ついに2年生。秤たちに比べると一際怪しい男、轟鬼君。
ヤンキー、ギャル、大正時代の書生(後ろに変な気配)。
並べてみたら一番怪しい
季節は巡りまた春が来た。
高専の敷地内に植えられた桜が満開に咲き誇り風に乗って薄紅色の花弁が舞っている。まるでこれから地獄へ足を踏み入れる新入生たちをせめてもの彩りで歓迎しているかのようだ。
2年生に進級した僕たちの教室には見慣れない男が立っていた。
五条先生ではない。
トレンチコートを着込みいかにもダルそうに棒付きキャンディを口の中で転がしている男――日下部篤也先生だ。
彼はコートを脱いで椅子の背に掛けるとこちらをジロリと見回した。その目は明らかに「厄介事を押し付けられた」と語っている。
「おいガキども。今年から俺がお前らの担任だ。……はぁ、憂鬱だ」
日下部先生は隠そうともせず溜息をついた。
「いいか俺は五条みたいに最強じゃねぇ。命が惜しいし面倒事は御免だ。だから問題だけは起こすなよ。特に秤、轟鬼」
名指しされた。心外だ。
「う〜す」
隣で秤が足を組んだまま適当に返事をする。
「はぁい、篤ちゃん」
綺羅羅が可愛らしく手を振る。
「……僕、何かしましたっけ?」
僕は首を傾げた。優等生として振る舞っているつもりなのだが。
「お前は存在が爆弾なんだよ。……ったく」
日下部先生はガリリと飴を噛み砕く。
「今日は自習だ。大人しくしとけよ」
言うだけ言って先生は早々に教室を出て行ってしまった。あの五条先生より話が通じそうな常識人に見えるがやる気はなさそうだ。
教室に静寂が戻る。
退屈そうに貧乏ゆすりをしていた秤が、ふと思い出したように口を開いた。
「そういや今年は1年も入ったんだろ?」
「そうだね。三人だったかな」
「挨拶行こうよ! ほら立って立って!」
綺羅羅が目を輝かせて立ち上がる。
「金ちゃん、挨拶だよ? 『別の挨拶』じゃないからね?」
「わーってるよ。顔見せだ、顔見せ」
秤がニヤリと笑う。その笑顔が既に悪役のそれだ。
……心配だなぁ。
1年生の教室へ向かう。
綺羅羅が躊躇なくドアノブに手をかけ、ガララッ! と勢いよく引き戸を開け放った。
「おっじゃましまーす!」
続いて秤がポケットに手を突っ込んだまま入室する。
僕は最後に申し訳なさそうに入った。これじゃ完全にカチコミだ。
教室には三人の生徒がいた。
メガネをかけた鋭い目つきの女子。口元を隠した小柄な男子。そして――。
「わぁ、パンダだ!」
綺羅羅が歓声を上げる。
デカい。モフモフしている。嘘だろマジでパンダじゃん。
「……あんたら誰だよ」
メガネの女子が警戒心丸出しで睨みつけてくる。手元にある長い布袋――恐らく呪具を引き寄せている。いきなり上級生が
「ごめんね騒がしくして。2年の轟鬼欠意だよ。君たちの先輩になるね。よろしく」
僕はなるべく柔和な笑みを浮かべポケットから飴を取り出した。
「お菓子いる? 怖くないよ」
「しゃけ」
口元を隠した男子と、パンダが近寄ってくる。
……ん? 今「しゃけ」って言った?
