修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「変な時間に起きてしまった……」

 

 襲撃の後、離宮に辿り着いたところで、シラユキは強烈な眠気に襲われた。

 怒りの脳内物質で一時的に疲れを忘れていた分の反動が来たのだ。

 

 彼女はそのまま寝てしまい、気づけば時刻は深夜。

 シュバルトは色々と後処理を片づけた後、これ幸いと夜のお仕事から逃げて就寝したらしい。

 

 覚悟しておけと言った手前、腹立たしいような、自分も難を逃れられてホッとしたような。

 

 ──コンッ、コンッ

 

 その時、シラユキの寝室の扉が控えめにノックされた。

 今は入れ替わりでハナが睡眠を取っているので、静かにしてくれるのはありがたい。

 

「入ってよいぞ」

「失礼いたします」

 

 扉が開き、そこから現れたのは、シュバルトの側近である爺やだった。

 襲撃で負傷し、今も包帯を巻いているが、しっかりと自分の足で立っている。

 

「元気そうじゃな。良かった」

「これでも昔は多少名の知れた兵士でして。しぶとさには自信があります」

「ほう。どうりで……」

 

 シラユキはチラリと後ろを見る。

 彼女の手を握り、穏やかに寝息を立てるハナがいた。

 

「敵意がないとはいえ、ハナがまるで反応せん。かつては多少どころではない手練れじゃったな?」

「大昔の話です。それに名の知れ方が多少止まりなのも本当のこと。大帝国における出世は身分が全てですから」

「身分か……」

 

 身分。すなわちどこの家に産まれたか。誰の子として産まれたか。

 長男か次男か。正妻の子か愛人の子か。

 それで人生の大部分が決まってしまうということ。

 

「立身出世がほぼないというのは、いつ聞いても不思議な話じゃ」

「こちらからすれば、功を上げれば誰もが王になりうるという方が信じがたい」

「文化の違いじゃな」

 

 シラユキは染み染みと頷いた。

 本当に考え方が全然違う。

 実際に刃を交えたシラユキだからまだ受け入れられているが、箱入りの姉姫や妹姫達では難しかっただろうと、改めて思う。

 

「──で、本題はなんじゃ?」

「殿下のお話をしに参りました」

 

 雑談の終わりを告げれば、爺やはすぐに応じた。

 回りくどくないのは好きだ。

 

「その前に、まずあの襲撃事件についてですが。殿下はどこかから我々の予定が漏れたとお考えです」

「ほう」

 

 爺やは語る。そもそもの話として、シュバルトはこの手の暗殺を日頃から警戒している。

 この離宮の使用人や護衛の採用基準は、有能さ以上に、裏切らない可能性が極めて高いことが最優先。

 日々の予定も極力外部に漏らさず、囮の馬車も毎回用意しているし、ルートも直前に決めている。

 

「まあ、常識じゃな。こればかりは、どこの国でも変わらんか」

「ええ。しかし、人のすることに完璧はない。裏切りを見過ごしたか、そうと気づかぬうちに情報を抜かれたか」

 

 どちらにせよ看過できる話ではない。

 徹底的な内部調査が行われるだろう。

 

「……今回の件で、殿下はますます他者を信じられなくなるでしょう。本当に心苦しい」

 

 爺やは目を伏せ、苦しみを堪えるようにそう言った。

 シュバルトの話をしに来た。となれば、ここからが真の本題。

 シラユキは姿勢を正した。

 

「シラユキ様は、殿下の生い立ちを知っておられますか?」

「いや、知らん。アサヒまで伝わってきた奴の情報は、表面的なものばかりじゃった」

「では、私の独断でお話いたします。殿下にはご内密に」

 

 ……何か思惑があるのだろう。きっとシュバルトのための思惑が。

 この老兵はそういう御仁だと、シラユキの勘が言っていた。

 

「殿下の母君は、若き皇帝陛下が愛された美しいお方でした。……しかし、その身分は私と同じ、平民でございました」

「……!」

 

 シラユキがピクリと反応する。

 何やらどこかで聞いたような話だ。

 

「陛下は彼女を愛人として召し上げ、蜜月宮へ入れました」

「ああ、愛人の離宮か」

 

 アサヒで言うところの大奥。

 美しき女達が天下人の寵愛を求めて足を引っ張り合う、華やかな地獄。

 

「私は母君の護衛の一人だったのです。元々、行き倒れていたところを、とあるお方に拾われ、私兵としてお仕えしていたのですが。老いて引退を考えていたところ、当時の主が母君の護衛を求めていた陛下に推薦してくださいまして」

「……母上より大分マシじゃ」

「え?」

「いや、なんでもない」

 

 将軍と皇帝は、愛人の扱い方も全然違うというだけの話だ。

 シラユキは父を武将としては尊敬していたが、男としてはモゲろと思っていた。

 

「その後、陛下と母君の愛は長続きし、殿下がお生まれになり……四年後、悲劇が起きました。女の園の闇を、シラユキ様はご存じでしょう」

「……まぁな」

 

 あのドロドロの大奥と同類の場所で、皇帝の愛を手に入れた女が平穏無事に過ごせるわけがない。

 シラユキの母と同じく、シュバルトの母も、あの闇の中に消えてしまったのだろう。

 

 母と違って護衛がいたようだが、どれだけ強い護衛を雇っても、死ぬ時は死ぬ。

 

