相原唯は免許が取りたい   作:藍色 紺

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第8話 効果測定、正解はあるのに選べない

「相原さん、今日は効果測定をしてもらいます」

 

 受付のお姉さんの声は、鼻にかかった甘い感じなのに、なぜか有無を言わせない。

 

「効果測定――、ですか」

 

 何をするのかわからないが、何かしらの効果を測るわけね。

 知らないってだけで、不安要素が増す。

 

「学科の試験ですね。これに合格しないと仮免許は取れません。50問中45問正解で合格です」

 

 100点のテストで、90点取らないとってことだよ。

 高くない?

 

 ピンクラメのスケジュール帳に残っているのは修了検定と仮免許学科試験だ。学科の試験ということは――

 

「仮免許学科試験のことですか?」

 

「いいえ」

 

 違うの? じゃあ、何なの?

 そもそも「カリメンキョガッカシケン」って言いにくさが、何を言っているのか混乱させる。

 

「効果測定は、仮免許学科試験の模擬テストみたいなものです。二階のB室に入って、タブレットで効果測定を選んでください」

 

 話は終わりだ、とでもいうように、お姉さんがカウンター席から離れる。奥のデスクに座ったら、雑談には応じない。

 ここ最近増えた大学生たちが、ナンパのように話しかけても、振り向いてももらえないのを、何度も見た。

 

 学生で騒がしい待合室を通って、二階へと行く。初めて入るB教室にはタブレットが並んでいた。

 他に人がおらず、唯はほっと一息をついて、目立たないように後ろの方の席を選んだ。

 

 タブレットにIDとパスワードを入力すると、効果測定のメニューが出た。

 押すと、試験中の注意が流れ始めた。

 

 廊下が急に騒がしくなった声で、唯は試験中の注意を一時停止した。ゲラゲラ笑いながら男子大学生が三人、入ってきた。思わず眉根を寄せてしまう。

 

 もうここまで来たの?

 私が二週間かかったのに、一週間の合宿生に抜かれるのは釈然としない。

 受付のおばさんから、夜間にしか来れないのかと聞かれたときに、土日も来ると言えばよかった。

 遠いんだもん。

 平日は、通勤通学のために一時間に一本ある電車が、土日はさらに減る。

 夏休みは受験の天王山だし、土日だけでも、受験勉強だけにあてたかった。

 

「あ、試験監督とかいねーの?」

「効果測定だし、そこまでなんだろ」

 何がおかしいのかまた大声で笑った。金髪、ピアス、ゆるパーマの三人に、唯はこっそり溜息をつく。

 

 チャラい。

 そりゃ、受付のお姉さんも奥に引っ込んで、無視するわけだ。

 私もそうしよっと。

 

 同じ教室にいても、意識から外すことはできる。

 唯は、タブレットを一時停止から再生に切り替えた。

 

 順調に問題を解き進めていた唯だが、標識の問題で手が止まった。

 赤地に横棒は何だっけ……。

 

 バイトの行き帰りの電車で、何度も復習したから、他の問題はできた。

 でも、進入禁止と駐車禁止が混じって、見分けがつかない。

 正解は画面にあるのに、選べない。

 

 さとうマートの店長に見分け方を聞いたら、「%$#!な方が青地」と教えてくれた。

 「全然違うから、覚えやすいでしょ」とまでつけてくれた。

 

 全然違うのかもしれない。

 でも、私には難しい。

 

 道路標識は、系統がある。基本の標識を覚えたら、そこに矢印が加わったり、白地が青地に変わったりする。逆を言えば、基本の標識を間違えたら、系統の問題を全部間違えることになる。

 

 90点て高いでしょ。小学生のテストじゃないんだから。

 文句を言っても始まらない。

 この一ミスが響くんじゃないかと、びくびくしながら問題を進める。

 

「あ~ぁ、面倒くせぇ。見ちゃお」

 

 突然、金髪が机の下に置いたリュックから教則本を出してきた。

 

「いっけないんだ~」

 

「誰も見てないってことは、こういうことでしょ」

 

 ピアスが笑って、金髪にタブレットの画面を見せる。

 

「これ、どっちが正解?」

 

「人に聞くのはダメだろ」

 

「えー。調べるのだりぃし。ねぇ、佐々木教えてちょーだい」

 

 ピアスがゆるパーマにタブレットを見せた。

 

「ごめん。俺、教えてる余裕ないわ」

 

 金髪とピアスが、顔を見合わせて笑った。

 

「一発で合格しねぇと、コスパ悪ぃっしょ」

 

「じゃあ、佐々木の本貸して~」

 

 ピアスが、ゆるパーマのリュックを探って、教則本を出してきた。唯と目が合う。

 

「やっべ、他に人いんじゃん」

 

「内緒にしといてね~、お・ね・が・い」

 

 ゲハッと笑うのを無視して、唯はタブレットに集中するフリをした。

 

 効果測定って、大事なテストだと思うんだけどな。

 教習所の外に出て運転する前に、道路交通法を理解しているか試すテストのはずだ。

 

 偉そうなこと言っても、私も標識覚えられてないや――。

 

 進入禁止は、入っちゃだめってことだし、駐車禁止のところに車を停めたら、反則切符を取られちゃう。

 

 そもそも免許を取る人にとっては、全部覚えてなきゃいけない。

 鉄の塊を走らせるのだ。

 社会の安全を守るために、覚えなきゃいけないはずだ。

 なのに、テストと意識すると妙に記憶から抜け落ちてしまう。

 受からなければならないのに。

 

 前の大学生は、見張りが来ないと安心したのか、机の上に教則本を出してカンニングしている。

 あんなのには、なりたくない。

 

 でも、また落ちたら?

 

 楽な受験をして、一抜けし、バイトに励むクラスメイトを、私は心の中であんなのって思った。

 お金で買った合格だ。

 私は実力で合格する。

 

 その挙句、浪人するハメになった。

 

 くだらないプライドなのかな。

 落ちたら、置いていかれる。

 追い越される。

 ここでも、また負ける。

 

 教則本、リュックに入れてあるけど――。

 指がぴくりと動いた。

 楽して受かってもいいんじゃないかな。

 誰も見てないし。

 

 前を見ると、金髪とピアスはカンニングし、ゆるパーマはタブレットに向き合っていた。

 見れば? コスパ悪いんじゃないの。

 

 心の中で話しかける。

 嫌な言葉だ。嫌な私だ。

 何度後悔しても、しきれない。

 

 私が落ちたのは、高望みしすぎたからだ。

 世間は広いし、自分の実力を知らなかった。

 模試と本番は違う。

 

 進入禁止と駐車禁止みたい。

 

 でも、私はこいつらみたいにはなりたくない。

 

「いっちあがりー!」

 

 笑いながら、金髪が出て行った。

 乱暴に扉が開けられ、自然に閉じるに任せるせいで音が立つ。

 時間を置かずに、残りの二人も出ていく。

 最後に出て行ったゆるパーマは、手でドアを閉めたのか、音がしなかった。

 

 嫌だった三人がいなくなると、息がしやすくなった。

 

 どうでもいいことに頭のリソース使っちゃったなぁ。

 唯は、深呼吸をした。

 

 合格は90%以上。

 なら、4問までは間違えられる。

 あやしいマークが、これ以上増えなければ、凡ミスしてもいける。

 

 それで、効果測定が終わったら、今度こそ進入禁止と駐車禁止を覚えよう。

 こんな思いを、二度としなくて済むように。

 

 画面に正解はあるのに、選べないまま、唯は席を立った。

 




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