極の番は基本隠しています。
目つけられたら嫌だしね。
国家転覆?できるかな?
体が、鉛のように重い。
白山での任務を終え、高専に戻って泥のように眠りたかった、だけど眠れなかった。疲れが全く抜けていない。授業の内容もろくに頭に入ってこず、ただ窓の外の蝉時雨をぼんやりと聞いていた。
あれからたった二日。
また、霊山への出動命令が下った。
次は木曽御嶽山。
……はぁ。やだやだ。絶対特級案件だろこれ。
これが終われば2ヶ月以上の長期休暇が出るらしいが、もはや社畜の思考だ。飴と鞭の使い方が極端すぎる。金次と綺羅羅は任務で不在。後輩たちも出払っている。なんでいつもこうなんだろう。タイミングが悪すぎる。重い足取りで補助監督との待ち合わせ場所へ向かう途中、廊下でスーツ姿の長身の男性とすれ違った。
特徴的なゴーグルと、七三分けの髪型。
「七海さん、お疲れ様です」
僕は足を止めて挨拶した。
「……はい、お疲れ様です轟鬼君」
七海建人。一級呪術師であり、この業界では珍しい「まともな大人」だ。
彼は僕の顔を見て、眉を少しひそめた。
「顔色が悪いようですが、休めていますか?」
気遣いができる大人だ。五条先生とは大違いだ。
「ありがとうございます。大丈夫です。次の任務に向かうところなので、それでは」
礼して立ち去ろうとする僕の背中に、心配そうな視線が刺さる。
……まあ、実際寝れてないし、今の僕は深夜テンションで動いているようなものだ。
車に乗り込むと、運転席にはまた伊地知さんがいた。
五条先生の専属だと思っていたが、僕の担当も兼任させられているのだろうか。
「お願いします」
「分かりました。……轟鬼君、これを」
伊地知さんが差し出したのは、ホットアイマスクだった。
「少しでも休んでください」
「……ありがとうございます」
その優しさが沁みる。空港まで寝れればいいな。
「轟鬼君、着きましたよ」
「ありがとうございます」
……すみません、一睡もできませんでした。
カフェインの過剰摂取で目が冴えている。
飛行機と車を乗り継ぎ、現場へ到着した。
今回の被害報告は、御嶽山にある古い神社周辺で起きているという。
調査に向かった「窓」の人間は全滅。参拝客も、ある時期から一人も戻ってきていない。
共通しているのは「過去に山を登ったことがある」という点らしい。山岳信仰、あるいは試練の類か。
舗装路が途切れたあたりから、空気の質が変わった。
車を降りた瞬間、肺に入る空気がひんやりと薄くなる。
真夏のはずなのに、熱気はアスファルトにだけへばりついていて、木立の中は別の季節みたいに静寂だ。参道へ続く石段は、長い年月で角が丸くなり、ところどころ苔が張り付いている。
踏みしめるたびに、乾いた石の音と、靴底にわずかに湿り気が残る感触。
両脇には杉がまっすぐに伸びている。高すぎて、見上げても枝の先は空に溶けて見えない。
風が吹いても、葉が鳴る音はほとんどしない。ただ、どこか遠くで大木が軋むような低い音が、ゆっくりと山肌を伝ってくる。白い紙垂が下がった注連縄が、いくつも道の節目にかけられている。古びた札や石碑が脇に立ち、読めないほど擦り減った文字が並んでいた。
人の手で整えられているはずの場所なのに、奥へ進むほど“人の気配”が薄れていく。
鳥居を一つくぐるたびに、音が遠ざかる。
足音だけがやけに響く。
時折、視界の端で何かが揺れた気がして振り向くと、そこにはただの木立しかない。だが、振り向く前に感じた“視線”だけが、皮膚に残って離れない。
石段を上り切る頃には、息がわずかに重くなっていた。
標高のせいだけじゃない。胸の奥に、見えない圧がかかっている。
やがて木々が開け、石畳の広場と、質素な社殿が姿を現した。
風が止まった。
音が消える。
境内に入った瞬間、まるで山そのものに見られているような感覚が、背中に張り付いた。
……お参りして帰ろうかな。
霧が濃くなる。その奥に、二つの異形が佇んでいた。
一体は、烏天狗の姿をした呪霊。山伏装束に錫杖を持ち、羽は黒ではなく火山灰のような灰色だ。足元に灰が舞い、着地のたびに地面がひび割れる。赤く発光する双眸が、常に上空から獲物を見下ろしている。
もう一体は、本殿の前から動かない。仏像の上半身に鬼の下半身を持つ異形。顔が三つあり、それぞれ慈悲、無表情、怒りの相を浮かべている。体表には崩れかけた経文が浮かび、背後には黒い山の影が常に揺らめいている。
……あのさ、特級2体同時なんて聞いてないんだけど?
