相原唯は免許が取りたい   作:藍色 紺

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第9話 正解をなぞる、みきわめ

「久しぶりやな」

 

 笑顔の眼鏡に、よろしくお願いしますと頭を下げて、車に乗り込む。

 そういえば、眼鏡がいたっけ。

 王子に角刈りと個性的な教官のおかげで、眼鏡が普通に見える。

 

「今日はみきわめやな。これで受かったら次、終了検定。いよいよ路上や」

 

 シートベルトを颯爽と引き、カチッと音をさせて止める。ミラーを合わせて、もう一度だけ微調整した。

 よし、完璧。ぱーぺき。

 

「教習車55番、浅原唯出ます!」

 

 クラッチをつないで二速へ。エンストの気配もない。

 順調な滑りだしだ。

 ちらっと後方を確認するのも忘れない。

 

「ところで、効果測定の結果知りたい?」

 

「そりゃ、知りたいですよ」

 

「ジャラララララ~」

 

「うわ、効果音付き」

 

「ドラムロールね」

 

 そこだけ小声という念の入りようだ。

 力入れるとこ、そこかな。

 やっぱり眼鏡はおかしい。

 

「合格でーす! おめでとー」

 

「あは、心こもってないわ」

 

 指示通り、内コースに入り、クランクを突破。外コースに合流する前に一時停止する。

 

 ほらね、大丈夫。おしゃべりに夢中になって一時停止を忘れたりはせぬよ!

 

 最近、実は、眼鏡のおしゃべりに、理由があるのではないかと思うようになった。

 一つには、話に夢中になって確認を怠らないか見られていること。

 二つには、生徒にリラックスしてもらう目的。

 三つには、やっぱり眼鏡がお喋りなんだと思う。王子は無口だし。

 

「一緒に効果測定した人らの結果、――知りたいやろ?」

 

「いいえ」

 

 そんな溜めてまで聞くことでもない。

 

「そこは知りたいです。やろ。はい、坂道入って」

 

「自分のだけでいいです」

 

 サイドブレーキを下ろす。坂道で車がゆっくりと前進し始める。

 

 眼鏡が、何が言いたいのかわからない。

 カンニングまでしたのだから、合格だろう。

 正直、他人の合否まで気にする余裕はない。

 そこが気になり始めれば、教習所が試験監督をつけない理由だって言及したくなる。

 それは教習所にだって不都合なところのはずなのに。

 

「次、S字いこか」

 

「……はい」

 

「間あったな」

 

 自分では即答したつもりだった。

 できるはずだ。

 ――、あれからは脱輪してないし。

 

 S字に頭を突っ込み、ハンドルを回す。その手が汗ですべる。

 

「おもしろいこと言おうと思って」

 

「次はS字~、S字~、お降りの方は降車ボタンを押してくださいとかなら、聞き飽きてるで」

 

「――、はい?」

 

「ボケ殺しか」

 

 ボケ殺し。なぜお笑い芸人でもないのに、ボケを拾ってやらねばならないのか。

 大阪や神戸でもないのに、自称関西圏では、一般市民の会話でもお笑いを求められる。

 

 こっちはボケを拾うような場合じゃないってのに!

 

「無線で、脱輪したらしいやん?」

 

 だぁら、話かけないでってば!

 返事をしない代わりに、車はS字を抜けた。

 

「王子がわざわざ直しに来てくれたって?」

 

 あ、教官同士で王子とか呼ぶんだね。

 

「マジで王子でしたね」

 

「ふーん」

 

 何か不満そうに聞こえるけど、眼鏡と呼べば不機嫌になりそうだからやめておく。

 一時停止して、また合流だ。気は抜けない。

 

「確認、よし!」

 

「路上出ても、それ言うつもりか?」

 

「おかしいです?」

 

「そんな人見たことないわ」

 

「なら、やめます」

 

 やるなと言われればする必要はない。

 っていうか、路上の話が出るくらいだから、合格ってこと!?

 本当!?

 

 頭の中で、注意点をプレイバックしてみる。

 大丈夫だったはずだ。

 

 罠だった一時停止も完璧。

 坂道発進も1mmたりとも下がってない。

 S字、クランク、スムーズで、脱輪もポールへの接触もない。

 

 何なら、完璧と言っていい。

 少なくとも、落ちる理由がない。

 

 脳内ラップを刻みながら、元の位置に停車する。

 眼鏡はクリップボードに挟んだ紙をめくって、息を吐いた。

 

 どうなの。

 合格って言って!

 

「う~ん。不合格にしとこう」

 

 眼鏡なのに、妙にシリアスで、ツッコミどころがわからない。

 なんでやねん! と返せばいいの?

 

 ツッコミを入れる左手が小さく震えた。

 

 どうしても、合格したかった。

 脳内で、カンニング合宿生の笑い声が聞こえる。

 あんな奴らに、追い越されたくない。

 

「どこが悪かったか教えてください」

 

 声だけは、ちゃんと出た。

 眼鏡がクリップボードから視線をこちらに向けた。

 

「なんで聞きたいん?」

 

「だって、どこが悪かったかわからなかったら、直しようがありません」

 

 眼鏡が微笑んだ。

 いつもの陽気な眼鏡と違って見える。

 

「そうやな。心の余裕がないからや」

 

「心の余裕?」

 

 意味がわからず、問い返した。

 

「ここがダメっていうとこはあらへん」

 

 なら、なんで。

 

 不合格と言われたことがショックで、言えなかった。

 眼鏡をじっと見返す。

 

「正解をなぞることに必死で、“運転”になってへん」

 

 正解の何がいけないの。

 ダメなところはない、90点どころか100点のはずなのに、運転になってないって何?

 

 眼鏡の話はちっともわからない。

 

「相原さんな、このまま路上に出たら、もっと余裕なくなるで。それより、もう一回みきわめやろうや。もっと慣れて、もっとうまくなるて」

 

 はいと返事したが、従順だからって、補習が無料になるわけじゃない。

 

 五千円札が羽ばたいていくのが見える。

 さよなら、私のバイト代。

 

 車の外に出て、ドアがちゃんと閉まらなかった。

 礼を言うのもやっとで、地面ばかり見てしまう。

 

「仮免になったら、他の教習生と一緒に組むこともあるから。そのつもりで外出よう」

 

 あの人たちと組む?

 

 ゲラゲラと大笑いする金髪、ピアスに、ゆるパーマが思い浮かんだ。

 狭い車内で、あの人たちに見られながら運転するなんて嫌だ。

 

 顔をあげると、眼鏡が夕日に光った。息を吸う。

 

「次は――」

 

 合格してみせます、と言いかけてやめる。

 

「次は、ちゃんとツッコミ入れます!」

 

「おう! 待っとるで!」

 

 中島教習所、私は運転を習いに来ている。

 




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