術式「百鬼夜行」   作:Virus Miss

22 / 27
誤字があれば報告お願いします。


してやられた

7月。

僕は任務で青森県・恐山菩提寺(おそれざんぼだいじ)へ向かっていた。

これから夏本番。気温の上昇と共に、呪霊が蛆の如く湧き出す季節だ。

 

日が完全に落ちた寺の周囲は、異界のような静けさに包まれていた。

灰色の地面がどこまでも続き、草木はほとんど生えていない。風が吹くたびに、白い砂と小石が乾いた音を立てて転がっていく。

鼻を刺すのは、ツンとした硫黄の匂い。

ところどころ黄色く焼けた地面の裂け目から、白い蒸気が不気味に立ち上っている。

岩が乱雑に積み重なった「賽の河原」。その隙間に、無数の風車が刺さっていた。

赤、青、黄色。

カラカラ、カラカラと、乾いた音を立てて風車が回り続けている。

その先には、鉛色の水をたたえた宇曽利湖(うそりこ)

波一つない水面は、暗い夜空を鏡のように映し出していた。

まさに、この世とあの世の境目。

その中心に、古びた山門と堂宇を構える菩提寺だけが、黒い影となって佇んでいた。

 

「……また東北か。そのうち北海道まで飛ばされそうだな」

 

独り言が風に流される。

それにしても、霊場にしては静かすぎる。

ここは日本三大霊場の一つ。もっと有象無象の呪霊がひしめいていてもおかしくないはずだ。

しばらく歩くと、一体の呪霊を見つけた。

だが、その呪霊はさらに小さな呪霊を貪り食っていた。

 

「……なるほど。蠱毒か」

 

限られた閉鎖空間で、呪霊同士が共食いをし、強い個体だけが生き残っている状態。

気配を探る。

1級相当が4体……いや、5体か。それぞれがバラバラの縄張りを持ち、均衡を保っている。

もしこれらが一つに統合されていたら、特級案件になっていたかもしれない。

呪霊同士の均衡をあえて崩す必要はない。各個撃破といこう。

 

「お出で――『玉藻前(たまものまえ)』」

 

現れたのは、絶世の美女の姿をした妖怪。

長い黒髪に雪のような白い肌。十二単のような豪奢な装束をまとい、九つの尾を優雅に揺らしている。

彼女の能力は「広範囲の呪力吸収と放出」。極の番には劣るが、その分小回りが利く。

さらに重ねる。

 

「『玉藻前』紡いで『呪狐(じゅこ)』」

 

拡張術式を付与。

『呪狐』の特性である「呪力増幅」を乗せることで、吸収した呪力の出力倍加が可能になる。

 

「お出で――『大百足』」

 

地面が隆起し、黒光りする甲殻を持った巨大な百足が現れる。

無数の脚がカサカサと動き、赤い複眼が獲物を探す。その牙には強力な神経毒が含まれている。

 

「『大百足』紡いで『沼御前(ぬまごぜん)』」

さらに拡張術式。

『沼御前』の能力は「地面の泥化」。

彼女のおかげで、大百足は地面を水の中のように泳ぐことができる。

大百足は大きすぎるから、地面に潜っているくらいでちょうどいい。それでも存在感は凄まじいが。

 

「慎重に行こう」

 

僕が前線を張り、玉藻前は後方火力支援。大百足は地中からの奇襲兼護衛。

最初の1体は、僕が普通に祓った。これくらいは準備運動だ。

2体目の元へ向かうと、既に大百足が咀嚼していた。

 

「……君さ、結構距離あったと思うけど。え? 余裕で届く? ……そっか」

 

地中移動の速度が予想以上だったらしい。頼もしい限りだ。

次のポイントへ向かおうとした時、気配が動いた。

残りの3つの気配が急速に近づき一つに融合した。

 

「共食いして、特級手前まで成長したか」

 

向こうからやってくる。

現れたのは、中空に浮遊する巨大な球体状の呪霊。表面には無数の口があり、ブツブツと何かを呟いている。

球体の一部が変形し、砲口のように開いた。

高密度の呪力が集束していく。呪力砲だ。

なら、こちらも。

玉藻前が周囲の瘴気を吸い上げ、扇の先に光を灯す。

 

「重ねて――『神狐』」

 

拡張術式を切り替える。

『神狐』の特性は「呪力の清浄化」。

玉藻前に貯めさせた膨大な負の呪力を、疑似的な「正のエネルギー」へと変換する。

発射は同時。

だが、拮抗などしなかった。

神聖な白い光が、呪霊の放ったどす黒い呪力波を飲み込み、そのまま本体へと直撃した。

断末魔すらなく、呪霊が光の中に消滅する。

 

「……よし、終わり」

 

百鬼を戻す。

任務完了だ。帰りに駅で南部せんべいとリンゴでも買って帰ろう。

……そういえば、五条先生も海外出張だと言っていたな。憂太に会いに行ったのだろうか。

 

ふと、胸騒ぎがした。

妙だ。

虎杖悠仁は「宿儺の器」だ。上層部が目の敵にしている爆弾。

五条先生という抑止力がいない今、僕のような「五条派」の実力者を、わざわざ東京から遠ざけるような任務配置。

 

――隔離か?

