ちょいと短いです。
数日後も、グラウンドでの鍛錬は続いていた。
夏のピークを過ぎて呪霊の発生も少し緩やかになってきたのか、僕もようやく鍛錬にフル参加できる時間が増えてきた。
そして現在。僕はなぜか、2年生たちにパシリにされていた。
「おい、飲みもん買ってこい」という真希の理不尽な言葉に逆らえず、休憩中の恵と野薔薇を連れて自販機へ向かっている。
野薔薇は「なんでこんな山奥なのに自販機すらまともにないのよ!」と文句を言いながら歩いている。数日の鍛錬ですっかり僕への遠慮がなくなったらしい。もちろん、支払いは僕だ。
今日は京都校の学長が、交流会の打ち合わせで東京校へ来るらしい。それに同行して、誰か生徒も来ているはずだ。
そんなことを考えながらグラウンドへの道を戻ろうとした時、自販機の先の木陰に二つの人影が見えた。
大柄な男と、ボブヘアの女性。東堂葵と、禪院真依だ。
「なんでこっちにいるんですか? 禪院先輩」
恵が尋ねる。
「あ、やっぱり? 雰囲気近いわよね。姉妹?」
野薔薇が真依の顔を見て納得したように言う。1年ズは京都校の生徒とは面識がないのだろう。
真依は僕たちの姿を一瞥すると、露骨に嫌な顔をした。
「……チッ。嫌だなぁ伏黒君、それじゃあ真希と区別がつかないわ。真依って呼んで」
こっちに向けて舌打ちした?
去年の百鬼夜行の時、僕の第一印象が禍々しすぎて最悪だったから、単に苦手意識を持たれているだけだろうか。
「ブラザー! 乙骨はどこだ!」
東堂が僕を見つけて、暑苦しい声で叫ぶ。
「今、海外だよ」
僕が答えると、東堂はつまらなそうに鼻を鳴らした。
その横で、真依が口を開く。
彼女は1年ズを見下すように冷笑を浮かべ、同級生が死んでどう思ったかと問いかけ始めた。
これは、少し許せないな。
「何が言いたいんですか?」
恵も野薔薇も、静かにイラついているのが分かる。
「器なんて聞こえはいいけど。要は半分呪いの化け物でしょ? そんな穢らわしい人外が呪術師を名乗っているのに虫唾が走ってたのよ。死んでせいせいしたんじゃない?」
真依の毒のある言葉が、空気を凍らせる。
「ちょっと見過ごせないな。僕の後輩をそんな風に言うなんてね」
僕の影が、ドロリと揺れた。
僕の怒りに反応したのだろう、体内の百鬼たちがざわめき、濃密な殺気が漏れ出しそうになる。
「で? 何しにきたんだ? 喧嘩か?」
「すまないブラザー。そのつもりはない」
東堂が真依の前に出た。その分厚い胸板と威圧感が、場の空気を支配する。
「ただ俺は、そいつらが乙骨の代わりに足りうるのか、それが知りたい!」
まぁ、葵に至っては「器」がどうこうなんて全く気にしていないだろうな。重要なのは、強いか弱いか、退屈かそうでないかだけだ。
「伏黒とか言ったか? どんな女が好みだ!」
わぁお。ぶっ込んできたよ。
もしかして、初対面の男には毎回聞いてるの? 気にしたら負けだな。
僕は会話を右から左へ流すことにした。さて、自販機で何を買おうかな。真希はお茶で、棘はスポーツドリンクで……。
後ろで凄まじい破壊音が響いた。
振り返ると、恵がいない。吹き飛んだか!?
