修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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 男は騎士の誇りを捨て、体の後ろに隠していた凶刃を構えた。

 彼の中で、アサヒとの戦争はまだ終わっていなかったのだ。

 

(しくじった……!)

 

 タソガレの真意を知り、真っ先にシュバルトの脳裏に充満したのはそんな思い。

 騎士王。騎士の鑑。帝都第一騎士団長。皇帝に絶対の忠誠を誓う男。

 そんな立派なラベルが、シュバルトの判断を曇らせた。

 

 だって、思わないだろう。

 何年も、何十年も、ひたすら真面目に忠義にのみ生きてきた男が──ここに来てその忠義を投げ捨て、個人的な動機でシュバルトを狙ってくるなんて。

 

「破ッッッ!!」

「!?」

 

 騎士王タソガレが動く。

 この巨体でシラユキをも超えるスピードで動き、丸太のような剛腕で武器を振るう。

 

「ぐっ……!?」

 

 なんとか抜剣が間に合った愛剣で防いだものの、シュバルトの身体は砲弾のように吹っ飛ばされて家屋の壁を貫通。

 地面に転がり、泥に塗れながら、待機させていた護衛達の前に出た。

 

「団長!?」

「シュバルト殿下!?」

「敵だ!! 構えろ!!」

「「「ッ!?」」」

 

 全身打撲の痛みを堪えながら命令。

 護衛達はすぐに武器を構えて彼の前に出た。

 貴族には毛嫌いされても、何度も勝ち馬に乗せてもらった現場からの信頼は厚い。

 

「敵って、まさかこのお方ですかい……!?」

 

 しかし、護衛の中で最も強い英雄『斧壊』のヤクサですら、今回ばかりは冷や汗が止まらない。

 吹き飛ぶシュバルトが空けた穴から、のっそりと敵が姿を現した。

 

 縦幅も横幅も常人と二回りは違う、見た目だけでヤバいと確信できる化け物が。

 

「帰ってきたのはボロ布のような息子の亡骸のみだった……! 首はなかった……! 全身を刻まれていた……! この忌まわしい刃でッッッ!!!」

「!」

 

 叫ぶタソガレが握るのは、苦楽を共にしてきた相棒ではなく、シラユキのものと同じアサヒの刀。

 何故そんなものを……なんて疑問は抱かない。

 あんなものを用意した理由など一つしかない。

 

「それで私を殺す気か。修羅姫の仕業に見せかけて」

「いかにも!! 和睦のために嫁いだ姫が夫を殺した! そうなればもう二度と戦争は止まらない! 奴らを最後の一人まで狩り尽くせる!!」

「愚かな……!」

 

 思わずシュバルトは吐き捨てた。

 動機は理解できたが、政策としては論外だ。

 

「既に修羅姫の方にも刺客が出向いている! それ以前に城塞都市を飛び出し、アリバイが無くなった時点で全ての準備は整った! もう、後には引けないのです……!」

「……クソッ。完全にハメられたということか」

 

 冷酷な策略家と呼ばれる男が、なんてザマだ。

 どこで間違えた?

 騎士王の呼び出しにノコノコ釣られたことは……まあ、タソガレの今までを思えば予測困難。

 より高位からの命令を無視できないのも貴族社会の常。百歩譲って仕方がない。

 

(だが、修羅姫の方は見抜く余地が…………いや、待て)

 

 そもそも、あっちの確認を自分はしたのか?

 ……していない。他に考えることが多すぎて、突発的な事態のチェックは、部下に投げていた。

 シュバルトが唯一、大事な判断すら任せられる部下に。

 

「まさか……!?」

 

 心臓が嫌な音を立てる。全身から冷や汗が噴き出す。

 まさか、そんなと、必死に自分の考えの間違いを探した。

 なのに、それを嘲笑うように、当の本人が決定的な行動を見せてしまう。

 

 

「どういうことだ……!? ──爺やッッッ!!!」

 

 

 タソガレの後ろに、ついさっきまで自分の後ろに付き従っていた最古参の忠臣が現れる。

 

 シワだらけの顔に驚きはなく、戦意もなく、ただただ悲しそうな泣き顔でそこにいることが、何よりの裏切りの証明だった。

 

「……殿下。あなたにお仕えして二十年。母君にお仕えして二十二年。……それよりも前、行き倒れていたところを救われ、五十年の忠誠を捧げたお方がいます」

 

 爺やは、血を吐くように苦しげな声で、強く強く拳を握りしめながら言った。

 シュバルトよりも優先しなければなかった忠義の話をした。

 

