領域お披露目。
「葵、どうしてここに」
「理由など必要か? 俺がここに来た。それだけで十分だろう!」
本当に頼りになる男だ。
僕は痛みをこらえ、早口で情報を伝える。
「あいつの手札は呪符、人型、そして『言霊』だ。あと、地面の五芒星陣は踏まないで。呪言とは違って長い詠唱があるけど、発動すれば術式を封じられるかもしれない」
「……俺はブラザーが回復するまで、時間を稼げばいいのだな?」
「ああ、頼む!」
東堂は何も言わず、晴明に向かって駆け出した。
真正面からの殴り合い。だが、ただの力押しではない。
『不義遊戯』の本領発揮だ。
パン!
東堂が手を叩く。
飛来する爆発性の呪符と、東堂自身の位置が入れ替わる。晴明の目の前で呪符が爆発し、黒煙が視界を塞ぐ。
さらに手を叩く。
今度は晴明の背後にいた人型式神と、東堂が入れ替わる。
死角からの蹴り。晴明がガードするが、その衝撃で吹き飛ぶ。
石、呪符、式神、そして晴明自身。戦場にある全ての「呪力を持ったモノ」を対象に入れ替え続け、的を絞らせない。
だが、晴明も特級クラス。
東堂の動きに対応し、広範囲に衝撃波を放つ。
回避しきれなかった東堂が吹き飛び、地面を転がる。額から血が流れているが、彼は笑って立ち上がった。タフすぎる。
その間に、僕は自身の修復に集中する。
反転術式を全開にする。
失った左腕の断面から、肉が盛り上がり、骨が形成されていく。
――再生。
腕が生え揃った。だが、代償で失った「触覚」は戻らない。
地面を踏む感覚がない。風を感じない。自分の体がどうなっているのか、視覚情報でしか分からない。
動こうにも、平衡感覚が狂ってまともに立てない。
……だめだ。あちらの戦況がいつ崩れるか分からない。悠長にリハビリしている時間はない。
動けないなら、操れ。
自分の体を、マリオネットのように。
「重ねて――『影女』」
拡張術式。自分の影を体に巻き付け、外骨格のように物理的に体を支える。
感覚がないなら、影に動かさせればいい。
立ち上がれた。足がついた時の衝撃はないが、影が「地面を捉えた」というフィードバックを返してくる。
脳を騙せ。思考を止めるな。止まった瞬間、死ぬぞ。
東堂に向かっていた呪符を蹴り破り、彼の横に並び立つ。
「おかえり、ブラザー」
「うん!」
晴明は、心底面倒そうに溜息をついた。
「……まだ立つか。いい加減諦めたらどうだ」
「嫌だね。誓いを守るために、まだ死ねない」
「なら、証明しろ」
呪符と人型の嵐が吹き荒れる。
触覚のない僕は、影に操られる不格好な動きでそれを捌く。まるで下手なダンスだ。
だが、これでいい。覚えろ、影を動かす感覚を。
思いっきり踏み込む。境内が揺れる。突きを虚空へ。
パンッ!
東堂が手を叩く。
虚空を突いたはずの拳が、入れ替わった晴明の顔面を捉える。
中央へ吹き飛ぶ晴明。
親友がいるから、僕はお前を祓える。
「「ブラザー!!」」
声が重なる。
柏手の音と共に、三次元的な猛攻が始まる。
上下左右、あらゆる角度から拳と蹴りが降り注ぐ。フェイントも、ブラフも、全てを絞り出す。
攻撃は通っている。奴の表情に焦りが見え、消耗しているのが分かる。
だが、晴明が呪力を爆発的に解放した。
衝撃波で僕と東堂が弾き飛ばされる。
「いいだろう! 貴様が呪術師なら、誓いを守れるというなら……余を祓って見せよ!」
晴明が印を結ぶ。法界定印。
領域か!
