宿儺との攻防は続いていた。
伏黒は影を広げながら距離を取る。
貫鵺。
影分身。
玉砲。
使える札はすべて使っている。
それでも。
宿儺は止まらない。
圧倒的だった。
宿儺は伏黒を見ながら笑う。
「狭いな」
「……何?」
「影ばかり見ている」
次の瞬間。
宿儺が踏み込む。
伏黒は反応した。
だが。
間に合わない。
宿儺の蹴りが腹部へ突き刺さった。
衝撃。
視界が揺れる。
伏黒の身体が体育館を飛び出し
そのまま空へ放り上げられた。
「っ……!」
風が顔を叩く。
高度が上がる。
地面が遠ざかる。
伏黒は即座に印を組んだ。
「貫鵺!」
影から現れた式神へ飛び乗る。
辛うじて姿勢を立て直した。
「クソッ……!」
悪態が漏れる。
だが。
宿儺は笑っていた。
地上にいたはずの男が。
すでに空へいた。
「もっと広く使え」
伏黒の目が細まる。
宿儺は空中を蹴っている。
足場などない。
だが。
確かに移動している。
(違う)
(飛んでるんじゃない)
(蹴ってる)
原作知識が脳裏を過る。
呪力による反発。
空気の流れ。
圧力差。
理屈だけなら理解できる。
「……やってみるか」
伏黒は貫鵺から飛び降りた。
一瞬。
落下する。
そして。
足裏から呪力を放出した。
失敗。
体勢が崩れる。
「チッ」
再度。
今度は圧力の面を捉えるように。
呪力を撃ち出す。
身体が止まる。
さらに蹴る。
空中で方向が変わる。
「できた」
伏黒は小さく呟いた。
宿儺が笑う。
「そうだ」
「その方が面白い」
伏黒は即座に空中の影を広げる。
「行け」
潜ませていた貫鵺が現れる。
複数。
一直線に宿儺へ突撃する。
宿儺は避けない。
受ける。
弾く。
斬る。
それでも。
貫鵺は止まらない。
伏黒はさらに空中を蹴る。
移動。
加速。
宿儺の死角へ回る。
その時。
呪力砲が飛んだ。
宿儺の肩へ命中する。
宿儺の視線が地上へ向く。
「そこか」
地面。
複数の伏黒。
影分身。
そして。
巨大な砲身。
「玉砲」
発射。
一発。
二発。
三発。
次々に宿儺へ叩き込まれる。
爆発。
煙。
衝撃。
宿儺の身体が押し戻される。
伏黒はさらに命じた。
「今だ」
遠く。
大きく距離を取っていた貫鵺たちが
急降下を始める。
加速。
加速。
加速。
直線のみ。
だが。
飛距離が長いほど威力が上がる。
宿儺へ殺到する。
宿儺は笑った。
「ケヒッそう来るか」
直撃。
ついに宿儺の身体が吹き飛んだ。
建物を貫通する。
壁を壊す。
そしてその途中
あらぬ方向へ飛んでいく。
伏黒の表情が変わった。
「……あの場所は」
嫌な予感がした。
★
伏黒の部屋。
破壊された壁の向こうで。
宿儺がゆっくり立ち上がる。
視線が一点へ向く。
微かな呪力。
封印。
保存。
そして。
指。
宿儺の口元が吊り上がった。
「気配でわかっていたが、封印されているとは」
影の中から飛び出した蝦蟇犬が
宿儺へ襲いかかる。
だが。
宿儺は指を振った。
斬撃が走る。
封印蝦蟇犬が崩壊する。
もう一体。
同じように切り裂かれる。
転がり落ちたのは。
二本の指。
宿儺は迷わない。
拾う。
そして。
飲み込んだ。
呪力が膨れ上がる。
空気が震える。
伏黒が部屋へ飛び込んできた。
「人ん家荒らしやがって」
「ケヒッ」
宿儺は笑う。
伏黒は舌打ちした。
(これで四本目)
最悪だった。
宿儺はゆっくり首を鳴らす。
「少し戻ったな」
そして。
伏黒を見る。
「では」
「続きをやろうか」
宿儺の笑みが深くなる。
「今の俺には勝てない」
伏黒は息を整えながら言った。
「ほう」
「ならばどうする?」
伏黒は迷わなかった。
「逃げる」
一瞬。
宿儺の口元が吊り上がる。
「そうか」
次の瞬間。
伏黒は空中を蹴った。
足元で呪力が弾ける。
身体が大きく加速した。
宿儺も同時に動く。
「逃すか」
空中を蹴りながら追撃する。
伏黒は何度も軌道を変えながら考えていた。
(まずい)
(四本)
(想定より早い)
歯を食いしばる。
(摩虎羅を出すか)
一瞬だけ脳裏を過る。
最悪の切り札。
だが。
(駄目だ)
(あれを出したら終わる)
(宿儺も)
(俺も)
(周囲の人も)
(それじゃ意味がない)
考えた瞬間。
頭上に影が差した。
「考え事か?」
宿儺だった。
伏黒の真上。
いつの間にか追いついている。
振り下ろされる両腕。
伏黒の身体が真下へ叩き落とされた。
空気が悲鳴を上げる。
「っ!」
伏黒は咄嗟に空中を蹴る。
軌道を強引に変える。
地面へ激突する寸前。
方向転換。
そのまま一直線に体育館へ突っ込んだ。
体育館。
床を削りながら着地する。
伏黒は荒い息を吐いた。
立ち上がる。
その前へ宿儺が降り立った。
周囲を見回す。
「またここか」
少しだけ首を傾げる。
「それに全く人を見かけん」
宿儺の視線が伏黒へ向いた。
「お前の仕業だな」
伏黒は息を整える。
「事前に影へ潜ませていた蝦蟇犬たちを
救助に回していた」
宿儺が笑った。
「俺と戦いながらか」
「大した奴だ」
伏黒は答えない。
脳だけが高速で回転している。
(勝つ方法)
(勝つ方法は――)
そして。
薬師如来印を結んだ。
宿儺の表情が変わる。
初めて。
明確に興味を示した。
「……ほう」
空気が震える。
体育館の床が軋む。
影が広がる。
広がる。
広がる。
宿儺は口元を歪めた。
「そうか」
「やっと使う気になったか」
呪力が噴き出す。
影が体育館全体を覆い始める。
無数の触手が宿儺へ伸びる。
拘束。
圧迫。
引きずり込む。
宿儺は笑った。
「魅せてみろ」
「伏黒恵」
影の中心に渦が生まれる。
伏黒と宿儺を呑み込む。
景色が反転した。
黒。
黒。
黒。
どこまでも黒。
その中心。
天へ伸びる巨大な脊髄。
支える肋骨は存在しない。
ただ脊髄だけが黒い空へと続いている。
影が海のように広がる世界。
伏黒は静かに告げた。
「領域展開」
「嵌合暗翳庭」
宿儺の笑みがさらに深くなる。
ついに完成された領域が出ました