「お疲れ様です、殿下」
「……ああ」
戦いの後。接収した城塞都市の領主の館にて。
シュバルトは戦後処理に奔走していた。
誰がどんな活躍をして、どのくらいの褒美を与えるか決める、クソ面倒な戦功報奨の確認。
ボロボロの都市や領地の臨時統治プランの作成。
他にもシュバルトの仕事は多岐に渡る。
正直、戦場より辛い。
「総大将は大変じゃなー。あ、ハナ、茶のおかわり」
「かしこまりました」
「…………」
書類仕事に忙殺される夫を尻目に、妻はソファーに寝転がってダラダラ。
シュバルトの額に青筋が浮かんだ。
「蹴り出したい……!」
「お? いいのか? そのへんの奴と友誼を結んでくるぞ? アサヒの協力者を作ってくるぞ?」
「チッ……!!」
死神皇子は、大きな大きな舌打ちをした。
「失礼する! シュバルト皇子ッッ!! あれはどういうことだ!?」
「……次から次へと」
しかも、嫁の相手だけでも大変なのに、更に面倒な輩が領主の部屋の扉を開けて怒鳴り込んできた。
護衛は何をしてると言いたいところだが、これは自分が直接対応しないと、もっと面倒なことになる種類の客だから仕方ない。
「何の話でしょう? オロロカ侯爵」
「惚けるなッッ!! 私達を見捨てただろうッッ!?」
感情が先走っているらしく、仮にも皇子を相手に随分と無礼な物言い。
シュバルトは冷ややかな目で、喚き散らす愚かな貴族を見る。
なお、シラユキはしれっと姿勢を正して、清楚を装っていた。
「あなた達は自ら先鋒に志願した。そのまま押し切ってくれれば最良だったが力及ばず。しかし、その迅速な攻めのおかげで時間をかけず、援軍が来る前に終わらせられた。相応の報奨を出そう。それ以外に何かありますか?」
「うぐっ……!?」
こう言ってしまえば何も言えない。
シュバルトのしたことに、何一つ責められる謂れはないのだから。
たとえ彼らが敗走するとわかっていて止めなかったとしても、救助より攻撃を優先して、邪魔な連中を敵に掃除させたとしても、全ては憶測で結果論だ。
シュバルトは捨て駒になれなんて命じていないし、攻撃優先は情勢を見れば当然の選択。
何より戦果がちゃんと挙がっている。
「今なら無礼な物言いは不問にしてやる。帰れ。私の気が変わらないうちに」
「ッッッ〜〜〜!! お、覚えていろぉ!!」
侯爵、逃走。随分と小物臭い捨て台詞だった。
「ふん。負け犬が。せいぜい吠えていろ」
覚えていろとか言っていたが、彼の被った損害は多少の報奨で補填できるレベルではない。
大赤字で経済的にも追い詰められ、シュバルトをチクチクと攻撃していた一派の力を削ぎ落とせる。
一石何鳥だろうか? コストパフォーマンスが良すぎてやめられない。
「嫌われておるのう、総大将。今の奴にだけでなく、至るところから」
「…………」
シラユキは立ち上がり、窓の外を見る。
そこには地獄が広がっていた。
シュバルトが選んだのは……否、国から命じられたのは殲滅戦。
他にも反乱が多発している現状、見せしめこそが最大の抑止力。
そんな免罪符の下、暴虐の限りを尽くされた町が眼下に広がっている。
「敵からの恨みだけで腹一杯じゃろうに、味方にまで忌み嫌われる死神とはな。アレか? 責められるのが大好きなのか? そういえば夜伽の時も、そんな傾向があったような……」
「断じて違う」
シュバルトは食い気味に否定した。
「……貴様にも少しはわかるはずだ。王の血を継ぎながら、母の後ろ盾を持たない不安定な立場。それを守り続けることの難しさを」
「む……」
続けて彼の口から出てきたのは、疲れたような言葉。
てっきり、また怒るかと思っていたシラユキは面食らう。
「ここは血筋を信仰し、下剋上を否定し、それを正義とする者達の国だ。どれだけ功績を挙げても、平民の血で汚れた皇子を大多数の貴族が支持することはない」
そして、多くの貴族を味方にできなければ権力は持てない。
そんな中で我が身を守ろうとすれば。
「手を緩める余裕など、どこにもない。……私にどうしろと言うのだ?」
──死神と呼ばれた男の顔が、この時は酷く悲しげに見えた。
冷徹な強者の仮面がヒビ割れ、その下に隠した素顔が垣間見える。
『そんな生い立ちもあって、殿下は他者に心を許せないのです。ずっとずっと、敵ばかりの中で育ちましたから』
そこにあったのは、傷つき疲れた子供のような、泣き顔。
強い言葉を浴びせる気にはとてもなれない、弱々しい姿。
