「肥えた豚どもを狩り尽くせ!!」
「野蛮な猿どもを押し返せ!!」
「「「うぉおおおおおおお!!」」」
ここは戦場。剥き出しの殺意が激突する場所。
刃と刃がぶつかり合う。矢が雨のように降り注ぐ。銃弾の壁が勇敢な戦士達を物言わぬ屍に変える。
「くたばれ『死神皇子』ぃぃぃぃ!!」
「死ね、『修羅姫』」
そんな地獄の中で、二人の剣士が斬り結ぶ。
片や、和風の軽量具足を身に着け、獣のように荒々しく刀を振り回す少女剣士。
片や、西洋風の騎士甲冑を身に纏い、機械のごとく正確に剣を振るう青年剣士。
全く異なる強みをぶつけ合う両者の戦いは、全くの互角。
「「チッ!」」
「相変わらず嫌味な剣じゃな!」
「相変わらず品性の欠片もない剣だ」
「殺す!!」
「やってみろ」
女剣士が攻める。全力を込めた豪快な大振り。
青年剣士は冷静に見極め、最小限の力で受け流してカウンター。
しかし、女剣士はあえて体勢を崩し、転がるようにカウンターを避けて、滅茶苦茶な体勢から次の攻撃に繋げた。
正確無比と予測不能が激しくぶつかり合う。そんな攻防の末に──
「姫様! 撤退にございます!」
「ぐぬぬぬ……! 今日も命拾いしたな!」
「こちらの台詞だ。次こそ殺す」
二人の決着がつく前に戦場全体の勝敗が決し、決闘じみた個人戦は強制終了。
互いに極大の嫌悪を叩きつけながら別れる。
これまで何度も、本当にうんざりするほど何度も繰り返されてきた光景だった。
「また敗走か……! あんの腹黒男めぇぇぇ!!」
死神皇子の冷徹な軍略で煮え湯を飲まされた修羅姫が叫ぶ。
効率的に、合理的に、作業のように仲間達を殺していく怨敵。
嫌いで嫌いで嫌いだった。
「またしても倒し切れずか。あの野蛮な猿女め」
修羅姫の突撃で盤面をかき回された死神皇子が吐き捨てる。
野性的に、直感的に、どんな罠をも突き破って、計略を破綻させる怨敵。
腹が立って腹が立って仕方がない。
「いつか、ぶった斬ってやる!」
「いつか捕らえて処刑してくれる」
東の国アサヒの姫君にして英雄、『修羅姫』こと朝霧シラユキ。
西の国ナイトフォール大帝国の皇子にして英雄、『死神皇子』シュバルト・ナイトフォール。
これは歴史上何度も激突してきた敵国同士に生まれ、殺し合いを繰り返し、その果てに奇妙な縁で結ばれた二人の男女の物語。
◆◆◆
大陸東部のワフウ半島を支配する国、アサヒ。
その内情はまさに戦国。修羅の国。
痩せた土地に生きる民は常に飢え、他から奪わねば死ぬしかない。
土地を治める『武将』達は必死に戦い、奪い、時に国の全てを奪い尽くして君臨する天下人も現れたが。
反発する武将達を抑え切るのは容易ではなく、大半が数十年と保たずに倒され、乱世へと逆戻りした。
「控えよ。我こそが『将軍』である」
「「「!」」」
そんなアサヒに置いて、珍しく百年以上もの間、政権を維持する王者。
それこそが『朝霧将軍家』。
その頂点、五代将軍の娘として、シラユキは生を受けた。
「ははうえ……?」
しかし、その生い立ちは綺羅びやかな姫君などでは決してなかった。
彼女の母は偶然将軍の目に留まった、美しいだけの平民の娘。
何の後ろ盾もない母は、将軍の正妻や側室から酷く嫌われ、虐げられた末に暗殺されてしまう。
シラユキが僅か四つの頃の出来事である。
「やばい。にげなきゃ」
だが、彼女はそこらの無力な四歳児とは違った。
将軍の血の成せる業か、過酷すぎる生活環境への適応か。
彼女は母の死後、このままでは自分の命も危ないと的確に現状を把握。
四歳児なりにどうにかする方法を考え、結果として逃走を試みた。
驚異の身体能力で壁を飛び越え、森の中へダッシュ。
大自然の中へと逃げ延びたのだ。
「捕らえよ。将軍家の血が野に放たれるなど、あってはならん」