「タソガレ様のお祖父様──先々代ラグナロック卿です。私は、あの方に、人生をいただいた……!」

 

 裏切れない、裏切れるはずがない、一生の感謝と恩義。

 何度も命を懸けて守ってきた皇子と、その命を与えてくれた大恩人の間に挟まれて……。

 

「申し訳ございません、殿下……! あの方が愛したお孫君に、泣いて頭を下げられては、私は……!」

「……彼には残酷な決断を強いてしまった。恨むなら私を恨んで──死んでくれ」

「…………ははっ。なんだそれは」

 

 乾いた笑い声が出る。もう笑うしかなかった。

 自分でも本当に驚くほど心が痛い。苦しい。辛い。

 他人など信じていなかった。誰も信じていないつもりだった。

 

 でも、たった一人だけ、母が死んでからの最悪の日々でも裏切らなかった忠臣だけは、無意識に特別扱いしていたらしい。

 

「信じて、いたのに……!」 

 

 掠れて消えそうな、迷子の子供のように情けない声。

 死神皇子と畏れられた強者の姿は、もうどこにもなかった。

 

「……参る」

「「「ぎゃあああああ!?」」」

 

 騎士王が動き出す。

 慣れない刀で護衛達を瞬殺していく。

 迷いを振り払うように、苛烈に、無慈悲に。

 

「う、うわぁあああああ!?」

 

 眼鏡の若騎士レンズが発砲。

 マスケット銃の弾を、騎士王は当然のように刀で弾く。

 そのまま返す刀の一撃。

 

「団、長……」

 

 また一人、シュバルトを守る者が消えた。

 

「うらぁああああ!!」

 

 最強の護衛、英雄『斧壊』のヤクサが動く。

 自慢の怪力、自慢の巨大戦斧。

 大半の相手をゴミのように蹴散らしてきた、圧倒的な暴力の化身。

 

「『破壊閃斧』!!」

 

 戦斧が唸る。

 食うに困らぬ貴族から生まれる騎士とは違う。

 地べたを這い、何もないところから積み上げてきた。

 

 何が最強の騎士だ。戦いは傭兵の領域だ。

 そう己を奮い立たせて戦斧を振るい──

 

「ゴハッ!?」

 

 叩き斬られた。叩き潰された。

 戦斧ごと一撃で両断され、胴体まで真っ二つだ。

 

「あっしも、英雄……! なのに、ここまで、差が……!」

 

 自分のような下位とは違う。

 英雄の中でも最高峰。世界最強の一角。

 

 命あっての物種とか考える暇もなく、決して届かぬ高みへの憧憬すら覚えながら、英雄と呼ばれた傭兵は散った。

 

「……すまない、陛下」

「ぐっ……!?」

 

 瞬く間に護衛を一掃し、タソガレの凶刃がシュバルトに届く。

 さすがに完全に割り切れてはいないのか、ヤクサ達を倒した無慈悲の攻撃に比べて精細を欠いている。

 それでも強い。圧倒的に強い。

 

「ぬんッッ!!」

「ッ……!?」

 

 剣での防御に成功してもパワーで吹き飛ばされる。

 一撃ごとに腕が悲鳴を上げ、地面や家屋に叩きつけられて激痛が走り、体勢も崩れて次の攻撃に耐える力が失われていく。

 最善手を選んでもジリ貧。悪手を選べば即詰みの理不尽。

 

(ダメだ、勝てない、死ぬ……!)

 

 これは戦略がどうのこうのというレベルじゃない。

 敵に回した時点で、戦闘開始を許した時点で死が確定する、そういう類の存在だ。

 

「うぐっ!?」 

 

 弱気になった瞬間、シュバルトの動きが乱れて悪手を打った。

 防御にミスが出て、騎士王の攻撃を受け損ない、大ダメージを食らいながら吹き飛ぶ。

 

 ようやく勢いが止まり、瓦礫の中で倒れ伏した時。

 全身に激痛が走り、これはすぐに立ち上がれる状態ではないと悟って。

 

 

「…………ああ、もう、疲れた」

 

 

 思わずそんな弱音が口をついて出てきた。

 そもそも、何のために戦ってきたんだっけ?

 信頼できる相手などいない。大切に想っている相手もいない。

 唯一、無意識に心の拠り所にしてきた相手にも裏切られて。

 これ以上、頑張る必要がどこにある?