天狗みたいなのはまだいい。もう一体はダメだ。
まあ呪霊だから違うとは思うけど、格が違う。
仏像型の呪霊が印を結んだ。
「領域展開『
「は?」
世界が反転する。
山肌が黒く影絵のように浮かび上がり、石畳や木々にかかる影が不気味に歪む。
霧や微細な火山灰が漂い、空気が鉛のように濃密で重く感じられる。
「シン・陰流簡易領域!」
咄嗟に展開する。日下部先生に基礎だけ教わっておいて本当に良かった。
だが、簡易領域の膜がゴリゴリと削られていく。中和が追いつかない。
百鬼を出そうとした、その瞬間だった。
思考する間もなく、もう一体の天狗が動いた。
「空中を走って」加速し、錫杖による刺突で僕の脇腹を狙ってくる。
呪力ガードが間に合った――と思った瞬間、重い蹴りが追撃で入り、僕は弾き飛ばされた。
簡易領域が解ける。
必中効果が直撃した。
足が石のように重くなり、呪力の操作がおぼつかなくなる。さらに周囲の空気が熱湯のように重く、息を吸うだけで肺が焼けるようだ。
デバフ特化の領域か。
領域で獲物を弱らせ、天狗が物理で撲殺する。シンプルながら必殺のコンボだ。
この領域をどうにかしないと死ぬ。
だが、天狗の体術が高すぎる。印を結ぶ隙すら与えてくれない。
防御しかできない。
锡杖の石突が、防御した左腕を貫通した。
「ぐぅっ……!」
骨が砕ける音。
そのまま錫杖を引き抜くことなく、天狗は僕を空中に蹴り上げた。
無防備な体が宙を舞う。
そこへ、上空から踵落としが脳天へと振り下ろされる。
石畳に顔面から叩きつけられた。鼻が潰れ、歯が数本折れたのが分かる。
意識が飛びかける。
だが、攻撃は終わらない。
地面に這いつくばる僕の背中を、天狗が容赦なく踏みつけた。
肋骨が折れ、折れた骨が肺に刺さる感触。
ゴホッ、と血を吐く。
天狗は僕の髪を掴んで無理やり顔を上げさせると、赤く光る目で嘲笑いながら、今度は腹部へ膝を叩き込んだ。
内臓が破裂するような衝撃。
足も刺され、腕も削られる。蹴り、打撃、刺突。
空中の足場を利用した三次元的な攻撃に隙がない。こいつの術式か!
体もボロボロ。目がぼやけてきた。帽子はどこかへ消え、お気に入りの制服も穴だらけ。肋骨もイカれた。
ここで死ぬのか?
……そう考えたら、なぜか笑えてきた。
「ふっ……あっはははは!」
口の中の血と共に、乾いた笑いがこぼれる。
理不尽すぎるだろ、呪術界。
上層部の爺、僕のこと嫌いすぎだろ。
なら、やってやるよ。
呪力を解放と同時に、領域内が息を止めたように静まった。風が吹き、木々が軋む。呪力は全身を駆け巡り、まるで周囲の空気ごと押し潰すかのように振動した。
天狗が一瞬、僕の狂気に気圧されたように動きを止めた。
その隙に、印を二つ連続で結ぶ。
どうせこの後は長期休暇だ。術式が焼き切れようが、代償で体が動かなくなろうが関係ない。
手札を全部出し切れ!
天狗がトドメを刺そうと錫杖を振り上げる。
もう遅ぇよ。
「極の番――『
指定された20体の百鬼――玉藻前、化け狐、野狐、空狐、白狐、黒狐、稲荷狐、狐火、管狐、人面狐、幻狐、仙狐、妖狐、九尾眷属、白面童子、魅狐、陰狐、幻影狐、呪狐、神狐――が一斉に融合する。
現れたのは、神々しいまでの白い顔と金色の毛並みを持つ九尾の大狐。
長く伸びた九つの尾は、一本一本が後光のように輝き、妖しい気を放っている。
その足元には、本体である『殺生石』が顕現し、それを守るように九尾が鎌首をもたげる。
さらに重ねる。
目には目を、歯には歯を。
推定神には、神話級の怪物をぶつける。
「極の番――『
直近で使用した20体の百鬼――まだ手元に残っている百鬼の中から、20体分のリソースを強制消費する。
ゴフッ!!
