アツコ、パチンカスになる 作:熱は熱いうちに
先生はシャーレの執務室で、深い絶望と共に頭を抱えていた。
MomoTalkの既読が途絶えてから、すでに10時間が経過している。今更迎えに行こうにも、件の「楽園」はとうに閉店時間を過ぎ、夜の帳がキヴォトスを包み込んでいた。
「やっぱり、迎えに行くべきだった……私のミスだ。私の選択、そしてそれによって招かれた、この状況……いや本当、サオリ達になんて言えば良いんだ……」
その時、部屋のドアが静かに、だが墓所の扉が開くかのような重圧を伴って開いた。
「……ただいま。先生」
そこに立っていたのは、紛れもなくアツコだった。
だが、彼女が背負うオーラは決定的に変質している。フードの下に見える瞳は、過剰な光刺激に晒され続けたせいか
「これ、先生にお土産」
そう言ってアツコが無造作に机に置いたのは、パチンコ屋の景品カウンターでしか見かけないような、ド派手なパッケージの「超特大・徳用チョコ」と、なぜか「健康サンダル」であった。
「……アツコ。その、お金は……所持金は無事なの? それに、その目は……」
「見て、先生」
アツコがゆっくりとフードを脱ぐ。そして、はっきりと見えるようになったその瞳は、かつてないほど澄み渡りながらも、底知れぬ深淵を覗き込んだ者特有の、抗いがたい全能感を湛えていた。
「ビナーを、討伐してきた。……最後の方は、画面を見なくても『来る』のが分かった。……これが、予知夢……ベアトリーチェが、警戒していた力」
「アツコ、それは予知夢じゃなくて、ただの脳内麻薬による共感覚だよ……」
先生の心配を余所に、アツコはカバンの中からジャラジャラと、さらに追加の景品を取り出していく。
「明日も行くよ。明日は『新台入替』。新しい大決戦が、私を呼んでいるヘソのサイズが見えるの。釘の囁きが聞こえる」
「アツコ、 目がバッキバキだよ……パチンコの話は止めて、今日はもう寝よう? ね? ね?」
「……寝られない。目を閉じると、まだビナーの役物が落ちてくる音が聞こえる。……キュイン、キュインって。とっても、心地よい音……あぁ……脳が震える」
先生は確信した。あっこの子はもうダメだ、と。もう物理的にパチンコから引き離すしかないのだと。
だが、アツコは満足げに高級缶詰を一つ開けると、それを先生に差し出し、静かに微笑んだ。
「勝てば、すべてが解決する。……じゃあね、先生。サッちゃんたちにも、この
彼女の足取りは、かつてないほど軽やかだった。
その背中に、先生はもう一度だけ叫んだ。
「アツコ! 貯金だけは! 貯金だけは絶対に崩したらダメだからね!! というか、もうパチンコは辞めよう!? 頼むから!!」
シャーレのビルに、先生の悲痛な叫びだけが虚しくに響き渡ったのだった。