒の両腕には、大爪が纏われていた。

 

 振るう。

 ただそれだけで危険だった。

 

 ブォンッ!!

 

 空気を裂く音。

 虎杖は咄嗟に身を捻る。

 

「っ!」

 鼻先を巨大な爪が通過した。

 冷や汗が流れる。

 

(長ぇ……!)

(リーチが長すぎる!)

 

 虎杖は距離を測る。

 殴れる距離。

 

 だが向こうはもっと遠くから届く。

 しかも伏黒自身の体術もある。

 

 単純な殴り合いなら自分が有利。

 だが今は違う。

 

 伏黒の土俵だった。

 大爪が再び振り下ろされる。

 

 虎杖は回避。

 さらに回避。

 

 回避

 だが。

 

 その足元で影が揺れた。

 

「っ!?」

 

 虎杖の身体が傾く。

 転ばされた。

 床から伸びた影が足首を引っ掛けていた。

 

 立ち上がろうとする。

 その瞬間。

 

 大爪が迫る。

 

 虎杖は反射で腕を引く。

 

 ギィン!!

 

 完全には避けられない。

 腕が裂ける。

 

 血が飛ぶ。

 

「チッ……!」

 

 傷は深くない。

 だが確実に削られている。

 伏黒が静かに言う。

 

「避けるだけか」

 

 虎杖は笑った。

「いや」

「どうかな」

 

 次の瞬間。

 突っ込む。

 

 一直線。

 伏黒の目が細まる。

 

 大爪を振り下ろす。

 虎杖は前へ。

 

 さらに前へ。

 そして。

 

 拳を握らない。

 両腕を丸める。

 上へ腕を上げて

 

 大爪へ叩き付けた。

 

 バキィッ!!

 

 破砕音。

 伏黒の目が見開かれる。

「は?」

 

 大爪の先端が折れていた。

 虎杖は息を吐く。

「やっぱりな」

 

 伏黒は即座に理解した。

(切れ味が悪いのを見抜いたのか)

(だから受けにいった)

(いや―普通受ける発想になるか!?)

「バケモンかよ……」

 思わず本音が漏れる。

 

 虎杖は笑う。

「お互い様だろ」

 

 そのまま距離を詰める。

 拳が届く。

 

 そう思った瞬間。

 伏黒が口元を歪めた。

「影は使わないと思ったか?」

 

 虎杖の背筋が冷える。

「な――」

 

 足元。

 いや違う。

 

 横だ。

 いつの間にか。

 体育館の床を這う太い影が存在していた。

 

 虎杖は気付いていなかった。

 

 認識阻害。

 伏黒が高精度な影操作の維持の

 代償として得た異常な技術。

 

 太い触手ですら。

 視界の隅から消えていた。

 

「いつから――!?」

 答える暇もない。

 

 触手が巻き付いた

 

 胴。

 腕。

 脚。

 完全拘束。

 

「伏黒ォ!!」

 虎杖が叫ぶ。

 

 だが遅い。

 触手が持ち上げる。

 空中。

 

 打ち上げ。

 体育館の天井近くまで一気に引き上げられる。

 そして。

 

 叩き落とす。

 

 ブゥン!!

 

 床へ向かって急降下。

 だが。

 それだけでは終わらない。

 

 伏黒の手には玉剣。

 黒い刃。

 影を纏う式神武器。

 

 伏黒は踏み込んだ。

 落下する虎杖へ。

 真正面から。

 

「終われ」

 

 振り抜く。

 玉剣と虎杖の身体が激突した。

 

 轟音。

 衝撃波。

 

 体育館の床が砕ける。

 虎杖の身体は弾丸のように吹き飛ばされた

 

 

★~〜

虎杖の身体は体育館の壁を突き破った。

 

 轟音。

 

 コンクリート片が飛び散る。

 そのまま地面を何度も転がり、ようやく止まった。

 

「……がっ……!」

 

 肺が痛い。

 呼吸が上手くできない。

 

 腕も脚も震えている。

 身体中が悲鳴を上げていた。

 

 だが。

 それ以上に苦しかったのは――心だった。

 

「……なんで」

 ぽつりと漏れる。

「なんでだよ……」

 

 空を見上げる。

 視界が滲む。

 

