特級任務を終えてから、数日。
表面上は、何事もなかった。
――だが。異常は、突然起きた。
虎杖が、消えた。痕跡はない。残穢すら残されていない。侵入の形跡も、結界の破損もない。
まるで、
最初から存在しなかったかのように消えていた。
「呪詛師だね」
五条は即断した。
「しかも相当手慣れてる」
すでに校外へ出ていた。
捜索に向かっている。伏黒は、寮の廊下に立ち尽くしていた。
(どうすればいい)
敵の位置が分からない。術式の痕跡もない。蝦蟇犬さんでも追えない。
索敵という手段そのものを封じられている。
(……俺の想定外だ)
原作を知っているはずなのに。状況が、ズレている。
パラドックス。
自分が動いた影響が、確実に現実を書き換えていた。
場面は変わる。
――虎杖視点。
目を覚ました時。知らない天井だった。
「……ここ、どこだよ」
身体は拘束されていない。だが、動いた瞬間に理解した。逃げ場がない。
空間そのものが閉じている。目の前に、二人。
額に縫い目のある男。
そして、
全身がつぎはぎだらけの、人の形をした何か。
「起きたね」
縫い目の男が穏やかに言う。
「ここどこだ。お前ら誰だよ」
虎杖が言い終わる前に、つぎはぎの呪霊が笑いながら近づいた。
「ねえねえ、これ飲んでみてよ」
指を、無理やり口に押し込まれる。
「あーん♡」
「――っ!?」
飲み込まされた。瞬間。呪力が爆発する。
宿儺が、受肉した。
「……ほう」
低い声。虎杖の身体で、別の存在が立つ。
「貴様ら、誰だ」
だが、縫い目の男を見た瞬間、
「――お前は」
名前を口にしかけた、その瞬間。意識が引き戻される。
「……俺の体だぞ」
虎杖が歯を食いしばる。
「勝手に出てくんな」
主導権を奪い返した。
「さすがだね」
縫い目の男は興味深そうに観察している。
「でも時間切れだ」
外を見て、言った。
「そろそろ五条悟が気づく頃だ。宿儺の呪力を感じ取ったはず」
つぎはぎの呪霊へ視線を向ける。
「撤収しよう」
「えー、もう?」
明らかに不満そうだった。虎杖は立ち上がろうとした。
だが次の瞬間、視界が歪む。
「おやすみ 虎杖悠仁 君には期待してるよ」
縫い目の男の一撃で、意識を落とされた。
静かに、その場から二人は消えた。
――それから、数日後。
高専の空気は、目に見えて張り詰めていた。
原因は一つ。五条悟が、虎杖悠仁を“回収”したこと。
「……受肉してたよ」
五条は、いつもの軽い口調のまま言った。だが教室には、笑える空気などなかった。
「宿儺は完全に目覚めたわけじゃない。制御はまだ虎杖側にある」
そこで言葉を切る。
「――でもね」
少しだけ、声音が低くなった。
「上は動いた」
秘匿死刑。その単語を聞いた瞬間 伏黒の中で、何かが嫌な音を立てた。
(……追いつきやがった!)
原作の流れに。自分がいくら動いても、歪んだ形で“あの結末”に近づいていく。あの男がそうさせている
(最悪だ)
もし虎杖がここで死ぬなら。宿儺の器が消えるなら。
――次に選ばれる可能性があるのは。
(俺か)
十種影法術。宿儺が執着した術式。原作知識があるからこそ分かる、最悪の未来。五条は続けた。
「処刑は形式上、僕がやることになってる」
「……形式上?」
「そう。形式上ね」
意味深に笑う。だが、それ以上は言わなかった。
「ま、ちょっと時間稼ぎしてくるよ」
そう言い残して、部屋を出ていった。残された沈黙。伏黒は、そのまま釘崎を呼び出した。高専の階段
「話がある」
「何、急に真顔で。キモいんだけど」
「虎杖の件だ」
釘崎の表情が変わる。
「……見つかったの?」
「ああ」
一拍置いて、
「――そして秘匿死刑が決まった」
「は?」
釘崎は、理解が追いつかなかった。
「ちょっと待って。何それ。助かったんじゃないの?」
「受肉しても助かったから、殺すらしい」
「意味分かんないんだけど!?」
「この世界はそういう仕組みだ」
淡々と言う。だが内心は、まったく冷静ではない。
「宿儺が受肉した。危険因子だから排除する」
「……はぁ!? あいつ自分で戻ってきたんでしょ!?」
「関係ない。上層部にとって重要なのは“安全”だけだ」
釘崎は舌打ちした。
「クソみたいな連中ね」
「否定はしない」
沈黙。
「……で?」
釘崎が睨む。
「あんた、どうすんの」
試すような目だった。伏黒は答えなかった。
まだ、答えを出せていない。原作通りに進めば、虎杖は一度“死ぬ”。
だが今回は、誘拐という余計なズレが起きている。何が起きるか、読めない。
