レジカウンター周りをウェスで拭き終わった唯は、チェックシートにレ点を入れながらため息をついた。ボールペンを音をさせて二度ノックする。
ふわふわの髪を思い出して、さらにノックが重なる。
バツは間違いでしょ。じゃなきゃ、何だっての?
そもそも、佐々木に絡まれた意味がわかんないんだけど。
あれはわざわざついてきたのだ。それで、私にだけ文句を言ってきた。
他の人も同じように文句言ってたのに。
唯一思い当たるとすれば、同じ地元ってことくらい。
いや、でも。住んでる地域も、高校も全然違うし。
じゃあ、なんで?
ボールペンを、もう一度強くノックした。
わからない。
理由なんてないんだろうな。言いやすいってだけ。
来店の音がして、反射的に「いらっしゃいませ」と笑顔を向ける。作業着に白髪のおじいさんが、スポーツ新聞を引き抜くところだった。
唯は、注文される前に赤マルのソフトをレジカウンターに出した。
中島のゲンさんが、にやっと笑う。財布を出して、小銭を数え始める間に、唯はレジを打つ。
「そういえば、佐々木さんに世話になってるらしいな」
「佐々木?」
今、聞きたくない名前に、不機嫌まるだしの声を出してしまい、後悔する。
「世話になってるのに名前も憶えてないんか?」
ゲンさんが苦笑いをしながら、小銭をレジカウンターに乗せた。
「あの受付、簡単に予約入れてくれる人じゃねぇけどな」
「え?」
予約? 何の話?
予約といえば、教習所でしか入れてないはずだけど。
——あ。
頭の中で、ゆるパーマと受付のおばちゃんが並んで笑う。
……、そういうこと?
『空席待ち入れなきゃ、日数で帰れないとかさ』
『合宿ってどこもそうらしいよね』
佐々木がフォローを入れていたのは、どれも受付のおばちゃんに関係がある。
「じゃあ、――」
「やっぱ、甥っ子と一緒に入れてくれるって強いわ。お前、運がいいよな」
「ハハ……。運、いいですかね」
お世話になっているおばちゃんの、甥っ子の前で教習所の怖さに強く共感したばかりだ。
もう、予約入れてくれないかもな。
自分だけの優遇がなくなることより、やってしまった感に打ちのめされる。
「どした? さっきから一人百面相してっけど、教習車でも潰したか?」
ゲンさんの声に、首を振るって苦笑いするしかない。
大学生とか、合宿生とか、それだけで、線を引いてた。
ついこの間、学科で教えてもらったリバーシブルレーンを思い出す。
時間帯によって、交通量の多い方に、中央線の位置が変わるというが、唯の住む県にはない。
「紛らわしいから、事故が多くて、なくなってきてんねん」
角刈りの言葉に、そりゃそうだと頷いた。とりわけルールは白黒はっきりしている方がわかりやすい。
でも、そんな単純じゃ、ないんだよね。
大学生か浪人生かで、人間が分けられるわけじゃ、ないのに。
口の中で、言葉が止まる。
レジの液晶に映った自分と目が合った。
「不正入力」の表示と重なる。
私、浪人が間違いって思ってる――?
いや、そんなわけないし。
慌てて、打ち直し、レシートが排出される。と、同時に自動ドアが開いた。
若者の笑い声が店内に侵入する。
真っ先に、ゆるパーマが目に入った。
「あ、バイト先、ここだったの?」
顔なじみになった合宿生の女の子の言葉に、どうにか笑顔になれたと思う。
佐々木がレジに向かう前に、唯はゲンさんに向き直した。
「袋、ご入り用ですか」
声が上ずった。
いらないと知っていて聞いていると、ゲンさんにはバレたはずだ。
「そろそろ出ぇへんと、コース横切っても間に合わへんで!」
大声に、皆が振り向く。唯はゲンさんに頭を下げて、バックヤードに飛び込んだ。