「進めぇ!! バタレガン伯爵軍に栄光を!!」
「遅れを取るなぁ!! 首級第一はこの私が、オロロカ侯爵軍が貰う!!」
「「「うぉおおおおおお!!」」」
野心に動かされた者達が大帝国軍の先頭を行く。
堂々と姿を晒し、辺境伯の立て籠もる都市へ向けて進軍する。
「いいのか?」
「何がだ?」
「奴ら──死ぬぞ?」
シラユキの警告に、シュバルトは眉一つ動かさなかった。
ただ、冷徹に前方を見据えている。
「これがビャッコ辺境伯領の城塞都市……!」
「ハッ! この大軍勢ならひと捻りよ!」
貴族軍の前に立ち塞がる高い壁。
大帝国の防波堤。城だけでなく都市全体が分厚い城壁に囲まれた鉄壁の町。
敵に回った大物を前に、名誉と栄光に飢えた獣達はニヤリと笑って突撃を開始。そして──
「「「ぎゃああああ!?」」」
即座に城壁都市の迎撃を浴びる。
まずは最長射程の兵器が火を吹き、雑兵達を吹き飛ばした。
「……大砲の雨じゃな」
──大砲。長射程、超威力の破壊兵器。
城壁に撃ち込めば粉砕し、大軍に撃ち込めば壊滅させる、画期的な悪魔の発明。
「ええい! 怯むなぁ! 分散して進めぇ!」
大砲の届かない安全圏から、指揮官が声を張り上げた。
一塊ではなく、分散させての歩兵突撃。
大砲の弱点は命中精度の低さと取り回しの悪さ、再装填までの時間がかかり過ぎること。
的が小さくなれば当たらないし、当たっても最小限の被害で切り抜けられる。
「あーあー。敵の思うツボじゃぞ。せっかくの大軍が、こうもバラけたら……」
「うぐぅ!?」
「がはっ!?」
「……小分けにされて、各個撃破じゃ」
シラユキの言う通りに、戦況は動いた。
バラバラに突撃した者達は、堀や城壁に足止めされたところを、弓矢やマスケット銃、バリスタ、投石などで狙い撃たれて、死んでいく。
大軍の突破力を投げ捨ててしまったから、もう列に並んで虐殺の順番待ちをしてるに等しい。
それでも、この物量ならゴリ押しができそうではあるが。
「敵の矢弾が尽きませんね。ズラリと並んだ大砲といい、兵の数は少なくとも、装備の質は高い」
「やはり金を出しとる奴がいるな。それに敵の守将も中々の腕前。……まだ助けんのか?」
「ああ。まだ動くな」
シュバルトの様子に変化はない。
ずっと氷のような無表情のまま。
……味方として彼の軍略を見るのは初めてだが、やっぱり好きになれない。
「「「ぐはぁあああ!?」」」
「伯爵様! 伏兵です!! 敵の騎兵が出現しましたぁ!」
「何ぃ!?」
前線から悲鳴が聞こえてくる。
城塞都市近くの物陰から騎兵が現れ、突撃中の兵士達を横から襲い始めた。
ただでさえ弾丸の雨の中を走らされる可哀想な状態だったのに、横っ腹まで突き刺されて、完全に浮き足立ち。
「ひぃぃい!?」
「逃げろ!? 逃げろぉ!?」
「伯爵様ぁ!? 都市から敵軍が出てきました!! 兵達がこっちに逃げてきます!!」
「はぁああああ!?」
トドメに城門を自ら開いて、出てきた精鋭部隊による追い打ち。
恐怖が伝播して兵士達は逃げ出し、その波が安全圏にいたはずの指揮官にまで届く。
「覚悟ぉ!!」
「な、なん、だと……!?」
……大帝国において、出世に必要不可欠なのは血筋である。
どれだけ功績を立てても平民では上の地位に就けず、逆に高位貴族の子弟が血筋だけで騎士に任命され、実戦経験皆無のまま軍の指揮を任されることも多い。
下剋上を否定することで社会の安定性は高まったが、代償がこういうところに出る。
「ぐぇぇ!?」
「敵将、討ち取ったりッッ!!」
「「「うぉおおおおおおおお!!」」」
圧倒的戦力差の中で指揮官級の首級を上げ、辺境伯軍が勢いづく。
「……おい。死神皇子。おい」
「まだだ」
死神は動かない。
「勝てる……! 勝てるぞ! 押し返せぇ! 独立をこの手に掴むんだ!」
逃げ惑う貴族軍を、辺境伯軍は更に追撃。
大チャンスだ。最強最大の大帝国を討ち倒すことはできなくても、自分達の勝利で多くの反乱分子が勢いづけば、敵は辺境伯領だけに構っていられない。
そうなれば和睦に持ち込んで独立を掴み取れるかもしれない。
その未来が手の届くところまで来ている。
勝てる、勝てる、勝てる、勝てる、勝てる!!