「私は、あの方を守れなかった……! しかも、敵は残された殿下のことも狙っていた。相手は愛人とはいえ、政治として陛下に捧げられた高貴なお方ばかり。陛下すら表立って守ることはできず、他の従者達も去っていき……老い先短い私だけが、全てと決別する覚悟で残りました」

「……想像以上の忠臣であったか」

 

 なんと見上げた忠義の心。アサヒなら拍手喝采を浴びていただろう。

 シラユキとしても、かなり好きだ。

 母にも彼のような忠臣がいたなら、別の未来があったかもしれない。

 

「そうして殿下をなんとか暗殺からはお守りしましたが、政治の方はどうしようもなく、騎士見習いとして第四騎士団に入れられてしまったのです。通称『高貴なるゴミ箱』。名誉の戦死を期待される立場に」

「まあ、あるあるじゃな」

「ええ。あるあるでございます」

 

 政治的に消えてほしい奴を戦場送りにして合法的に消すのは、戦国の世でも貴族の世でも常套手段。

 人間怖すぎるだろ。

 

「第四騎士団に入ってからは、それでも生きるため、利用できる全てを利用し、踏みつけ、か細い生存の可能性を手繰り続ける日々。……しかし、今度はそうするうちに積み上げた功績のせいで疎まれるようになりました」 

 

 弱い立場の者が身を守るには、己の価値を証明する功績が必要だ。

 しかし、そうすると今度は野心ありと見なされて、地位を脅かされることを恐れた敵に狙われる。

 そんな敵を黙らせるためには更なる功績が必要で、しかし、功績を積み上げるとまた狙われる理由が増えて、以下、闘争の無限ループ。

 

 シラユキにも経験があるが、あれは本当にとんだジレンマである。

 

「そんな生い立ちもあって、殿下は他者に心を許せないのです。ずっとずっと、敵ばかりの中で育ちましたから」

「なるほどのう」

 

 言ってみれば、母が死んだあの時、新たな道をこじ開けることに失敗したシラユキだ。

 彼女の場合は、その道の先に良い出会いがあったから救われた。

 だが、シュバルトには無かった。それだけの話。

 そう思えば、理解できないことはない。

 

「いかがでしょう? 少しは殿下を見る目を変えていただけましたか?」

「……まあ、多少はな」

 

 過去を知り、そこに納得できる筋道があれば、相手への感情は幾分かマシになる。

 あの大喧嘩や飲み会と理屈は同じだ。

 それでも恨みが消えるわけではないが、そこはもう仕方ない。

 

「──それは良かった」

 

 爺やは笑った。心から、嬉しそうに。

 

「私は老い先短い。シラユキ様、どうか殿下をお願いいたします」

「いや、少しマシになっただけなんじゃが……」

「初めてなのです。良い悪いは別として、殿下がああも感情を剥き出しにできる相手は」

 

 爺やはゴリ押しに入った。

 やはりこの老兵、戦い方を知っている。

 

「できれば愛してあげてほしい。無理なら無理でも構いません。ですが、せめて殿下が必要な間だけでも、あの方の支えとなっていただきたい。どうか、どうか……!」

 

 爺やは深く深く頭を下げた。

 この姿勢にも先の話にも嘘はないと、よく当たるシラユキの勘は言っている。

 なんとなく見抜けてしまうから、彼女はこういう真っ直ぐな想いに弱い。

 

「…………お主に免じて善処はしよう。勘違いするなよ? 善処するだけじゃからな?」

「ありがとうございます」

 

 ツンデレか。それを旦那の前で見せれば多少は可愛げが……いや、ダメだ。また煽られて喧嘩の未来しか見えない。

 

「本当に、安心しました」 

 

 ……そんな茶化せないほど純粋に喜ばれたら何も言えない。

 やはり人生経験豊富な老獪はズルかった。

 

「これで…………いえ、なんでもございません。それでは失礼いたします、奥様」

「奥様言うな!」

 

 爺やが部屋を出ていく。

 何かを言いかけていたが、言わずに去った。

 わざわざ奥様呼びで茶化してまで。

 

「……はぁ。さて、結局起こしてしもうたな、ハナ」

「ええ、まあ。熱の入ったお話をされていましたから」

 

 背後のベッドでムクリと人影が起き上がる。

 途中でさすがに起きていたのだが、邪魔するのも憚られる話をしていたので、狸寝入りを決め込んでいたハナだ。

 

「……不覚でした。爺や様が現れた時点で起きられないとは」

「慣れない場所で疲れとるのはお主も同じじゃな。それにワシが手を握っておったから安心したんじゃろ」

「……不覚でした」

 

 ニマニマと笑うシラユキと、頬を赤くして目を逸らすハナ。

 こっちの方がヒロインしてやがる。

 

「それで、いかがでした?」

「大帝国では珍しいワシ好みの御仁じゃな。嘘は感じなかった。多少は話しておらんこともありそうじゃが……」

 

 まあ、主はあくまでもシュバルトなのだから、それも当然。

 

「なんにせよ、今は存分に休んで調子を取り戻すとしよう。子守唄でも歌ってやろうか? ん?」

「いりません」

 

 ここぞとばかりに、普段は隙を見せない側近をイジり倒すシラユキ。

 無表情で体力回復のための睡眠に戻るハナ。

 そうして、夜は更けていく。

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