 伏黒の顔が浮かんだ。

 あいつは強い。

 最初から強かった。

 

 だが、それだけじゃない。

 任務のたびに。

 

 死にかけるたびに。

 どんどん強くなっていく。

 自分が必死に一歩進む間に。

 

 あいつは五歩。

 

 十歩。

 

 先へ行く。

 

「俺だって……」

 歯を食いしばる。

「俺だって頑張ったんだぞ……」

 

 映画も見た。

 修行もした。

 死にかけた。

 戦った。

 

 それでも。

 

 届かない。

 今回も。

 

 結局。

 届かなかった。

 

「追いつけねぇじゃねぇか……」

 拳を握る。

 だが力が入らない。

 

 順平の顔が浮かぶ。

 助けられなかった。

 

 何もできなかった。

 

 祖父の声が響く。

 ――人を助けろ。

「じいちゃん……」

 

 目を閉じる。

「俺さ」

 

 声が震える。

「誰も助けられてねぇよ」

 

 順平も。

 

 伏黒も。

 

 誰も。

 

「伏黒を助けるつもりだったんだ」

 ぽつりと漏れる。

「俺が強くなれば」

「俺が前に立てば」

 

「少しは楽させられると思ってた」

 だが現実は違う。

 

 今回も。

 助けられたのは自分だ。

 

 花御の時も。

 

 交流会の時も。

 

 今回も。

 

 伏黒は前へ進む。

 自分は追いかける。

 その繰り返し。

 

「なんなんだよ……」

 

 笑いそうになる。

 笑えない。

「俺」

 

「いらなくね?」

 その言葉が出た瞬間だった。

 

『つくづく見苦しいな』

 

 知らない声が聞こえた。

 虎杖が顔を上げる。

 

 景色が変わっていた。

 骨が積み上がる異様な空間。

 

 その中央。

 一人の男が座っている。

 赤い目。

 全身に刻まれた紋様。

 だが。

 

 虎杖にとっては。

 ただの知らない男だった。

 

『ただのじゃれ合いだというのに』

 男が頬杖をつく。

 

『ここまでへこむとはな』

『心底不愉快だ』

 

 虎杖は眉をひそめる。

「……誰だよ」

 

 男が笑う。

『本当に忘れたか』

「だから誰なんだって」

 

 本当に分からない。

 見たことがあるような気もする。

 だが思い出せない。

 

 記憶に引っかからない。

『ククッ』

 

 男は楽しそうに笑った。

『そうか』

『忘れたか』

『なら都合がいい』

 

 虎杖は顔をしかめる。

「何なんだよお前」

『誰でもいい』

『重要なのはそこじゃない』

 男が立ち上がる。

 

 圧力が変わる。

 空間そのものが重くなる。

『小僧』

『お前では伏黒に届かん』

 

 虎杖の肩が震えた。

 反論できない。

 

 今の戦いが証明していた。

 

『追いつけない』

『助けられない』

『守れない』

 一つずつ。

 傷口を抉るように言葉が刺さる。

 

『順平を救えなかった』

 

『伏黒にも届かない』

 

『祖父との約束も果たせない』

 虎杖は俯く。

 

『お前は弱い』

 沈黙。

 

『だから貸せ』

 男が笑う。

 

『お前には無理だ』

『俺がやる』

 

 虎杖は目を閉じた。

 疲れていた。

 

 苦しかった。

 何もかも。

 頑張っても。

 頑張っても。

 

 届かない。

 

「……そうかもな」

 力なく笑う。

 

『ククッ』

 男が口元を歪める。

 

「もういいよ」

 虎杖は呟く。

 

「俺じゃ無理だ」

 拳が開く。

 

「好きにしてくれ」

 

 意識が沈んでいく。

 何も考えたくない。

 何も見たくない。

 

 ただ。

 終わらせたかった。

「……頼む」

 

 その言葉を最後に。

 虎杖悠仁の意識は闇へ落ちた。

 

 静寂。

 そして。

 

 男の口元が大きく歪む。

『ケヒッ』

 

 心底楽しそうに。

 愉快そうに。

 笑う。

 

『ようやくか』

 赤い瞳が細くなる。

 その笑みには。

 

 救済など一欠片も存在しなかった。




ようやく姉妹、校編が最終段階に行きました
最悪が巻き起こります
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