代償の期間が過ぎてから、僕はひたすら体術を磨いた。
式神使いの最大の弱点は、術者本人だ。本体を叩かれれば終わる。
だから僕は、日下部先生や五条先生に頼み込んで、地獄のような組手を続けてきた。
日下部先生の指導は理詰めで厳しいが、そこには「生き残るため」という優しさがある。
対して、五条先生は感覚派すぎて教えるのが絶望的に下手だ。術式順転と体術を絡めた理不尽な打撃を雨のように降らせてくる。何度吐いたか分からない。
だが、死に物狂いで食らいついたおかげで、実力が底上げされた感覚はある。
ある日の組手。
僕は先生の顔面に一発入れたくて、必死に思考を巡らせた。
自身の領域を、必中効果の分だけ空けて身体に纏う。水のように自分を覆うイメージだ。
これなら、先生の不可侵を中和できるかもしれない。
拳が、無限のバリアを貫いて先生の掌に触れた。
「お、やるねぇ」
防がれはしたが、中和できた感触があった。
僕はまだまだ精度が低いけど、そのうち実戦でも使えそうだ。
ちなみに先生はというと、一発で真似して見せた。……本当に解せぬ。
2018年6月
僕は後輩の伏黒恵と共に、宮城県仙台市に来ていた。
たまたま任務地が近かったため、一緒に新幹線で移動してきたのだ。
僕の任務は近場の墓地での呪霊討伐。恵は特級呪物「宿儺の指」の回収任務。
……普通、難易度が逆じゃないか?
それにしても宿儺の指か。あの孤児院の一件を思い出す。いい思い出がない。
「何かあったら呼んでね。明日には手伝えると思うから」
「分かりました」
駅で別れて行動する。
夜まで時間があるな。駅前でお土産の『喜久福』でも物色しておこうか。
日が沈み、墓地から人の気配が消える。
任務開始だ。
今回のターゲットは「1級呪霊が1体」という報告だったが、現れたのは2級呪霊だった。
窓の誤報か、あるいは強い個体が移動したか。
どちらにせよ、いい機会だ。体術だけでなく、術式の解釈も深めてきた成果を試そう。
「お出で――『鎌鼬』」
影から這い出したのは、三匹のイタチ。
以前は一体で運用していたが、伝承を深く調べ直し、術式を再構築した。
――鎌鼬は三匹一組で現れる。一匹目が転ばせ、二匹目が切り、三匹目が薬を塗る。
今回は「斬り刻む」ことに特化した構成だ。
そして、これは詠唱が必要だ。
「『鎌鼬』紡いで『斬鬼』」
百鬼に拡張術式を付与する。
鎌鼬の斬撃に、『斬鬼』の特性である「切断力上昇」が乗る。
三匹が疾走する。
目にも止まらぬ連携攻撃。それはまるで、先日に後輩たちとやったマグロの解体ショーを見ていたのだろう。
一瞬の交錯。
呪霊の頭、腹部、腕、足が綺麗に切断され、地面に並べられるように崩れ落ちた。
鎌鼬たちが「どうだ」と言わんばかりにドヤ顔をしている。
とりあえず任務は終わりだな。これから夏になるし、練習する機会はたくさんある。
携帯が鳴る。恵からだ。何事もなく終わったのかな?
「もしもし、任務終わった?」
『……ないです』
「え?」
『特級呪物が、ないです』
恵の声が焦りと怒りで震えている。
『回収するまで帰るなと言われたので、手伝ってください』
おそらく五条先生に何か言われたのだろう。
「分かった。明日のいつ頃がいい?」
『場所を共有するのでそこに夜来てください。昼は俺一人で調べます』
「了解。無理はダメだよ」
『……はい』
電話が切れる。
恵の任務だから、昼は自身で頑張りたいってことかな。
翌日の夜。
指定された杉沢第三高校へ向かう途中、紙袋を提げた長身の男と遭遇した。
「……五条先生、なんでここに?」
「やっほー。欠意こそなんでいんの?」
「恵から手伝って欲しいと言われて」
「そっかそっか。こっちもねぇ、特級呪物が行方不明になると上がうるさくてね。観光がてら馳せ参じたわけ」
先生が『喜久福』の袋を掲げる。観光ついでに仕事してるな、この人。
その時。学校の方角から、ドロリとした禍々しい呪力の気配が膨れ上がった。
「……あらら。これは急いだ方が良さそうだね」
「はい」
学校の屋上に着くとボロボロになった恵と、上半身裸のピンク髪の少年が対峙していた。
五条先生が割って入り、事情を聞く。
どうやらあの少年が特級呪物を食べたらしい。普通なら死ぬはずだが、ピンピンしている。
それに、彼の魂が二つに見える。受肉して乗っ取られたわけでもない、奇妙な共存状態。
「10秒だ。10秒経ったら戻っておいで」
先生が少年に告げる。
「ほら欠意、頑張ってね」
は?
