夭折した天才漫画家だけど、転生したらTS美少女だったから勝手に続き描く   作:匿名TS美少女

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14話

 通知音が鳴ったのは、深夜二時を回った頃だった。

 俺はちょうど『第160話』の下書きを終え、蒸気で目を温めるアイマスクをして休憩していたところだった。

 

 スマホの画面が光る。

 Xの通知だ。

 普段なら無視する時間帯だが、表示された名前に心臓が跳ねた。

 

『真田健一がスペースを開始しました』

 

 スペース。音声配信機能だ。

 あの仕事人間の真田さんが? こんな時間に? 

 嫌な予感がした。

 背筋に冷たいものが走り、俺はアイマスクをむしり取って、震える指で『リスニング』のボタンを押した。

 

「……あー、聞こえてますか。これ」

 

 ノイズ混じりの、低い声。

 いつもの威厳ある編集者の声ではない。

 酒が入っているのか、それとも極度の疲労か、呂律が僅かに怪しい。

 背景からは、氷がグラスに当たるカランという音が聞こえた。

 

『聞こえてます!』

『真田さん!?』

『こんな時間にどうしたんですか』

 

 視聴者数は、あっという間に数千人に膨れ上がっていた。

 Nemoの騒動以降、彼のフォロワーも激増している。誰もが何かを期待し、あるいは心配して集まってきていた。

 

「いや、なんでもないんです。ただ、ちょっと……飲みたくなって」

 

 真田さんが乾いた笑い声を漏らす。

 俺は息を殺して、スマホを耳に押し当てた。

 

「読みましたよ、Nemoさんの新作。『継承』ですか」

 

 ドキリとする。

 名前が出た。

 

「悔しいけど、傑作でした。

 構成、演出、セリフ回し。どこをとってもプロの仕事だ。

 特に、主人公が折れた剣を拾い直すシーン。あれは……卑怯だ」

 

 グラスを置く音が重く響く。

 

「あいつなら、きっとこう言ったでしょうね。

『真田さん、俺より上手い奴が出てきましたよ』って。

 へらへら笑いながら、でも目は全く笑ってなくて、徹夜で描き直しを始めるんです。あいつはそういう、負けず嫌いな男でしたから」

 

 あいつ。

 俺のことだ。東條樹のことだ。

 胸が痛い。

 真田さんは、俺が死んでから一年間、ずっと俺の幻影と戦っていたのか。

 

「ねえ、Nemoさん。聞いていますか?」

 

 不意に、彼が呼びかけた。

 心臓が止まるかと思った。

 

「あなたは、誰なんですか。

 東條樹のゴーストライター? 隠し子? それとも、ただの熱狂的な模倣犯? 

 ……まあ、なんでもいい。生きていようが死んでいようが、正体なんてどうでもいいんです」

 

 長い沈黙。

 そして、絞り出すような声が続いた。

 

「ただ、一つだけ聞きたい。

 あいつは……東條は、幸せだったんでしょうか」

 

 俺は喉の奥が熱くなるのを感じた。

 幸せだったか? 

 漫画を描いて、評価されて、でも最後は孤独に死んだ。

 それを幸せと呼べるのか、自分でも分からない。

 

「あの日。二月十五日」

 

 真田さんの声が震え始めた。

 

「僕は彼に電話しました。『原稿、まだですか』って。

 彼は『あと少しで終わります』と言った。声が掠れていて、限界なのは分かっていた。

 でも僕は、『待ちますよ』とだけ言って電話を切ったんです。

 休めとは言わなかった。

 落とせば連載に穴が開く。会社の利益が損なわれる。ファンの期待を裏切る。

 そんなくだらない理由で、僕は彼を殺した」

 

 違う。

 俺は叫びそうになった。

 違うんだ、真田さん。

 あの日、俺は描きたかったんだ。

 あんたが止めたとしても、俺はきっと隠れて描いていた。

 あれは俺のエゴだ。俺の我儘だ。

 あんたのせいじゃない。

 

「僕が殺したんだ……!」

 

 嗚咽。

 大人の男が、人目も憚らず泣いている声が、電波に乗って世界中に流れていた。

 コメント欄が動揺で埋め尽くされる。

 

『真田さん、自分を責めないで』

『誰も悪くないよ』

『放送事故だ、誰か止めてあげて』

 

 俺は何も書き込めなかった。

 指が動かない。

 涙がボロボロと溢れて、スマホの画面を濡らした。

 

 俺が死んだことで、一番傷ついていたのは、家族でもファンでもなく、隣で走ってくれていたこの人だったんだ。

 俺は自分の「作品」を残すことに必死で、残された「人間」の心のケアなんて考えてもいなかった。

 なんて罪深いんだ。

 死ぬということは、こういうことなのか。

 

「……Nemoさん」

 

 鼻をすする音の後、真田さんが再び口を開いた。

 声はまだ震えていたが、そこには確かな力が戻っていた。

 

「もし、あなたが本当にあいつの意志を継ぐ者なら。

 あるいは、奇跡みたいな確率で、あいつ自身が何らかの形で関わっているなら。

 頼みます」

 

 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

「最後まで、描き切ってください。

 僕が守れなかった物語を、終わらせてください。

 それを見届けることが、僕の……共犯者としての、最後の仕事です」

 

 プツン。

 唐突に配信が切れた。

『スペースは終了しました』という無機質な表示だけが残る。

 

 静寂。

 深夜の部屋に、空気清浄機の低い音だけが響いている。

 俺は呆然とスマホを握りしめたまま、動けなかった。

 

「……馬鹿野郎」

 

 ようやく出た言葉は、涙声だった。

 共犯者だって? 

 勝手に背負い込むなよ。

 俺は好きで描いて、勝手に死んだだけだ。

 あんたは優秀な編集者で、ただ真面目すぎただけだ。

 

 でも、嬉しかった。

 そこまで思ってくれていたことが。

 俺の漫画に、人生を賭けてくれていたことが。

 

「……描くよ」

 

 俺は袖で顔を乱暴に拭った。

 如月雪の身体は華奢で頼りないけれど、今の俺の中にある炎は、前世のどの瞬間よりも熱く燃え盛っている。

 

 真田さん。

 あんたが「共犯者」を名乗るなら、俺は「主犯」として堂々とやってやる。

 罪も罰も、後悔も絶望も、全部ひっくるめてエンターテインメントにしてやる。

 それが、俺たち漫画家の生き様だろう? 

 

 俺はPCのマウスを握った。

 休憩終了だ。

 泣いている暇があったら、線一本でも多く引く。

 それが、俺ができる唯一の返答だから。

 

 画面の中のアークが、今までよりも少しだけ、優しい顔をしているように見えた。

 俺は深呼吸をして、ペンタブに向かった。

 夜明けはまだ遠い。

 でも、俺たちの物語には、必ず朝が来る。

 そう信じて、俺は再び描き始めた。

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