口から大量の血が噴き出した。この極の番だけは、術者の血液も触媒とする。
視界が明滅する中、血だまりから光が溢れる。
現れたのは、柔らかく光を帯びた女性の姿。長い黒髪と白い衣をまとい、清らかで穏やかな表情をしている。小柄だが、その存在感は神々しいほどに澄んでいる。
だが、その穏やかな表情が一変し、激しい憎悪の形相へと変わる。
対象のあらゆる呪力現象を「反転」させ、崩壊させる荒ぶる女神。
五条先生から聞いた呪具、天逆鉾と似た効果だね。ん?違うか
彼女が腕を振るうと、領域『御嶽禁域』の効果が反転し始めた。
重かった体が軽くなり、焼けるような空気が清涼なものへと変わる。
領域を中和したのではない。領域の効果を「逆転」させて利用しているのだ。
九尾が動く。
『殺生石』が領域内の呪力を無差別に吸収し始める。
領域を構成する呪力すらも吸い尽くし、九つの尾の先端に光が集束していく。
「
僕の命令と共に、九尾が咆哮する。
極光。
白い閃光が辺り一面を埋め尽くし、仏像型の特級呪霊ごと領域を消し飛ばした。
領域が崩壊し、元の境内が戻ってくる。
だが、天狗はまだ生きている。上半身の半分を失いながらも、錫杖を構えてこちらへ突っ込んできた。速い。僕の反応速度を超えている。
だが――
「
彼女が天狗の前に立ちはだかり、その蹴りを素手で受け止めた。
接触した瞬間、天狗の呪力が弾け飛ぶ。
彼女の能力は「反転」。
呪霊に対して、反転術式のエネルギーを直接流し込むことなど、彼女にとっては造作もない。
天狗が断末魔を上げ、灰となって崩れ落ちた。
「あぁぁぁぁぁづがれだぁ……」
静寂が戻る。
二つの極の番が、役目を終えて光の粒子となり消えていく。
「……ありがとうね、君たち」
吐血した口元を拭い、僕はふらつく足で立ち上がった。
終わった……。
賽銭箱の前に立ち、小銭を投げ入れる。
二礼二拍手一礼。
……お参りして帰ろう。
これから休暇だ。何をしよう。
金次たちと海に行こうか、それともひたすら寝ようか。
僕の過酷な夏は、これでようやく終わる。
あ、その前に。
後で上層部を殺そう。
そんな物騒なことを考えながら、僕はふらふらと石段を下り始めた。
彼まだ2級ですよ。1級に上がるには手順が必要なので仕方ないですね。
天之逆毎って獄門疆「裏」に使えそうですね。
・極の番『白面金毛九尾狐』
指定された狐系の百鬼20体を統合して召喚する、要塞型の極の番。
本体である『殺生石』が破壊されない限り、何度でも再生する。
能力:呪力吸収と放出
周囲の呪力や、相手から放たれた術式攻撃を『殺生石』が吸収し、自身のエネルギーとして蓄積する。蓄えた呪力は九つの尾から高出力の熱線「極光」として放出可能。敵の攻撃を利用するカウンタータイプ。
・極の番『天之逆毎』
手持ちの百鬼から20体のリソースと、術者の血液を代償に召喚する、天邪鬼の祖とも言われる女神。破壊方法は術者の殺害か消しとばすのみ。術者が死んでもしばらく暴れ回るので置き土産適正○
能力:事象の反転
あらゆる呪力現象を「反転」させる能力を持つ。
領域展開によるデバフ効果をバフへ変換したり、結界の条件を裏返して無効化する。
対呪霊においては、接触時に強制的に「反転術式」を流し込むため、一撃必殺の特効を持つ。強力だが、術者への負担が極めて大きい諸刃の剣。
無限の突破も可能。
他の極の番出番がほぼないので今のうち言っておきます
残りは大嶽丸、酒呑童子、八岐大蛇です。
白面金毛九尾狐は夏油の百鬼夜行時にまた出すかも