抗議する間もなく、少年の体に紋様が浮かび上がった。
入れ替わった。
呪いの王――両面宿儺。
宿儺が地面を蹴り、五条先生ではなく、近くにいた僕に向かって突っ込んできた。
速い!
呪力でガードしたが、反応が遅れた。
ガードの上から、腕ごと肉を抉られた。
鮮血が舞う。
呪力量はまだ僕の方が多いはずだ。だが、肉体のスペック、呪力操作の密度、そして放つ「圧」の次元が違う。油断したら死ぬのはこっちだ。おそらく10秒耐えれば終わる。
「重ねて――『茨木童子』」
僕自身に鬼の力を重ねる。
そのまま宿儺に「掴まれる概念」を付与し、空間越しに四肢を拘束する。
ミシッ、と空気が軋む。
宿儺は動じない。ニヤリと笑い、見えない力で縛られている状況を興味深そうに見ている。
その隙に反転術式で抉れた腕を治す。縛りのせいで修復が少し遅いが、戦闘続行には問題ない。僕は指先を宿儺に向ける。
お相手から見れば何かを放つ構え。指向性を持たせるように意識を向けるが――それはブラフだ。本命は足元。
「お出で――『朧車』」
宿儺の真下の影から、巨大な車輪の妖怪を射出する。
死角からの突き上げ。空間ごと轢き潰す質量攻撃。
宿儺が高く打ち上げられた。
空中で体勢を整えた宿儺が、愉悦に満ちた声を上げる。
「やはりな! その術式! 見覚えがあると思えば、昔、俺が喰い損ねた者だ!」
宿儺が空中で回転し、指をこちらに向ける。呪力の起こり・・・何か来る。
「良い! 『百鬼の忌み子』を喰らい、それからそこの二人を殺すとしよう!」
口の端から血が出ている程度のダメージ。硬すぎる。
だが、こちらの攻撃はまだ終わっていない。
上空には、最初から隠しておいた妖怪が待機している。
「――『雲外鏡』」
鏡の妖怪。
その能力は、対象の術式や現象を“鏡写し”にして再現すること。
鏡面から、先ほど宿儺を突き上げた『朧車』が逆さまに飛び出し、空中の宿儺を地面へと叩き落とす。屋上の床が砕ける。土煙の中から、宿儺が飛び出してくる。その殺意は最高潮。
だが――。
「10秒」
五条先生の声。
宿儺の紋様がスウッと消え、少年の顔に戻った。
「おっ、大丈夫だった?」
何事もなかったかのように戻ってきた少年に、五条先生が軽くデコピンをして気絶させる。
「さて、ここでクエスチョン。彼をどうすべきかな?」
先生が恵に問う。
呪術規定に照らせば、処刑対象だ。
だが、恵は「死なせたくありません」と答えた。
私情だ。だが、呪術師らしい選択でもある。
「いーよ。可愛い生徒の頼みだしね」
先生は軽薄に笑い、少年を担ぎ上げた。
「……ご飯、行く?」
「行きます」
恵が即答した。ボロボロでも食欲はあるらしい。
後日。
任務に向かおうと高専内を歩いていると、五条先生とあの少年――虎杖悠仁が話している場に遭遇した。
「先生。どこへ行くんですか?」
「学長と面談。ほら悠仁、君の先輩になる人だよ」
虎杖君がパッと顔を輝かせる。
「うおっ! 制服カッケーっすね!! 虎杖悠仁です!!」
「よろしくね、悠仁。僕は3年の轟鬼欠意だよ。よろしく。あ、飴いる?」
「あざっす!」
素直でいい子だ。
「気をつけてね。呪術界の上層部は老害しかいないから、理不尽なことばかり言われるよ」
僕が忠告しようとした、その時。
「――貴様は死刑対象となっていないのだな」
悠仁の頬に、裂け目のような口が現れて喋った。
悠仁が慌てて自分の頬を叩く。
「悪ぃ先輩! たまに出てくんだよコイツ!」
わぁ、大変そう。
「この前から何なんだい? 忌み子とか、これで2回目だ」
僕が尋ねると、宿儺の単眼がギョロリと僕を見た。
「まぁ良い。小僧の体をモノにしたら、真っ先に殺してやる。貴様のその魂……俺が見た術者より、喰いでがありそうだ」
ゾクリと背筋が凍る。純粋な捕食者の視線。食べ損ねた好物を見る目。
「怖いな。全力で泣き叫んでやるよ」
僕は軽口で返したが、手には冷や汗が滲んでいた。
「ククク……思ってもないことを」
宿儺の口が消える。
僕は無視して任務へと足を向けた。
……悠仁は大変そうだな。
そして僕も、厄介な奴に目をつけられたものだ。
とゆうわけで人外魔境新宿決戦のトップバッターは轟鬼君に決定です。
その時殺すか生かすかで悩んでいます。