修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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 襲撃事件から数日が経過。

 現在、シラユキは離宮の縁側でお茶をすすっていた。

 

「あ〜。暇じゃ〜。思った以上に暇じゃ〜」

 

 大帝国は当然、敵国の姫であるシラユキを政治に関わらせる気はない。

 シラユキの方も、今のところ無理に大きく動くつもりはない。

 結果、離宮ではのんびりとした時間が流れていた。

 それこそ、西方建築の離宮に、暇を持て余した東方人二人が縁側を増設してしまうほどに。

 

「しかし、大帝国にも緑茶があったんじゃな〜。西へ行くほど紅茶だらけになっとったから、諦めておったわ」

「好事家向けの珍味という扱いのようです。それでも簡単に手に入るのですから、大陸最大の都市は伊達ではありませんね」

 

 ちなみに、これらを調達してくれるのは、この離宮の使用人達だ。

 敵国の姫を虐げたら戦争再開待ったナシなので、表面上は丁重に扱ってくれる。

 爺やあたりが進言したのか、最近は普通に仲良くもなってきた。

 

「のどかじゃの〜」

「そうですね」

 

 穏やかな昼下がり。

 表面上は優雅な貴族街の片隅で、離宮の立派な庭を眺めながらお茶を飲む。

 こんなにノンビリした時間は、生まれて初めてだった。

 人に怯えなくていい。自然に怯えなくていい。死ぬ気で鍛えなくていい。戦わなくていい。斬らなくていい。

 あまりにも平穏で──あまりにも非現実的。

 

「…………こんな平和でいいんじゃろうか?」

 

 平穏すぎて逆に不安になってくる。

 世界とはこんな代物ではないはずだ。

 生きることとは戦うこと。奪うこと。痛みをごまかす方法を考え続けるのが人生。

 それ以外の人生を、戦闘民族の姫君は知らない。

 

「アサヒの仲間達はきっと、国の弱り目に謀反を起こす連中と必死に戦っておるのに……」

「大帝国との全面戦争に比べれば極楽でしょう。きっと今頃、失われた姫様の裸体を想って咽び泣いていますよ」

「……容易に想像できるのう」

 

 水浴びを覗いてきたらボコボコにして最前列送りの刑。実際に手を出してきたら片方ずつ潰すとかやってたのが懐かしい。

 それでも一向に構わん! という剛の者だらけの精鋭達だった。

 

「力があり余っているなら、また手合わせでもいたしますか?」

「さすがにもう飽きたわ。お主とばかり戦っていては変な癖がつく」

「では、気分転換に乗馬などはいかがでしょうか、シラユキ様」

「おお! 爺や殿!」

 

 そこで爺やが登場。

 提案した時には既に準備は終わっているとばかりに、その手には手綱を握り、後ろに立派な体格の馬を引き連れていた。

 

「スレイプニル。北方より献上された伝説の軍馬なのですが、気難しくて誰も乗せたがらないのです」

「ほほう」

 

 爺やに連れられてきた馬は、確かに気難しそうな顔をしていた。

 暴れるわけではないが、不機嫌そうなオーラを垂れ流している。

 シュバルトの仏頂面にそっくりだ。強敵である。

 

「彼を従わせるという難題、お暇なら挑戦されますか?」

「面白そうじゃ!」

「……それは乗馬ではなく調教では?」

 

 ハナは訝しんだ。

 しかし、シラユキのストレス発散になるなら何でもいいかと、すぐに切り替えた。

 

「よろしくな!」

「…………」

 

 こうして、シラユキに夫に似たペットができた。

 

◆◆◆

 

 一方その頃。ナイトフォール大帝国帝城。

 そこでは今、国の頂点に立つ皇帝と、英雄と呼ばれる死神皇子が謁見していた。

 

「ビャッコ辺境伯が謀反ですか」

「うん。属国の反乱が多発する中、とうとう諸侯の一人が立った。嫌になるよね」

 

 この時代の国とは、領主という小さな王と、領地という小さな国の集合体である。

 あの手この手を駆使して皇帝が最も力を持ち、強引に足並みを揃えることで巨大国家として成立させているのだ。

 当然、そのパワーバランスが揺らげば、反乱を起こす輩がワラワラと湧いてくる。

 