「秤金次」
秤が簡潔に名乗る。その視線が値踏みするように1年生たちを舐め回す。
「星綺羅羅だよぉ。みんなよろしくね! うわぁ、触り心地サイコー!」
綺羅羅は既にパンダに抱きついてモフっている。順応性が高い。
「おい先輩。……強いんだろ? 手合わせしろよ」
メガネの女子が秤に向かって挑発的な視線を投げた。
結構好戦的だ。秤から滲み出る「強者」の気配を感じ取ったらしい。
「……ハッ。まず自己紹介しろよ、後輩」
秤が面白そうに口角を上げる。あ、乗っちゃった。
「禪院真希。……苗字で呼ぶなよ」
「パンダだ」
「しゃけ、しゃけ」
「こいつは狗巻棘。呪言師でな、語彙をおにぎりの具に絞ってるんだ。『よろしく』って意味だ」
パンダが通訳してくれた。なるほど、呪言師か。誤爆を防ぐための縛りみたいなものか。
「翻訳ありがと。覚えないとな」
「そんじゃ、挨拶代わりに運動場に来いよ。可愛がってやる」
秤が顎で外をしゃくる。
まだ彼らは場所も分からないだろうに秤と綺羅羅はさっさと出て行ってしまった。
「……はぁ。ごめんね、案内するよ。ついてきて」
後輩たちを連れて、廊下を歩く。
道すがら、少しでも空気を和ませようと話しかける。
「パンダ、君ってもしかして学長の?」
「そうだな正道が作った突然変異呪骸だ」
「へぇ、すごいな。自我があるなんて」
「真希、その袋は呪具?」
「あぁ。……アンタなんか変な気配すんな」
真希が鼻を鳴らす。
「え?」
「背中。なんかウジャウジャいて気味悪い」
……ああ、百鬼のことか。隠しているつもりだが勘のいい子には分かるらしい。
「棘、お菓子もっといる?」
「しゃけ」
「おかか」
どっちだ? あ、一個でいいってことか。
運動場に着くと金次が腕を回しながら待っていた。
「そんじゃやるか。真希、俺はテメェとだ」
秤が真希を指名する。
真希は不敵に笑い布袋から木刀を取り出した。呪具の他にも入れてるのね
「上等だ。吠え面かかせてもらうぞ」
「綺羅羅、審判頼むね。ほどほどにするように言って」
「はーい!」
二人が距離を取る。
「僕らはどうする?」
僕が聞くと、パンダと棘は首を横に振った。
「いや、俺たちは遠慮しとく。まだ心の準備がな」「おかか」
「そっか。じゃあ見学してよっか」
開始の合図もなく真希が踏み込んだ。
速い。呪力がほぼないと聞いていたがその身体能力は常人離れしている。どう考えてもなんかあるね。木刀が唸りを上げて秤の首を狙う。
だが秤は避けもしない。
乾いた音が響く。秤が素手で振り下ろされた木刀を受け止め――そのまま握り潰したのだ。
「は……?」
驚愕する真希の腹に秤の前蹴りがめり込む。
真希がボールのように吹き飛び、砂煙を上げて転がった。
「悪くねぇ動きだ。だが軽ぇな」
秤がニヤリと笑う。
……あーあ、木刀壊しちゃった。終わりかな。
「いないと思ったらここにいたんだ」
背後から、聞き慣れた能天気な声。
振り返ると、包帯をぐるぐる巻きにした長身の男が立っていた。
「あ、五条先生」
「なんでここに?」
「教室に行ったんだけどね。いなかったから探しに……っていきなりイジメちゃダメだよ欠意」
先生が僕を見る。なんで僕?
「してませんよ。ね?」
同意を求めてパンダを見るがパンダは僕の背後の気配にビビって後ずさりした。
……頷いてくれない。解せぬ。
砂だらけになった真希がふらつきながら戻ってきた。その目は死んでいない。
「……次は負けねぇからな」
「おう、いつでもかかってこい」
秤も満足げだ。どうやら気に入ったらしい。
「ほら、教室戻るよー。君たちも日下部に怒られるよ」
五条先生に促され後輩たちが教室へ戻っていく。
真希が去り際に一度だけこちらを睨み、そしてフンと鼻を鳴らした。礼儀はなってないが骨のある後輩だ。
グラウンドに残された僕たち三人。
春風が吹き抜ける。
「……飯、行かね?」
秤が腹をさする。
「わかった。どこか候補ある?」
「新宿行って服見たい! 春物新作出てんだよ!」
綺羅羅が提案する。
「それじゃ、まず新宿行こうか。奢るよ」
「よっ、太っ腹!」
三人で新宿の街へ繰り出す。
新しい季節、新しい後輩。
これからまた、騒がしくも楽しい一年になりそうだ。
百鬼の気配は完全に消すことはできますけどしていません。
面倒だからね。それと自由にしてあげたいし。
しばらく任務が続きます。
五条から一部の任務を押し付けられています。
そのため今年から重めの任務が増えます。