当然、血筋に権威を見出している国が、冷遇されているとはいえ、最も権威ある血を引く姫を放逐してくれるはずもなし。
即座に捕獲部隊が放たれ、シラユキはあえなく拘束……されるかと思いきや。
「そっちに行ったぞ!」
「な、なんだこの身の熟しは……!?」
「ぐはっ!?」
「嘘だろ!? 侍大将がやられた!?」
彼女は驚異的な学習能力で野生の技を即座に習得し、捕獲部隊を翻弄。
実に数ヶ月もの間逃げ回り、やっとのことで捕獲される頃には、一流の武将の手すら焼かせる立派なモノノケと化していた。
「ぐるるるる……!」
「ほう。面白い」
そのありさまを父である将軍が気に入り、シラユキは女の身でありながら、戦いの教育を受けることを許された。
デッドエンド確定の女の争いとは別の道を勝ち取ったのだ。
「てやぁあああ!」
「ぐぇ!?」
「うわ、幼女強い!? 姫様強い!?」
その後は幼少期の唯一の財産である野生の感覚と、教えられた人の技を組み合わせて、メキメキと成長。
武の道が開けたとはいえ、未だシラユキの命は吹けば飛ぶほど軽い。
自分がそんな儚い存在であるという自覚と焦りは、彼女を恐ろしいほど勤勉にさせた。
「え? 誰が儚いお姫様だって?」
「寝言は寝て言ってください」
「そこに直れ無礼者ども!」
「「「ぎゃあああああ!?」」」
何故かこの切実な思いは中々理解されず、こんな感じで大喧嘩になることも多かったが。
おかげで気の置けない仲間達ができたのだから良かったのだろう。
「出陣じゃ! ワシの初陣に勝利を捧げよ!」
「「「うぉおおおおおお!!」」」
そして、舐められぬよう可憐な見た目に似合わぬ侍言葉を徹底し、美しき姫ではなく、一人の若武者としてシラユキは初陣を迎えた。
朝霧将軍家が長期政権を築けているのは、反乱を起こさせない仕組みを整えたからではない。
反乱を力尽くでねじ伏せ続けてきたからだ。
ゆえに天下人がいても戦国は絶賛継続中であり、武将は仕事に事欠かない。
「おりゃあああああ!!」
「「「ぐはぁ!?」」」
天性の才覚で、色濃い王者の血で、獣の技と人の技を使いこなしたシラユキは、いくつもの謀反を叩き潰して手柄を挙げた。
アサヒは武功さえ上げれば、農民が天下人に成りうる超実力主義の国。
つまり、これでようやく一人の武将として、まともな立場を手に入れたのだ。
多くの者達が一目置いてくれて、部下達にもなんだかんだ好かれて、良い人生がここから始まると──
「
「大帝国を叩き潰せぇ!!」
……思ったところで、大きな戦いが始まった。
長年の宿敵、大陸最大にして最強。西のナイトフォール大帝国との全面衝突が。
「突撃!! 斬って、斬って、斬りまくれ!!」
一騎当千の強者すら次々と討たれていく中、シラユキは奮戦。
孤軍になろうと、個人になろうと、修羅のごとく敵を斬って、斬って、斬って。
母譲りの美貌を真っ赤に染め、獣のように暴れ回る姿を大帝国は恐れ、彼女の名は『修羅姫』の異名と共に天下に轟いた。
「包囲を崩すな。逃さず殲滅せよ」
そして当然、異名を轟かせた猛者は敵方にもいて。
その中でもシラユキと何度も激突した因縁の相手が、『死神皇子』シュバルト・ナイトフォール。
野性的な直感で戦う彼女とは真逆、計算され尽くした軍略でアサヒの豪傑達を嵌め殺す悪魔。
「『死神皇子』ぃぃぃぃ!!」
「『修羅姫』……!」
数年間の戦いの中で、二人がぶつかった回数は二桁を越える。
結果は全て痛み分け。
勝つにせよ負けるにせよ、どちらかの完全勝利は一度もなかった。
勝ち誇るには、味方の被害が大きすぎた。
そうこうしている間に、両国の被害状況はどんどん洒落にならないことになっていき──
「…………は? 父上、今なんと?」
「大帝国と和睦することにした」