(俺の行動が、未来を壊してる)
修正しようと動けば動くほど、別の形で歪みが出る。あの男がさせている
「……分からない」
正直に言った。
「ただ――」
視線を上げる。
「このまま全部、上の思い通りになるのは気に食わない」
釘崎は、少しだけ笑った。
「は。やっとそれっぽいこと言ったじゃない」
「勘違いするな。感情論じゃない」
「はいはい」
「でも」
釘崎は肩を回しながら言う。
「仲間が勝手に処分されるとか、普通にムカつくのよ」
伏黒は、小さく息を吐いた。
(……まだ、間に合う)
五条先生が動いている。自分にも、打てる手があるはずだ。
原作と同じ未来になる保証なんて、もうどこにもないのだから。
運命は、まだ確定していない。
「暑いな」
「……そうね。夏服はまだかしら」
とそこに…
「……いつにも増して辛気臭いな、恵。お通夜かよ」
そう言って歩いてきたのは、長身で眼鏡の女性
「禪院先輩……」
伏黒がそう呼ぶと、
「私を苗字で呼ぶんじゃ――」
と言いかけたその瞬間。
「真希! 真希!」
影からひょこっと現れる巨大な影。
「マジで処刑されてるんですよ! 今日、1年坊がひとり!」
「……おかか」
もう一人、口元を隠した少年が短く言った。
「早・く・言・え・や!!」
禪院は額に手を当てて叫ぶ。
「これじゃ私が血も涙もねぇ鬼みたいだろ!!」
「実際そんな感じだぞ!?」
「ツナマヨ」
「フォローになってねぇ!」
騒がしい。
釘崎が小声で伏黒に聞いた。
「……何 あの人?達」
「ああ、2年の先輩たちだ」
伏黒は簡潔に説明する。
「禪院真希先輩。呪具の扱いなら学生一だ」
「呪言師、狗巻棘先輩」
「で――」
ちら、と横を見る。
「パンダ先輩。……そのまんまだ」
(……見ただけなら困惑するなしゃべるパンダって)
「あとここにはいないけど、あと1人。乙骨先輩っていう、唯一手放しで尊敬できる特級の人がいるが……今は海外にいる」
「アンタ パンダをパンダで済ませるつもりか」
釘崎が若干引いた目で言う。
「いやー スマンな 喪中に 許して」
「で、本題だ」
パンダが手を叩く。
「お前たちに京都姉妹校交流会に出て欲しくてな」
「京都姉妹校交流会ぃ?」
釘崎が眉を上げる。
「京都にある、もう1個の高専との交流会だ。でも二 三年メインのイベントですよね」
伏黒はそう言いながら、
(……もう原作通りだな)
と内心で確信していた。
「その3年のボンクラが停学中なんだ」
「人数が足んねぇ。だからお前ら出ろ」
「交流会って何するの? スマブラ?」
「なら3人でやるわ」
パンダが説明を始めた。
「東京校と京都校。それぞれの学長が提案した勝負方法を、2日間かけて行う」
「つってもそれは建前で、初日が団体戦。2日目が個人戦って毎年決まってる」
「シャケ」
「個人戦 団体戦って… 戦うの呪術師同士で!?」
釘崎が目を丸くする。
「ああ」
真希があっさり言った。
「殺す以外なら何してもいい呪術合戦だ」
「逆に殺されないよう、みっちりしごいてやるぞ」
パンダが笑う。
「……ん?」
釘崎が首を傾げた。
「ていうかそんな暇あんの? 人手不足なんでしょ? 呪術師って」
「い〜い質問ですね」
パンダが指を立てる。
「今はな、冬の終わりから春までの人間の陰気が、初夏にドカッと呪いとなって溢れる。いわば繁忙期ってやつだ」
真希は続けて言う
「年中忙しい時もあるがな」
「ぼちぼち落ち着いてくる頃だ」
「へえ〜……」
「で」
真希が二人を見る。
「やるだろ?」
一瞬、間を置いて。
「仲間が死んだんだもんな」
伏黒と釘崎の空気が、わずかに変わった。
「……やります」
伏黒は即答した。
釘崎も言う。
「やる」
(死んでいったやつのために、私は 強くなる)
釘崎はそう思った。
(今後変えられない未来のためにも、無茶をしてでも上を目指す)
伏黒は別の決意を固めていた。
「でも」
釘崎が付け加える。
「死刑も交流会も、意味ないと思ったら即辞めるから」
「……同じく」
伏黒も言う。
(……本当に、原作通りだな)
真希は、ハッと笑った。
「ま、こんくらい生意気な方がやりがいあるわな」
「おかか」
「よーし、じゃあ地獄の特訓スタートだ!」
「地獄って言った!?」
こうして。
交流会へ向けた、新たな流れが始まった。
――運命が原作通り進むのか。それとも、もう歪んでいるのか。
まだ、誰にも分からなかった。
さて虎杖くん処刑されちゃいましたね これもあのメロンパンってやつが悪いんですよ でも本当に処刑されちゃったのかな?まさかねぇ