「相原さん、今日は効果測定をしてもらいます」
受付のお姉さんの声は、鼻にかかった甘い感じなのに、なぜか有無を言わせない。
「効果測定――、ですか」
何をするのかわからないが、何かしらの効果を測るわけね。
知らないってだけで、不安要素が増す。
「学科の試験ですね。これに合格しないと仮免許は取れません。50問中45問正解で合格です」
100点のテストで、90点取らないとってことだよ。
高くない?
ピンクラメのスケジュール帳に残っているのは修了検定と仮免許学科試験だ。学科の試験ということは――
「仮免許学科試験のことですか?」
「いいえ」
違うの? じゃあ、何なの?
そもそも「カリメンキョガッカシケン」って言いにくさが、何を言っているのか混乱させる。
「効果測定は、仮免許学科試験の模擬テストみたいなものです。二階のB室に入って、タブレットで効果測定を選んでください」
話は終わりだ、とでもいうように、お姉さんがカウンター席から離れる。奥のデスクに座ったら、雑談には応じない。
ここ最近増えた大学生たちが、ナンパのように話しかけても、振り向いてももらえないのを、何度も見た。
学生で騒がしい待合室を通って、二階へと行く。初めて入るB教室にはタブレットが並んでいた。
他に人がおらず、唯はほっと一息をついて、目立たないように後ろの方の席を選んだ。
タブレットにIDとパスワードを入力すると、効果測定のメニューが出た。
押すと、試験中の注意が流れ始めた。
廊下が急に騒がしくなった声で、唯は試験中の注意を一時停止した。ゲラゲラ笑いながら男子大学生が三人、入ってきた。思わず眉根を寄せてしまう。
もうここまで来たの?
私が二週間かかったのに、一週間の合宿生に抜かれるのは釈然としない。
受付のおばさんから、夜間にしか来れないのかと聞かれたときに、土日も来ると言えばよかった。
遠いんだもん。
平日は、通勤通学のために一時間に一本ある電車が、土日はさらに減る。
夏休みは受験の天王山だし、土日だけでも、受験勉強だけにあてたかった。
「あ、試験監督とかいねーの?」
「効果測定だし、そこまでなんだろ」
何がおかしいのかまた大声で笑った。金髪、ピアス、ゆるパーマの三人に、唯はこっそり溜息をつく。
チャラい。
そりゃ、受付のお姉さんも奥に引っ込んで、無視するわけだ。
私もそうしよっと。
同じ教室にいても、意識から外すことはできる。
唯は、タブレットを一時停止から再生に切り替えた。
順調に問題を解き進めていた唯だが、標識の問題で手が止まった。
赤地に横棒は何だっけ……。
バイトの行き帰りの電車で、何度も復習したから、他の問題はできた。
でも、進入禁止と駐車禁止が混じって、見分けがつかない。
正解は画面にあるのに、選べない。
さとうマートの店長に見分け方を聞いたら、「%$#!な方が青地」と教えてくれた。
「全然違うから、覚えやすいでしょ」とまでつけてくれた。
全然違うのかもしれない。
でも、私には難しい。
道路標識は、系統がある。基本の標識を覚えたら、そこに矢印が加わったり、白地が青地に変わったりする。逆を言えば、基本の標識を間違えたら、系統の問題を全部間違えることになる。
90点て高いでしょ。小学生のテストじゃないんだから。
文句を言っても始まらない。
この一ミスが響くんじゃないかと、びくびくしながら問題を進める。
「あ~ぁ、面倒くせぇ。見ちゃお」
突然、金髪が机の下に置いたリュックから教則本を出してきた。
「いっけないんだ~」
「誰も見てないってことは、こういうことでしょ」
ピアスが笑って、金髪にタブレットの画面を見せる。
「これ、どっちが正解?」
「人に聞くのはダメだろ」
「えー。調べるのだりぃし。ねぇ、佐々木教えてちょーだい」
ピアスがゆるパーマにタブレットを見せた。
「ごめん。俺、教えてる余裕ないわ」
金髪とピアスが、顔を見合わせて笑った。
「一発で合格しねぇと、コスパ悪ぃっしょ」
「じゃあ、佐々木の本貸して~」
ピアスが、ゆるパーマのリュックを探って、教則本を出してきた。唯と目が合う。
「やっべ、他に人いんじゃん」
「内緒にしといてね~、お・ね・が・い」
ゲハッと笑うのを無視して、唯はタブレットに集中するフリをした。
効果測定って、大事なテストだと思うんだけどな。
教習所の外に出て運転する前に、道路交通法を理解しているか試すテストのはずだ。
偉そうなこと言っても、私も標識覚えられてないや――。
進入禁止は、入っちゃだめってことだし、駐車禁止のところに車を停めたら、反則切符を取られちゃう。
そもそも免許を取る人にとっては、全部覚えてなきゃいけない。
鉄の塊を走らせるのだ。
社会の安全を守るために、覚えなきゃいけないはずだ。
なのに、テストと意識すると妙に記憶から抜け落ちてしまう。
受からなければならないのに。
前の大学生は、見張りが来ないと安心したのか、机の上に教則本を出してカンニングしている。
あんなのには、なりたくない。
でも、また落ちたら?
楽な受験をして、一抜けし、バイトに励むクラスメイトを、私は心の中であんなのって思った。
お金で買った合格だ。
私は実力で合格する。
その挙句、浪人するハメになった。
くだらないプライドなのかな。
落ちたら、置いていかれる。
追い越される。
ここでも、また負ける。
教則本、リュックに入れてあるけど――。
指がぴくりと動いた。
楽して受かってもいいんじゃないかな。
誰も見てないし。
前を見ると、金髪とピアスはカンニングし、ゆるパーマはタブレットに向き合っていた。
見れば? コスパ悪いんじゃないの。
心の中で話しかける。
嫌な言葉だ。嫌な私だ。
何度後悔しても、しきれない。
私が落ちたのは、高望みしすぎたからだ。
世間は広いし、自分の実力を知らなかった。
模試と本番は違う。
進入禁止と駐車禁止みたい。
でも、私はこいつらみたいにはなりたくない。
「いっちあがりー!」
笑いながら、金髪が出て行った。
乱暴に扉が開けられ、自然に閉じるに任せるせいで音が立つ。
時間を置かずに、残りの二人も出ていく。
最後に出て行ったゆるパーマは、手でドアを閉めたのか、音がしなかった。
嫌だった三人がいなくなると、息がしやすくなった。
どうでもいいことに頭のリソース使っちゃったなぁ。
唯は、深呼吸をした。
合格は90%以上。
なら、4問までは間違えられる。
あやしいマークが、これ以上増えなければ、凡ミスしてもいける。
それで、効果測定が終わったら、今度こそ進入禁止と駐車禁止を覚えよう。
こんな思いを、二度としなくて済むように。
画面に正解はあるのに、選べないまま、唯は席を立った。
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