シラユキはある日、父である将軍に呼び出され、その話を告げられた。
和睦自体は、まあ良い。
恨みも怒りも晴らせていないが、仲間達をこれ以上、死地に送らなくて済む安堵の方が大きい。
「その証として、向こうの皇族と将軍家の婚姻を行う。シラユキ、お前がナイトフォールに嫁げ」
……まあ、ギリギリ、ギリッギリこれも納得できる。
婚姻を利用した和睦なんてよくある話だ。
危険な敵国に嫁がせる以上、戦闘力が高くて、妾の子だから最悪捨て駒にできるシラユキを選ぶのも間違っていない。
気持ち的には「ふざけんな!」だが、筋は通っている。
「それで、嫁ぐ相手というのが……」
「『死神皇子』シュバルト・ナイトフォールだ」
「なんでじゃぁぁぁぁ!?」
思わず将軍の御前で大声を出し、膝から崩れ落ちて床を殴りつけた。
「どうか!! どうかそれだけはご勘弁を!! 奴に嫁ぐくらいなら、豚か牛にでも嫁いだ方がマシじゃ!!」
「ダメだ。行け。将軍命令」
「父上ぇ〜〜〜!」
「甘えた声を出しても覆らんぞ」
最終奥義、武士の誇りを捨てた可愛い泣き顔も、冷酷で有名な将軍様には通じず。
にべもなく蹴り出されてしまい、シラユキはそのまま十数年ぶりの逃走を決意した。
「ハナ! 夜逃げする! 荷造りを手伝え!」
「わかりました。一旦落ち着きましょうか」
一番の側近である女性は、冷静にお茶を入れながらシラユキに事情を話させた。
感情のままガナリ立てる彼女の話を、有能な配下は素早く噛み砕いていき。
「なるほど。姫様、諦めましょう」
「嫌じゃぁぁぁ!?」
その悪あがきを容赦なく一刀両断した。
「『修羅姫』と『死神皇子』。共にこの戦争で名を挙げた英雄達の婚姻は、和睦の証としてこれ以上なくわかりやすい。上様のご決断は正しいかと」
「そんなことはわかっとる! ただワシの魂が嫌だと叫ぶんじゃ!」
「ご安心ください。姫様がどれだけ嫌がろうと、どれだけ泣き喚こうと、この国のため、縛り上げてでも出荷いたしますので」
「この鬼ぃ!?」
シラユキよりよっぽど『修羅姫』の異名に相応しい女の活躍により、逃走計画は失敗。
結局、慕ってくれる仲間達のためにもと涙を飲み、シラユキは戦装束から花嫁衣装に着替える決意をした。
「姫様ぁ!」
「俺達の女神があんな野郎のものになっちまうなんてぇ!」
「クソッ! こんなことなら風呂を覗いた時にでも手籠めにしとくんだった……ぐっはぁ!?」
むせび泣く可愛い部下達。
誰も味方がいないところから、こうして気軽にぶん殴れるほど打ち解けた戦友達だ。
「お前達……」
……彼らは、誰も彼もがボロボロだった。
傷だらけの包帯だらけ。身体の一部を失った者も、命を落とした者も少なくない。
『大殿、なんですかその汚い子供は?』
『……将軍様のご息女じゃ。なんか預かることになってしもうた』
『はぁ!?』
思い出が蘇る。
野生児全開の彼女を引き取った、いや押しつけられた親世代には、本当に世話になった。
『ひめさま!』
『あそぼ!』
子供の頃からずっと一緒にいた、同世代や兄世代。
幼馴染のような彼らが受け入れてくれたから、今まで腐らずやってこれた。
『姫様!』
『どこまでもついて行きます!』
『あなた様にコキ使われるのが幸せです!』
武将として配下に加えた者達。
共に戦場を駆け抜け、何度も助けられ、過ごした時間の短さなど気にならないほど大切になった。
彼らにこれ以上の無理をさせないためと思えば、この悪夢にもなんとか、なんとか耐えられる。
「逝ってくる。ワシは最期まで勇敢に戦ったと語り継いでくれ」
「「「姫様ぁ!!」」」
仲間達との涙の別れを経て。
シラユキは側近のハナを引き連れ、短期詰め込み花嫁修業の成果だけを武器に、大帝国へと旅立った。