瞬間、東堂は簡易領域を展開する。
「天に則り、理を定め、我ここに
地面が、すっと消えた。
足元には底なしの黒い空が広がり、そこに薄く陰陽の紋様だけが浮かんでいる。
上も下も夜空。
どこまで行っても境界はなく、外に出るという概念自体が消えている。
視界の中にあるすべてが領域。
そして常に“上から見下ろされている”という絶対的な威圧感だけが残る。
外郭がない領域!
簡易領域など無駄だ。水に落ちた砂糖のように、一瞬で中和され削られる。
『出てゆけ』
晴明の言霊が、物理法則となって東堂を襲う。
抗う間もなく、東堂が領域の影響圏外へと弾き飛ばされた。
必中効果は「言霊による命令の強制執行」。
残されたのは僕一人。
対抗手段は、こちらも領域を展開するしかない。
だが、今の出力では押し負ける。
刹那、ゆっくり流れる時間の中で、僕は新たな「縛り」を己に課す。
【縛り1:反転術式の出力制限】
「自分が死に至る状態に陥った時に一度だけ全快する」という保険をかける代わりに、通常時の反転術式の出力を半分にする。さらに一度全快すると1ヶ月のクールタイムが発生する。
【縛り2:領域出力の底上げ】
頭・腹・心臓に穴をあけ、そこを「印」とすることで、領域の出力を通常の200%(最大出力)まで引き上げる。最大出力の代償として、領域解除後に「任意の五感を永遠に失う」。
今回は腹と心臓のみ。それでも出力は十分に上がる。さらに代償も回避する。
ボコッ、ボコッ。
僕が念じた瞬間、肉体が縛りに呼応した。
腹部と心臓部分の肉が弾け飛び、風穴が空く。
鮮血が溢れ出すが、それは痛みではなく、力を引き出すための儀式。
早くしないと失血で死ぬ。
両手を開く。
四本の指は揃えたまま伸ばし、親指だけを外側へ大きく張り出す。
次の瞬間、両の掌の中心にもぽっかりと穴が穿たれる。
そのまま両手で十字を作るように重ねる。
上下に親指、左右に他の指が伸びるように組み合わせる。
二つの掌の穴はぴたりと重なり、ひとつの空洞となる。
それは空間に刻まれた、歪んだ十字であり、覗き込む深淵の瞳。
「領域展開『
残っている全ての百鬼が焼き切れる。
領域の展開と共に、体の穴が塞がる感覚。
空が欠けて、そこから黎い夜が噴き出る。晴明の陰陽紋様をかき消すように闇が広がり、神社を覆い尽くす。
欠けた空をさらに広げるように、赫い太陽が現れ、目をひらく。
その目は覗くと光も音も吸い込まれるブラックホールのよう。
領域内の全てを見下ろす、絶対的な捕食者。
外郭などない。この目が、見下ろしている全ての範囲が、僕の領域なのだから。
「空を欠き、夜を顕現させるか……見事だ。名は? そして貴様の誓いとはなんだ?」
晴明が、初めて興味深そうに問うた。
「轟鬼欠意。……二度と、手の届く範囲の人間を死なせない。だから、死ぬわけにいかない」
「それが貴様の“理”か。……だが、その理もまた定義されたものに過ぎない。ならば上書きしよう」
「先に敷かれた法が、後の理を侵食する。これを天則とする。——崩れよ」
晴明が言霊を放つ。
だが、何も起きない。
術式が発動しないことに、晴明が驚愕の表情を浮かべる。
「……もう、ここは僕の領域だ」
僕は静かに告げる。
「この領域の必中効果は『欠け』だ。相手の術式使用、呪力、記憶……あらゆるものを欠落させる」
「……なるほど。術式そのものを“欠けさせる”か。見事だ」
晴明は感心したように頷き、そして構えを取った。
