「あぁ? ガキぃ?」
「可哀想に。ここに入れられるってことは、相当の厄介者か」
入れられた第四騎士団は、通称『高貴なるゴミ箱』と呼ばれる吹き溜まり。
扱いに困る貴族が放り込まれて、名誉の戦死を遂げることを願われる地獄。
「まあ、せいぜい見習いのうちに死なないといいな」
そう言った先輩達が、次々と戦争の前線に送り込まれてすり潰されていった。
一応は騎士のルールとして、見習いのうちは後方での支援に回されたが、後方と言っても少し敵が勢いづけば押し寄せて来るだろう危険地帯。
怖い、怖い、怖い。生きた心地がしなかった。
「爺や、教えてくれ。戦場での生き抜き方を」
「……はい。かしこまりました」
唯一幸運だったのは、ただ一人護衛として残ってくれた爺やが、老い衰えたとはいえ歴戦の戦士だったこと。
肉体にはガタが来ていても知識は健在で、経験則で語られる教えは、貴族が机上で学ぶ軍学なんかより、よっぽど役に立った。
「よいですか。味方の殆どは異なる主に仕える寄せ集めです。大目標を共有しているだけで、手柄を求めて勝手に動くこともザラです。味方のやりそうなことを読んで、その穴を埋めるように直轄部隊を動かすのが最も効率的だと、前の主は仰っていました」
「なるほど」
シュバルトは驚異的な学習能力で、爺やの教えを即座に吸収していった。
己の危うい状況への恐怖が、彼を恐ろしいほど勤勉にさせた。
実戦軍学、剣術、政治の基礎、全て爺やから教わった。
当時既に六十代半ば、その全てを何人かの主のために費やした古老は、まるで生き字引のようで凄まじく頼りになった。
「お前達、死にたくなければ僕に従え」
「はぁ!?」
学びを活かす機会はすぐに訪れた。
案の定、後方とは名ばかりの場所に敵が押し寄せ、生き残るために見習い達を使っての撤退戦。
言うことを聞かない者達のやりそうなことを読み、そいつらを囮にして、藁にもすがる思いでシュバルトに従った者達と共に血路を開いて生還。
ゴミ箱騎士団の大処分セールがある度に似たようなことを繰り返し、彼に従えば生き残り、逆らえば確実に死ぬという事実が積み重なっていく。
彼をゴミ箱に放り込んだ者達の思惑とは裏腹に、シュバルトは敵味方の死を糧として生き残り続けた。
「行くぞ。蛮族どもを叩き潰す」
「「「ハッ!」」」
そして、十五歳の時、とうとう騎士として叙勲され、見習いから正式な騎士となって、アサヒとの戦争の最前線へと赴任。
極東での最初の任務は、皇太子ラクジスの率いた大軍勢の一部としての参戦。
そして──
「ヒャハハハハハハ!!」
「死ねぇ!! 西の豚どもぉ!!」
「ぎゃあああああああ!?」
「な、なんなんだ、こいつらぁ!?」
──アサヒの武将達の恐ろしさを知った。
敵全軍の倍はいるはずの大軍勢が蹂躙されていく。
地形を使って分断され、脇腹に飛び込んできた小勢にかき回され、敗走の恐怖が伝播していって、あっという間に崩壊だ。
「ッ……!」
戦術より、何より、まず個人の戦闘力が違い過ぎる。
数多の英雄達が部隊長として縦横無尽に駆け回り、部隊単位で化け物のような強さと高度な自己判断能力を兼ね備えた軍勢は、指揮官の貴族にいちいちお伺いを立てなければ動けない上に、その指揮官も血筋最優先の凡将ばかりという悲惨な大帝国軍より遥かに強かった。
「だ、団長ぉ!?」
「どうすればいいんですか団長ぉ!?」
「……撤退だ。味方の間を縫って離脱する」
目立つ味方が狩られている間に、シュバルトはその隙間を抜けて撤退。
途中、無防備な餌に夢中だった間抜けな武将を何人か仕留められたのが良かった。
この戦いでまともな戦果を挙げられたのは、敗走中に手柄を拾ったシュバルトと、皇太子を逃がし切った騎士王の息子くらい。
大敗の責任を問われた皇太子のせいで、皇族の威信が揺らいだのも、彼個人にとっては追い風だった。
