極の番のうち1体を出します。
使用する20体の百鬼をまとめて召喚。代償は使用した百鬼は焼き切れて2ヶ月間使用不可。
極の番が破壊されると追加で対応する五感を2ヶ月失う。
呪術師の夏は、いつも死臭と共にやってくる。
気温の上昇と共に、人々の不快指数が上がり、それに呼応するかのように呪霊が蛆のように湧き出すからだ。黒の詰め襟にマントという僕の制服は、この季節には地獄でしかない。
「……暑い」
あの一件から、まだ完全に立ち直ったとは言えない。心の奥に冷たい重石が残っている。
だが、任務は待ってくれない。
上層部からは「あと二つ、大きな任務を片付けろ」との通達があった。それが終われば、交流会まで長期休暇を貰えるらしい。
それを餌に、僕は今日も呪いと向き合う。
今回の現場は、日本三霊山の一つ、白山。
なんでこんな所に……。
霊峰と呼ばれる場所には、強力な呪霊が発生しやすい。本来なら1級術師が複数人で当たる案件だ。僕はまだ2級だぞ。上層部の嫌がらせか、それとも人手不足か。
事前の情報は「登山客が帰ってこない」というものだった。
ある時期から、入山した者が一人として下山していない。現在は入山禁止となっているが、それでも「神隠し」は続いているという。
一歩足を踏み入れれば、景色は最高だった。
空が、近い。
吸い込む息は冷たく、都会の喧騒を忘れるほど胸の奥まで澄んでいく。
だが、足元には色とりどりの高山植物が、不自然なほどに咲き乱れていた。
風が吹くたび、花々が一斉に揺れる。
――その奥で、何かが“揺れていない”。
観光ならどんなに良かっただろう。
登り始めて数時間。違和感は確信に変わった。
何度も同じ景色を見ている。
登っているはずなのに高度が変わらない。木にナイフで目印をつけても、振り返ると消えている。
逆に下山しようとすると、さらに山の奥へと誘われている気がする。
遭難だ。
しかも、標高以上に気温が下がっている。真夏だというのに、吐く息が白い。
明らかに呪霊の仕業だ。
おそらく効果範囲は山全体。広域結界型の術式か。
……最悪だ。特級クラスの案件じゃないか。
遭難した登山客たちは、永遠に終わらない山道を彷徨い続け、餓死するか凍死したのだろう。
どうする?
候補1:力技で山頂を目指す。……無限ループなら徒労に終わる。
候補2:山そのものを破壊し、本体を炙り出す。
候補3:領域展開で空間ごと上書きする。……リスクが高いし、下山できなくなる恐れがある。
……2が現実的か。
僕は右手を空に掲げた。まずは外界と遮断し、術式の使用を可能にする。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
ドロリとした闇が空を覆い、山全体を包む『帳』が下りる。
「お出で――『
影から現れたのは、見上げるほどの巨躯を持つ坊主頭の妖怪。
僕は指を鳴らす。
「最大出力だ。落ちろ」
大入道が遥か上空へと跳躍する。
そして、隕石のように自らの巨体を山肌へ叩きつけた。
凄まじい轟音が響き渡り、土砂崩れが起きる。木々がなぎ倒され、山の中腹が大きく抉れた。地形が変わるほどの質量攻撃。
だが、次の瞬間。
抉れた山肌が盛り上がり、倒れた木々が起き上がる。まるで生き物が傷を癒やすように、景色が元通りに修復されていく。
「……再生か。呪霊自身が直しているのか」
もっと火力がいるのか。
そう思い、次の手を打とうとした瞬間、吹雪の向こうに“それ”は姿を見せた。
人型だが、輪郭が曖昧だ。
肌は雪の白と火山灰の白がまだらに混ざり合い、片腕だけが溶岩のように赤黒く脈動している。