「──よし。潰せ」
「へっへっへ。お疲れ様でごぜぇやす」
「ぇ……?」
勝利に向かって突き進んでいた辺境伯軍の将に、巨大な戦斧が振り下ろされた。
凄まじい怪力で騎馬ごと一刀両断である。
「イサミシア様……?」
「あっしは傭兵団『鋼の盃』団長、『斧壊』のヤクサと申しやす。縁があったらご贔屓に」
「「「ぐぁあああああ!?」」」
巨大な斧を軽々と振り回す怪人とその仲間達に、辺境伯軍の一団は壊滅させられた。
『斧壊』のヤクサ。
アサヒとの戦争でも、それなりに名を馳せた英雄の一人。
上は名家のボンボンばかりだが、下の実働部隊にはちゃんと実力者が多い。
「へっへっへ。やっぱり、シュバルト殿下の仕事はやり易くて良い」
ヤクサは周囲を見る。
右往左往して逃げる貴族軍。それを追いかけるために深追いし過ぎて陣形が崩れた辺境伯軍。
その辺境伯軍を、貴族軍を隠れ蓑にして横から叩いた自分達。
同様の指示を受けて、最初に貴族軍を翻弄した伏兵の騎兵達を処理する部隊。
そして、敗走の動揺が伝わりづらい距離に布陣した、万全の第二陣。
「辺境伯の騎士を討ち取ったぞ!! 反撃だぁ!!」
「反撃だぁ!」
「辺境伯軍は潰れたぞ!」
原始的なメガホンを装備したシュバルトの直轄部隊が、走り回ってヤクサの戦果を喧伝していく。
敗走中の兵士達が後ろを振り向けば、確かに壊滅した敵の姿。
逃げる足が徐々に止まる。士気が回復していく。
「好機であるな」
「よ、よし! 突撃!」
それを見て、まだマシな指揮官のいる第二陣が動いた。
敗走していた第一陣も、後続に吸収されつつ立て直して反転攻勢。
辺境伯軍からすれば最悪の展開。
「うわぁ……。うっわぁ……」
「なんだ、修羅姫。その不満そうな顔は」
「畜生を見る目じゃ」
シラユキはドン引きしていた。
釣り野伏。偽装退却で敵を釣り上げ、伏兵で一網打尽にする戦術。
本来なら練度の高い精鋭軍でしかやれない高等戦術を、シュバルトは味方を本当に負けさせて餌にすることで成功させた。
「効率的だろう? 先鋒を放置するなら、そのまま押し潰せる。対処のために手を打てば、潜んだ精鋭が後出しの良手で咎める。どこに責められる謂れがある?」
「友達なくすぞ」
シュバルトの戦略は、味方を使い潰すことに躊躇がない。
効率的と言えば聞こえは良いが、冷血な悪魔からは人心が離れる。
「仁義のない奴は、いつか刺されるんじゃ。こう背中からブスッと」
「……余計なお世話だ」
シュバルトはそっぽを向いた。
気のせいでなければ、思うところはあるような顔に見えた。