「我が愛し子、シュバルト・ナイトフォールよ。あえて名を隠し、皇子ではなく武人として育った試練の時を、よくぞ乗り越えた」
「……光栄です、父上」
揺らいだ皇族の威信を回復するため、宮廷の魑魅魍魎どもは、戦果を挙げたシュバルトを正式に皇子として認め、彼の手柄を皇族の手柄とする決断をした。
表向きは凄まじい手の平返し、本音は忸怩たる思いの苦肉の策。
ともあれ、この一件でようやくまともな立場を手に入れたシュバルトだったが。
「ッ……! くっ……!」
皇子として命じられた任務は当然、アサヒとの戦争継続。
大敗に乗じて反旗を翻した属国からの略奪で強引に損失を補填し、国家の威信を背負わされて戦った。
しかし、戦闘特化の修羅どもの直接的な脅威は、宮廷の魑魅魍魎どもより遥かにわかりやすく精神を蝕んだ。
当然のように矢弾を斬って近づいてくる剣鬼の群れ。
気づけば味方の将の首を斬り飛ばしている奇襲部隊。
笑いながら全てを蹂躙する
今までの敵とは種類が違う。猛獣の檻にでも放り込まれた気分で、毎夜悪夢に魘された。
「『死神皇子』ぃぃぃぃ!!」
「『修羅姫』……!」
その中でも一番恐ろしかったのが修羅どもの姫、朝霧シラユキ。
他の武将との戦い方はどうにか掴んだ。
奴らの得意な地形戦に決して付き合わず、数の優位を活かして取れる戦果だけを確実に取り、言うことを聞かない味方は使い捨てて、少しでも敵軍の被害と交換する。
数だけは圧倒的に上回っているのだから、十対一の交換比率でもこちらが有利になっていく。
帝都の守りなどと言っていられなくなった騎士王が前線に投入されたのもあり、主戦場が奴らの地元から奪われた属国に移ったのもあり、どうにか少しずつ押し返せていたのだが……。
「秘技『獣剣修羅』!!」
「この……!」
シラユキは予測不能の獣の直感任せの動きで大帝国軍を引っ掻き回し、毎度毎度シュバルトの喉元にまで迫って、一発アウトの大将首を狙ってくる。
ただでさえ齎す被害が甚大な上に、一手間違えれば絶命の綱渡りを毎回強制される相手。
そんなことが十回も二十回も続けば、大嫌いにもなるというものだ。
「アサヒと停戦することになった。その証として皇族と将軍家の婚姻を結ぶことになってね。シュバルト、君に向こうのシラユキ姫を娶ってもらいたい」
「…………仰せのままに」
「……すまないね」
その後、あまりの被害状況に停戦の話が持ち上がり、ようやく恐怖の日々に終わりが見えたが、終わらせる条件は、その恐怖の象徴との結婚生活。
怖い、辛い、でも拒否権はない。
「調子に乗るなよ、シュバルト……! まだ皇太子は俺だ……!」
「心得ております、兄上」
加えて、一応は皇太子が失った属国をそれなりに取り返した実績は大きく、一方的に潰されない程度の力を手に入れたのは良かったが、それで各陣営に警戒されたせいで平穏は訪れない。
力が無ければ殺されて、力を手に入れれば警戒されて、本当の意味で戦いが終わる日など来ないのだ。
「…………ふぅ」
「お疲れ様です、殿下」
「ああ。本当に、疲れる」
迫りくる破滅を回避するには全身全霊を尽くさねばならず、なんとか乗り越えても、すぐに次の脅威が押し寄せる。
手を抜けばその瞬間に殺されるか、最低でも生殺与奪を握られて飼い殺し。
逃げることもできない。
血筋に権威以上のものを見出している国が、冷遇しているとはいえ、最も高貴な血を引く皇子を放逐してくれるはずがない。
どこかで利用されたら大変だから。
そんな気の休まらない日々が一生続いていく。
一生だ。死ぬまで終わらないのだ。
『きっと大丈夫。あなたもいつか絶対幸せになれるから』
「……本当でしょうか、母上」
きっと、いつか。
そんな曖昧な未来に希望を託さなくてはやっていられないが、そろそろ無理に夢を見るのもキツくなってきた。
辛い、苦しい、怖い、寂しい、息苦しい。
本当にいつか、こんな日々が丸ごと報われるような幸せが訪れてくれるのだろうか……?