「彼は属国地帯との国境線を長年守ってきた有力者だ。君のような英雄じゃないと任せられない。新婚早々の襲撃されて早々で凄く悪いのだけど、引き受けてくれるかい?」

「お任せください、皇帝陛下」

 

 皇帝の命令には基本逆らえない。

 シュバルトは表向きは快諾し、第四皇子にして帝都第四騎士団長として、反乱鎮圧の総司令に任命された。

 

 手勢は第四騎士団二百名、その下に編成する兵士団八百名。

 加えて現地で交戦中の周辺軍、援軍として派遣を要請する貴族軍と、金で雇う傭兵達。

 立場も思惑も違う者達の寄せ集めだ。纏めるのは大変だろう。

 

(……最悪の貧乏クジだな。まだ襲撃事件の裏も調べ切れていないというのに)

 

 だが、彼は内心穏やかではなかった。

 あの捕虜を尋問して、一応実行犯の正体は知れた。

 裏社会に名を轟かせる伝説的な暗殺組織。

 しかし、所詮は莫大な報酬で雇われただけの手駒に過ぎない。

 実行犯が依頼人の情報を持っているはずもない。

 一人しか生け捕りにできなかったので、証言の信憑性もタカが知れている。

 

(裏切り者、あるいは情報の漏れ口も特定できていないのが痛い。最低でも、こちらのカタを先につけたかった)

 

 それでも皇帝の命令には逆らえない。大事なことだから二回言った。

 逆らえばそれを口実に、シュバルトを邪魔に思う者達の一斉攻撃が始まってしまう。

 

「それと、もう一つ。今回の征伐には、シラユキ姫を連れていってほしい」

「……理由をお聞きしても?」

「今回の反乱の裏に、アサヒがいる可能性があるからだ」

 

 曰く、辺境伯の財政は逼迫していたはずなのに、注ぎ込まれている軍資金が多すぎるとのことだ。

 裏に辺境伯を支援している何者かがいるのは確定。

 仮にそれがアサヒであった場合、洒落にならない。

 

「シラユキ姫がいれば、アサヒは味方だとアピールできる。少なくとも表向きはね」

「……かしこまりました」

 

 シュバルトの顔が堪え切れずに少し歪む。

 最悪だ。最悪を越えた最悪だ。

 アレと少しは離れられるというのが、この仕事の唯一のメリットだったのに……!

 

「……すまない、シュバルト。君には苦労をかける」

「いいえ。陛下のためならば喜んで」

 

 そんな嫌な顔すら一瞬で引っ込めて。

 シュバルトの、顔からも、声からも、一切の熱が消え去った。

 愛した女の忘れ形見から向けられる、冷たい忠誠。

 皇帝にとっては、毎回ちょっとした拷問だ。

 

「襲撃事件の方は任せてくれ。皇族の名誉にかけて叩き潰しておく」

「ありがとうございます」

 

 どうせ依頼人は有力者なのだから、自分で動かなければウヤムヤにされて終わりだろう。

 母が暗殺された時のように。

 シュバルトの心は冷え切っていた。

 

「では、失礼いたします」

 

 死神皇子が退室していく。

 それを見送り、室内に自分と護衛だけになったのを確認してから、皇帝ユウグレールは肩の力を抜いた。

 

「ふぅ……。やはり割り切れないものだね……」

「…………お気持ちはわかります、陛下」

「……すまない。そういうつもりじゃなかった」

 

 甲冑を着込んだ巨漢の護衛に──大帝国最強の護衛『騎士王』タソガレ・ラグナロックに、皇帝は謝罪の言葉を送る。

 今の彼にとって、この話題は地雷だ。

 主従以前に信頼する友として、配慮が欠けていたと猛省する。

 

「……護衛が感情で主に話しかけるなど。出過ぎた真似をいたしました」

「……君はいつも真面目すぎるね。二人きりなのだから、もう少しお喋りしてくれてもいいのに」

「…………」

「本当にクソ真面目で無口なんだから」

 

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