修羅姫様と死神皇子   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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「ヒ、ヒィィン……」

「ふぅ……。ここまで来れば、ひとまずは逃げ切れたか。よう頑張ったな、スレ丸」

 

 どうにか騎士王を振り切り、現場近くの森に逃げ込んだシラユキは、あの化け物の威圧に襲われながら脚を動かしてくれた愛馬を優しく撫でた。

 

「う、ぁ……」

「……こっちも限界じゃな」

 

 速度優先で脇に抱えて運んできたシュバルトが、意識不明で死にかけている。

 世界最強の一角にやられて、肉体的なダメージだけでも瀕死。

 そこに精神的ダメージまで加わっているのだから、冗談抜きで優しくしないと死ぬだろう。

 とりあえず降ろして、外套を敷布団にして寝かせておく。

 

「姫様、ご無事ですか?」

「ああ。なんとかな」

 

 少しして、メイド服を脱ぎ捨て、アサヒ時代の忍装束を纏ったハナが合流した。

 

「まさか、本当に爺や殿が裏切っていたとは……」

「そうおかしなことでもないでしょう。愛ある裏切りなど珍しくもない」

「……いや、まあ、そうなんじゃが」

 

 それでも、何度見ても慣れないし、居た堪れない。

 愛情で隠された刃は、酷く見抜きづらくて、とても痛い。

 シラユキもその痛みは知っている。

 

「それで、これから、どうされますか?」

「とりあえず看病じゃな。こやつが今のままでは、逃げ隠れもままならん」

「──彼を切り捨て、アサヒへ逃げるという道もありますよ?」

「…………」

 

 冷たく、されど鋭い視線で、側近は主に進言した。

 

「足手纏いを抱えて騎士王を敵に回すのは無謀です。幸い、ここは国境近くで、優れた移動手段もある。彼を捨てれば、姫様の命だけは十中八九守り切れます」

 

 それは、シラユキ姫の一の臣下として、当然の意見。

 大帝国に嫁いだと言っても、所詮、アサヒとナイトフォールは一時休戦しただけの敵国同士。

 敵国の皇子より、自国の英雄姫を守りたい。

 国益のためにも……個人的な感情としても。

 

「悪いな、ハナ。やめておく」

「……理由をお聞きしても?」

「まあ、単純に、それだと和睦が壊れるというのが一つ」

 

 この調子では、いずれは綻び、壊れるのだろうが、まだ停戦から時が経っていない。

 まだアサヒには、立て直しの時間がいる。

 

「それに、ようやく少し腹の底が見えてきたところなんじゃ。どうせなら、ちゃんと知っておきたい」

 

 苦しげな表情で眠る夫を見やりながら、シラユキはそう語った。

 心底嫌い、憎んだ敵だからこそ、知れるのなら知っておきたい。

 

 『次』が来てしまった時、前よりはマシな結果にできるように。

 

『立ち塞がる敵全てを滅ぼせるなら、なるほど、敵への理解も敬意も不要かもしれん。しかし、無理じゃろう、それは? だからこそ、知ることが大事なんじゃよ、シラユキ』

 

 そう教えてくれた人がいたから。その通りだなと納得させられてしまったから。

 できるだけ、納得できる選択をしたい。

 

「……はぁ。全ては命あってのこととも教わったでしょうに。最善を求め過ぎるのも考えものですよ、姫様」

「すまんな。苦労をかける」

「まったく……」

 

 仕方ないなとばかりに、ハナは肩を落とした。

 

「では、看病のための時間を稼いで参ります」

「頼んだ。ついでに情報の一つでも持ち帰ってくれると嬉しい」

「……無茶を仰いますね」

「頼りにしておるぞ、姉様」

「いつもは鬼呼ばわりするくせに、調子の良い」

 

 困った妹を見るような苦笑を浮かべて、ハナは音もなく跳び去っていった。

 シラユキ陣営でも随一の、暗闘の達人。

 必ずや、良い仕事をしてきてくれるだろう。

 

「うっ……! ぐぅ……!」

「さて、ワシも頑張らねば」

 

 苦しげに呻く夫の服を脱がせ、汗を拭き、用意しておいたアサヒの霊薬を塗り込んでいく。

 気分は健気な良妻……ではなく、よく手伝いに駆り出された野戦の治療所を思い出す。

 

「うーむ……。霊薬があるとはいえ、ワシの腕前でどうにかなるか? どうにかして、ちゃんとした医者を……」

「誰も、信じられない……!」

「……寝言で返事しおった。なんて悲しい奴じゃ」

 

 まあ、気持ちはわからなくもないが。

 さすがに哀れになってきて、手の一つでも握ってやるかと、シラユキは弱々しく震えるシュバルトの手を、両手で優しく包み込んでみた。

 

「!」

 

 凄い力でしがみついてきた。冷酷を気取っていた男の本心が伺い知れる。

 

「はは、うえ……!」

「……不器用な男じゃのう」

 

 仕方ない奴とため息をついて、シラユキはしばらく彼の手を握り続けた。

 

「難儀なものじゃ。損得だの分析だのだけで人を見てきたから、いざ弱り切った時に誰も頼れんとは」

「行か、ないで……!」

「はいはい。どこにも行かんから安心せい」

 

 昔、シラユキも誰かにそうしてもらったように、安心させるように、手を握る力を強める。

 シュバルトの苦しそうな顔が、少しだけ和らいだ。

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