多分東堂の「男でもいいぞ」って多分綺羅羅に聞いてこうなったのかも。
彼は紳士(ゴリラ)ですから。
特級術師との不穏な遭遇を終え、僕たちは教室へと向かう。
そういえば、人数合わせのために参加してくれる先輩にも挨拶に行かなければ。
本来なら3年生か4年生の先輩がいるはずだが、呪術師は短命な職業だ。生き残っているだけで御の字、さらに高専に在籍しているとなれば稀少種に近い。
「しっつれいしまぁす!」
綺羅羅が遠慮のない速度で教室の扉を開け放つ。
中には一人の青年が座っていた。
「……君らが後輩? なかなか会えんくてすまんなぁ」
振り向いたその人は、術師というより仕事帰りの社会人のようだった。
細身の黒いスーツは皺一つなく整い、灰色のネクタイもきっちり締められている。
だが、顔を見た瞬間に違和感が残る。
細く閉じた目は常に笑っているようで、どこか底が読めない。黒髪は軽く後ろに流し、整ってはいるがどこか気の抜けた雰囲気。色白で体温を感じにくく、近くにいても気配が希薄だ。
口元だけで柔らかく笑うその表情は、安心感と同時に妙な胡散臭さを残していた。
「「「……胡散臭っ」」」
僕たちの心の声が綺麗にハモった。
「はは、せやろなぁ。見た目のせいで一言目はいつもそれや。気にしてへんけど」
先輩は困ったように笑い、立ち上がった。
「挨拶しとこか。3年の
「2年の轟鬼欠意です。よろしくお願いします、志乃介先輩」
「えぇ子やなぁ」
「星綺羅羅! よろしくぅ!」
「似合ってるなぁ。キラキラしてるで」
人当たりは良い。だが、金次はそう簡単には心を許さない。
ズイ、と先輩の前に立つ。
「秤金次だ。……なぁ先輩、あんたの『熱』はなんだ?」
いつもの質問だ。
志乃介先輩は少しだけ目を細め、静かに答えた。
「『支えること』や。そのために、卒業後は補助監督になるつもりや」
「補助監督?」
「ああ。聞いてるやろ? ウチの同期が任務で死んでなぁ……」
先輩の声のトーンが少し落ちる。
「担当した補助監督が等級を見誤ったみたいでな。よくあることや。逃げたかったら逃げればええ。そうすれば別の担当の術師が派遣される。……だけどなぁ、そいつ正義感強かったせいで立ち向かったみたいなんよ。『近くに非術師がいるから』言うて、補助監督に避難させるよう指示して、そのまま死んだ」
淡々とした語り口だが、その奥には静かな怒りと悲しみが滲んでいた。
「もうこんなことを起こさないために、ウチは補助監督になる。ウチの術式はな『
金次はじっと先輩の目を見つめ、そしてニヤリと笑った。
「……いいぜ。よろしくな、先輩」
差し出された手を、金次が強く握り返す。
「おおきに。……ほんで、作戦考えてるん?」
「先輩が索敵して、綺羅羅の術式で守ってもらい、僕と金次で暴れる感じですかね? 1年がまだ誰が出るか分からないので、それ次第ですが」
「OK。わかったわ。ウチの同期で京都校の奴らはそんなに強いやつはおらん。君らやったら楽勝やろ」
先輩はポンと手を叩いた。
「夜にご飯でも行かへん? ウチの奢りや。たまには先輩ズラしたいねん」
「マジ? やった!」
「ありがとうございます」
その夜、僕たちは1年生も連れて焼肉に行った。
先輩の奢りということもあり、僕らの食欲が爆発していたのは言うまでもない。
そして当日。京都校へ到着した。
山の中腹に拓かれた校地は、空気の色が東京とは違っていた。
湿り気を含んだ静けさが、朝からずっと地面に張りついている。石段は苔むし、踏みしめるたびにかすかな水気を含んだ音を返す。
門をくぐると、古い木造の建物がいくつか、間を広く取って並んでいる。瓦屋根の縁には落ち葉が溜まり、風が吹くとさらさらと流れ落ちていく。板張りの廊下は軋み、障子越しの光はやわらかく滲んでいた。奥へ進むほど、紅葉した木々が濃くなる。杉と楓が入り混じり、枝葉が頭上で重なり合って空を細く切り取っている。時折、遠くで竹の鳴る乾いた音が響き、すぐにまた静けさが戻る。修練場は土の匂いが強い。踏み固められた地面に、無数の足跡が残り、乾いた土埃が風に薄く舞う。端には古びた武具や杭が整然と並べられ、長年の鍛錬の痕がそこかしこに刻まれていた。そこには、京都校の面々が待ち構えていた。
加茂憲紀。背筋を伸ばし、乱れのない制服と整えられた黒髪。涼やかな目元と端正な顔立ちで、静かな威厳と家柄の品格を漂わせている。
西宮桃。小柄で軽やか。肩口で揺れる明るい髪と大きな瞳が印象的で、感情がそのまま表に出る快活な雰囲気をまとっている。