半ば諦めの気持ちに支配される中、最悪の敵が花嫁として嫁いでくる日を迎えて──
『またお会いできて光栄です、シュバルト皇子。あなたのような素晴らしいお方と、これからは味方として、妻として支え合っていけることを、大変嬉しく思います』
……………………。
『あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ハナ!! ハナァ!! 右手が汚染された!! 消毒してくれぇ!!』
『背筋がゾワッとしたぞ。気色悪い』
『うふふ』(訳:死ね)
…………なんというか、これは。
『ほれ力を抜け! 天井の染みを数えとるうちに終わる!』
『ケッ! しみったれた男じゃ!』
『マジか! 死神皇子最低じゃな!』
『それとも搾り出してやろうか情報をぉ! 昨日も結局そんな感じに……むぐぅ!?』
……あまりにも、あんまりじゃないだろうか?
死ぬような思いをして、頑張って、頑張って、苦しんで、苦しんで、辿り着いた場所がここか?
『申し訳ございません、殿下……! あの方が愛したお孫君に、泣いて頭を下げられては、私は……!』
挙げ句の果てにこれだ。
地獄巡りの唯一の支えに裏切られ、殺されかけている。
いくらなんでも、これはないだろう。
これで終わったら、神も仏もないと世を恨んで、安らかに眠ることすらできない。
「まだ、死ねない……!」
倒れ伏していた身体に力を入れる。
もう限界だと泣き叫ぶ心に鞭を打つ。
『……まあ、その、なんじゃ。──頑張れよ』
ああ、頑張るよ。頑張ってやる。だから力を寄越せ。
あの時、この言葉をかけられた時、妙に心がザワついた。
シラユキと結婚してから、今までの自分じゃ考えられないほど、良い悪いは別として感情が揺れ動いた。
それを上振らせて力に変えろ……!!
身体を、動かせ!!
「……私が言えたことではありませんが──ご武運を」
シュバルトが、立ち上がった。
「あああああああああああああああッッッ!!」
「「!」」
気力を振り絞るような咆哮を上げ、大ダメージを負った身体でも使える武器を引き抜く。
フリントロック式の片手拳術。
さっきは使う暇もなかった、奇跡的に破損しなかった手札を、敵に向けて発砲。
「ッ……!」
無視はできず、騎士王が盾を構える。
戦況が変わり、警戒心が移り変わる、その瞬間──どこからか、騎士王目掛けて、何かが投げ込まれた。
「ぬっ!?」
火花を散らしながら迫る球体。
見覚えがある。アサヒの暗部がよく使う武器。
火薬の詰まった、炸裂の──
ドォォォォォォン!!! という凄い音が廃村に響き渡った。
「姫様!」
「でかした、ハナ! 死神皇子! ここは一旦引くぞ!」
直後、シュバルトの身体は横から掻っ攫われて、スレイプニルの上に乗せられた。
痛む身体で強い振動に襲われ、意識が遠のいていく。
「爺、や……」
最後に、悲しげな顔で頭を下げる忠臣の姿だけが、眼に映った。