修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「聞いたぞ、シュバルト。大役を任されたそうだな」

「……兄上」

 

 謁見からの帰り道、シュバルトは面倒な輩に絡まれた。

 皇太子ラクジス。

 先の戦争での失態により、まだギリギリ皇位継承者の地位にしがみついてるという状態まで落ちた男。

 

「兄として誇らしいぞ! 俺はもう戦場を任せてはもらえないだろうからな。強い皇族の象徴としての役割はお前に任せた」

「……全力を尽くす所存です」

 

 ラクジスは嫌に友好的だった。

 排除ではなく取り込みに来たと見ることもできるが、シラユキじゃなくてもわかるくらい怪しい。

 

「今は困難の時期だ。アサヒとの戦争で属国地帯は滅茶苦茶。多くが反旗を翻してきた。戦費が嵩んで経済もズタズタ。賠償金も取れないうちに停戦。そんなありさまを見て、諸侯すら不穏な動きを見せ始める始末」

 

 まるで国の行く末を案じる賢者のような顔で語るラクジス。

 この状況を招いた大きな要因の一つは、どこかの皇太子が意気揚々とアサヒの全軍以上の大軍勢を率いてボッコボコにされたせいで、戦線が押し込まれた上に、皇族の威信が揺らいだことなのだが。

 だから現場経験のないボンボンを指揮官にするなとあれほど。

 

「お前が頼りだ。期待している」

「……はい。兄上」

 

 しかし、こんなんでも血筋はシュバルトより遥かに上等。

 そして、大帝国では血筋こそが絶対的なステータス。

 そういうルールで回っている国で、そのルールに従う者が大多数で、大多数の力は正義だから。

 表面上だけでも敬わないわけにはいかないのだ。

 ……とても疲れる。

 

◆◆◆

 

 帝城を離れ、一旦離宮に戻る。

 こっちの道は一応大通りに面しているので、まだ暗殺の危険性が低い。

 

「ハッハッハ! 良いぞ! お主は本当に凄い馬じゃな、スレ丸!」

「ヒヒーンッ!」

 

 ……帰ってみたら、なんか離宮の庭を走り回ってる奴がいた。

 時速にして推定百キロ以上。走り幅跳びで十数メートルの距離を飛翔し、垂直の壁を駆け上って屋根の上でロデオ。

 

 これ以上ないくらい乗馬(?)をエンジョイしているのは、飼い殺しにしているはずの妻だった。

 

「なっ!? スレイプニルを乗りこなしてる!?」

「俺達は蹴られて死にかけたのに!?」

「おー! お前らかー!」

 

 新しい護衛として同行している第四騎士団が反応。

 シラユキを乗せた伝説の軍馬は、離宮の最も高い屋根から飛び降り、彼らの目の前にフワリと着地してみせた。

 

「ど、どうやって手懐けたんだ!?」

「案外簡単じゃったぞ? 母馬とでも死に別れたのか母性を求めておってな。撫でて、遊んで、優しくしとるうちに自然と乗れた」

「ぼ、母性……!」

 

 なるほど。野郎どもじゃ無理なわけだ。

 なんて理屈で部下達は納得しかけているが、シュバルトは違う。

 自分がどうやっても乗れなかった癖馬が、そんな簡単に懐くものか。

 

「ブルルル!」

「おー、よしよし。もっと遊びたいんじゃな」

「……これ遊びたがってるのか」

「暴れ馬にしか見えない」

 

 激しく体を揺らすスレイプニルは、全力で人間を振り落とそうとしてるようにしか見えなかった。

 母性以前に、軽々とこれに乗っていられる人間がどれほどいるのかという話だ。

 きっと体力勝負で根負けさせたとか、そんな感じだろうとシュバルトは睨んだ。

 

「誰だ、この女に厄介なものを与えたのは……!」

「私でございます」

「……爺や、何を考えている?」

「申し訳ありません。まさか本当に乗りこなすとは思わず……」

 

 シラユキのあり余ったエネルギーを向けさせる高難度ゲームのつもりが、あっさり完全クリアされて報酬を掻っ攫われてしまいました、ごめんなさいと爺やは頭を下げた。

 

 シュバルトは壮絶な疲れを感じて、深いため息をつく。

 帝城での気疲れとは別種の疲れだ。なんてタチが悪い。

 

「それにしても、お前らが新しい護衛か。実に頼りないのう。大丈夫か?」

「「「なんだとぉ!!」」」

 

