夭折した天才漫画家だけど、転生したらTS美少女だったから勝手に続き描く   作:匿名TS美少女

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4話

 あの一通のDMが、喉に刺さった小骨のように取れなかった。

 

『あなたの画力で、アークエンドの続きが見たい』。

 

 俺は昼過ぎに目を覚まし、ベッドの中でスマホを睨みつけていた。

 無視すればいい。

 理性では分かっている。俺はもう東條樹じゃない。如月雪として、平穏に生きると決めたはずだ。

 だが、指先は勝手に検索窓へ『アークエンド 考察 最終回』と打ち込んでいた。

 

 画面に並ぶのは、ファンの熱量と、それと同じくらいの絶望だ。

 特に目についたのは、フォロワー数万人の考察系インフルエンサーが投稿した長文のnoteだった。タイトルは『東條樹が描こうとした本当の結末──アークは世界を滅ぼして死ぬ』。

 

「……は?」

 

 思わず声が出た。

 記事を読み進めるほど、こめかみの血管がピキピキと音を立てる。

 

『物語の構造上、主人公アークの死は不可避』

『ヒロインを見殺しにすることで完成する悲劇の美学』

『遺されたネームには、救いのないラストが描かれていたという噂も……』

 

「違う……っ!」

 

 俺は布団を蹴飛ばして起き上がった。

 ふざけるな。誰だその噂を流したのは。

 俺の頭の中にあったラストは、そんな陳腐な鬱エンドじゃない。

 アークは傷だらけになっても、最後にはヒロインの手を取って、泥だらけの顔で笑うんだ。

「生きててよかった」って、そう言わせるために、俺は二十七巻も積み重ねてきたんだぞ。

 

 悔しかった。

 死人に口なしとは言うけれど、勝手に殺されて、勝手に物語まで歪められるなんて。

 このままじゃ、『アークエンド』は「未完の悲劇」として、間違った解釈のまま歴史に固定されてしまう。

 

「……訂正してやる」

 

 衝動は、雷のように脳天を貫いた。

 公式として名乗ることはできない。東條樹として反論することもできない。

 だが、「一人のファン」としてなら? 

「こういう結末もあり得たんじゃないか」という、ifの二次創作として提示するだけなら? 

 

「そうだ。これは二次創作だ。ただのファンアートだ」

 

 自分に言い訳をする。

 俺はリビングへ走り、PCの前に座った。

 寝癖も直さず、パジャマのままだ。

 配信ソフトを立ち上げる。タイトルは『お絵かき練習』。タグにこっそりと『#アークエンド』を入れた。

 

「Nemo」として描く。

 誰でもない、ただの絵描きとして。

 

 配信開始ボタンを押す。

 平日の午後三時。同接は一桁からのスタートだ。

 俺は迷わず、キャンバスに線を引き始めた。

 

 描くのは、主人公のアーク。

 魔王軍との最終決戦直前、ボロボロになりながらも剣を構える姿だ。

 資料なんていらない。

 身長百七十八センチ。体重七十キロ。右頬の傷は三年前の戦いでついたもの。鎧の意匠、マントのほつれ具合。

 全てが俺の細胞に刻まれている。

 

 カカカカッ、とショートカットキーを叩く音が小気味よく響く。

 ペン先が走る。

 速い。

 昨日の狼の絵よりも、数段速い。

 なにせ、十年以上描き続けてきた「相棒」なのだ。

 

『ん? アークエンド?』

『うっわ、懐かしい』

『この人、昨日の狼の人か?』

 

 コメントが少しずつ流れ始める。

 俺は反応しない。画面の中のアークと対話することに集中していた。

 久しぶりだな、アーク。

 悪かったな、あんなところで放置して。

 寒かったろ。痛かったろ。

 今、動かしてやるからな。

 

 線画が出来上がる頃には、視聴者数が三桁を超えていた。

 ざわつきが大きくなる。

 

『え、うまくね?』

『ちょ、待って。このアーク、解像度高すぎない?』

『公式の原画集見て描いてるのかな』

『いや、このポーズ見たことないぞ』

 