「葵? 何してんの?」
見れば、東堂が顔を覆って大粒の涙を流していた。
「心配ないさ。半殺しで済む」
涙声のまま恐ろしいことを言う。
「僕の後輩舐めないでね」
僕が恵の元へ向かおうとすると、野薔薇の方でも一触即発の空気が流れていた。
「寝不足か? 毛穴開いてんぞ」
野薔薇が挑発する。
「口の利き方教えてあげる」
真依がリボルバーの銃口を野薔薇の腹に突きつけていた。
「真依、さっきから何をしたいの?」
僕が制止しようとすると、野薔薇に手で制された。
「先輩は黙ってろ。あたしの喧嘩だ」
鋭い眼光。彼女のプライドが、助けを拒絶している。数日の鍛錬で彼女の負けん気の強さはよく知っている。
「伏黒のとこにでも行ってろ」
「これは女の喧嘩よ。男はあっち行ってちょうだい」
真依まで加勢して僕を追い払う。
……怖ぁいなぁ、女子。
仕方ない、ここはお言葉に甘えて恵のところに行くか。
少し離れた場所で、恵が東堂の猛攻を凌いでいた。
「轟鬼先輩は手を出さないでください」
あらら。恵にも言われちゃった。
「分かったよ。危険になったら止めるからね」
一歩下がり、状況を見守ることにする。
恵が印を結ぶ。
現れたのは蝦蟇に鵺の羽が生えたような合体式神『不知井底』。
面白いなぁ。式神同士の要素を掛け合わせたのか。僕の百鬼にもできるかな? いや、妖怪は一つの概念として完成しているから、要素の切り取りは難しいか。
そんな考察をしている間にも、戦闘は激化していく。
東堂のステップイン。恵のガードごと持ち上げるような、完璧なジャーマンスープレックスが決まった。
凄まじい衝撃。にしても、葵の体術は相変わらずレベルが高い。恵もよく耐えているが、どこまでやれるか。
一気に場所が移動した。木々をなぎ倒しながら、高専の敷地奥へと吹っ飛んでいく。
追わないと。
急いで跡を追って駆けつけると、そこには頭から血を流し、ついにブチギレた恵の姿があった。
「下手に出てりゃ偉そうに。そこまで言うならやってやるよ」
恵の呪力が跳ね上がる。本気の殺意だ。
「来い!」
東堂も嬉々として構える。
……流石に限界だ。止めに入りますか。
「そこまでだよ。二人とも」
僕は二人の間にスッと割り込んだ。
「止めるなブラザー!」
東堂が不満げに吠える。
「それとも、今僕とやる? 別にいいけど」
僕は全身の呪力を一気に解放した。
底なしの海のように膨大で高密度な呪力が溢れ出し、周囲の空気が重く沈み込む。これ以上やれば、恵が本当に重傷を負う。
東堂は僕の呪力圧を肌で感じ取り、少し悔しそうに舌打ちをした。
「……仕方ないな」
「何やってんの? 轟鬼?」
背後から、のんびりとした声。
「おかか」
振り返ると、パンダと棘が立っていた。何故ここに?
「ギリギリセー、いやアウトだな」
パンダが恵のボロボロの姿を見て呟く。
「しゃけ」
棘も同意する。
……こちらに向けられる2年生からの視線が痛いな。「お前がついていながら後輩ボコられてんじゃねーか」という無言の圧だ。
パンダと東堂が何やら言葉を交わしている間に、僕は恵の元へしゃがみ込んだ。
僕の手に、白狐の温かい力が宿る。そのまま恵の頭の傷口に手を当てる。
反転術式の光が淡く灯り、出血がピタリと止まり、傷が塞がっていく。
「交流会までとっておきな。手札は隠さないと」
僕が小声で忠告すると、恵は不満そうにしながらも頷いた。
「……はい」
落ち着いたね。
東堂が、帰り支度をしながら僕たちを指差す。
「どうやらブラザー以外にも、骨があるやつがいるみたいだ。乙骨に伝えとけ、お前も出ろと」
「五条先生に言っといてね。憂太は海外に任務行ってるから」
脱ぎ捨てられていた東堂の上着を渡して見送る。
すると、東堂は帰り際に「これを受け取れ」と一枚のチケットを僕に押し付けてきた。
見れば『高田ちゃん・個別握手会参加券』と書かれている。
「ありがとう」
僕は一応、受け取っておいた。
東堂たちが去り、静かになった林の中。
「ところで轟鬼、飲み物は?」
パンダが真顔で尋ねてきた。
「……あ」
完全に忘れていた。自販機の前で野薔薇に置いていかれたままだ。
「飯、奢りな」
「しゃけ」
僕はため息をつきながら、後輩の肩を貸して立ち上がった。
「……先輩をパシリに使うのは、君たちくらいだよ」
騒々しい日々が、また始まろうとしていた。