 

あの腐った老人たちが、この隙に何もしないはずがない。

帰りの飛行機の中、僕は祈るような気持ちで窓の外を見ていた。

予感が外れてくれればいい。

ただの考えすぎであってくれ。

 

だが、現実は残酷だった。

高専に戻った僕を待っていたのは、最悪の報告書。

『英集少年院にて特級案件発生』

『高専1年生3名を派遣』

『内1名、虎杖悠仁死亡』

 

目の前が真っ赤に染まるような感覚。

はめられた。

してやられた。

特級案件に1年を派遣? ありえない。明らかに死なせるための采配だ。

僕が東京にいれば、間違いなく僕が担当していた案件だ。それを防ぐために、あえて遠方へ飛ばしたのか。

ドロリとしたどす黒い呪力が、体から溢れ出す。

上層部への殺意で視界が歪む。

……いや、落ち着け。

今、一番辛いのは生き残った1年生たちだ。僕が感情的になってどうする。

深呼吸をして、荒ぶる呪力を抑え込む。

 

グラウンドが騒がしい。

目を向けると、2年生と、1年生が集まっていた。

見慣れない少女がいる。

肩口で切りそろえた茶髪。つり気味の大きな目に、芯の強さを感じさせる表情。すらりとした体格に、釘と金槌を腰に下げている。

華やかさと気の強さを同時に感じさせる少女だ。最後の1年生か。

 

何やら2年生が1年生を追い回している。いじめ? ……いや、鍛錬か。

僕は明るい表情を作り、声をかけた。

 

「お疲れ、君たち。一体何の集まり?」

 

「あ、欠意か。」

 

真希が長い棍を担いで振り返る。

 

「交流会に1年も出すからな。しごいてんだよ」

 

「しゃけ」

 

「おかえり轟鬼。お土産は?」

 

「はい、これだよ」

 

パンダに南部せんべいの箱とリンゴの袋を渡す。

 

「交流会か。……ちょっと準備早くない?」

 

まだ時期尚早な気がする。彼らは心身ともに傷ついているはずだ。

 

「いや、こいつらが『強くなりたい』って言うからな」

 

真希が顎で1年生をしゃくる。

恵と、その少女。二人の目には、悲しみよりも強い「悔しさ」と「渇望」が宿っていた。

……そうか。立ち止まっている暇はないってことか。

 

「……そっか。僕も手伝おうか?」

 

「いじめるなよ?」

 

パンダが茶化す。

 

「なんでそうなるかなぁ。僕は優しい先輩だよ」

 

1年生の二人がこちらに来る。

少女がジロジロと僕を見た。

 

「ねぇ、あれが3年の先輩?」

 

「そう」

 

恵が答える。

 

「……真夏にあんな暑苦しい制服着てんの? バカなの?」

 

失礼だな。

 

「知らねぇよ。本人に聞け」

 

「初めましてかな? 3年の轟鬼欠意です。よろしくね、釘崎野薔薇さん」

 

僕は南部せんべいとリンゴが入った袋を差し出した。

 

「お、リンゴじゃん! 気の利く先輩でよかったわー」

 

野薔薇ちゃんは遠慮なくひったくっていく。うん、元気でよろしい。

 

「先輩。……鍛錬、手伝ってください」

 

恵が真っ直ぐな瞳で言った。

 

「いいよ。せっかくなら二人で掛かっておいで」

 

僕の提案に、二人は顔を見合わせ、少しムッとした表情になった。舐められたと思ったか。

彼らは2年生と何かコソコソ話してから、配置についた。

 

「しゃけ!!」

 

棘の合図と同時に、二人が動く。

恵が速い。以前より動きに迷いがない。

低い体勢からの足払い。僕はステップで躱すが、恵は止まらない。

その手には、黒い刀身の呪具が握られていた。

鋭い突きが喉元へ迫る。

……あのね、刃物は危ないよ。

僕は半身になり、片手で刀の峰を掴んで止める。

その死角から、野薔薇が飛び出してきた。

手には本物の金槌。

脳天狙いのフルスイング。

殺す気か!

僕は恵の刀を掴んだまま、もう片方の手で野薔薇ちゃんの手首を掴む。

二人の力が交差する点を見極め、合気の要領で力を流す。

 

「はい、ごっつんこ」

 

野薔薇を恵の方へ軽く投げると、二人はバランスを崩して重なるように倒れ込んだ。

一旦終わりだね。

 

「……ちょっと?何言われたの君たち?」

 

いくらなんでも殺意が高すぎる。

二人は息を切らしながら、恨めしそうに2年生の方を見た。

 

「『殺す気で行け』って言われました」

 

「手加減したらシメるって言われたのよ!」

 

視線を向けると、真希とパンダは明後日の方向を見て口笛を吹いている。

……なるほどね。

 

「後で2年もやろうね」

 

僕が笑うと、真希たちの肩がビクリと跳ねた。

 

「それで、いつからやってるの?」

 

「朝ぐらいから」

 

「やりすぎだ。オーバーワークは怪我の元だよ。今は休みなさい」

 

不満そうな二人をなだめ、休憩させる。

その後、教育的指導として2年生全員を投げ飛ばし、今日の鍛錬は終わった。

空を見上げる。

悠仁のことは悲しいが前を向いていこう。




先輩としての威厳?
そんなものはその辺の蝿頭が持っていっちゃった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。