修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

2 / 32


「……あれが帝都か。随分早く着いたのー」

「紆余曲折、襲撃者だらけの長旅だったのですが……。時間感覚が狂うほど嫌ですか」

 

 目的地である巨大都市を目前にして、シラユキは死んだ目で馬車に揺られていた。

 本来、姫君の嫁入りなど、どちらの国でも絢爛豪華なパレードがあって然るべきなのだが、そんな目立つ真似をしたら公衆の面前で襲撃されて全てがパーになりかねないので、姫にあるまじき隠れ潜みながらの過酷な旅。

 

 普通の姫ならストレスと屈辱でおかしくなる旅ですら、彼女にとっては、あっという間に過ぎ去った、束の間の休息に過ぎない。

 

「見よ、ハナー。帝都って滅茶苦茶デカいのー。ウチの(みやこ)の何倍あるんじゃろー」

「……国土面積が違いますからね。大帝国は平野も多いですし」

「建物の形も本当に全然違うのー。着る服も考え方もまるで違うのだから不思議なものじゃー」

 

 シラユキの声には一切の抑揚がなかった。完全な棒読みだった。

 何か別のことを考え続けて、この後に控えるイベントから必死に目を背けているのだ。

 鬼と呼ばれた側近の心にも、さすがにお労しやという気持ちが芽生える。

 

「東国アサヒのシラユキ姫! ご到着!」

 

 そして、ついに訪れる審判の時。

 辿り着いたのは華やかな貴族街の端。

 政治の中枢である帝城からは少し距離があり、かと言って完全に疎外されてもいない絶妙な距離にある離宮。

 

 シラユキは全てを諦め、悟りを開いたような微笑みの表情で馬車から降りた。

 未だ慣れない西方のドレスで静々と歩き、離宮で待つという結婚相手のもとへ。

 

「ようこそ、シラユキ姫」

 

 そこには彼女と全く同じ、全てを諦めたような死んだ目をした美丈夫が待っていた。

 戦場で見たものとは違う、華美な礼服に身を包んだ怜悧な美貌の皇子様。

 

 シラユキはもう完全に思考を停止させたまま、短期詰め込み教育で覚え込まされた動きを機械的に出力する。

 

「またお会いできて光栄です、シュバルト皇子。あなたのような素晴らしいお方と、これからは味方として、妻として支え合っていけることを、大変嬉しく思います」

 

 誰だお前!? ……失礼。

 東方訛りの修正ついでに、徹底的に詰め込まれた姫としての作法。

 元々武将として生きていても、どうしても避けられない女としての役割もあり、土台だけはできていたので、どうにか形にはなっていた。

 

「ああ、こちらこそ。決して手に入らぬと思っていた、戦場に咲いた一輪の華。それを手折る資格を得られた幸運を、神に感謝している」

 

 シュバルトがシラユキの手を取り、跪いて手の甲へと口づけを送る。

 それは大変絵になる光景だった。

 見目(だけは)麗しい皇子と姫君が、(お互いの原稿担当が必死に考えた)愛の言葉を口づさんで微笑み合う。

 思わず、その場に立ち会った詳しい事情を知らぬ者達が「ほぅ……」と感嘆の息を漏らすほど。

 

「では、どうぞ姫君。我が離宮へお入りください」

「はい」

 

 シュバルトは自然な流れで早急にシラユキを離宮へと入れ、入り口を閉じて衆目をシャットアウトした。

 そこから一拍置いて、シラユキは口を開く。

 

「シュバルト様、もう大丈夫ですの?」

「ああ。ここの使用人は最小限、かつ口の固い忠義者を選んだ。壁も分厚い。騒ぎが外へ漏れることはないだろう」

「そうですか。それなら……」

 

 すぅぅぅ〜と、シラユキは深く息を吸い──爆発した。

 

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 戦場に咲いた一輪の華は、凄い声を上げて右手の手袋を引きちぎり、床に叩きつける。

 

「ハナ!! ハナァ!! 右手が汚染された!! 消毒してくれぇ!!」

「耐えてください。手の甲くらいで騒いでいては、結婚式で唇にされた時、死にますよ」

「嫌じゃぁぁぁああああああ!?」

「……わかってはいたが、失礼極まりない女だな」

 

 半ば発狂しかけたシラユキを、シュバルトは冷ややかに睨みつけた。

 

「泣きたいのはこちらの方だ。私はその唇を一足先に汚染されたのだぞ……オロロロロロロ」

「「「殿下ぁ!?」」」

 

 シュバルトは吐いた。公の場では絶対出せないものをゲロゲロとスパーキングした。

 

「爺や……! 口を濯ぐ……! 消毒液を持ってこい……!」

「はいはい。ただいま」

 

 年嵩の従者が迅速に消毒液と掃除用具を手配し、徹底的なお口の洗浄と共に、死神皇子の腹の内も処理されて綺麗な床が戻ってきた。

 

「ううう……! とんだ悪夢じゃ……! なんで、よりにもよって、貴様なんぞとぉ……!」

「こちらの台詞だ……! 貴様と寝所を共にするなど、考えただけで怖気が走る……!」

「やめろぉ!? 必死に考えんようにしとったのに!?」

 

 もう一周回って仲良いんじゃないかと思うほど、同レベルのテンションで嘆き悲しむ宿敵達。

 こうして、史上屈指の難題に塗れた夫婦の物語が幕を開けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。