第22話 さよなら、中島教習所
待合室って、こんなに広かったっけ。
座る場所もないほど合宿生で溢れていた待合室に入り、唯はぼんやり辺りを見回した。
いないってわかってるのに――。
合宿第一団が去り、待合室はやや広くなったらしい。それでも、楽しそうな話し声がそこかしこでしている。
覚悟してはいたけど、結構クルな。
最近は、教習所に来るたびに七海と佐々木の姿を探していた。すれ違うときの一言、二言が楽しみだったのだ。
配車チケットを取ると、受付のお姉さんから手招きされた。
「何ですか?」
「佐々木君、今日卒業したわよ」
長くカールしたまつ毛の下から、お姉さんが唯を見る。
「知ってます」
目を直視できずに、唯は二度目の卒券配車チケットに目を落とした。
「あの子、時間ギリギリまで待ってたよ」
気遣うような声に、唯は俯いて、その場を離れた。待合室の笑い声を聞きながら、階段を上がる。
まだおめでとうは言えてないし、会おうと思えば会えた。
でも、会えば言いたくないことを言ってしまう。
中止になって悔しかったこと。最初から違う意味で緊張していたこと。置いていかれるのがつらいこと。
本音をぶつけても、佐々木なら受け止めてくれるだろう。
でも、したくなかった。
免許は、私が取りたくて始めた。
自分でやらなきゃ。
自分一人でやり遂げたい。
黙ったまま教室に入り、昨日とは違う顔ぶれの中、指定された座席に座った。
教官たちは神妙に説明をし、空気が張り詰めていくのを、唯はそのまま受け止めた。
くじ引きで当たったのは、昨日と同じ第三コースだった。
白々しい顔をしている眼鏡を見て、怒りもせず、喜びもせず、唯はただ椅子に座った。
スライドには、消えかけている白線が映っている。
昨日と同じように説明され、唯は食い入るようにスライドを見た。
頭の中で、何度もシミュレーションする。
目の前に合格がちらついても、走り寄ってはいけない。
黙ったまま、見知らぬ人と教習車に乗り込む。
今日の教官も眼鏡だ。
眼鏡に黙られると一層孤独感が増す。
こんな時、佐々木がいれば「大丈夫だよ」と言ってくれるだろうし、七海がいれば、気を紛らわせる話をしてくれる。
でも、いない。
二人にどれほど助けてもらっていたのか。
始まるまでの数分が、やけに長い。
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見えない白線の前で、ブレーキを踏む。
ぴたりと止まった車内で、唯は緊張を解かずに、後方を確認する。
バイク、自転車、人もいない。よし!
心の中で指さし確認をして、慎重にアクセルを踏んだ。
昨日と同じ場所に、同じように停車する。
サイドブレーキを引き、眼鏡を見た。
「合格やで」
検定中なのに、眼鏡ははにかんだ。
唯はすぐには返事ができなかった。膝の上で、ぎゅっと手を握る。
できた。自分の力でできた。
そう思った瞬間、ふと佐々木と七海を思い出した。
後部座席に二人はいない。
それが、少し寂しくて、少し誇らしい。
今日、合格したのは、私だ。
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中島教習所を出て、後ろを振り返った。
透明の自動ドアの向こうで、挨拶を終えたばかりの受付のおばちゃんが、肩をもみながら、奥へと戻っていく。
受付のお姉さんは、手鏡を取り出してまつげの角度を確認した。
いつも通りだ。
教官室では、眼鏡が、角刈りや王子相手に話をしているんだろう。
明日もまた、誰かが怒られて、
誰かが褒められて、
誰かが補助ブレーキを踏まれる。
でも、そこに私はいない。
「駅行きのバス、出発します」
送迎バスに乗り込んで、外を見た。
たった二か月半通っただけだ。
でも、中島教習所に通うようになって、息ができるようになった、と、今では思う。
鉄橋の上から、眼下の川面を見た。
四月には、この川を渡るバスに間に合わなくて途方に暮れていた。
紅に染まった川は、夕日を照り返して眩しく光っている。
その中に、腰まで川に入った人の影が見える。鮎を狙っているのだ。
たった一人、一本の釣り竿で勝負する。その静けさを唯は好きになった。
早朝と夕方の日が弱まる時間に、じっくり獲物を狙う。
その姿に、自分を重ねてしまう。
あんな風に、自分で選んで、勝ち取りたい。
そう思えるようになった。
中島教習所を選んだのは、ただバイト先の裏にあったから。
でも、選んでよかった。
唯はそっと中島教習所に手を振った。