脊髄だけが黒い天へ伸びる異形の空間。
影の海が広がる。
伏黒の領域。
嵌合暗翳庭。
宿儺は周囲を見回した。
そして笑う。
「なるほど」
影が揺れる。
無数の式神の気配。
「未熟だが」
「悪くない」
宿儺は腕を上げる。
領域には領域。
当然の選択だった。
閻魔天印を結ぼうとする。
その瞬間。
影が蠢いた。
両腕へ絡みつく。
拘束。
圧迫。
呪力吸収。
宿儺が目を細めた。
「ほう」
伏黒が吐き捨てる。
「させてたまるかよ」
頭の中には原作知識があった。
伏魔御厨子。
閉じない領域。
結界を持たない領域。
(あれだけは駄目だ)
閉じた領域は外殻が弱く壊れやすい
そして。
伏魔御厨子は外側を直接破壊することができる。
(俺の領域じゃ勝てない)
(だから発動させる前に潰す)
伏黒が腕を振る。
「攻撃開始!」
影の海が沸騰した。
式神。
式神。
式神。
無数。
玉犬。
蝦蟇犬。
貫鵺。
うさぎ犬。
全てが宿儺へ殺到する。
宿儺は笑った。
「面白い」
斬撃が走る。
解。
式神が裂ける。
崩れる。
消える。
だが止まらない。
次。
次。
次。
領域そのものが式神を補充する。
宿儺の身体へ攻撃が積み重なる。
浅い。
だが確実。
「鬱陶しいな」
宿儺は式神を掴む。
捌。
触れた式神が崩壊する。
それでも。
影の海から次々現れる。
伏黒が印を組んだ。
「万象」
空が消える。
巨大な影。
万象。
宿儺の頭上へ落下する。
宿儺が片腕で支える。
床が砕ける。
「重いな」
斬撃を叩き込む。
だが。
質量そのものは消えない。
さらに。
式神群が宿儺へ襲い掛かる。
伏黒も飛び込む。
「玉剣」
黒い刃。
宿儺へ斬りかかる。
宿儺は受ける。
その瞬間。
伏黒が笑った。
「プラスだ」
宿儺が見上げる。
万象。
さらに上。
もう一体。
もう一体の万象が落下していた。
「チッ」
宿儺が舌打ちする。
二重の質量。
轟音。
領域全体が揺れる。
伏黒は拳を握る。
(押し切れる)
(このままなら)
だが。
その瞬間。
嫌な違和感。
宿儺の呪力が変わる。
「……あ」
伏黒の顔色が変わった。
(忘れてた)
受肉。
(受肉再開ができる)
呪力が膨張する。
肉体が変化する。
腕が増える。
口が現れる。
人ではない。
完全な怪物。
伏黒の背筋が凍った。
「クソッ」
宿儺は笑う。
片腕で万象を支えたまま。
もう片方。
さらに別の腕。
印を結ぶ。
伏黒が叫ぶ。
「やめろ!!」
宿儺は笑った。
「遅い」
閻魔天印。
「領域展開」
伏黒の顔が歪む。
「クソがァッ!!」
「伏魔御厨子」
世界が変質する。
黒い影の海へ、
赤黒い祭壇が割り込む。
巨大な山門。
積み上がった骨。
解体場にも似た異様な空間。
伏黒の嵌合暗翳庭。
宿儺の伏魔御厨子。
二つの領域が重なる。
宿儺は周囲を見渡した
伏黒を見て笑う。
「よくここまで辿り着いたな」
伏黒は答えない。
頭の中では別の計算をしていた。
(閉じない領域)
(外殻破壊)
(それだけは駄目だ)
伏魔御厨子が完成した瞬間。
嵌合暗翳庭の外殻へ斬撃が降り注ぎ始める。
影が削られる。
空間が軋む。
宿儺へ式神が殺到する。
解。
捌。
次々に切り刻まれる。
だが。
伏黒も止まらない。
万象。
貫鵺。
玉剣。
影の触手。
全てをぶつける。
宿儺は笑っていた。
「面白い」
しかし。
伏黒は悟っていた。
(勝てない)
(このままじゃ負ける)
だから。
最初から勝負の仕方を変えていた。
「解除」
宿儺の目が細くなる。
「何?」
嵌合暗翳庭が崩壊する。
黒い世界が消える。
だが。
宿儺は違和感を覚えた。
足場がない。
空気がない。
光もない。
上下もない。
「……」
影。
どこまでも続く影。
伏黒が最初に作った渦。
領域へ引き込むためのものではない。
影の底へ落とすための入口。
(そういうことか)
宿儺が笑った。
斬撃を放つ。
だが。
切る対象がない。
影。
影。
影。
どこまでも影。
宿儺の身体は沈み続ける。
浮力はない。
酸素もない。
呼吸もできない。
意識だけが削られていく。
「ハッ」
宿儺は笑う。
(面白い)
だが。
沈下は止まらない。
やがて。
宿儺の意識が揺らぐ。
その瞬間。
伏魔御厨子が軋んだ。
維持する術者の意識が途切れた。
山門が崩れる。
祭壇が砕ける。
赤黒い世界が消滅する。
伏魔御厨子崩壊。
影から現実へ戻った伏黒は膝をついた。
「……っ」
頭痛。
術式が焼き切れている。
領域展開の反動。
影が出ない。
式神も呼べない。
(まだ終わってない)
(蝦蟇鹿を出すまでだ)
伏黒は反転術式を流す。
脳へ。
焼き切れた術式回路へ。
正のエネルギーを送り続ける。
激痛。
頭蓋の内側を砕かれるような感覚。
それでも止めない。
(戻れ)
(戻れ)
(あと少しだけだ)
数秒。
影が揺れた。
伏黒は息を吐く。
「……間に合った」
「蝦蟇鹿」
巨大な封印式神が現れる。
「行け」
蝦蟇鹿は影の底へ潜った。
時間が過ぎる。
一分。
二分。
三分。
伏黒の視界はぼやけ始めていた。
そして。
影が揺れる。
蝦蟇鹿が戻ってくる。
その腹は大きく膨らんでいた。
伏黒は理解した。
「……成功したか」
蝦蟇鹿が静かに鳴く。
伏黒は小さく笑った。
影の中から生き残った式神たちが現れる。
傷だらけ。
消えかけている個体もいる。
「お疲れ」
「みんな」
式神たちは静かに影へ帰っていく。
伏黒はその場へ倒れ込んだ。
意識が遠のく。
最後に浮かんだのは。
(……なんとか)
(勝った)
伏黒恵は静かに意識を手放した。
封印成功やったね
さて、次は虎杖をどうするか?