「——ならば、術を捨てて応じよう」
お互いに構える。
僕は虚勢を張っているのだ。領域を展開したため、影の補助が使えない。触覚がない状態で、急激な変化をする動きは不可能だ。
奴が突っ込んでくる。
術がなくとも、その体術は超一流。
だが、忘れているだろう。僕には東堂がいる。
「俺は仲間はずれかい?」
領域外から戻ってきた東堂の飛び蹴りが、晴明の後頭部に入る。
晴明は防いだが、衝撃で足跡を残してズルズルと後退した。
「葵! 君は対象外だから、術式が使用できる!」
これだけでいい。
東堂なら、一瞬で僕の体の状況も把握し、それに合わせた戦い方をしてくれるはずだ。
東堂の着地と同時に、空間が乾いた音を立てて軋む。
次の瞬間、晴明の視界から僕の姿が消えた。
いや——消えたのではない。入れ替わった。
背後。
反射的に振り向いた晴明に対し、僕の拳が真っ直ぐに突き込まれる。
しかし晴明はそれすらも読んでいたかのように最小の動きで受け流し、体を半歩捻る。
肘打ち。
だがその肘が当たる直前、再び位置が入れ替わる。
受けるはずだった僕の代わりに、東堂がそこにいる。
「いい連携だ」
晴明の呟きと同時に、東堂の拳と晴明の肘が正面からぶつかる。
衝撃が爆ぜ、足元の砂利が波打つ。
東堂はそのまま押し切らず、あえて半歩退く。
入れ替わりざまに、僕が踏み込む。
感覚のない足で、地面を割るほど踏みしめる。
拳が晴明の脇腹に突き刺さる——が、
「浅い」
晴明はそれを筋肉で受け止め、逆に僕の手首を掴んだ。
そのまま引き寄せ、懐に隠していた呪符を僕の胸に貼り付ける。
隠し玉か!
至近距離での爆発。
僕の体が吹き飛び、地面を転がる。
胸が焼ける。肋骨が内臓に突き刺さる。
追撃に来る晴明。
だが、その進路に東堂が割り込む。
「ブラザーには指一本触れさせん!」
東堂が晴明と激しく打ち合う。晴明の重い蹴りが東堂の腕を打つが、東堂は顔色一つ変えずに耐える。
僕は血を吐きながら立ち上がる。
触覚はない。見えているという事実だけが、生きている証拠だ。
ボロボロの体を引きずり、戦列に復帰する。
パン!
東堂が手を叩く。
入れ替わり。
晴明の背後に回った僕が、渾身のストレートを放つ。
晴明は振り返りざまに、無数の人型式神を盾にする。
紙人形が散る中、その隙間から晴明の蹴りが僕の顎を捉えた。
脳が揺れる。
だが、倒れない。倒れてたまるか。
泥仕合だ。
互いに満身創痍。東堂も全身から血を流し、息が上がっている。
晴明が距離を取り、大きく息を吸い込む。
術式はないが、呪力だけで広範囲を吹き飛ばすつもりか。
「……終わらせよう」
晴明が踏み込む。
速度が一段、上がる。
視線が東堂に固定される。
“術がないなら、最も脅威となる方から削ぐ”。理に忠実な判断。
だが——その判断こそが、隙を生む。
「借りるよ——『定義する。お前は“安倍晴明を模した呪霊”。既に知られた存在だ。未知を失った呪いに、力は残らない』」
背後から、静かな声。
僕の領域の効果。
『自分の術式の一部を欠けさせ、その空白に相手の術式を流し込み、補完することで行使する』
実質的な術式コピー。
僕は自身の『百鬼夜行』の枠を空け、そこに晴明の「言霊」をインストールしたのだ。
晴明の動きが鈍る。
存在強度が低下した瞬間。
僕の全力の呪力が乗った拳が、再び晴明の視界の死角から伸びていた。
東堂が笑う。
「これでチェックメイトだ」
空間が、再び鳴る。
パン!
