「来たる12月24日!! 日没と同時に!! 我々は百鬼夜行を行う!!」
男の声が、呪術界を震撼させた。
夏油傑。最悪の呪詛師による宣戦布告。
「場所は呪いの坩堝、東京新宿! 呪術の聖地、京都!」
「各地に千の呪いを放つ。下す命令はもちろん“鏖殺”だ」
「地獄絵図を描きたくなければ、死力を尽くして止めに来い」
「思う存分、呪い合おうじゃないか」
夏油は不敵に笑い、最後に少しだけ声を潜めて付け加えた。
「……彼の名を借りるのは、忍びないのだけどね」
【2017年12月24日 京都】
宣言通り、街には千を超える呪霊が放たれた。
呪術高専東京校からは、2年生の生徒3名が京都へ派遣された。
そのうち1名は、晴明神社にて自然発生した特級相当の仮想怨霊に対処。京都校の生徒と共にこ
れを祓う。同生徒は瀕死の重傷を負うも、家入硝子の治療により一命を取り留める。
――なお、同じく京都に派遣された他の2名は、保守派の上層部に暴行を加えたため
事後、無期限の停学処分となる。
これは、その少し前の出来事。
京都駅に降り立った僕たちは、指定された配置につくため、二手に分かれることになった。
「百鬼夜行、だったか? 欠意のヤツよりすげぇのか?」
金次が首を鳴らしながら、京都タワーを見上げる。
「う〜ん、質はともかく数は10倍だね。向こうは千体だから」
「欠意ちゃんは、京都校の子たちと一緒だよね?」
綺羅羅が心配そうに僕の襟を直してくれる。
「そうだね。広範囲制圧の遊撃枠だから。金次たちは?」
「俺らは南側の防衛ラインだ。……チッ、保守派の爺さん共がうるさそうな場所だがな」
金次が露骨に嫌そうな顔をする。これが後の悲劇のフラグだったとは、この時は知る由もなかった。
「怪我すんなよ、欠意」
「もちろん。金次も綺羅羅も、終わったら美味しいものでも食べよう」
「じゃあねぇ!」
二人の背中を見送り、僕は指定された合流地点へ向かった。
これが、しばらくの別れになるとも知らずに。
合流地点には、京都校のメンバーが揃っていた。
「ブラザー!! 俺とお前の連携なら、たとえ幾千幾万の呪霊が来ようと敵ではないさ!」
東堂葵が、再会するなり熱い抱擁を求めてくる。
「うん、よろしくね葵。……あ! 他の皆様もよろしくお願いします」
東堂を適当にいなし、他の生徒たちに挨拶をする。
箒を持った小柄な少女、2年の西宮桃さんが、僕を見るなり一歩引いた。
「うわ……何その禍々しい気配。後ろにウジャウジャいるんだけど」
「あ、ごめんね。帽子取ります」
学生帽を脱ぎ、礼儀正しく一礼する。
西宮さんは数秒固まった後、まじまじと僕の顔を見て呟いた。
「……へぇ、意外と綺麗な顔してんのね」
帽子とマントのせいで怪しく見えるが、素材は悪くないらしい。彼女は少し安心したように握手をしてくれた。
同じく2年の加茂憲紀君は、いつも通り冷静に握手に応じてくれた。
「遠路はるばる感謝する。東京校の1級、期待しているよ」
そして、見慣れない顔が3名。1年生だ。
一人は、無骨な人型のロボット。分厚い装甲に覆われた大柄な機体で、顔は感情のない単眼。軍用兵器のような威圧感がある。
一人は、肩までのダークグリーンのボブヘアの女性。気だるげな目つきで、どこか皮肉げな笑みを浮かべている。顔立ちが真希に似ている。双子かな?
