昼が無力ならゴリラを極めればいいじゃない。
任務、授業、調伏、そして束の間の休暇。
めまぐるしく過ぎる呪術師としての日常を駆け抜け、季節はいつしか秋を迎えていた。
山奥にある高専の空気は、都心よりも一足早く冬の気配を帯び始めている。
肌寒い風が吹くグラウンド。
その中央で、僕と秤は対峙していた。少し離れた場所では、五条先生と綺羅羅が見学している。
「おい、欠意は昼だと術式使えないんだろ? いいのか?」
秤が首をコキコキと鳴らしながら挑発する。
「うん。大丈夫だよ。拡張術式は使えるから。……それとも、術式を無しにして体術メインにする?」
僕は上着のマントを脱ぎ捨て、構えを取る。
「いや、大丈夫だ。全部乗っけて来いよ。……んじゃ、始めんぞ」
開始の合図はない。
秤の殺気が膨れ上がった瞬間が、開戦の狼煙だ。
ドンッ! と地面を蹴り、秤が一瞬で距離を詰めてくる。
右の拳が弓のように引き絞られ、こちらに叩きつけられる。
――速い。そして重い。
僕は半身になって避けようとしたが、拳圧だけで皮膚が切れそうだ。わずかに頬を掠める。
「っ……!」
痛い。
ただの打撃じゃない。秤の呪力は「ヤスリ」のようにザラついている。触れるだけで肉を削り取るような凶悪な性質。
まともにガードすれば腕ごともっていかれる。直撃は論外だ。
呪力量でゴリ押して防御することもできるが、それでは鍛錬にならない。
――体術で対応する。
中学時代に叩き込んだ、近接戦闘の理合。
相手の懐に入り込み、至近距離での爆発的な打撃を叩き込む。
軽いジャブ気味の拳を顎と鳩尾へ放つ。
だが、避けられる。それと同時に、カウンターの蹴りが僕の脇腹にねじ込まれた。
「ぐっ……!」
「おいおい、もっとできんだろ! 欠意ぃ!」
吹き飛ばされそうになる体を、震脚――地面を強く踏みしめる動作――で無理やり固定する。
様子見なんてしている余裕はない。初めからトップギアだ。
再び踏み込む。秤がガードを固めるのが見えた。
関係ない。ガードごとこじ開けて叩き込む。
拳による一撃。
重い音が響く。いい感触だ。ガードの上からでも、体の芯に衝撃が届いているはず。
このまま畳み掛ける――そう思った瞬間だった。
場違いな圧縮音と共に、秤が両手をまるでドアを閉めるように動かした。
何もなかった空間に、突如として『電車のドア』が出現する。
開くより先に、閉じる。
逃げる間もなく、僕はそのドアに挟まれた。
「なっ!?」
身動きが取れない僕の顔面に、秤の鋭い前蹴りが迫る。
鼻に直撃。視界が白く明滅し、鉄の味が口内に広がる。
「痛ったいなぁ! なにそれ!」
拘束を強引に引き剥がし、バックステップで距離を取る。
「テメェで考えなぁ!」
追撃が来る。あのドア、電車の演出か。パチンコの演出を具現化して攻撃に転用しているのか。
理不尽な術式だ。なら、こちらも力で応じよう。
「重ねて_赤鬼」
詠唱と共に、自身の魂に契約した鬼の特性を降ろす。
外見に変化はない。だが、内側で爆発的なエネルギーが渦巻く。
『赤鬼』の特性は「怪力倍加」。
それを拡張術式として呪力に乗せることで、重く、溜めのある一撃を放つことができる。
狙うは一撃。
渾身の力を込めた拳。ガードの上からでも粉砕してやる。
地面が爆ぜるほどの踏み込みで、一気に間合いをゼロにする。
秤が反応し、カウンターを合わせに来た。
――だが、その拳は囮だ。
僕は拳を振るう直前で軌道を変え、懐深くに潜り込む。
本命は、下から突き上げる肘打ち。
入った――!
「――ぶっ!」
鈍い音。
しかし、僕の意識も飛びかけた。
カウンターじゃない。頭突きだ。
僕が肘を入れた後、秤はこちらの顔面に頭突きをしてきやがった。意識の外からの攻撃。視界が揺れる。脳が揺れる。クラクラする意識の中で、秤が迫ってくるのが見えた。
連打の雨。ヤスリで削られるような痛みが腕を襲う。
ガードしているのに、肉が裂け、骨が悲鳴を上げている。
痛い。熱い。集中できない。
……なら、痛みなんて無視すればいい。
悟られないように、防御に使っていた腕の呪力をあえて散らし、全ての呪力を右足に集中させる。
当然、腕の防御力は紙同然になる。
メキョ、と嫌な音がした。
腕の骨にヒビが入る感触。
だが、その代償に――秤の連打が止まった。僕が腕を犠牲にして、秤の両腕を掴んだからだ。
「捕まえた」
驚愕に目を見開く秤のボディへ、呪力を一点集中させた前蹴りを叩き込む。
鬼の剛力と、捨て身の一撃。
「ぐ、おぉっ……!?」
秤の体がくの字に折れ、後方へ吹き飛ぶ。
「はい、そこまで!!」
パンッ! と乾いた手が鳴った。
五条先生が僕と秤の間に割って入る。
「ただのスパーだよ二人とも。熱くなりすぎ」
先生は呆れたように僕の腕を指差した。
「欠意、腕。怪我してるでしょ」
「……あー、やっぱり」
アドレナリンが引くと同時に、激痛が走る。だらりと下がった左腕は赤黒く腫れ上がっていた。
「硝子のとこ行きな。秤も」
え、秤も?
視線を向けると、立ち上がった秤が脇腹を押さえて顔をしかめている。
「ッ……ちっ、行くぞオラ」
「肋骨、やったね今の。……やるじゃん、欠意ちゃん」
綺羅羅が駆け寄ってきて、僕の顔を覗き込む。
「鼻血出てるよぉ。はい、ティッシュ」
「あ、ありがとうございます……」
ティッシュを受け取り、鼻に詰める。
秤が強引に僕の無事な方の肩を組んできた。
「ガードの上からのアレで腕をやられたんだよ。……あと、最後の蹴りで腹な」
「ごめん」
「いいんだよ。テメェも腕と鼻ヤられてんだろ。お互い様だ」
ニカっと笑う秤の口元も切れて血が滲んでいる。
僕たちはボロボロの体を引きずりながら、家入さんのいる医務室へと向かった。
――この後、家入さんに物凄く怒られることになるのだが、それはまた別の話だ。
調伏はもう少しでコンプリートしそうです。
「なんで組み手でここまでの怪我するのかなぁ」
美人は怒ると怖いよね。顔が怒ってないけど雰囲気は怒ってた。
もう少しで1年生を終わらせようと思います。
2年生になったら後輩出来るから楽しみだね。