 

「……さらばだ、陛下(とも)の愛し子よ」

 

 本物の死神が刃を振り被る。逃れられない破滅が迫る。

 ああ、終わる。本当に終わってしまう。

 我が身を守るため、慈悲を捨て、容赦を捨て、功績という盾を求め続けた末に、味方に裏切られて死ぬのか。

 

『仁義のない奴は、いつか刺されるんじゃ。こう背中からブスッと』

 

 大嫌いな妻の言葉が脳裏に蘇った。

 彼女の言う仁義とやらを大事にしていれば。

 爺やが五十年の忠義を忘れてでも仕えたいと思う立派な主だったら。

 タソガレがどうしても復讐の駒に利用できないほど魅力的な皇子であれば。

 もしかしたら、違う結末があっただろうか。

 

『ごめんね、シュバルト。でも、きっと大丈夫。あなたもいつか絶対幸せになれるから』

 

 最後に脳裏に浮かんだのは、母の言葉。

 いつも敵に怯えていた幼少期。それでも素直にすがりつける相手がいた子供の頃。

 

 忌むべき無力な時代。

 なのに、結局あの頃が一番幸せだったと、あんな地獄を最上の思い出にしなければならない、己の人生の無価値さに。

 

「…………………………死にたく、ない」

 

 恐怖した。こんな何もないまま死にたくないと思ってしまった。

 最後の最期に口から出てきたのは、呆れるほど浅はかな本性。

 あれだけ戦場で死をバラ撒いておいて、生きる理由すらわからなくなって、まだ終わりたくないと心が叫んでいる。

 

「……!」

 

 騎士王の表情に強い罪悪感が滲む。

 それを振り払うように復讐鬼は力を込めて、開戦の引き金となる極東の刃を振り下ろし──

 

 

「貴様が敵か! とりあえず死ねぇぇぇえ!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 ──突然の乱入者に跳ね飛ばされた。

 とんでもないスピードで突っ込んできた、立派な体格の馬。

 

 その騎手が構えた馬上槍を、騎士王は咄嗟に刀で受けて、互いの武器が砕け散る。

 そこへ追撃のように馬の頭突きが決まって、最強の男は吹っ飛ばされていったのだ。

 

「修羅、姫……?」

「おう! 駆けつけてきてやったぞ!」

 

 白馬の王子様ならぬ、軍馬の修羅姫様は、いつものように強気に笑った。

 そのいつも通りが、エネルギーにあふれた快活な姿が、絶望を少し薄れさせる。

 味方を鼓舞する、シュバルトとは真逆の、大将の才覚。

 

「……ヤクサ達は逝ったか。安心せい。役目は引き継ぐ。爺や殿! そいつを連れて乗ってくれ! 今のうちに撤退じゃ!」

「…………申し訳ありません、シラユキ様。私は、もう……」

 

 悲しそうに目を伏せる爺や。

 泣きそうな顔で彼を見るシュバルト。

 それを見て、シラユキは死神皇子を討とうとした敵が、騎士王だけではないことに気づいた。

 

「あー……そういう感じか……」

 

 大変気まずそうにしながらスレイプニルから降り、仕方ないからシュバルトだけでも回収していこうと、珍しく労るように手を伸ばした時。

 

「ッッ!?」

 

 とんでもない悪寒と威圧感を感じて、シュバルトに伸ばした手を腰の刀に持っていった。

 すぐに悍ましい気迫の主が現れる。

 壊れた刀の代わりに、長年の相棒である剣と盾を回収し、本物の死神が戻ってきた。

 

「『騎士王』! 少し見ないうちに荒んだのう!」

「『修羅姫』……! 蛮族どもの英雄……!」

 

 結婚式の時の威圧ですら、九割方の感情を押し殺していたのだとわかる強烈な殺気。

 子供の頃から修羅場を潜ってきたシラユキをして冷や汗が出てくる、格上の威圧。

 

 撤退の要であるスレイプニルの脚が震える。

 これでは、この怪物を振り切れないだろう。

 無理もないと、シラユキは即時の撤退が不可能であることを受け入れた。

 

「ちょうどいい……! 貴様の死を開戦の狼煙としてくれる……!」

「……なるほど。やはり狙いはそれか」

 

 刀を構える。武器はこれ一つ。

 馬上槍はさっきので壊れ、脇差は刺客との戦いで投げたら紛失してしまった。

 動ける味方もいない。策もない。敵は超格上。

 

「上等じゃ……! 簡単に殺せると思うなよ!」

 

 ──久方ぶりの修羅場が幕を開ける。

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