そして、ひときわ異彩を放つ男。
東堂葵。分厚い筋肉に包まれた大柄な体格。長い髪を後ろで束ね、濃い顔立ちと鋭い目が強い威圧感を放つ。立っているだけで場の中心になる存在感。
さらに教師陣。
楽巌寺嘉伸学長。小柄で痩せた老人。顔には深い皺が刻まれ、半ば閉じた目は常に他者を値踏みするように細められている。
そして。
「歌姫じゃーん。元気にしてた?」
五条先生が軽薄に声をかけると、露骨に嫌そうな顔をしたのが庵歌姫先生だ。
こちらのメンバーは、学長、五条先生、志乃介先輩、僕ら3人、そして最後に乙骨君だ。
東堂が、真っ直ぐにこちらへ歩いてきた。
その眼光に、場の空気が張り詰める。
「お前らに聞きたいことがある」
彼は腕を組み、仁王立ちで宣言した。
「どんな女が好み(タイプ)だ!!」
……デジャヴだ。京都校側の人間は全員呆れ顔をしている。
志乃介先輩が苦笑しながら答える。
「べっぴんさんがええな」
「……退屈だ」
東堂は視線を逸らす。次は乙骨君だ。
「えっと……」
乙骨君が困惑している。無理して答えなくていいよ。
次は秤。
「ノれる女」
「悪くはない」
次は綺羅羅。
「金ちゃん!」
「……すまない、配慮がなかったか」
そして、僕の番だ。
九十九さんの時と同じように答えよう。
「魂(自分)に正直な人。アイドルの高田ちゃんとか」
「!!」
東堂の目がカッと見開かれた。
その瞬間、彼の脳内に溢れ出したのは――『存在しない記憶』。
――蝉時雨が降り注ぐ夏の日。
地区予選の決勝戦。俺の前に立っていたのは、お前だった。
あの頃から、お前は異質だった。
周囲に合わせることもなく、ただ己の魂の在り方だけを貫く瞳。
俺たちは拳を交えた。
言葉はいらなかった。拳が語っていた。
『お前もまた、退屈という名の孤独を知る者か』と。
汗が飛び散る。息が上がる。だが、これほど心地よい疲労はなかった。
試合終了のホイッスル。結果は引き分け。
だか、俺たちの魂は共鳴していた。
夕焼けに染まる帰り道、俺たちはコンビニでアイスを買い、高田ちゃんの握手会の予定を語り
合った。
「次は全国でな」
そう言って別れたあの日から、俺はずっとお前を待っていたんだ――。
東堂がボロボロと大粒の涙を流していた。
どうした? 情緒不安定か?
「……そうか。どうやら俺たちは親友のようだな」
「違いますが?」
即答で否定するが、東堂には届いていないようだ。
「あの時の決着は、この交流会でつけよう」
「あの時? ちょっと待てぇ!」
問答無用で会話を打ち切り、東堂は去っていった。
京都校の皆さんもミーティングのため移動していく。加茂君が「すまない」という顔で一礼していったのが印象的だった。
東京校側ミーティング。
「作戦に変更はありません。優太、できたら里香ちゃんは出さないようにね。暴走すると収拾がつかないから」
「わ、わかりました!」
以前より自信がついた顔だ。少しは見違えたね。
「金次、できれば優太の面倒を見て欲しい。頼んでいいか?」
「チッ、わーったよ。特級のお守りか」
「欠意ちゃんは?」
「多分、東堂がこっちに突っ込んでくるからね。それの対応かな。……ブラザーとか言ってたし」
「せやな。あいつは君にロックオンしとるわ」
志乃介先輩が苦笑する。
「ほな準備ええか? 勝つで!」
「「「「はい!(おう)(おー!)」」」」
配置につく。
背の高い杉と檜が密に並び、空は葉の隙間から細く切り取られたようにしか見えない。
昼間でも林の中は薄暗く、湿った土の匂いと落ち葉の重なりが足音を吸い込んでいく。
踏み固められた細い獣道がいくつも枝分かれしていて、どれも奥へ奥へと続いている。苔のついた岩や根を張り出した大木が視界を遮り、数メートル先の気配さえ曖昧になる。風が吹けば、頭上の枝葉がざわりと揺れ、どこからともなく鳥が飛び立つ音だけが響く。
スピーカーから、やる気のない声が響いた。
『はいはい皆さーん。怪我だけはしないでねぇ。それでは姉妹校交流会……』
『スタァートォ!!』
五条先生の合図と共に、呪術師たちの宴が幕を開けた。
好きなんですよ、細目の胡散臭いキャラ。
どっかのドブカスとは真反対やで
京都校の3年は掘り下げません。里香ちゃんに処理されます。
秤は里香ちゃんと戦ってもらいましょう。
五条が止めに入ったのか乙骨君が呼びかけたのかどっちだろ?
すみません抜けていたところがありました