最後は、水色の髪をした素朴な女性。大きな瞳と柔らかな表情で、帯刀した日本刀とのギャップがある。
「すみません、お名前を伺っても?」
僕が尋ねると、水色髪の彼女が慌てて頭を下げた。
「えっと……京都校1年の三輪霞です! まだまだ未熟ですけど、精一杯頑張ります! よろしくお願いします!」
なんて良い子なんだ。この薄汚れた呪術界の癒やしだ。
「飴、いるかい?」
ポケットから飴を差し出すと、彼女は目を輝かせて受け取ってくれた。
「ありがとうございます!」
「……禪院真依。1年。見ての通り銃使いよ」
ボブヘアの女性――真依さんは、ぶっきらぼうにそれだけ言った。真希とはまた違った棘がある。
「京都校1年、
ロボット――メカ丸君が機械音声で答える。
「東京校2年、轟鬼欠意です。よろしくね。広範囲制圧が得意だから、たくさん頼って」
僕が挨拶を終えると、加茂君が場をまとめた。
「自己紹介は済んだな。配置は基本、固まって動く。西宮が索敵して状況を伝達。轟鬼は遊撃および全体のカバーに入ってくれ」
「了解」
空が茜色に染まり、やがて紫へと沈んでいく。
そろそろ日没だ。
街の向こうから、呪霊の気配がどす黒い霧のように膨れ上がっていくのが分かる。
来たな。
夏油は時間を間違えたね。夜は、僕の領域だ。
「お出で――皆」
足元の影が爆発的に広がる。
万が一の「極の番」用に20体だけ残し、残り80体の百鬼を一斉に召喚する。
妖怪たちの咆哮が、夜の京都に響き渡った。
「4体ずつでグループを作って行動して。呪霊の殲滅。……一匹も残すな」
僕の意を汲み、百鬼たちが散らばっていく。
これなら破壊されるリスクも分散できるし、広範囲をカバーできる。
「……はぁ。一人で軍隊気取り? 気色が悪いわね」
真依さんが呆れたように吐き捨てる。
「西宮さん、状況は?」
「来てる! 東の方角、大通りから大行進よ!」
「さて、やろうか」
戦端が開かれた。
呪霊の数は多いが、質はそこまで高くない。
僕はメカ丸の砲撃漏れを『鎌鼬』で斬り、三輪さんが逃した敵を『土蜘蛛』で捕らえ、東堂が暴走して味方を巻き込みそうになるのを『一反木綿』で回収して止める。
連携は悪くない。時間が経つほど、呪霊の数が目に見えて減っていく。
そろそろ、京都側は制圧完了かな?
そう思った、その時だった。
心臓が跳ねた。
何かが、生まれた。
場所は分かる。ここから北東、一条戻橋を越えた先。
自然発生した呪霊? いや、違う。
普段なら、どの術師でもこの距離での感知は不可能だ。
分かったのは僕じゃない。
僕の魂に刻まれた『術式』が、その存在を感じ取ったのだ。
体内の百鬼たちが、恐怖と殺意でざわついている。
――奴を殺せ。あるいは、殺される前に。
「……ごめん。任せた」
「え? 轟鬼?」
加茂君の制止も聞かず、僕は走り出した。
百鬼を全て戻し、呪力強化で脚力を限界まで高める。
一条戻橋を駆け抜け、その先にある神社へ
晴明神社。
平安の大陰陽師、安倍晴明を祀る場所。
そこに、仇敵がいた。
鳥居の下に佇む、白い狩衣姿の痩身の男。
顔立ちは端正だが、能面のように表情が一切動かない。その瞳は人間のものではなく、五芒星の光が淡く回転していた。
頭上には崩れかけた光陣が浮かび、背後には黒い紙札が帯のように漂い続けている。足は地面に接しておらず、数センチ浮遊していた。
安倍晴明本人ではない。
あれは、「人が信じた“最強の陰陽師”という概念」が、長い年月を経て呪いとして凝固した姿。
特級仮想怨霊・安倍晴明。
百鬼が騒ぐ。
ーーーーー
術式『百鬼夜行』
その最初の術者は、かつて安倍晴明によって殺害された。
以降、この術式を持って生まれた者は、必ず二十歳になるまでに、晴明の系譜によって殺害されてきた歴史を持つ。
術式そのものが、彼を「処刑人」として記憶している。
ーーーーー
「……安倍、晴明ェ!!」
憎悪が口をついて出る。
男――晴明の呪いが、ゆっくりとこちらを向いた。
感情のない声が、脳に直接響く。
「……まだ生まれてくるのか。百鬼の忌み子が」
約十年前。
伏黒甚爾によって「星漿体」と「六眼」の因果が破壊されたあの日。
その余波を受けて、消滅したはずの「安倍晴明と百鬼夜行の因果」が、世界修正の歪みとして再び紡がれようとしていた。
雪が降り始めた。
聖夜の京都で、誰にも知られない因縁の戦いが幕を開ける。
本当は天元様といる時に明かそうかなと思ったけど場所が整っているので放出。
ちなみに天敵です。というよりほとんど手も足も出ません。