影の縁が、わずかに波打つ。
玉犬・黒狼は着地と同時にこちらを見失っていない。鼻先が僅かに動く。
「――グルル……」
低い唸り。威嚇じゃない。確認だ。獲物の位置を、匂いで“固定”している。 視覚遮断は意味が薄い。 なら、隠れる必要もない。
「不知井底」
影から現れた翼持ちの蝦蟇が、複数同時に跳び出す。羽音と着地音が重なり、空間が騒がしく満ちる。
「ガァッ!!」
玉犬が一体を噛み砕く。咀嚼するような動きすら見せず、即座に次へ向き直る。排除じゃない。邪魔を消しているだけ。
(思考がシンプルすぎる……だから速い)
数で撹乱しても、恐怖も躊躇もない。 ただ一直線に殺意だけを通してくる。玉犬が地面を蹴る。 爆ぜる音。
「――ッ!」
反応より速く間合いを詰めてくる。
「狗顎爪」
腕に青い呪力を纏わせ、迎撃。打撃と斬撃を同時に叩き込む。
「ガァァッ!!」
浅い。だが玉犬の声が僅かに変わった。怒りじゃない。認識した声。
(今ので、ようやく“敵”として見たか)
直後、牙が迫る。
「不知井底!」
一体を割り込ませ、噛ませる。 潰される、その瞬間。伏黒は影へ沈む。玉犬が吠える。
「オオォォォォォッ!!」
さっきまでより明確な咆哮。姿が消えたことに対する、苛立ち。 だが探さない。嗅覚で追っている。 真上。真下。影の揺れに合わせて首だけが動く。
(見えてないのに位置を読んでる……)
伏黒が足元から浮上。 手には三節棍――特別級呪具遊雲。
「……本能だけでここまで来るか」
振り抜く。重撃。空気が爆ぜる。
「ギャウッ!」
初めて、明確な苦鳴。玉犬の体が横へ弾かれる。だが倒れない。四肢で地面を掴み、無理やり止まる。爪が地面を削り、火花のように砂が散る。その喉から、低い音が漏れる。
「……グ……ルルルル……」
威嚇ではない。戦意の再点火。
(完全に戦闘態勢に入ったな)
「咬捻」
大蛇の術理を腕に流す。接触。捻転。巨体を強制回転させ、叩きつける。 衝撃。 瓦礫が跳ねる。それでも玉犬は、すぐ起き上がる。
「ガァッ!!」
短い吠え。合図みたいな声。次の瞬間、加速。
(まだ伸びるのかよ……!)
不知井底を一斉展開。数で包む。羽音、跳躍、影の揺らぎ。
情報を飽和させる。玉犬がその群れへ突っ込む。
「オォォォォォッ!!」
咆哮と同時に、一直線。迷いがない。だから読める。
(来るタイミングは一回だけ)
伏黒は呼吸を落とす。狙うのは最大出力。遊雲。黒閃の間。玉犬が不知井底を突き破る。壁を抜けた、その瞬間。視界が開ける。
伏黒が正面に立っている。玉犬の目が、伏黒を捉える。一瞬だけ静止する。 獲物を仕留める直前の、獣の“確信”。
「黒閃!」
踏み込み。誤差、零。遊雲を振り下ろし黒い火花が散る 鈍い衝撃が腕を通り越して全身に突き抜けた。
「――ッ!」
狙い通り、間に入った。呪力の核心を、掴んだ感触。玉犬・黒狼の巨体が、地面に沈む。だが、終わらない。
「ガァァァァッ!!」
咆哮。四肢が地面を掴み、無理やり起き上がる。
(まだ来るか……!)
式神だけじゃなく、術者も同じ戦闘を生き残ること。強化された玉犬を倒す。その過程を身体に刻む。だから逃げない。伏黒は影へ沈まない。正面に立つ。
「来い」
玉犬が跳ぶ。迷いのない、最後の突進。速さも、重さも、最初より鋭い。だが。
(もう見えてる)
戦闘を重ねたことで、動きが読める。嗅覚頼りの直線的な詰め方。踏み込みの癖。噛み付く瞬間の重心。全部、一度受けた。だから対応できる。
「蝦蟇」
地面から舌が伸びる。わずかに軌道をズラす。その“一瞬のズレ”だけで十分。伏黒は踏み込む。
「――これで終わりだ」
遊雲を横薙ぎに叩き込む。衝突。玉犬の動きが止まる。そのまま、押し切る。力比べじゃない。呪力の流れを断ち、術式としての核を潰す。数秒の拮抗。やがて。玉犬の身体を覆っていた荒々しい呪力が、ほどけ始める。
「……グ……」
低い声。さっきまでの咆哮とは違う。戦闘の音じゃない。確認するような、小さな唸り。伏黒は遊雲を下ろさない。視線も逸らさない。完全に消えるまで、構え続ける。影が静かに収束していく。暴走していた呪力が、術式へと組み直される。
そして。玉犬は、伏黒の影の中へ沈んだ。今度は拒絶も、暴発もない。ただ静かに――戻った。
調伏、完了。 訓練場に、遅れて静寂が来る。伏黒はその場に膝をついた。
「……はぁ……」
呼吸が荒い。だが、感覚ははっきりしていた。呪力の巡りが、以前より重く、深くなっている。玉犬を通していた出力の一部が、術者側に馴染んでいる。
(これが……縛りのメリットか)
成功した分だけ、術者も変わる。リスクと引き換えの強化。
無茶なやり方だが――確実に、前より扱える。影が足元で揺れる。呼応するように、気配が返ってきた。もう暴れる気配はない。完全に従属した、新しい玉犬・黒狼だ。
「……次からは、仲間だ 」
返事はない。だが影の中で、低く一度だけ唸りが響いた。
AI ってとても楽でも これだって思うものがなかなか生成されないからとても難しい