あれに触れたら、凍るか焼けるかだ。
間違いなく特級。
「……カエレ……ワタシノ……ヤマ……」
呪霊が呻くたびに、気温が急激に下がる。
猛吹雪。視界が白く染まる。今夏だぞ。
「お出で――『
白い着物をまとった老婆と、青白い火の玉を召喚する。
雪婆に周囲の雪を制御させ、狐火を身に纏って体温を維持する。
この特級、おそらく本体の戦闘力はそこまで高くない。
術式による環境操作と「迷い」の付与が厄介なタイプだ。
距離を詰めたいが、空間が歪んでいるのか一向に近づけない。
「狐火!」
追尾爆炎を放つが、炎は途中で掻き消えるように霧散する。
届かない。術式対象外という概念的な距離があるようだ。
領域展開をすれば必中で捉えられる。僕の領域なら、この空間ごと支配できるはずだ。
だが、躊躇われる。
代償だ。解除後にランダムな五感を2ヶ月間失う。もし「視覚」を失ったら? この雪山で目が見えなくなるのは致命的だ。
それに、ここは霊山だ。この特級以外にも、1級や2級の呪霊が潜んでいる可能性が高い。術式が焼き切れた状態で、それらの群れと戦うのはあまりに危険すぎる。
……仕方ない。
破壊さえされなければいい。手札が一時的に減るだけだ。
僕は覚悟を決め、複雑な印を結んだ。
「極の番――『
指定された20体の百鬼――一反木綿、ぬらりひょん、のっぺらぼう、口裂け女、花子さん、件、人魂、煙々羅、影女、骨女、髪切り、小豆洗い、見越し入道、青行灯、送り犬、雪婆、土蜘蛛、鎌鼬、輪入道、朧車――が、僕の影の中で一つに溶け合う。
ズズズ……と影が立ち上がる。
現れたのは、人間の武士の姿をした大男。
立派な髭と鋭い眼光。威厳ある顔つきだが、その体躯は常人よりも二回りは大きく、この世ならざる気配を濃厚に纏っている。
江戸の怪談集『諸国百物語』などに語られる、魔王とも称される妖怪の総大将。
人と妖の境界に立ち、怪異を統べる者。
「何用だ。主よ」
重厚な声が響く。彼は高い知性を持ち、対話が可能だ。
「目の前の呪霊、こっちからは近づけなくて術式も届かない。多分術式は『迷い』の強制。本体は脆いけど、術式干渉が強いタイプだ」
僕は端的に状況を伝える。
「今回呼んだのは、その理不尽を破るためだ」
山本五郎左衛門は、興味なさげに呪霊を一瞥し、そしてニヤリと笑った。
「よい、わかった。我が領域に引き込み、必中で祓うのだろう?」
「ありがとう。お願いできるかな」
「造作もない」
大妖怪が刀の柄に手をかける。
「領域展開『
白い霧が、裂けた。
世界が反転する。
白一色だった雪山が消え去り、現れたのは――闇夜に沈む、黒い山だった。
木々には無数の結界札が貼り付けられ、風もないのに不気味に揺れている。
山そのものが一つの巨大な意思を持ち、王の命令を待っているかのように沈黙していた。
呪霊も領域内に引きずり込まれている。
よし、いける。
この領域の必中効果は「呪符による絶対命令」。
領域内に無数に漂う結界札や呪符が対象に貼り付き、「止まれ」「伏せろ」「術式を解け」といった命令を強制執行する。
だが、今回は違う使い方をする。
無数の呪符が、僕の体に貼り付いた。
『近づけ』
命令が脳に響く。体が勝手に動く。
「迷い」なんて関係ない。命令があれば、体は最短距離を駆け抜ける。呪霊の術式は意味を成さない。
同時に、呪霊側にも黒い呪符が殺到し、全身を拘束する。
『動くな』『抵抗するな』
呪霊が悲鳴を上げようとするが、声が出ない。