 俺は塗りの工程に入った。

 ここが勝負だ。

 東條樹の塗りは、厚塗りとアニメ塗りのハイブリッドだ。

 光と影のコントラストを強くして、キャラクターの「意志」を強調する。

 だが、今回は少しだけ変える。

 今の俺、如月雪の感性を混ぜる。

 もっと繊細に。もっと透明感を。

「悲劇」ではなく「希望」を感じさせる光の入れ方を。

 

 ゾーンに入った。

 周りの音が消える。空腹も、喉の渇きも感じない。

 ただ、モニターの中の世界だけが鮮明に浮かび上がる。

 アークの瞳に、ハイライトを入れる。

 決意の光。生への執着。

 

『……鳥肌立った』

『なんだこれ』

『泣きそう』

『東條先生が生きてるみたいだ』

 

 そのコメントが目に入っても、もう手は止まらなかった。

 むしろ、加速する。

 そうだ、俺は生きている。

 肉体は変わっても、魂はここにある。

 俺が描けば、それが本物だ。たとえ世界が偽物と呼ぼうとも、この線だけは嘘をつかない。

 

 二時間が経過した。

 完成した一枚絵。

 荒野に立つアークが、振り返ってこちらを見ている。

 その表情は、疲労困憊しているが、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

 背景には、雲間から射す一筋の光。

「まだ終わらない」というメッセージを、絵全体で叫んでいた。

 

「……よし」

 

 小さく呟いて、ペンを置く。

 肩で息をする。心臓が早鐘を打っている。

 やりきった。

 今の俺に出せる全力だ。

 

 コメント欄を見る。

 流れる速度が異常だった。

 

『神降臨』

『これマジで誰? プロ?』

『東條先生の未公開ラフじゃないの?』

『違う、塗りが新しい。でも魂は同じだ』

『スパチャ投げさせろ』

『続きが見たい。このアークの続きが』

 

 同接数は、いつの間にか五千人を超えていた。

 告知なしの平日昼間としては、異常事態だ。

 俺は震える手で『Thank you』と書き込み、配信を切った。

 

 静寂が戻る。

 だが、ネットの向こう側の熱狂は、ここからが本番だった。

 俺は完成したイラストを保存し、Pixiv的な投稿サイト『Creatia』にアップロードした。

 タイトルは『希望』。

 キャプションには一言だけ。

『彼はまだ、諦めていないと思います』

 

 投稿ボタンを押す。

 その瞬間、俺は「禁断の果実」を世界にばら撒いてしまったのだと自覚した。

 

 数分後。

 スマホの通知がバグったように震え始めた。

 Xのトレンドに『#Nemo』『#アークエンド』『#東條樹』の文字が並ぶ。

 拡散の勢いは、山火事のように広がっていく。

 

「……やばい」

 

 俺は椅子に深く沈み込んだ。

 これは、「ただのファンアート」では済まされない。

 あまりにも完成度が高すぎた。

 そして何より、ファンの「こうあって欲しかった」という願望を、完璧に形にしてしまった。

 

『この絵を描いたNemoって何者?』

『東條先生のゴーストライター説』

『AIにしては筆致が人間くさすぎる』

『泣いた。これが俺たちの見たかったアークだ』

 

 称賛と、困惑と、疑念。

 その渦の中心に、俺はいる。

 正体を隠したまま、元・天才漫画家が自分の作品の二次創作をする。

 それは、世界に対する最大の欺瞞であり、同時に最大のファンサービスでもあった。

 

 ふと、モニターの端に新しい通知が表示された。

 出版社のアカウントだ。

 いや、違う。これは……。

 

『集英談社 編集部 真田』

 

 見覚えのある名前に、俺の心臓が止まりかけた。

 真田さん。

 俺の担当編集。

 葬式の時、一番泣いてくれた男。

 彼が、俺の絵を見つけたのか。

 

「……見つかっちゃったかな」

 

 俺は膝を抱えた。

 怖い。けれど、心のどこかで歓喜している自分がいた。

 届いたんだ。

 俺の絵が、一番見てほしかった人に。

 

 だが、それは同時に「Nemo」という存在が、平穏な生活を脅かす爆弾になったことを意味していた。

 俺はまだ知らない。

 この一枚の絵が、どれだけの人の人生を狂わせ、そして救うことになるのかを。

 

 高級マンションの一室で、十五歳の少女の姿をした俺は、ただ呆然とバズり続ける画面を見つめていた。

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