二度目に目を開けたときも、やはり知らない天井だった。
「……またか」
喉が乾いている。身体は重いが、前回ほどの損傷感はない。単純に呪力と体力を使い切って気絶しただけらしい。
「お、起きた?」
間延びした声が横から飛んできた。目隠しの音すら立てずに振り向くと、椅子に座っている教師がいた。
「……見舞いにしては距離が近すぎませんか」
「だって死なれたら困るし。確認確認」
軽い調子のまま、しかし視線だけが真面目になる。
「なんであんな無茶したの?」
間を置かず、次の質問。
「そんなに急ぐ理由あった?」
さらに続けて。
「恵、ちょっと焦りすぎじゃない?」
伏黒は天井へ視線を戻した。考える必要はなかった。 答えはもう決まっている。
「……俺の未来を、少しでも明るくしたいだけです」
正義でも理想でもない。ただ、自分が後悔しない場所に立つための選択だ。 五条は数秒黙ってから、小さく笑った。
「なるほどね。じゃ、止めない」
立ち上がりながら、いつもの調子に戻る。
「死なない程度にやってよ」
「善処します」
それだけの会話だった。 退院後 伏黒はすぐに訓練へ戻らなかった。
代わりに、校舎裏の空きスペースで座り込み、影へ呪具を出し入れしていた。 低ランクの呪具を影に入れる 数を増やす。
そして、立ち上がる。
「……やっぱり、重い」
身体の中心が鈍く沈む感覚。呪力消費ではない。質量そのものを共有している感覚だ。
(影は倉庫じゃない)
収納しているのではなく、繋げているだけだ。だから入れれば入れるほど負担になる。戦闘力を増やすほど、機動力が死ぬ。
「……これじゃ意味がない」
必要なのは、収納を肩代わりする存在。そこで思い出す。物を出し入れできる呪霊。だが、あれは希少すぎる。見つける術がない。
「……なら」
伏黒は印を結んだ。
「探す術を作る」
蝦蟇。 玉犬・黒狼。影が混ざり合い、別の形を取る。 二足で立つ異形。翼はない。 代わりに、長く伸びる舌と鋭い爪。
「――蝦蟇犬」
合成式神。戦闘力は黒狼より落ちる。だが、嗅覚だけは完全に引き継いでいた。呪力ではなく、存在そのものを“匂い”で識別する感覚。
「蝦蟇犬さんお願いします」
命令を出す。蝦蟇犬は一度だけ頷くように揺れ、影の中へ消えた。捜索範囲は限定した。東京都内でも広すぎる。伏黒が絞ったのは、高専から半径数キロ圏内の閉鎖施設群。放置された医療施設。 廃業した小規模病院。 「産まれる」「保管する」という概念が残りやすい場所。だが、それでも見つからなかった。
一週間。
二週間。
一ヶ月。
蝦蟇犬さんは毎日戻ってくる。成果なし。ただ匂いの情報だけを持ち帰る。伏黒はそれを整理し、再び送り出す。任務と授業の合間を縫って、 同じ作業を繰り返した。時間だけが過ぎていく。
原作開始前ギリギリ 夕方。影が揺れた。 いつものように蝦蟇犬が戻ってきた。だが、いつもと違う。腹部が、明らかに膨らんでいた。
「……見つけたな!」
蝦蟇犬は静かに伏黒の前に座る。命令がない限り動かない縛り。 だが、存在そのものが報告になっていた。影へ戻す。内部から、異質な気配が二つ。
「……二匹?」
偶然だった。同じ場所に、同種の個体が潜んでいたらしい。長い時間をかけて探した結果の、想定外の収穫。伏黒はゆっくり息を吐いた。
「これで……やっとまともな運用できる」
戦うための強さではない。戦い続けるための仕組み。その基盤が、ようやく整った。影の奥で、新しい気配が蠢いている。武器を“預かる”存在。
十種影法術の運用は、ここから別の段階へ入る。
伏黒恵 準1級術師 昇格した
調伏式神
玉犬・白 玉犬・黒狼 蝦蟇 鵺 大蛇 満象 脱兎