山本五郎左衛門の命令は、相手に直接的な危害(死ね、など)を与えることはできない。だが、行動を縛り、味方を強化することは可能だ。
『速まれ』――体が羽のように軽くなる。
『穿て』――全身の呪力密度が高まる。
『壊せ』――出力のリミッターが外れる。
一瞬で、呪霊の懐に入った。
相手は無抵抗。防御すら許されない。
これで祓う。
肩がぶつかる。いや、違う。押し潰した。
空気ごと叩き込まれた鉄山靠の衝撃で、呪霊の上体がくの字に折れる。
そこで終わらない。
崩れた体勢の芯に、間髪入れず肘が入る。
短い軌道。だが、重い。逃がさない角度で、内側を抉るように叩く。
次の瞬間には拳が来ている。引きも溜めもない。体重ごと、まっすぐに突き刺す。
めり込む。押し込む。
そのまま距離をさらに詰め、零距離での連打が始まる。
肩。肘。拳。
すべてが最短距離、最短時間で叩き込まれる八極の理。
打つたびに、相手の体勢が崩れる。崩れるたびに、次の一撃が深々と入り込む。
連鎖。逃げ場はない。
最後の一撃は、静かだった。
わずかに体を沈め、掌底を呪霊の胸部に密着させる。
――浸透勁。
内側から弾けるように、呪霊の核が砕け散った。
パリン、とガラスが割れるような音がして、領域が解ける。
景色が、元の夏の山に戻っていた。
だが、あの不自然な冷気も、空間の歪みも消え失せている。
祓えたのか。
「……ふぅ。ありがとう」
僕は彼に礼を言う。
「うむ。次も頼るがいい」
山本五郎左衛門は満足げに頷き、黒い霧となって消えていった。
……彼が戻っていく。
これで2ヶ月間、一反木綿も鎌鼬も使えない。移動手段と攻撃の要を失ったのは痛いが、生きて帰れるなら安いものだ。
僕は大きく息を吐き、下山を始めた。
携帯を確認すると、圏外の表示が消えている。
「……次も霊山か」
上層部の命令書を思い出し、僕は毒づいた。
マジでおかしい。呪術師の人使いが荒すぎる。
蝉の声がうるさい。
まだ、呪術師の夏は続く。
完全に上層部の嫌がらせです。
死んだら五条への嫌がらせになるし達成したら普通に仕事が減るでいい事しかない。
新しく出た百鬼
・雪婆
氷雪を操る妖怪。
冷気の生成だけでなく、周囲にある雪や氷を自在にコントロールすることも可能。
吹雪による視界奪取や、足場の凍結など環境操作に長けている。
・狐火
青白い火の玉の姿をした妖怪。
対象をどこまでも追いかける追尾性の火炎弾を放つ。
着弾と同時に爆発する性質を持ち、牽制や火力支援として優秀。
・大入道
巨大な坊主頭の妖怪。
注入された呪力量に応じて、そのサイズと質量を無限に増大させることができる。
シンプルゆえに強力な質量攻撃を得意とするが、大きくしすぎると小回りが利かなくなる。
極の番
・山本五郎左衛門
極の番の中で唯一領域展開をできる。
通常時はヒトガタや呪符、封印具、結界術を扱う。攻撃性能は高くない、呪符の起爆が主な攻撃手段。ヒトガタの呪い返しも行う。ほぼ陰陽師。
高度な知性を持ち、術者と対話が可能。自律して戦況を判断し、配下の百鬼(構成素材以外の百鬼)を指揮する。今回はしなかった。
領域展開『魔王山』
必中効果は「呪符による絶対命令」
領域内に無数に漂う結界札や呪符が対象に貼り付き、「止まれ」「伏せろ」「術式を解け」といった命令を強制執行する。
また、強力な封印具を用いて特級呪霊すら封じ込めることが可能。
相手に直接的な危害(死ね、など)を与えることはできない。だが、行動を縛り、味方を強化することは可能。しかし、相手が複数いる場合、同士討ちをさせることができる。
破壊された時に失う五感は「視覚」です。