「……あー、その……すまん、言い過ぎた」
シラユキに、戦場以外で、傷ついた相手に追い打ちをかける趣味はない。
そのせいで、いつもの喧嘩腰で行く気が失せてしまって。
お互いに調子が狂った結果、室内に微妙な空気が流れる。
「ふん。暇なら、これでも読み解いておけ」
「わぷっ……!」
ごまかすように、シュバルトはいくつかの紙束を投げ渡してきた。
「なんじゃこれ?」
「辺境伯が受け取っていた支援の一覧。そのうち、東方からのものと推察される部分だ」
「ああ、こっちの問題ということか。ハナ、どう見る?」
「明らかに没落した盾川だけでは賄えない規模ですね。過激派の同盟は確実に動いていたはずです」
空気を変えるように、仕事の雰囲気にアサヒの主従は乗っかった。
紙束を睨みながら、真剣な顔で意見を出す。
「それ以上は資料の記載が雑なので何とも……」
「じゃな。というか、なんじゃ、この適当な記録は! ワシでも、もうちょっと頑張れるぞ!」
「ビャッコ辺境伯領は相当の窮状だったようだ。余裕が無かったのだろう」
頭痛を堪えるように、シュバルトは顔をしかめた。
アサヒとの戦争に、その後の混乱に乗じた属国の反乱多発。
これの余波を盛大に食らっているだけでも頭が痛いのに、それ以前から侵略戦争の度に支援を強制されていたのが辺境伯の辛いところ。
経済も治安も領民もボロッボロだ。そりゃ独立の一つもしたくなるだろう。
「恐らく、この領地は報奨という形で私に押しつけられる。やったな、修羅姫。アサヒの橋頭堡ができるぞ」
「うげっ……」
シラユキは呻きながら、もう一度窓の外を見た。
粛清の嵐が吹き荒れた町。住人達の間には、絶望と死と怨嗟が渦巻いていて。
取り締まる側の味方にすら嫌われ、少し真剣に考えてみれば「え? これどうやって立て直せばいいの?」と頭を抱える惨状。
端的に言って、とんだ不良債権である。
「い、いらん……。割に合わなそうじゃ……」
「そう言うな。共に地獄を歩もう」
「巻き込むでないわ!?」
死神が笑顔で手招きし、シラユキは本気で嫌そうに後ずさった。
楽しそうに……というのは違うだろうが、ある意味、賑やかで、遠慮がなくて、微妙な空気をあっという間に吹き飛ばせた。
悪くなった雰囲気を、自力で元に戻せた。
「仲が良いですなぁ」
「やめろぉ!」
「違うぞ。これは使える駒は宿敵でも使おうと開き直っただけであって」
それを見て、爺やがしみじみと呟き、二人が反射で否定する、いつもの光景。
「本当に、安心しています」
「……爺や?」
けれど、この時だけ、シュバルトは違和感を覚えた。
……なんだろう。何かがおかしい。
上手く説明できないが、何かがいつもと違う。
「仲睦まじくしておられるところ、大変心苦しいのですが、急ぎの用をお伝えしなければなりません」
「だから、仲睦まじくはな……」
「──お客様です。お二人に、それぞれ別の厄介なお相手から」
シラユキの反論をスルーしながら、爺やは二人に別々の手紙を渡した。
シュバルトには封蝋の施された立派な手紙を。
シラユキには質の悪い和紙の手紙を。
「「…………」」
対照的だが、等しく嫌な予感のするそれら。
無視するわけにもいかないので、なんとなく二人で顔を見合わせてから、恐る恐る開封して。
「……そう来たか」
「うげぇ……」
案の定な内容に、息ピッタリの嫌そうな顔を浮かべた。
「急用だ。出掛けてくる」
「奇遇じゃな。ワシもちょっと出てくる」
「爺や、内容のチェックは?」
「できております。監視役の用意も既に」
「よし」
「ハナ、支度を頼む。至急じゃ」
「かしこまりました」
スイッチが入ったように、二つの主従は慌ただしく動き出した。
そして、部屋を出ていく直前に、シラユキはふと思い至って。
少しだけ、それを口に出すかを悩んだ後。
「……まあ、その、なんじゃ。──頑張れよ」
苦境にあることは間違いない宿敵に。
ほんの少しだが、抱えていたものを見せてくれた夫に。
エールを贈った。
「…………は? おい、それはどういう……」
シュバルトがその言語の処理に手間取っている間に、もう領主の部屋の扉は閉ざされ、シラユキはいなくなっていた。
残ったのは怪訝そうに眉根を寄せる死神と、優しい目をした老臣だけ。
「……なんなんだ、クソッ」
妙に胸がザワつく。
いつもいつも、あの姫には本当に調子を狂わされっぱなしだった。