相原唯は免許が取りたい   作:藍色 紺

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第4話 S字クランクの罠

「3速に上げて」

 

 クラッチをつないだ途端、車の音が変わった。不穏な気配にアクセルを踏む力が弱まる。車が咳き込むように震える。

 

「アクセル踏んで」

 

 言われるがままに踏むと、景色がビュンビュン流れた。

 メーターは時速25km。

 

「速すぎません!?」

 

「自転車に抜かれて、何抜かしとんねん」

 

 教習所の外周。一般道を走る高校生の自転車が、横をすっと抜いていく。

 

「あっちは見渡す限り田んぼの安全コース、私は鉄の塊。スピードを出すと危険極まりないですよ」

 

「こんなちんたら走ってたら、路上に出せんわ。はい、キープレフト守る」

 

 心臓をバクバク言わせながら、左側に寄る。

 

「でも、これ、キープレフトっていうより、キープセンターですよね」

 

 車を道の左側に寄せて走るメリットは、学科で習った。習ったけれど、違和感がすごい。

 

「今まで、車道の真ん中なんて走ったことないですし」

 

「センター取ったことないんか。残念やな。野望を持て」

 

 教官っていうのは、みんなこうなんだろうか。緊張を和らげるためか、何だか学校の先生とはかなり違う。

 受付のおばさんは、予約管理をしているらしく、宣言通り毎日夜間コースを目いっぱい入れてくれている。唯は予約をせずとも、とにかく夜間一限に間に合うように来ればいい。

 ありがたい。

 ありがたいけれど。

 どういうわけだか、毎回この眼鏡教官に当たる。

 

「あの道のところで車線変更するで」

 

「はい。左~」

 

 きたきた!

 すぐさま車線後方を確認し、ウィンカーを出す。

 

「――」

 

 眼鏡が、何か言いたげにこっちを見る気配がする。運転に集中したいのに、気になる。

 

「何です?」

 

「ウィンカー出すの早やない?」

 

「学科で、早めに出すように習いましたけど……」

 

「それにしてもさぁ、まだ早いですよとかあるやん?」

 

「ウィンカー出すの好きなんです」

 

「よくわからん。ウィンカーに好きも嫌いもあるか?」

 

 「よくわからんのはそっちや」と言い返したいのを堪える。

 

「ウィンカーって、喋るじゃないですか」

 

「新人類か?」

 

「曲がりたい方にウィンカー出したら、『こっちね、こっち』って音、するでしょう?」

 

 眼鏡が黙る間に、サイドミラー、後方を確認して、無事に車線変更する。

 溜息が聞こえた。

 

「この仕事、それなりに長いんやけど。そんなん聞いたことない」

 

 ふーん。喋るのに。

 左ねって言えば、こっちねこっち。

 右ねって言っても、こっちねこっち。

 

 どこにでもありそうな白い車だけど、操作に合わせてエンジンが唸ったり、ウィンカーが喋ったりと、生き物っぽい。

 だが、そんなこと主張したら、また新人類と言われてしまう。

 

 唯は黙って、運転する。曲がり角では減速し、二速に落として、また加速する。

 

「S字いこか。そこ左に入って」

 

 それまで外コースしか走ったことがなかったのに、赤と白の縞模様ポールが大量に立っている内側へと侵入する。

 

「はい止まって」

 

 行く手には、ポールだらけの曲がり道があった。

 なるほど、アルファベットのSの字の道なんだ。

 中島教習所のコースは、車道がアスファルトで一段高くなっている。それ以外は芝生だ。

 曲がり損ねたら、落ちるってことね。

 芝生は、誰にも踏まれたことがないのか柔らかそうだ。

 絶叫系に乗ったときのような、足元が覚束ない感覚がする。

 

 唯の顔を見て、眼鏡は大きな笑顔を向けた。

 

「S字はウィンカー出さなくてえぇよ」

 

「出したい派なんです」

 

「ずっと一速で、ほないこか」

 

 じわじわ侵入すると、視界がポールでいっぱいになった。

 絶対ぶつけるやつ。

 保険のCMが頭によぎる。

 

「ちょっと大きめに回る気持ちで頭突っ込んで」

 

 ふんふん。

 

「はい、ハンドル全開、よし入った。入ったら、まだ斜めでもハンドル戻す」

 

「面舵いっぱ~い」

 

 ついこの間、失敗したばかりの全切りを果たす。

 

「視線は先。前を見たいやろうけど、見たくても見られへんから、先を見る」

 

 あれ? もしかしてすごく狭い?

 

「大きめに回れたから、余裕あるで。すいすいーっと行ってみよ!」

 

 一速を半クラでつないで、曲がる。

 

「今度はあっち見て、さっきと一緒」

 

 どうにかS字を先が見えて来た。

 

「この先が罠やで」

 

「罠!?」

 

「どうか抜けた思って車を真っ直ぐしたら、頭があっちの道路に突き出る。そしたら、仮免一発アウトや、一般道なら事故る。だから――」

 

 車は動いているのに、眼鏡は言葉を渋る。

 

「溜めずに先言うてくださいよ」

 

 思わずブレーキを踏んだ。眼鏡がニヤリと笑った。

 

「迷ったら」

 

「踏めですよ。早く先教えてください」

 

「しゃーないなぁ。ここでは一時停止が正解やで。左右確認してから頭出して」

 

 やれやれと息をついてから、身体を乗り出して、オーバーリアクションで左右を確認する。

 相変わらず、夜間講習は、ほぼ貸し切り状態だ。

 

「次クランクやったら、無線ね」

 

 眼鏡が怪しく光った。

 

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