入れ替えを警戒して、晴明は正面の攻撃への防御を選択。しかし——
「入れ替えが起きてない!」
ここまで取っておいたブラフ。
東堂は手を叩いたが、術式を発動させなかった。
無防備な背中に、僕の拳が吸い込まれる。
空間が歪む。
時間が引き延ばされる。
打撃との衝突の瞬間、誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。
ここで黒い火花は、轟鬼欠意に微笑む。
「黒閃!!」
まるで起きることを当然にしているかのように、僕は叫んだ。
言霊による弱体化。
膨大な呪力を込めた、2.5乗威力の拳。
因果は紡がれない。ここで断ち切る。
光が爆ぜる。
ぐちゃぐちゃに崩壊した神社。その奥に、晴明は吹き飛んだ。
領域が解除され、雪の降る京都の夜が戻ってくる。
まだか。
瓦礫の中で、晴明の呪いが揺らめいている。
そう思い構えるが、晴明は静止するように手を出した。
その顔には、憑き物が落ちたような穏やかさがあった。
彼は空を見上げる。
「……いい時代になったものだ。女も子供も、健やかに育つことができる。我ら呪術師の働きは、無駄じゃなかったのかもな」
その体から、呪力が粒子となって抜け落ちていく。
「……せめて、このような夜は太陽でなく、月を見るものだろう」
晴明は僕を見て、最後に忠告を残した。
「轟鬼と言ったな。……額に縫い目がある人間に注意を払え。今も見ているやも知れぬ」
そう言い残し、最強の陰陽師の呪いは、雪に溶けるように消えていった。
百鬼夜行が終わった。
緊張の糸が切れ、僕はそのまま地面に倒れ込んだ。
遠くから、葵の心配する声が聞こえる気がする。
……ああ、疲れた。
僕の意識は、深い闇へと落ちていった。
羂索は遠くからちゃんと見ています。
感想は「うっわ、優良物件みーっけ」です。
百鬼夜行終了後、轟鬼は以下の「2つの五感」を一時的に(2ヶ月間)喪失しています。
触覚: 極の番『八岐大蛇』が破壊された代償。
嗅覚: 領域展開『空亡』を使用した代償(ランダム選出)。
■領域展開の設定解説
領域展開:『空亡』
条件: 全ての百鬼の調伏完了。
外観: 結界による外郭を持たない「閉じない領域」。空に巨大な『空亡』が佇み、その視界に入る範囲全てが領域となる。
必中効果:『欠け』
対象の術式、呪力、記憶、身体機能などを「欠落」させる。
応用として、自分の術式の一部をあえて「欠け」させ、そこに相手の術式を流し込んで補完することで、一時的に相手の術式を行使(コピー)できる。補完した術式を必中効果として付与することも可能。
解除条件: 術者が任意で解く、または術者が死亡する。
基本代償: 領域解除後、ランダムな五感を2ヶ月間消失。術式の焼き切れ。
【最大出力と縛りについて】
領域の出力を底上げする手順として、「頭・腹・心臓」に自ら穴を空け(縛りで勝手に開く)、そこを印として結ぶことで出力200%(最大出力)の展開が可能となる。
最大出力の代償: 任意の五感を「永遠に」失う。
今回のケース: 今回は「腹と心臓」のみに穴を空け、「頭」は無事だったため、出力は大幅に上がったが「最大出力(200%)」には至っていない判定。そのため、代償は「永遠の消失」ではなく「一時的な消失(嗅覚)」で済んだ。
■反転術式の縛り
効果: 自身が死に至る状態(瀕死)に陥った際、自動的に「全快」する。
常時制約: 普段使用する反転術式の出力が通常の半分に制限される。
轟鬼は元々の呪力操作と出力(克服した)が高いため、半分になっても「腕が生えるのが少し遅くなる」程度で、実戦使用には問題ないレベル。
発動後制約: 一度「全快」が発動すると、その後1ヶ月間のクールタイムが発生。