 もはや恒例となったシラユキの挑発。……と思うかも知れないが、今回ばかりは純粋な本心である。

 

「お前らのところに運び込んだ捕虜は見たじゃろ。筋肉のつき方からして全然違うぞ」

「「「うっ……!」」」

 

 第四騎士団は呻いた。

 彼らは元々精鋭でもなんでもない、ゴミ箱に捨てられたミソッカス貴族。

 真っ向勝負では、二百対一でシラユキに負けるレベルだ。話にならない。

 

「お前らの本領はそいつの手足。一人一人はそんなに強くない。もう一度聞くが、大丈夫か?」

「団長、この女を護衛に入れるのはどうでしょう?」

「せっかく嫁にしたなら使い倒すべきでは?」

「お前達……」

 

 忠実な手足だったはずが、すっかりシラユキのノリに染められている。

 直轄部隊がなんてザマだ。

 

「はぁ……。そうか。良かったな。良い報せだ。私はたった今、遠征の任務を命じられた。修羅姫、お前も連れて行けとのお達しだ」

「なぬ?」

 

 またしても深いため息をつきながら、投げやりな様子で決定事項を告げるシュバルト。

 シラユキは一瞬訝しげな顔をしてから。

 

「なんじゃ? アサヒの過激派でも出てきたか?」

 

 大分確信に近いところを突いてきた。

 脳筋の武闘派とはいえ、ちゃんと武将として立ち回ってきた女だ。

 最低限以上の頭は回る。

 

「まあ、そんなところだ」

「ふむ。なるほど。……やはり世界とはこういうものよな」

 

 ほんの少しだけ、残念そうな顔をして。

 瞬時にそれを振り払い、シラユキは勝ち気に笑った。

 

「相わかった! アサヒの武将が出れば、ワシが斬ろう! 大船に乗った気でおれ!」

「……味方殺しに躊躇はないのか?」

「将軍の意向に逆らう不忠者じゃからな! それに信ずるものの違いで殺し合うなど、アサヒではよくあることよ!」

「そうか」

 

 少し空元気が入っている。

 なんとなく、シュバルトはそう感じた。

 

「ついでに、貴様の護衛もしてやろう! 感謝するんじゃな!」

「いらん。そっちはもう手配してある」

「殿下! お客様です!」

 

 その時、離宮の使用人が来客を告げた。

 シュバルトが「通せ」と言えば、すぐに門が開いて、庭先に屈強な男達が入ってくる。

 

「へっへっへ。この度は仕事のご依頼、まことにありがとうごぜぇやす、シュバルト殿下」

 

 先頭を歩くのは、巨大な戦斧を担いだ禿頭の大男。

 気品とは程遠い雰囲気、言葉遣い。

 しかし、感じるオーラは強者のそれ。

 

「おお! 貴様は! 久しぶりじゃのう! 『斧壊』のヤクサ!」

「……ええ。お久しぶりでごぜぇやす、アサヒのお姫様。できれば二度と会いたくなかったでさぁ」

 

 『斧壊』のヤクサ。

 金で雇われ、戦いを請け負う戦争屋、傭兵団の団長。

 戦場で何度も顔を合わせた、シュバルトの得意先だ。

 

「ヤクサ、しばらく護衛を頼む。それと追加の案件がもう一つだ」

「へっへっへ。殿下のご依頼なら喜んで。お得意様価格で引き受けさせていただきやす」

 

 ヤクサは下手に出るように揉み手をした。

 後ろの部下達も揃って揉み手をした。

 この国では圧倒的に武力<<<権力なのだ。

 

「今回は味方じゃな! 貴様らのことは、気概があって嫌いではなかった! よろしくな!」

「ええ。あなた様も姫君とは思えないくらい野蛮……ゴホン。じゃなくて、化け物……ゲフン。でもなくて、勇猛果敢なお人でしたから、頼もしい限りでさぁ」

「ハッハッハ! 言ってくれるのう!」

 

 バシン、バシンと、ヤクサの背中を叩きながら大笑いするシラユキ。

 その後「まずは酒でも酌み交わすか!」と言って、ヤクサ達は連行されていった。

 いや、そいつら、シュバルトの護衛……。

 

「ああ、もう、滅茶苦茶だ……」

 

 いつから自分の周りはこんな愉快になってしまったのか。

 冷え切っていたはずの心が雑に解凍されていくような感じがして。

 

 こんな温もりは求めていないと、シュバルトは意地を張るように思いっきり顔をしかめた。

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